僕のお願い
「ウルダハってイシュガルドみたいに石でできてるけど、イシュガルドよりもなんだかまぶしい感じがしたよ。不思議だねぇ!」
光の戦士の要請に応じ、ウルダハのフロンデール薬学院にある小児病棟を訪れたカル・ミークは、イシュガルドへと向かう飛空艇から徐々に遠くなるウルダハの全景を望みながら、初めて訪れた二つの街を比較しての感想を述べた。
「ウルダハは砂の都と言われているから、日差しが強くてまぶしいのよ。ドラヴァニアやクルザスと比べたら、暑かったでしょう?」
「そうだねー。あと、こまかい砂が鱗の間に入っちゃって、身体中がなんだかザラザラしてるよ。みんながいたお部屋の前にあった水たまりで水浴びをしてくればよかったなー」
「あれは水たまりじゃなくて噴水というものなのよ。水浴びをする場所じゃないわ」
冒険者が微笑みながら応じる様子を見て、カル・ミークは首をかしげる。
「フンスイ? 水浴びができないなら、あれは水を飲むところなの?」
「鳥とかは飲みに来るかもしれないけど、ヒトはあそこの水は飲まないわ。あんな感じに水を動かして、水の音を聞いたり水しぶきで街の中に少し潤いを与えるために作られた設備なのよ」
「ふうん? 鳥が飲みに来るなら、あそこで待ち伏せしたら狩りができるね!」
その発言が想定外のものであったために冒険者は不覚にも噴き出してしまい、そんな彼女の様子を見たカル・ミークは更に首をかしげる。
「……ボク、なにかおかしなことを言っちゃった?」
途端に不安げな口調となり問い掛けてきたカル・ミークに冒険者は向き直り、話を続けた。
「笑ってしまってごめんね。街はみんなのおうちだから、その中は狩りをする場所じゃないのよ。あなたも、住んでいる塔の中で狩りはしないでしょう? それと同じだと考えればいいんじゃないかしら?」
「そっかぁ、そう言われてみればそうだね!」
冒険者とカル・ミークが他愛のない会話を続けている間に、飛空艇の進路にはイシュガルドの全景が望める形となっていた。
「ひくうていって速いんだねぇ! あ、そうだ! ウルダハが砂の都なら、イシュガルドはなんていうの?」
「イシュガルドは山の都と呼ばれているわ。あとは、森の都グリダニアと海の都リムサ・ロミンサと知の都シャーレアン。ナントカの都、と呼ばれているのは、この五つの場所よ」
「そうなんだ! じゃあ、アラミゴってところには、そういう別の名前はないの?」
「んー、私は聞いたことがないわね……って、あなた、どうしてアラミゴを知っているの?」
冒険者はイシュガルド・ランディングに停泊した飛空艇から降りながら、やや驚いた口調で、後に続くカル・ミークに応じる。
その後ふたりはクルザス西部高地を目指すべく皇都内をスカイスチール機工房の方面へと移動しつつ、話を続けた。
「オーン・カイからアラミゴの話を聞いたんだよ。すごーくでっかい建物があって、そこのてっぺんには広いお花畑があるんだって。ほんとに?」
「なるほどね、オーン・カイから……。ええ、屋上がお花畑になっている、とても大きな建物があるわよ」
「へえぇ! ヒトっていろんなものを作るんだね。それにしても、オーン・カイが羨ましいよ。ボクもいろんなところに行ってみたいなー」
「そんなに焦らなくても、あなたならそのうちに好きなところに行けるようになるわ。……さて、と」
イシュガルドを後にしてファルコンネストへと辿り着いた冒険者は、カル・ミークに向き直る。
「ここからは飛んでいくことになるけど、一緒に私のマウントに乗る? それとも、自分で飛ぶ?」
その質問はどうやら唐突だった模様で、カル・ミークは大きな目を数回瞬きさせた後に宙返りを一回すると溌溂とした声で宣言をした。
「ここはコキョウの空ってやつだから、自分で飛んでいくよ!」
低地ドラヴァニアを経由して不浄の三塔に到着したふたりは、まず母竜のグリンカムビに帰還の挨拶をした。
