彼の娯楽と彼女の娯楽
飛空艇から降り立った途端、想像を絶する煌びやかな光景に視覚を支配されてしまったエスティニアンは、ランディングの両端に配されたベンチの空いていた側に腰を下ろすとその身を屈め、そして頭を抱えた。
エスティニアンの記憶にある煌びやかな人工物といえば聖レマノー大聖堂などのステンドグラスであるが、それとは違いこちらはステンドグラスの他にも光を放つ気球やオブジェがところ狭しと配置をされており、壁の装飾には金色がふんだんに使われているため光が乱反射し、とにかく派手の一言に尽きる。
更に場内には賑やかな音楽が絶え間なく流されており、時折、チャイムの音に続けてアトラクションの受付案内アナウンスが割り込んでくる。
この状況に目眩を覚えたわけではないが、どうにも感覚が追いつかない。
これが一般的な市民の娯楽の、ひとつの形なのだろうか。
考えたところで共感など得られないであろう事柄を脳裏からかなぐり捨てて気を取り直したエスティニアンは、冒険者の身にある竜の魔力を感知すると立ち上がり、彼女を探すべく歩みだした。
「ゴールドソーサーへようこそ!」
ほんの数歩ベンチから進んだところでエスティニアンは四名のバニーガールに迎えられ、更にそのうちの一人からは歓迎の言葉と共に恭しい一礼までをもされてしまう。
一瞬立ち止まり、言葉を寄こしたバニーガールへちらりと視線を送ってから先へと進むと、奥に立つバニーガールから更に一歩踏み込んだ言葉と行動を取られてしまった。
それは、
「楽しんでいってね!」
という言葉と共に、その身を艶っぽくくねらせながら寄こされた投げキッスだ。
……相棒は、この衣装で仕事をしているのではあるまいか。
投げキッスの直撃を喰らったことでエスティニアンの脳裏は途端にその可能性に埋め尽くされてしまい、隠し切ることのできなかった驚きの表情をバニーガールの前に残すと、今度はやや足早に歩き始めた。
道なりに進むと、道化師の帽子を被った二人のスタッフが向かい合わせの状態で通路の左右に立ち、ナイフと手斧とワインボトルの三種でジャグリングを披露している場に差し掛かったのだが、こちらは共に男性だ。
冒険者が彼らと同じ衣装を纏っている可能性は、かなり低いと考えねばならない。残念ながら。
そもそも、このような熟練の技を淡々と披露し続けることなど、臨時雇いに任されるものではない。
そう考えながら正面を見据えたエスティニアンの視界には、またしてもバニーガールが飛び込んでくる。
本来ならば男たるもの、ここは存分に目の保養をするべきなのだろうが、彼の思考は既にそれどころではなくなっていた。
色々な意味で溢れかえった様々な情報に翻弄されつつエスティニアンが辿り着いた円形の広間の中心には巨大なサボテンダーのオブジェが据えられており、サボテンダーを囲う形となっている円形のカウンター内には、各種の案内を務めるスタッフが配されていた。
その中の案内窓口で場内マップを受け取ったエスティニアンは、紙面を睨みながら改めて冒険者の竜の魔力を手繰る。
「……ここから南東。ワンダースクウェアという広間か」
呟きとともにワンダースクウェアまでの道筋を頭に入れたエスティニアンは、マップを畳んで懐に納めると、再び歩み始めた。
エーテライト・プラザを右折したエスティニアンは、上り坂となっている廊下の途中で立ち止まると、正面を見据えたままため息を吐いた。
彼の視線の先には、エレゼンの女性スタッフが案内係として立っている。
もちろん、バニーガール姿で。
ここに至るまでバニーガール姿の女性スタッフしか目にすることができなかったエスティニアンの心境は、完全に諦めの境地へと到達していた。
