Rolanberry Field Forever
蒼天街の第三期復興事業が開始されたイシュガルドには、世界各地から沢山の職人が訪れていた。
職人たちそれぞれの手にある道具が立てる槌音は昼夜を問わず鳴り響き、蒼天街は連日、祭りのような喧噪に包まれている。
その槌音は、数多の職人たちの中に紛れた光の戦士の手元からも発せられていた。
光の戦士が第一世界で身を投じていた戦いは収束し、暁の仲間たちの身も原初世界で本来あるべき姿へと落ち着いた。
長らく続いていた後顧の憂いが解消した光の戦士は、その解放感も手伝ってかリリーヒルズの自室には戻らず、イシュガルドに長期逗留する形で今回の復興事業へ参加をしていたのだった。
「あれっ? 英雄のお姉ちゃん……だよね?」
「えっ? あ、ちょっとだけ待っていて」
名も無き者たちの広場の片隅で建築資材の製作作業を黙々と続ける冒険者に子どもから声が掛けられ、複雑な作業に取り掛かっていた冒険者は声の主へと一瞬だけ視線を送りながら早口で応じ、残りの作業を済ませてから立ち上がった。
「久しぶりね、ペーラキル。それにジュルシエザンとリセルも。どうしたの? みんな何だか少し沈んだ顔に見えるわよ?」
「うっ……。さすが、姉ちゃんは鋭いな」
その指摘にジュルシエザンがたじろぎながら返答をし、冒険者の視線を受け止めたリセルは二人の少年を見ながら小さな肩を竦めてみせた。
「ペーラキルがフェザーフォール商業区を見に行きたいって言い始めて、ジュルシエザンもその気になっちゃって。今は工事中で危ないから無理だって、私は言ったんだけど……」
「なるほど。それで工事現場に行ってはみたものの、警備の人に見つかって怒られた。そんな感じかしら?」
「そう。私は十字鍬通りから眺めようって言ったんだけど、少しでも高い所から見たいって……。それで、西の端に積まれてる石の上に二人が登ったところで見つかってしまったの」
「そりゃあ、どう考えても目立つものね。怪我をせずに済んだようで良かったわ」
事件現場を特定し、子どもたちがしでかした騒動の一部始終を脳裏に思い描いた冒険者は、三人の前でクスクスと笑う。
「工事現場で事故を起こしたら工期は長くなってしまうし、それにロランベリー・フィールドの名折れにもなってしまうわ。工事が終わったら好きなだけ行けるようになるのだから、今は我慢しておくことがあなたたちの仕事のひとつよ。わかった?」
「はぁい」
三人はばつの悪そうな表情を浮かべはしたものの冒険者の意見には納得をした模様で、それぞれが同意の言葉を口にする。
その直後にペーラキルが首を傾げながら、冒険者に新たな質問をよこした。
「ねえ、お姉ちゃん。僕たちのおうちは、なんでロランベリー・フィールドって呼ばれてるのかな?」
「うーん、どうしてかしら? そう言われてみれば確かに、不思議な名前よね。お庭にロランベリーを植えているわけでもないのに……」
質問を受けて困惑し首を傾げながら返答をよこした冒険者を見て、ペーラキルは落胆の表情を浮かべる。
「そっかぁ。お姉ちゃんでも、知らないことはあるんだ」
「私はイシュガルド人じゃないから、イシュガルドのことはあまり詳しくは知らないのよ。今度、フランセル卿に逢ったら訊いてみるわ」
「フランセル卿って、ここの工事の一番偉い人だよね? お仕事の邪魔をしちゃ悪いから、それは工事が終わってからでいいよ」
殊勝な発言をしつつも、疑問が即座に解消されなかったことによる翳りをペーラキルの表情に認めてしまった冒険者は、彼の期待に応えられなかった自らに対して苦笑をする。
そんな冒険者に、背後から聞き覚えのある声が浴びせられた。
「なんだ、相棒。鍛冶道具をぶちまけたまま子守りをしているのか?」
「エ……」
──ここでエスティニアンの名を口にするのは、まずい。
苦笑から驚きの表情となった冒険者は、口から出しかけてしまった彼の名を咄嗟の判断で呑み込み、そして振り返った。
「あら、貴方も来ていたのね。この子たちは職人の卵だから、見た目以上にしっかりしているのよ。だから、子守りというわけではないわ」
「ほう、職人の卵たちなのか」