「ただいま、おかあさん! ボクね、ウルダハでしつじってお仕事をしてきたんだ! たくさんのヒトの子どもとおしゃべりしたり、珍しいものをたくさん見たりして楽しかったよ!」
「おかえり。……おやおや、遠くから疲れて帰ってくるのかと思いきや、随分と元気だこと」
グリンカムビは我が子の無事の帰還に胸を撫で下ろした様子で、その声音の端々には安堵の響きが織り込まれていた。
「ウルダハからイシュガルドまではひくうていってヤツに乗ってきたから、疲れる暇がなかったんだよ。あれはたぶん、おかあさんの背中に乗った時より速かったと思うなー」
「へえ、そうなのかい。そのひくうていとやらと、一度飛び比べてみたいものだよ」
冒険者は目の前で楽しげに語り合う竜の母子を微笑みながら見守り、次いで鞄を探るとロイヤルピーチオーナメントを取り出した。
「カル、ちょっとこっちを向いてくれる?」
「ん? なあに?」
「あなたの分の執事の報酬を預かっていたの。移動中に無くしてしまったら大変だから、ここで渡そうと思っていてね」
冒険者はカル・ミークの右角にロイヤルピーチオーナメントを結び付けると、その姿を見て満足げに微笑んだ。
「わぁ! これってみんなが頭につけてたやつだよね! へへっ、みんなとお揃いだ~」
喜び何度もその場で宙返りをするカル・ミークと、その様子を見守っていたグリンカムビと冒険者に向けて、予期せぬ声が掛けられた。
「なんだか賑やかだと思ったら相棒! こっちに遊びに来てたんだね」
光の戦士を相棒と呼ぶ竜は一頭しか存在しない。
子竜の身でありながら東方の空までをも飛び回った経験の持ち主、オーン・カイだ。
「久しぶりね、オーン・カイ。今日は遊びに来たわけじゃなくて、カル・ミークを送りに来たのよ」
「そうなんだ~。で、カルは何を頭に付けてるの?」
本来ならば何も身に着けることのない竜の頭に花飾りが付いているのだ。オーン・カイが疑問に思うのも至極当然のことだった。
「へっへーん! これはウルダハでしつじのお仕事をやったホウシュウなんだよ」
カル・ミークは自慢げに説明をすると右手でロイヤルピーチオーナメントを数回触り、次いで頭を軽く振り回してアピールをする。
「しつじのお仕事? それってどんなことをするの?」
「えーっとね。ヒトのお願いを叶えて喜んでもらうのが、しつじのお仕事なんだ。小さなドラゴンに逢いたいって子がいて、その子を喜ばせるためにボクが呼ばれたんだよ」
「へえぇ、楽しそうなお仕事だね。……ん? 小さなドラゴンに逢いたいって願ってたのはその子だから、その子のお願いを叶えたのは相棒で、カルは相棒のお願いを叶えた、ってことになるよね?」
「えっ?」
オーン・カイに疑問を含んだ質問をぶつけられたカル・ミークは驚き、首をかしげながら小さな指で中空に、自らを含めた相関関係を描き始めた。
「そう……いうことになる、のかな?」
頭の中で考えをまとめ切れない様子でカル・ミークは途切れ途切れな返事をしながら冒険者へと視線を送り、助言を乞う。
「そうね」
その回答を受けてカル・ミークはホッと胸をなでおろし、一方オーン・カイはその瞳を輝かせた。
「それじゃあさ、相棒もしつじのお仕事ができるんだから、僕がお願いをしたら叶えてくれるってことだよね!」
「ええ。「執事」として誰かの願いを叶えるのはプリンセスデーの期間限定だけども、オーン・カイの願いだったら、相棒なわけだし、私のできる範囲でならいつでもいいわよ。いつだったか、紅葉狩りに行きたいって願いを叶えたのは、この時期じゃなかったでしょ」
「あっ! そうだったね!!」
オーン・カイは嬉しそうにその場で何度も宙返りをし、冒険者はその様子を見て微笑みを浮かべる。
「で、どんな願いなのかしら?」
問い掛けを受けて我に返ったオーン・カイは冒険者の正面に向き直ると、瞳の輝きはそのままで、やや神妙な面持ちとなってからこう言った。