そんなエスティニアンの精神状態にとどめを刺すかのように、彼の左脇をミコッテの女性スタッフが通り過ぎ、ワンダースクウェアへと向かって行く。
その後ろ姿をぼんやりと瞳に映した彼は、ミコッテの尾の上に衣装のウサギの尾が配されるのは何とも奇妙なものだ、などと考えてしまう。
直後、そもそもウサギの耳とともにどの種族でも大抵は本人の耳が見えているのだから、尾の側だけを気にするなど野暮というものなのだろう、と、正面に立つ女性スタッフを改めて見ながら苦笑とともに思考を自己完結する。
そして、ここに至るだけで相当数のバニーガール姿の女性スタッフを目にしたのだから、そのうちの一人として相棒が加わっていたとて、客観的に見ればこの場では大勢に影響のないことなのだろう、と、半ば強引な形で自らを納得させた。
気持ちがある程度落ち着いたというよりは覚悟が決まったと表現する方が妥当な状態のエスティニアンは、ようやくワンダースクウェアのエリアへと踏み込み、即座に冒険者の姿を認めると盛大に脱力をした。
絶え間なく訪れる客に応対をし、笑顔で客を見送っている彼女が纏っていた衣装は、先ほど場内マップを寄こしてくれた受付の男性スタッフと同じものだったからだ。
場内に流れる様々な音が影響し、エスティニアンの立つ位置からは冒険者と客との会話の内容こそ聴き取れはしなかったのだが、その接客の場の間近に居合わせた者はおそらく、質問のしやすそうな雰囲気とでもいったものを彼女から感じ取っているのだろう。
彼女の前を一旦は通り過ぎた客が立ち止まり、着かず離れずの距離から接客の様子を伺った後に次の質問者になる、という状況が続いていた。
「ククッ……。お使いのエキスパートが、その本領を発揮しているといったところか」
つい先ほどまで思考を支配していたバニーガール問題が跡形もなく蒸発をしたため、エスティニアンは含み笑いとともに呟きをこぼすと、本来の計画に立ち戻って冒険者の仕事ぶりを観察することにした。
廊下とワンダースクウェアの接点である太い柱に背を預けて遠巻きに接客の様子を伺うエスティニアンの姿は、冒険者の側からも伺うことができる状況であった。
もとよりエスティニアンは覗き見をする気など毛頭なく、こうしているうちに相棒はいずれ自らの存在に気付くだろう、と考えて立ち位置選びをしたのだったが、そんな彼の思惑に反して、客の応対に忙殺され続けている冒険者は一向に気付く様子がない。
そのような膠着状態が続くと目の前の状況に変化をもたらしたくなるのはヒトの性というもので、御多分に洩れずエスティニアンの胸の内にも、今回の場合は悪戯心を主原料とした行動計画が湧いて出た。
エスティニアンは手始めに廊下の終点にあるもう片方の太い柱まで移動をすることで、廊下の幅の分だけ彼女との間合いを詰めてみたのだが、その地点から先ほどと同様に観察をしても状況に変化は起きなかった。
ならば……と、今度はその先の少々細めの柱まで移動を果たし、暫しの間そこを拠点とすることにした。
ここまで間合いを詰めると、エレゼン族の聴覚で冒険者と客とが交わしている会話の内容を聴き取ることができるようになったが、しかし相変わらず彼女は目の前の事柄を捌くことで手一杯のようだ。
「さて、どうしたものか」
目の前には水をたたえた直径4ヤルムほどの円を描いた石造りの設備があり、それに興味を抱いたエスティニアンは、冒険者の様子を耳で伺いながらその設備の前へと歩み寄った。
この大きさは屋外ならば浴槽になり得るかもしれないが、それにしては少々水深が浅い。入れられているのは湯なのか水なのか?