冒険者の機転で名が伏せられたことにより子どもたちに正体を知られずに済んだエスティニアンは、彼らを見下ろすと微かに口角を上げる。
そんなエスティニアンと視線を合わせることとなったジュルシエザンが、彼に向けて真っ先に口を開いた。
「初めまして! 姉ちゃんのことを相棒と呼んだってことは、兄ちゃんも職人さんなんだよね?」
「今はそうだな」
「それじゃ、お兄ちゃんはイシュガルドの人なの?」
ジュルシエザンへの回答を聞いたリセルが、すかさず次の質問をエスティニアンへと飛ばした。
「ああ、イシュガルド人だぞ」
頷くエスティニアンを見上げたリセルはその瞳を輝かせると、隣のペーラキルを軽く肘で小突く。
「な、なに?」
「ほら、チャンスよ。家の名前のこと、ダメ元でこの人に聞いてみるといいわ」
「あっ」
「家の名前?」
リセルの言をエスティニアンが部分的に繰り返したことでペーラキルは後に引けない状態となってしまい、直後、彼は意を決して口を開いた。
「あっ、あのね。僕たちの住んでる家はロランベリー・フィールドって呼ばれてるんだけど、どうしてその名前なのかな、って思ってたんだ。お兄ちゃんはなぜだか知ってる?」
ペーラキルを見おろす目が僅かばかり見開かれたことで三人はエスティニアンが何かを知っているのだと悟り、彼からもたらされる回答に期待をしてその胸を膨らませる。
「……なるほど。お前たちは孤児院で暮らしているのか」
「そうよ。じゃあロランベリー・フィールドは、孤児院に付けられる名前なのね」
エスティニアンはリセルへと視線を移し、大きく頷くと話を続けた。
「その通り。ロランベリー・フィールドは、イシュガルド正教が運営する孤児院に付けられる名だ。クルザス中央低地に移り住んだ夫婦がロランベリーの畑を開墾したんだが、夫婦の間には畑を継ぐべき子どもが生まれなかった。そんな二人は老後、自分たちの畑を全て教会に寄付したのさ。今後は畑を教会で管理し、収穫したロランベリーを売った金で、お前たちのような孤児を養ってほしい、という条件を付けてな。第七霊災でロランベリー畑自体は失われてしまったと思うが、畑を寄付した夫婦の遺志を語り継ぐ目的で、教会は今もその名を使い続けているのだろう」
真剣な表情で施設名の由来を聞き終えた子どもたちは、それぞれ感嘆の溜め息を吐き、目を丸くしながら、引き続きエスティニアンを見上げていた。
「なんだ、随分と驚いたようだな?」
「……うん。どうして果物の名前が入ってるんだろうって、ずっと不思議に思っていたんだけど、そういうことだったんだね」
「すてきなお話……。その人たちは、私たちのお父さんお母さんになってくれたのね」
「その考え方でいいとは思うが、なにせ俺が子どもの頃に聞いた話だし、その時も孤児院はあったからな。その人たちは俺から見ても爺さん婆さんか、あるいはもっと昔の人なのかもしれんぞ?」
「うふふ、それもそうね」
嬉しそうに笑いながら言うリセルの隣で、ジュルシエザンは腕組みをしながら考え込む。
「クルザス中央低地かぁ。大人になったら、俺たちでも行けるかな?」
「俺は作戦で何度も中央低地へ行ったことがあるが、あの辺りは第七霊災で地形が変わってしまったからな。今は陸路では難しいだろう」
「作戦で行ったってことは、兄ちゃんは騎士さまだったの?」
エスティニアンと子どもたちとのやり取りを微笑みながら見守っていた冒険者はジュルシエザンの鋭い質問に驚き、そのことを子どもたちに気取られはしなかっただろうかと一人密かに冷や汗をかいた。
「ああ。俺は昔、神殿騎士だったのさ」
「すっげぇ! だから英雄の姉ちゃんが相棒なんだね!」
エスティニアンの口から神殿騎士という言葉が出された途端、ジュルシエザンは瞳を輝かせその場で何度も飛び跳ねることで、自らの感情の昂ぶりを全身で余すところなく表現する。
彼らの傍らで冒険者は、その形での切り抜け方があったか、と、ひとまずは胸を撫で下ろした。
ニューネスト居住区の工事が完成した直後に区画全体を冒険者が散策した際、ロランベリー・フィールドの裏手にある噴水広場で少年たちが騎士ごっこに興じている様子を目の当たりにした。
竜詩戦争が終結した現在でも神殿騎士団という組織は、任務の対象を変える形で存在している。