「相棒の子どもを作ってほしいんだ」
「……えっ?」
以前に頼まれた紅葉狩りのような他愛のない願いであろうと高を括っていた冒険者の思考は、瞬時に真っ白となった。
「ど……どうして?」
驚きの白さをかき分けて絞りだした冒険者の疑問符を受け止めたオーン・カイは、先ほどまで輝かせていたその瞳に少しばかりの陰を落としながら話し始めた。
「この前ニーズヘッグの弔いの旅をした時に約束したじゃないか。僕は相棒といっしょに生きるし、寿命で死んじゃったら子どもとも仲良くするって。で、その後で相棒が異世界ですごく危ない目に遭ってたんだって話を聞いちゃって、僕、途端に不安になっちゃったんだ。だって、相棒にはまだ、子どもがいないからさ……」
それがオーン・カイにとって純粋かつ切実な願いであることは、竜との付き合いが長い冒険者には十二分に理解することはできたのだが、しかし竜ならではの感覚でそれを求められても、いかんせんヒトの身では咄嗟の返答には窮するというもので。
「私も時折、親友の子孫と逢うことができたら……と思うことがあるのさ。ヒトの命は短いからね。あなたがオーン・カイの願いを叶えてくれるのなら、私も嬉しく思うよ」
一連のやり取りを暖かく見守っていたグリンカムビが、これまた竜ならではの意見をよこしたことで、冒険者は更に返答の言葉を練り直す事態へと陥ってしまった。
「ええと……ヒトの子どもは、天からの授かりものと言われるので、その……」
冒険者が纏まらない思考を懸命に纏め、グリンカムビに向けて絞り出すような口調で応じ始めたその時、階下から響く足音が徐々に大きくなり、そして止まった。
「気配があるからどこに居るのかと思えば、最上階だったのか」
塔の外周にある階段の出入口を見遣ると、そこに現在の冒険者にとっては盛大に渦中の人物と化していた者が佇んでいた。
──よりにもよって……だ。
「エ……エスティニアン!! どうしてここに!?」
「ヴィゾーヴニルに頼まれた用があってな。そちらは済んだので、事のついでに上ってきてみたというわけさ。しかしお前たち、雁首を揃えてどうしたんだ? 何かの相談をしていたのか?」
壁で隔てられた螺旋階段を上ってきたことで自らの足音が反響でもしていたのだろう。耳の良いエスティニアンに、今回は幸いにしてこれまでの話の内容を聞き取られはしていなかったようだ。
「え……ええ。ちょっとしたことを、ね」
何とか誤魔化してこの場を切り抜けてしまおうと、歩み寄るエスティニアンに向けて引き攣った笑顔で応じる冒険者の姿を見たオーン・カイが、たまらずに口を挟んだ。
「ちょっとしたことじゃなくて大事なことだよー! 僕のお願いを相棒に叶えて貰おうと思っ……うわあ!!」
エスティニアンに向けてオーン・カイが訴えかけ始めるや否や、冒険者がオーン・カイに飛び掛かって彼を抱え込むと、その勢いに任せるままゴロゴロと床を転がっていった。
「……何をやっているんだ、お前らは?」
「何でもない! 何でもないのよ!」
どう考えても力業でこの場を収めてしまおうとしているようにしか思えない冒険者と、無傷ではあるが彼女の力業から抜け出すことが叶わずにバタバタと腕の中でもがくオーン・カイの姿を見て、エスティニアンは呆れた表情のまま長々と溜め息を吐いた。
「まあいい。オーン・カイの口は塞げても、それ以上は物理的に無理だろうしな」
その言葉から直後の展開を確信し、床に転がったまま愕然とした表情となった冒険者を見下ろして、エスティニアンはニヤリと笑う。
「この状況から察するに、オーン・カイの願いとやらは、あんたたちも知っているんだろう?」
エスティニアンはグリンカムビを見上げながら問い、それを受け止めたグリンカムビとカル・ミークは、大きく頷いた。
~ 完 ~
初出/2020年3月17日 pixiv&Privatter
『第43回FF14光の戦士NLお題企画』の『プリンセスデー』参加作品