などと考えながらその場に膝をつき、手袋を外した左手の先を水面に突っ込んで温度を確認する。
その身をもって水の温度を確認したエスティニアンは、指先から水滴を払いつつ立ち上がって手袋を嵌めなおした。
水ならばここに観賞魚を泳がせておけば客の目を楽しませる場にもできそうだが、水以外は何も入れられていないとなると、一体これは何なのだろうか。
そんなことを考えながらも冒険者と客とのやり取りを伺い続けていたエスティニアンは、未だこちらに気付く様子がない彼女に対して次なる一手を打つことを決めた。
冒険者がエスティニアンの立ち位置に背を向ける状態で客を見送ったその時、一気に間合いを詰めた彼は、幾人もの客が彼女に問い掛けていた形式で背後から質問を飛ばす。
「新鮮な食材を持ってきたんだが、それを美味く食べられるところを教えてくれないか」
「はい! お食事でしたら、この上のラウンジ・マンダヴィルでお楽しみいただけますが……」
質問に応えながら冒険者は振り返ったのだが、至近距離で相対する形となった彼女の視界に、残念ながらエスティニアンの顔までは納まらなかった。
「……お持ちになった食材をラウンジで調理できるかどうかは、即答致しかねます。ラウンジのシェフに問い合わせて参りますので、こちらで少々お待ちください」
そう言いながら一歩下がり、恭しく一礼をした後にようやく質問者を見上げた冒険者は、今まで応対をしていた相手がエスティニアンであったことを認識した次の瞬間、呆然とした表情となってそのまま固まった。
「もう……そんなに笑わなくてもいいでしょう? お客さんがレストランに食材を持ち込むだなんて、そんな無理難題に一体どう応えればいいんだろうかって、こっちは必死だったんだから……」
恥ずかしさのあまりに腰を抜かしたのか、冒険者はその場でへたり込み、エスティニアンを見上げて睨みつけると頬を膨らませて抗議をする。
そんな彼女の様子はエスティニアンの笑いを更に長引かせ、暫しの後にようやく笑いが治まった彼は本題を語り始めた。
「新鮮な食材があるのは本当のことだ。今日の昼過ぎに成り行きで、ビスマルク宛に食材を納める荷運び人の護衛をしてな。その手間賃として、この食材を差し出されたのさ」
そう言いながらエスティニアンは冒険者の隣に膝をつき、持参した麻袋の口を開いてその中を彼女に覗かせる。
「どう見ても一人で食うには多い量だろう? なのでお前と食おうかと思ってな。一報を入れた後、何かをするには半端な時間になってしまったのでここに来てみた、というわけだ」
「なるほど……」
事の全容を把握した冒険者は、その一言とともに盛大な溜め息を吐いた。
「リンクパール通信で話をした通りに、この仕事は夕方までなんだけど」
話をしながら冒険者はようやく立ち上がり、スラックスの膝から下に付着してしまった砂ぼこりを払うべく、両掌で数回はたいた。
「見ての通りに慣れない内容だから、気の休まる暇が無くてね。実は、仕事を終えて貴方に連絡を入れる時には、どこかに食事をしに行こうって提案するつもりでいたのよ。でも、そうするとその食材は使えないし……」
そこで話を中断した冒険者は首を傾げながらしばらくの間考え込み、何かを思いついた風情でエスティニアンを見上げた。
「そうだ! その食材を持って、どこかにキャンプをしに行きましょ!」
「キャンプだと?」
「ええ。その食材なら、少し焼くだけで美味しく食べられるわ。そしてその後、のんびりできるし」
「戦場に赴くわけではあるまいに。お前がそれでいいのなら、俺は構わんが」
そんなエスティニアンの反応に、冒険者はクスクスと笑いをこぼすと話を続けた。
「一般市民は、時にそうして非日常を楽しんだりもするのよ」
「ふむ、そういうものなのか」
「そういうものなの。とりあえず、私は仕事をしなきゃならないから、続きは後で。さっき話をしたラウンジ・マンダヴィルで、お茶かお酒でも飲んで待っていてくれるかしら」
「わかった。そこへのルートは?」
頷き、場内マップを懐から取り出そうとするエスティニアンの手を冒険者は制してから、エーテライト・プラザ方面へと数歩移動をする。
