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ひと夏の作戦

 その日の夕刻。
 紅の竜騎士たちはリムサ・ロミンサの下甲板層で定期便を降りると、市街へと向かう他の乗客たちとは逆の右方向へと歩を進めて桟橋の突先に辿り着いた。

「ここだと人の往来が殆ど無いから、釣りをしながら心置きなくお喋りができるのよ。ロミンサンアンチョビのペーストを作るにはもう少し魚の数が多い方がいいと思うから、日が暮れるくらいまで釣って、それから食事をしに行きましょ」
 そう言った冒険者は自らの釣り竿を荷から取り出すと、アスタリシア号に背を向ける形で釣りを始めた。
「なるほどな。ペーストのレシピは食事の後にでも訊ねるのか?」
「ええ、そのつもり」
 冒険者は短く返事をすると釣り竿を引き、慣れた手つきで糸を巻き上げるとロミンサンアンチョビを釣り上げた。
「先を越されてしまったか」
 二人の間に置かれたアイスシャード入りの袋に冒険者が魚を追加する様子を、エスティニアンは横目で見下ろしながら呟く。
「私の方が少し先に釣り始めたんだから、普通は先になるわよ」
 応えながら冒険者は、再び海面へと釣り糸を垂らす。
 直後にエスティニアンの釣り竿にも手応えがあり、袋の中のロミンサンアンチョビの数が増えることとなった。
 いつの間にか海面には二人の影が落ちており、ふと左手側を見遣ると、リムサ・ロミンサの街は夕焼けの色に包まれていた。

「お前からは見えていなかっただろうが、舞いを見ている最中のジジイの様子は、それはもう滑稽だったぞ」
「ふふっ、そうだったの。真ん中の傷だらけの男が目立ち過ぎなんじゃ~、とか言っていたけど、それがあの場では精一杯の意思表示だったのかしらね?」
「だろうな。俺は笑いを堪えるのに精一杯だったが」
 舞いを披露する最中に溜め込んだものを吐き出すかのように、エスティニアンは冒険者の隣で意地悪く笑う。
「私は常に後ろに隠れていられるように貴方の背中ばかりを見ていたけど、背中には傷が無くて凄いな、って思っていたわ」
「フッ。いつも正面ばかりを見ていて気付かなかったのか」
「ちょっ……そんなこと! 誰かに聞かれたら……」
「ここは心置きなく喋ることができる場なのだろう? 今の話はせいぜい海鳥に聞かれたくらいさ」
「もう……」
 頬を膨らませながら袋に魚を入れる冒険者の姿を見下ろしながら、エスティニアンは容赦なく笑う。

「あっ、花火が!」
 いったん構えた釣り竿を納めて花火の破裂音が続く外洋側に向き直った冒険者が声を上げ、それに続いてエスティニアンも、彼女が見上げる夕焼けの空に視線を送る。
「ほう……。ここからの眺めも、なかなかいいものだな」

 紅蓮祭の催事のひとつである花火に対してエスティニアンの口から感嘆の言葉が出されたことに冒険者は驚き、それを彼には気取られぬよう微笑みで覆い隠す。
「ふふっ。たまには、こういう時間の過ごし方もいいでしょう?」
「……ああ、そうだな」 

 紅蓮祭の喧噪はさておき、このようにして二人で空を眺めるのも良いものだ。
 そう思い、エスティニアンが改めて見上げたリムサ・ロミンサの空に上がる花火の向こう側には、いつの間にか無数の星が瞬いていた。

    ~ 完 ~

   初出/2020年8月24日 pixiv&Privatter
   『第45回FF14光の戦士NLお題企画』の『紅蓮祭』参加作品
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