そしてイシュガルドで騎士という存在は、以前と変わらず子どもたちの憧れの的なのであろうことが、騎士ごっこから読み取ることができる。
しかし、神殿騎士の話題をあまりこの場で長引かせはさせない方が良さそうだ。
この子たちだけならばどうとでもごまかしようはあるが、通りすがりの者の中に鋭い耳や目の持ち主が紛れていないとも限らないのだから。
冒険者はそう判断をし、話題の軌道修正を図るべく口を挟むことにした。
「クルザス中央低地への陸路が断たれてしまっていても、空からなら何とかなるかもしれないわね」
「えっ? 空から?」
思惑通りにジュルシエザンが話に喰い付いてきたことで、冒険者の口角が上がる。
「今、蒼天街には竜が何頭も来ているでしょ。その中で聖ロエル広場に居るエル・トゥという竜は、色々な「ものづくり」の修行をしているの。つまり、あなたたちと同じ立場だから、いつか職人として相棒になれるかもしれないわ。そうしたら、素材を探しに一緒にクルザス中央低地に行くことがあるかもしれないでしょう? エル・トゥと一緒なら、飛んで行くという選択肢が加わるわよ」
「そっか! ものづくりをする竜と相棒になれたら、ライバルに差を付けられるな! そうなれるように頑張らなきゃ!」
小さな拳を握り締めながら今しがたできたばかりの目標を語るジュルシエザンを見て、冒険者は再び胸を撫で下ろしながら微笑んだ。
「今とは気候がかなり違っていたんでしょうけど、昔クルザスでロランベリーが栽培されていたとは思いもしなかったわ」
子どもたちの間で蒼天街を訪れている竜についての話題が飛び交い始めたため、冒険者はエスティニアンに向け、改めて話を始めた。
「そもそも今の話は孤児院の歴史についてだからな。ロランベリーそのものに関して俺は何も知らんのだが、その言い方では、お前の持つ資料でロランベリーの記事にクルザスの名は無い、と?」
そう言いながら首を傾げるエスティニアンを見て、冒険者は頷く。
「ええ。モードゥナが原産と書かれているわ。でも今のモードゥナは、荒れ地に辛うじて緑が残っている景色だから、もうロランベリーは栽培できない気候なのかな、って。高地ラノシアで自生しているロランベリーがあるから、今の高地ラノシアが昔のクルザスやモードゥナの気候に近いのかもしれない、と思ってみたりしてね」
「なるほど、それは面白い考察だな。ところで、今やっている作業は急ぎなのか?」
「次の共同作業に向けてなるべく沢山作っておきたいけど、同じものを作っている人は他にも居るから、最優先というわけではないわ」
「ならば今から少しの間、俺に付き合え」
「……は?」
突然な誘いの真相を推し測れず首を傾げる冒険者の前で、エスティニアンは彼女の疑問に答えることはせず子どもたちの側へと向き直る。
「お前たち、新鮮なロランベリーを食べたことはあるか?」
「えー? 食べたことなんかないよ」
「それってケーキの上に飾られている、小さな赤い実よね? 私も食べたことはないわ。だって私たちにとって、ケーキはお店の外から見るだけのものだもの」
エスティニアンの質問に答えた子どもたちの表情は途端にかき曇り、ペーラキルに至っては言葉を紡ぐことすらできずに石畳へと視線を落としてしまった。
そんな彼らの様子を見たエスティニアンは下手を打ってしまったとばかりに天を仰ぎ、そして自らの頭髪を掻き回した。
「……そうだったか。辛いことを思い出させてすまなかったな。俺たちがこれからロランベリーを採ってきて食べさせてやるから、それで帳消しにしてくれ」
「えっ? ほんとに!?」
「ああ。養い親の祖となってくれた人たちが育てていた作物の味を知っておく義務が、お前たちにはあるだろう。職人を目指しているのならば、味を知ることで何かを学べるかもしれんぞ」
子どもたちの間に歓声が上がる中で冒険者の目は丸くなり、子どもたちと、彼らの喜ぶ姿を見ながら目を細めるエスティニアンの姿を交互に見た後、ようやく口を開いた。
「付き合えって、そういう……」
「そういうことだ。なので、ロランベリーが自生しているという場所まで道案内を頼むぞ、相棒」
エスティニアンは頷きながらニヤリと笑い、冒険者は肩を竦めて苦笑混じりの微笑みを見せることで返事をした。