「地図は見なくて大丈夫。こっちよ」
冒険者は手招きをしながら更に移動をし、先ほどエスティニアンが首を傾げた場で止まると、彼の側に向き直って左手で足元にある円形の設備を指し示した。
「ここに入って」
「水の中にか? 何故だ?」
「入ればわかるから」
満面の笑みを浮かべながら返事をよこした冒険者の様子に首を傾げながらも指示通りに円の中心に踏み込んだエスティニアンは、直後、予想だにしなかった事態に見舞われることとなる。
「なんなんだ、これは!?」
突如噴き上がった水柱によって二階へと押し上げられたエスティニアンは、階下の冒険者に向けて苦情めいた形での質問を投げかける。
「昇り専用の、アトラクションを兼ねた装置よ。ラウンジは後ろに。それじゃ、後でね」
笑顔でエスティニアンの質問に応えた冒険者は、踵を返すと担当場所へと戻っていった。
~ 完 ~
初出/2020年11月23日 pixiv&Privatter
『第47回FF14光の戦士NLお題企画』の『娯楽』『戦場』参加作品
エスティニアンの記憶にある煌びやかな人工物といえば聖レマノー大聖堂などのステンドグラスであるが、それとは違いこちらはステンドグラスの他にも光を放つ気球やオブジェがところ狭しと配置をされており、壁の装飾には金色がふんだんに使われているため光が乱反射し、とにかく派手の一言に尽きる。
更に場内には賑やかな音楽が絶え間なく流されており、時折、チャイムの音に続けてアトラクションの受付案内アナウンスが割り込んでくる。
この状況に目眩を覚えたわけではないが、どうにも感覚が追いつかない。
これが一般的な市民の娯楽の、ひとつの形なのだろうか。
考えたところで共感など得られないであろう事柄を脳裏からかなぐり捨てて気を取り直したエスティニアンは、冒険者の身にある竜の魔力を感知すると立ち上がり、彼女を探すべく歩みだした。
「ゴールドソーサーへようこそ!」
ほんの数歩ベンチから進んだところでエスティニアンは四名のバニーガールに迎えられ、更にそのうちの一人からは歓迎の言葉と共に恭しい一礼までをもされてしまう。
一瞬立ち止まり、言葉を寄こしたバニーガールへちらりと視線を送ってから先へと進むと、奥に立つバニーガールから更に一歩踏み込んだ言葉と行動を取られてしまった。
それは、
「楽しんでいってね!」
という言葉と共に、その身を艶っぽくくねらせながら寄こされた投げキッスだ。
……相棒は、この衣装で仕事をしているのではあるまいか。
投げキッスの直撃を喰らったことでエスティニアンの脳裏は途端にその可能性に埋め尽くされてしまい、隠し切ることのできなかった驚きの表情をバニーガールの前に残すと、今度はやや足早に歩き始めた。
道なりに進むと、道化師の帽子を被った二人のスタッフが向かい合わせの状態で通路の左右に立ち、ナイフと手斧とワインボトルの三種でジャグリングを披露している場に差し掛かったのだが、こちらは共に男性だ。
冒険者が彼らと同じ衣装を纏っている可能性は、かなり低いと考えねばならない。残念ながら。
そもそも、このような熟練の技を淡々と披露し続けることなど、臨時雇いに任されるものではない。
そう考えながら正面を見据えたエスティニアンの視界には、またしてもバニーガールが飛び込んでくる。
本来ならば男たるもの、ここは存分に目の保養をするべきなのだろうが、彼の思考は既にそれどころではなくなっていた。
色々な意味で溢れかえった様々な情報に翻弄されつつエスティニアンが辿り着いた円形の広間の中心には巨大なサボテンダーのオブジェが据えられており、サボテンダーを囲う形となっている円形のカウンター内には、各種の案内を務めるスタッフが配されていた。
その中の案内窓口で場内マップを受け取ったエスティニアンは、紙面を睨みながら改めて冒険者の竜の魔力を手繰る。
「……ここから南東。ワンダースクウェアという広間か」
呟きとともにワンダースクウェアまでの道筋を頭に入れたエスティニアンは、マップを畳んで懐に納めると、再び歩み始めた。