光の戦士の要請に応じ、ウルダハのフロンデール薬学院にある小児病棟を訪れたカル・ミークは、イシュガルドへと向かう飛空艇から徐々に遠くなるウルダハの全景を望みながら、初めて訪れた二つの街を比較しての感想を述べた。
「ウルダハは砂の都と言われているから、日差しが強くてまぶしいのよ。ドラヴァニアやクルザスと比べたら、暑かったでしょう?」
「そうだねー。あと、こまかい砂が鱗の間に入っちゃって、身体中がなんだかザラザラしてるよ。みんながいたお部屋の前にあった水たまりで水浴びをしてくればよかったなー」
「あれは水たまりじゃなくて噴水というものなのよ。水浴びをする場所じゃないわ」
冒険者が微笑みながら応じる様子を見て、カル・ミークは首をかしげる。
「フンスイ? 水浴びができないなら、あれは水を飲むところなの?」
「鳥とかは飲みに来るかもしれないけど、ヒトはあそこの水は飲まないわ。あんな感じに水を動かして、水の音を聞いたり水しぶきで街の中に少し潤いを与えるために作られた設備なのよ」
「ふうん? 鳥が飲みに来るなら、あそこで待ち伏せしたら狩りができるね!」
その発言が想定外のものであったために冒険者は不覚にも噴き出してしまい、そんな彼女の様子を見たカル・ミークは更に首をかしげる。
「……ボク、なにかおかしなことを言っちゃった?」
途端に不安げな口調となり問い掛けてきたカル・ミークに冒険者は向き直り、話を続けた。
「笑ってしまってごめんね。街はみんなのおうちだから、その中は狩りをする場所じゃないのよ。あなたも、住んでいる塔の中で狩りはしないでしょう? それと同じだと考えればいいんじゃないかしら?」
「そっかぁ、そう言われてみればそうだね!」
冒険者とカル・ミークが他愛のない会話を続けている間に、飛空艇の進路にはイシュガルドの全景が望める形となっていた。
「ひくうていって速いんだねぇ! あ、そうだ! ウルダハが砂の都なら、イシュガルドはなんていうの?」
「イシュガルドは山の都と呼ばれているわ。あとは、森の都グリダニアと海の都リムサ・ロミンサと知の都シャーレアン。ナントカの都、と呼ばれているのは、この五つの場所よ」
「そうなんだ! じゃあ、アラミゴってところには、そういう別の名前はないの?」
「んー、私は聞いたことがないわね……って、あなた、どうしてアラミゴを知っているの?」
冒険者はイシュガルド・ランディングに停泊した飛空艇から降りながら、やや驚いた口調で、後に続くカル・ミークに応じる。
その後ふたりはクルザス西部高地を目指すべく皇都内をスカイスチール機工房の方面へと移動しつつ、話を続けた。
「オーン・カイからアラミゴの話を聞いたんだよ。すごーくでっかい建物があって、そこのてっぺんには広いお花畑があるんだって。ほんとに?」
「なるほどね、オーン・カイから……。ええ、屋上がお花畑になっている、とても大きな建物があるわよ」
「へえぇ! ヒトっていろんなものを作るんだね。それにしても、オーン・カイが羨ましいよ。ボクもいろんなところに行ってみたいなー」
「そんなに焦らなくても、あなたならそのうちに好きなところに行けるようになるわ。……さて、と」
イシュガルドを後にしてファルコンネストへと辿り着いた冒険者は、カル・ミークに向き直る。
「ここからは飛んでいくことになるけど、一緒に私のマウントに乗る? それとも、自分で飛ぶ?」
その質問はどうやら唐突だった模様で、カル・ミークは大きな目を数回瞬きさせた後に宙返りを一回すると溌溂とした声で宣言をした。
「ここはコキョウの空ってやつだから、自分で飛んでいくよ!」
低地ドラヴァニアを経由して不浄の三塔に到着したふたりは、まず母竜のグリンカムビに帰還の挨拶をした。
「ただいま、おかあさん! ボクね、ウルダハでしつじってお仕事をしてきたんだ! たくさんのヒトの子どもとおしゃべりしたり、珍しいものをたくさん見たりして楽しかったよ!」