職人たちそれぞれの手にある道具が立てる槌音は昼夜を問わず鳴り響き、蒼天街は連日、祭りのような喧噪に包まれている。
その槌音は、数多の職人たちの中に紛れた光の戦士の手元からも発せられていた。
光の戦士が第一世界で身を投じていた戦いは収束し、暁の仲間たちの身も原初世界で本来あるべき姿へと落ち着いた。
長らく続いていた後顧の憂いが解消した光の戦士は、その解放感も手伝ってかリリーヒルズの自室には戻らず、イシュガルドに長期逗留する形で今回の復興事業へ参加をしていたのだった。
「あれっ? 英雄のお姉ちゃん……だよね?」
「えっ? あ、ちょっとだけ待っていて」
名も無き者たちの広場の片隅で建築資材の製作作業を黙々と続ける冒険者に子どもから声が掛けられ、複雑な作業に取り掛かっていた冒険者は声の主へと一瞬だけ視線を送りながら早口で応じ、残りの作業を済ませてから立ち上がった。
「久しぶりね、ペーラキル。それにジュルシエザンとリセルも。どうしたの? みんな何だか少し沈んだ顔に見えるわよ?」
「うっ……。さすが、姉ちゃんは鋭いな」
その指摘にジュルシエザンがたじろぎながら返答をし、冒険者の視線を受け止めたリセルは二人の少年を見ながら小さな肩を竦めてみせた。
「ペーラキルがフェザーフォール商業区を見に行きたいって言い始めて、ジュルシエザンもその気になっちゃって。今は工事中で危ないから無理だって、私は言ったんだけど……」
「なるほど。それで工事現場に行ってはみたものの、警備の人に見つかって怒られた。そんな感じかしら?」
「そう。私は十字鍬通りから眺めようって言ったんだけど、少しでも高い所から見たいって……。それで、西の端に積まれてる石の上に二人が登ったところで見つかってしまったの」
「そりゃあ、どう考えても目立つものね。怪我をせずに済んだようで良かったわ」
事件現場を特定し、子どもたちがしでかした騒動の一部始終を脳裏に思い描いた冒険者は、三人の前でクスクスと笑う。
「工事現場で事故を起こしたら工期は長くなってしまうし、それにロランベリー・フィールドの名折れにもなってしまうわ。工事が終わったら好きなだけ行けるようになるのだから、今は我慢しておくことがあなたたちの仕事のひとつよ。わかった?」
「はぁい」
三人はばつの悪そうな表情を浮かべはしたものの冒険者の意見には納得をした模様で、それぞれが同意の言葉を口にする。
その直後にペーラキルが首を傾げながら、冒険者に新たな質問をよこした。
「ねえ、お姉ちゃん。僕たちのおうちは、なんでロランベリー・フィールドって呼ばれてるのかな?」
「うーん、どうしてかしら? そう言われてみれば確かに、不思議な名前よね。お庭にロランベリーを植えているわけでもないのに……」
質問を受けて困惑し首を傾げながら返答をよこした冒険者を見て、ペーラキルは落胆の表情を浮かべる。
「そっかぁ。お姉ちゃんでも、知らないことはあるんだ」
「私はイシュガルド人じゃないから、イシュガルドのことはあまり詳しくは知らないのよ。今度、フランセル卿に逢ったら訊いてみるわ」
「フランセル卿って、ここの工事の一番偉い人だよね? お仕事の邪魔をしちゃ悪いから、それは工事が終わってからでいいよ」
殊勝な発言をしつつも、疑問が即座に解消されなかったことによる翳りをペーラキルの表情に認めてしまった冒険者は、彼の期待に応えられなかった自らに対して苦笑をする。
そんな冒険者に、背後から聞き覚えのある声が浴びせられた。
「なんだ、相棒。鍛冶道具をぶちまけたまま子守りをしているのか?」
「エ……」
──ここでエスティニアンの名を口にするのは、まずい。
苦笑から驚きの表情となった冒険者は、口から出しかけてしまった彼の名を咄嗟の判断で呑み込み、そして振り返った。
「あら、貴方も来ていたのね。この子たちは職人の卵だから、見た目以上にしっかりしているのよ。だから、子守りというわけではないわ」
「ほう、職人の卵たちなのか」
冒険者の機転で名が伏せられたことにより子どもたちに正体を知られずに済んだエスティニアンは、彼らを見下ろすと微かに口角を上げる。
そんなエスティニアンと視線を合わせることとなったジュルシエザンが、彼に向けて真っ先に口を開いた。