エーテライト・プラザを右折したエスティニアンは、上り坂となっている廊下の途中で立ち止まると、正面を見据えたままため息を吐いた。
彼の視線の先には、エレゼンの女性スタッフが案内係として立っている。
もちろん、バニーガール姿で。
ここに至るまでバニーガール姿の女性スタッフしか目にすることができなかったエスティニアンの心境は、完全に諦めの境地へと到達していた。
そんなエスティニアンの精神状態にとどめを刺すかのように、彼の左脇をミコッテの女性スタッフが通り過ぎ、ワンダースクウェアへと向かって行く。
その後ろ姿をぼんやりと瞳に映した彼は、ミコッテの尾の上に衣装のウサギの尾が配されるのは何とも奇妙なものだ、などと考えてしまう。
直後、そもそもウサギの耳とともにどの種族でも大抵は本人の耳が見えているのだから、尾の側だけを気にするなど野暮というものなのだろう、と、正面に立つ女性スタッフを改めて見ながら苦笑とともに思考を自己完結する。
そして、ここに至るだけで相当数のバニーガール姿の女性スタッフを目にしたのだから、そのうちの一人として相棒が加わっていたとて、客観的に見ればこの場では大勢に影響のないことなのだろう、と、半ば強引な形で自らを納得させた。
気持ちがある程度落ち着いたというよりは覚悟が決まったと表現する方が妥当な状態のエスティニアンは、ようやくワンダースクウェアのエリアへと踏み込み、即座に冒険者の姿を認めると盛大に脱力をした。
絶え間なく訪れる客に応対をし、笑顔で客を見送っている彼女が纏っていた衣装は、先ほど場内マップを寄こしてくれた受付の男性スタッフと同じものだったからだ。
場内に流れる様々な音が影響し、エスティニアンの立つ位置からは冒険者と客との会話の内容こそ聴き取れはしなかったのだが、その接客の場の間近に居合わせた者はおそらく、質問のしやすそうな雰囲気とでもいったものを彼女から感じ取っているのだろう。
彼女の前を一旦は通り過ぎた客が立ち止まり、着かず離れずの距離から接客の様子を伺った後に次の質問者になる、という状況が続いていた。
「ククッ……。お使いのエキスパートが、その本領を発揮しているといったところか」
つい先ほどまで思考を支配していたバニーガール問題が跡形もなく蒸発をしたため、エスティニアンは含み笑いとともに呟きをこぼすと、本来の計画に立ち戻って冒険者の仕事ぶりを観察することにした。
廊下とワンダースクウェアの接点である太い柱に背を預けて遠巻きに接客の様子を伺うエスティニアンの姿は、冒険者の側からも伺うことができる状況であった。
もとよりエスティニアンは覗き見をする気など毛頭なく、こうしているうちに相棒はいずれ自らの存在に気付くだろう、と考えて立ち位置選びをしたのだったが、そんな彼の思惑に反して、客の応対に忙殺され続けている冒険者は一向に気付く様子がない。
そのような膠着状態が続くと目の前の状況に変化をもたらしたくなるのはヒトの性というもので、御多分に洩れずエスティニアンの胸の内にも、今回の場合は悪戯心を主原料とした行動計画が湧いて出た。
エスティニアンは手始めに廊下の終点にあるもう片方の太い柱まで移動をすることで、廊下の幅の分だけ彼女との間合いを詰めてみたのだが、その地点から先ほどと同様に観察をしても状況に変化は起きなかった。
ならば……と、今度はその先の少々細めの柱まで移動を果たし、暫しの間そこを拠点とすることにした。
ここまで間合いを詰めると、エレゼン族の聴覚で冒険者と客とが交わしている会話の内容を聴き取ることができるようになったが、しかし相変わらず彼女は目の前の事柄を捌くことで手一杯のようだ。
「さて、どうしたものか」
目の前には水をたたえた直径4ヤルムほどの円を描いた石造りの設備があり、それに興味を抱いたエスティニアンは、冒険者の様子を耳で伺いながらその設備の前へと歩み寄った。
この大きさは屋外ならば浴槽になり得るかもしれないが、それにしては少々水深が浅い。入れられているのは湯なのか水なのか?