「おかえり。……おやおや、遠くから疲れて帰ってくるのかと思いきや、随分と元気だこと」
グリンカムビは我が子の無事の帰還に胸を撫で下ろした様子で、その声音の端々には安堵の響きが織り込まれていた。
「ウルダハからイシュガルドまではひくうていってヤツに乗ってきたから、疲れる暇がなかったんだよ。あれはたぶん、おかあさんの背中に乗った時より速かったと思うなー」
「へえ、そうなのかい。そのひくうていとやらと、一度飛び比べてみたいものだよ」
冒険者は目の前で楽しげに語り合う竜の母子を微笑みながら見守り、次いで鞄を探るとロイヤルピーチオーナメントを取り出した。
「カル、ちょっとこっちを向いてくれる?」
「ん? なあに?」
「あなたの分の執事の報酬を預かっていたの。移動中に無くしてしまったら大変だから、ここで渡そうと思っていてね」
冒険者はカル・ミークの右角にロイヤルピーチオーナメントを結び付けると、その姿を見て満足げに微笑んだ。
「わぁ! これってみんなが頭につけてたやつだよね! へへっ、みんなとお揃いだ~」
喜び何度もその場で宙返りをするカル・ミークと、その様子を見守っていたグリンカムビと冒険者に向けて、予期せぬ声が掛けられた。
「なんだか賑やかだと思ったら相棒! こっちに遊びに来てたんだね」
光の戦士を相棒と呼ぶ竜は一頭しか存在しない。
子竜の身でありながら東方の空までをも飛び回った経験の持ち主、オーン・カイだ。
「久しぶりね、オーン・カイ。今日は遊びに来たわけじゃなくて、カル・ミークを送りに来たのよ」
「そうなんだ~。で、カルは何を頭に付けてるの?」
本来ならば何も身に着けることのない竜の頭に花飾りが付いているのだ。オーン・カイが疑問に思うのも至極当然のことだった。
「へっへーん! これはウルダハでしつじのお仕事をやったホウシュウなんだよ」
カル・ミークは自慢げに説明をすると右手でロイヤルピーチオーナメントを数回触り、次いで頭を軽く振り回してアピールをする。
「しつじのお仕事? それってどんなことをするの?」
「えーっとね。ヒトのお願いを叶えて喜んでもらうのが、しつじのお仕事なんだ。小さなドラゴンに逢いたいって子がいて、その子を喜ばせるためにボクが呼ばれたんだよ」
「へえぇ、楽しそうなお仕事だね。……ん? 小さなドラゴンに逢いたいって願ってたのはその子だから、その子のお願いを叶えたのは相棒で、カルは相棒のお願いを叶えた、ってことになるよね?」
「えっ?」
オーン・カイに疑問を含んだ質問をぶつけられたカル・ミークは驚き、首をかしげながら小さな指で中空に、自らを含めた相関関係を描き始めた。
「そう……いうことになる、のかな?」
頭の中で考えをまとめ切れない様子でカル・ミークは途切れ途切れな返事をしながら冒険者へと視線を送り、助言を乞う。
「そうね」
その回答を受けてカル・ミークはホッと胸をなでおろし、一方オーン・カイはその瞳を輝かせた。
「それじゃあさ、相棒もしつじのお仕事ができるんだから、僕がお願いをしたら叶えてくれるってことだよね!」
「ええ。「執事」として誰かの願いを叶えるのはプリンセスデーの期間限定だけども、オーン・カイの願いだったら、相棒なわけだし、私のできる範囲でならいつでもいいわよ。いつだったか、紅葉狩りに行きたいって願いを叶えたのは、この時期じゃなかったでしょ」
「あっ! そうだったね!!」
オーン・カイは嬉しそうにその場で何度も宙返りをし、冒険者はその様子を見て微笑みを浮かべる。
「で、どんな願いなのかしら?」
問い掛けを受けて我に返ったオーン・カイは冒険者の正面に向き直ると、瞳の輝きはそのままで、やや神妙な面持ちとなってからこう言った。
「相棒の子どもを作ってほしいんだ」
「……えっ?」
以前に頼まれた紅葉狩りのような他愛のない願いであろうと高を括っていた冒険者の思考は、瞬時に真っ白となった。