「初めまして! 姉ちゃんのことを相棒と呼んだってことは、兄ちゃんも職人さんなんだよね?」
「今はそうだな」
「それじゃ、お兄ちゃんはイシュガルドの人なの?」
ジュルシエザンへの回答を聞いたリセルが、すかさず次の質問をエスティニアンへと飛ばした。
「ああ、イシュガルド人だぞ」
頷くエスティニアンを見上げたリセルはその瞳を輝かせると、隣のペーラキルを軽く肘で小突く。
「な、なに?」
「ほら、チャンスよ。家の名前のこと、ダメ元でこの人に聞いてみるといいわ」
「あっ」
「家の名前?」
リセルの言をエスティニアンが部分的に繰り返したことでペーラキルは後に引けない状態となってしまい、直後、彼は意を決して口を開いた。
「あっ、あのね。僕たちの住んでる家はロランベリー・フィールドって呼ばれてるんだけど、どうしてその名前なのかな、って思ってたんだ。お兄ちゃんはなぜだか知ってる?」
ペーラキルを見おろす目が僅かばかり見開かれたことで三人はエスティニアンが何かを知っているのだと悟り、彼からもたらされる回答に期待をしてその胸を膨らませる。
「……なるほど。お前たちは孤児院で暮らしているのか」
「そうよ。じゃあロランベリー・フィールドは、孤児院に付けられる名前なのね」
エスティニアンはリセルへと視線を移し、大きく頷くと話を続けた。
「その通り。ロランベリー・フィールドは、イシュガルド正教が運営する孤児院に付けられる名だ。クルザス中央低地に移り住んだ夫婦がロランベリーの畑を開墾したんだが、夫婦の間には畑を継ぐべき子どもが生まれなかった。そんな二人は老後、自分たちの畑を全て教会に寄付したのさ。今後は畑を教会で管理し、収穫したロランベリーを売った金で、お前たちのような孤児を養ってほしい、という条件を付けてな。第七霊災でロランベリー畑自体は失われてしまったと思うが、畑を寄付した夫婦の遺志を語り継ぐ目的で、教会は今もその名を使い続けているのだろう」
真剣な表情で施設名の由来を聞き終えた子どもたちは、それぞれ感嘆の溜め息を吐き、目を丸くしながら、引き続きエスティニアンを見上げていた。
「なんだ、随分と驚いたようだな?」
「……うん。どうして果物の名前が入ってるんだろうって、ずっと不思議に思っていたんだけど、そういうことだったんだね」
「すてきなお話……。その人たちは、私たちのお父さんお母さんになってくれたのね」
「その考え方でいいとは思うが、なにせ俺が子どもの頃に聞いた話だし、その時も孤児院はあったからな。その人たちは俺から見ても爺さん婆さんか、あるいはもっと昔の人なのかもしれんぞ?」
「うふふ、それもそうね」
嬉しそうに笑いながら言うリセルの隣で、ジュルシエザンは腕組みをしながら考え込む。
「クルザス中央低地かぁ。大人になったら、俺たちでも行けるかな?」
「俺は作戦で何度も中央低地へ行ったことがあるが、あの辺りは第七霊災で地形が変わってしまったからな。今は陸路では難しいだろう」
「作戦で行ったってことは、兄ちゃんは騎士さまだったの?」
エスティニアンと子どもたちとのやり取りを微笑みながら見守っていた冒険者はジュルシエザンの鋭い質問に驚き、そのことを子どもたちに気取られはしなかっただろうかと一人密かに冷や汗をかいた。
「ああ。俺は昔、神殿騎士だったのさ」
「すっげぇ! だから英雄の姉ちゃんが相棒なんだね!」
エスティニアンの口から神殿騎士という言葉が出された途端、ジュルシエザンは瞳を輝かせその場で何度も飛び跳ねることで、自らの感情の昂ぶりを全身で余すところなく表現する。
彼らの傍らで冒険者は、その形での切り抜け方があったか、と、ひとまずは胸を撫で下ろした。
ニューネスト居住区の工事が完成した直後に区画全体を冒険者が散策した際、ロランベリー・フィールドの裏手にある噴水広場で少年たちが騎士ごっこに興じている様子を目の当たりにした。
竜詩戦争が終結した現在でも神殿騎士団という組織は、任務の対象を変える形で存在している。
そしてイシュガルドで騎士という存在は、以前と変わらず子どもたちの憧れの的なのであろうことが、騎士ごっこから読み取ることができる。