などと考えながらその場に膝をつき、手袋を外した左手の先を水面に突っ込んで温度を確認する。
その身をもって水の温度を確認したエスティニアンは、指先から水滴を払いつつ立ち上がって手袋を嵌めなおした。
水ならばここに観賞魚を泳がせておけば客の目を楽しませる場にもできそうだが、水以外は何も入れられていないとなると、一体これは何なのだろうか。
そんなことを考えながらも冒険者と客とのやり取りを伺い続けていたエスティニアンは、未だこちらに気付く様子がない彼女に対して次なる一手を打つことを決めた。
冒険者がエスティニアンの立ち位置に背を向ける状態で客を見送ったその時、一気に間合いを詰めた彼は、幾人もの客が彼女に問い掛けていた形式で背後から質問を飛ばす。
「新鮮な食材を持ってきたんだが、それを美味く食べられるところを教えてくれないか」
「はい! お食事でしたら、この上のラウンジ・マンダヴィルでお楽しみいただけますが……」
質問に応えながら冒険者は振り返ったのだが、至近距離で相対する形となった彼女の視界に、残念ながらエスティニアンの顔までは納まらなかった。
「……お持ちになった食材をラウンジで調理できるかどうかは、即答致しかねます。ラウンジのシェフに問い合わせて参りますので、こちらで少々お待ちください」
そう言いながら一歩下がり、恭しく一礼をした後にようやく質問者を見上げた冒険者は、今まで応対をしていた相手がエスティニアンであったことを認識した次の瞬間、呆然とした表情となってそのまま固まった。
「もう……そんなに笑わなくてもいいでしょう? お客さんがレストランに食材を持ち込むだなんて、そんな無理難題に一体どう応えればいいんだろうかって、こっちは必死だったんだから……」
恥ずかしさのあまりに腰を抜かしたのか、冒険者はその場でへたり込み、エスティニアンを見上げて睨みつけると頬を膨らませて抗議をする。
そんな彼女の様子はエスティニアンの笑いを更に長引かせ、暫しの後にようやく笑いが治まった彼は本題を語り始めた。
「新鮮な食材があるのは本当のことだ。今日の昼過ぎに成り行きで、ビスマルク宛に食材を納める荷運び人の護衛をしてな。その手間賃として、この食材を差し出されたのさ」
そう言いながらエスティニアンは冒険者の隣に膝をつき、持参した麻袋の口を開いてその中を彼女に覗かせる。
「どう見ても一人で食うには多い量だろう? なのでお前と食おうかと思ってな。一報を入れた後、何かをするには半端な時間になってしまったのでここに来てみた、というわけだ」
「なるほど……」
事の全容を把握した冒険者は、その一言とともに盛大な溜め息を吐いた。
「リンクパール通信で話をした通りに、この仕事は夕方までなんだけど」
話をしながら冒険者はようやく立ち上がり、スラックスの膝から下に付着してしまった砂ぼこりを払うべく、両掌で数回はたいた。
「見ての通りに慣れない内容だから、気の休まる暇が無くてね。実は、仕事を終えて貴方に連絡を入れる時には、どこかに食事をしに行こうって提案するつもりでいたのよ。でも、そうするとその食材は使えないし……」
そこで話を中断した冒険者は首を傾げながらしばらくの間考え込み、何かを思いついた風情でエスティニアンを見上げた。
「そうだ! その食材を持って、どこかにキャンプをしに行きましょ!」
「キャンプだと?」
「ええ。その食材なら、少し焼くだけで美味しく食べられるわ。そしてその後、のんびりできるし」
「戦場に赴くわけではあるまいに。お前がそれでいいのなら、俺は構わんが」
そんなエスティニアンの反応に、冒険者はクスクスと笑いをこぼすと話を続けた。
「一般市民は、時にそうして非日常を楽しんだりもするのよ」
「ふむ、そういうものなのか」
「そういうものなの。とりあえず、私は仕事をしなきゃならないから、続きは後で。さっき話をしたラウンジ・マンダヴィルで、お茶かお酒でも飲んで待っていてくれるかしら」
「わかった。そこへのルートは?」
頷き、場内マップを懐から取り出そうとするエスティニアンの手を冒険者は制してから、エーテライト・プラザ方面へと数歩移動をする。
「地図は見なくて大丈夫。こっちよ」
冒険者は手招きをしながら更に移動をし、先ほどエスティニアンが首を傾げた場で止まると、彼の側に向き直って左手で足元にある円形の設備を指し示した。
「ここに入って」
「水の中にか? 何故だ?」
「入ればわかるから」
満面の笑みを浮かべながら返事をよこした冒険者の様子に首を傾げながらも指示通りに円の中心に踏み込んだエスティニアンは、直後、予想だにしなかった事態に見舞われることとなる。
「なんなんだ、これは!?」
突如噴き上がった水柱によって二階へと押し上げられたエスティニアンは、階下の冒険者に向けて苦情めいた形での質問を投げかける。
「昇り専用の、アトラクションを兼ねた装置よ。ラウンジは後ろに。それじゃ、後でね」
笑顔でエスティニアンの質問に応えた冒険者は、踵を返すと担当場所へと戻っていった。
~ 完 ~
初出/2020年11月23日 pixiv&Privatter
『第47回FF14光の戦士NLお題企画』の『娯楽』『戦場』参加作品
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