「ど……どうして?」
驚きの白さをかき分けて絞りだした冒険者の疑問符を受け止めたオーン・カイは、先ほどまで輝かせていたその瞳に少しばかりの陰を落としながら話し始めた。
「この前ニーズヘッグの弔いの旅をした時に約束したじゃないか。僕は相棒といっしょに生きるし、寿命で死んじゃったら子どもとも仲良くするって。で、その後で相棒が異世界ですごく危ない目に遭ってたんだって話を聞いちゃって、僕、途端に不安になっちゃったんだ。だって、相棒にはまだ、子どもがいないからさ……」
それがオーン・カイにとって純粋かつ切実な願いであることは、竜との付き合いが長い冒険者には十二分に理解することはできたのだが、しかし竜ならではの感覚でそれを求められても、いかんせんヒトの身では咄嗟の返答には窮するというもので。
「私も時折、親友の子孫と逢うことができたら……と思うことがあるのさ。ヒトの命は短いからね。あなたがオーン・カイの願いを叶えてくれるのなら、私も嬉しく思うよ」
一連のやり取りを暖かく見守っていたグリンカムビが、これまた竜ならではの意見をよこしたことで、冒険者は更に返答の言葉を練り直す事態へと陥ってしまった。
「ええと……ヒトの子どもは、天からの授かりものと言われるので、その……」
冒険者が纏まらない思考を懸命に纏め、グリンカムビに向けて絞り出すような口調で応じ始めたその時、階下から響く足音が徐々に大きくなり、そして止まった。
「気配があるからどこに居るのかと思えば、最上階だったのか」
塔の外周にある階段の出入口を見遣ると、そこに現在の冒険者にとっては盛大に渦中の人物と化していた者が佇んでいた。
──よりにもよって……だ。
「エ……エスティニアン!! どうしてここに!?」
「ヴィゾーヴニルに頼まれた用があってな。そちらは済んだので、事のついでに上ってきてみたというわけさ。しかしお前たち、雁首を揃えてどうしたんだ? 何かの相談をしていたのか?」
壁で隔てられた螺旋階段を上ってきたことで自らの足音が反響でもしていたのだろう。耳の良いエスティニアンに、今回は幸いにしてこれまでの話の内容を聞き取られはしていなかったようだ。
「え……ええ。ちょっとしたことを、ね」
何とか誤魔化してこの場を切り抜けてしまおうと、歩み寄るエスティニアンに向けて引き攣った笑顔で応じる冒険者の姿を見たオーン・カイが、たまらずに口を挟んだ。
「ちょっとしたことじゃなくて大事なことだよー! 僕のお願いを相棒に叶えて貰おうと思っ……うわあ!!」
エスティニアンに向けてオーン・カイが訴えかけ始めるや否や、冒険者がオーン・カイに飛び掛かって彼を抱え込むと、その勢いに任せるままゴロゴロと床を転がっていった。
「……何をやっているんだ、お前らは?」
「何でもない! 何でもないのよ!」
どう考えても力業でこの場を収めてしまおうとしているようにしか思えない冒険者と、無傷ではあるが彼女の力業から抜け出すことが叶わずにバタバタと腕の中でもがくオーン・カイの姿を見て、エスティニアンは呆れた表情のまま長々と溜め息を吐いた。
「まあいい。オーン・カイの口は塞げても、それ以上は物理的に無理だろうしな」
その言葉から直後の展開を確信し、床に転がったまま愕然とした表情となった冒険者を見下ろして、エスティニアンはニヤリと笑う。
「この状況から察するに、オーン・カイの願いとやらは、あんたたちも知っているんだろう?」
エスティニアンはグリンカムビを見上げながら問い、それを受け止めたグリンカムビとカル・ミークは、大きく頷いた。
~ 完 ~
初出/2020年3月17日 pixiv&Privatter
『第43回FF14光の戦士NLお題企画』の『プリンセスデー』参加作品
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