しかし、神殿騎士の話題をあまりこの場で長引かせはさせない方が良さそうだ。
この子たちだけならばどうとでもごまかしようはあるが、通りすがりの者の中に鋭い耳や目の持ち主が紛れていないとも限らないのだから。
冒険者はそう判断をし、話題の軌道修正を図るべく口を挟むことにした。
「クルザス中央低地への陸路が断たれてしまっていても、空からなら何とかなるかもしれないわね」
「えっ? 空から?」
思惑通りにジュルシエザンが話に喰い付いてきたことで、冒険者の口角が上がる。
「今、蒼天街には竜が何頭も来ているでしょ。その中で聖ロエル広場に居るエル・トゥという竜は、色々な「ものづくり」の修行をしているの。つまり、あなたたちと同じ立場だから、いつか職人として相棒になれるかもしれないわ。そうしたら、素材を探しに一緒にクルザス中央低地に行くことがあるかもしれないでしょう? エル・トゥと一緒なら、飛んで行くという選択肢が加わるわよ」
「そっか! ものづくりをする竜と相棒になれたら、ライバルに差を付けられるな! そうなれるように頑張らなきゃ!」
小さな拳を握り締めながら今しがたできたばかりの目標を語るジュルシエザンを見て、冒険者は再び胸を撫で下ろしながら微笑んだ。
「今とは気候がかなり違っていたんでしょうけど、昔クルザスでロランベリーが栽培されていたとは思いもしなかったわ」
子どもたちの間で蒼天街を訪れている竜についての話題が飛び交い始めたため、冒険者はエスティニアンに向け、改めて話を始めた。
「そもそも今の話は孤児院の歴史についてだからな。ロランベリーそのものに関して俺は何も知らんのだが、その言い方では、お前の持つ資料でロランベリーの記事にクルザスの名は無い、と?」
そう言いながら首を傾げるエスティニアンを見て、冒険者は頷く。
「ええ。モードゥナが原産と書かれているわ。でも今のモードゥナは、荒れ地に辛うじて緑が残っている景色だから、もうロランベリーは栽培できない気候なのかな、って。高地ラノシアで自生しているロランベリーがあるから、今の高地ラノシアが昔のクルザスやモードゥナの気候に近いのかもしれない、と思ってみたりしてね」
「なるほど、それは面白い考察だな。ところで、今やっている作業は急ぎなのか?」
「次の共同作業に向けてなるべく沢山作っておきたいけど、同じものを作っている人は他にも居るから、最優先というわけではないわ」
「ならば今から少しの間、俺に付き合え」
「……は?」
突然な誘いの真相を推し測れず首を傾げる冒険者の前で、エスティニアンは彼女の疑問に答えることはせず子どもたちの側へと向き直る。
「お前たち、新鮮なロランベリーを食べたことはあるか?」
「えー? 食べたことなんかないよ」
「それってケーキの上に飾られている、小さな赤い実よね? 私も食べたことはないわ。だって私たちにとって、ケーキはお店の外から見るだけのものだもの」
エスティニアンの質問に答えた子どもたちの表情は途端にかき曇り、ペーラキルに至っては言葉を紡ぐことすらできずに石畳へと視線を落としてしまった。
そんな彼らの様子を見たエスティニアンは下手を打ってしまったとばかりに天を仰ぎ、そして自らの頭髪を掻き回した。
「……そうだったか。辛いことを思い出させてすまなかったな。俺たちがこれからロランベリーを採ってきて食べさせてやるから、それで帳消しにしてくれ」
「えっ? ほんとに!?」
「ああ。養い親の祖となってくれた人たちが育てていた作物の味を知っておく義務が、お前たちにはあるだろう。職人を目指しているのならば、味を知ることで何かを学べるかもしれんぞ」
子どもたちの間に歓声が上がる中で冒険者の目は丸くなり、子どもたちと、彼らの喜ぶ姿を見ながら目を細めるエスティニアンの姿を交互に見た後、ようやく口を開いた。
「付き合えって、そういう……」
「そういうことだ。なので、ロランベリーが自生しているという場所まで道案内を頼むぞ、相棒」
エスティニアンは頷きながらニヤリと笑い、冒険者は肩を竦めて苦笑混じりの微笑みを見せることで返事をした。
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