Give and Take
「大丈夫か? ただお前の姿を眺め続けているのもどうかと思ってな。茶を淹れ直させて貰っていたぞ」
突如発動した過去視から戻った冒険者は、対面で脚を組みティーカップを傾けながら発されたエスティニアンの言葉に迎えられた。
「……ふう。外で話を聞かなくて良かったと、心底思ったわ」
「全くだ」
二人の元・蒼の竜騎士は揃って苦笑をし、その後冒険者はエスティニアンの淹れ直した茶を口にした。
「ひとつ聞きたいのだけど」
「何だ?」
「石の家での過去視の最中に、貴方の身に何か特有の感覚はあった?」
その突飛な質問にエスティニアンは驚きの表情を見せ、首を傾げながら当時の記憶を手繰り始める。
「……そうだな。視線が増えるというか、奇妙な気配に纏わりつかれる感覚があったぞ」
「なるほどね。じゃ、今の私の過去視でも、それはあった?」
「あった。ということは、今も俺の過去を?」
「ええ。視線が増える……奇妙な気配に纏わりつかれる……そっか、そんな感じなのね」
呟きながら首を傾げる冒険者を見たエスティニアンの背筋には、この日二度目の悪寒が走った。
「相棒、お前……今いったい何を視た?」
「クガネで追い掛け回された時」
──いっそ笑い飛ばしてくれた方が、どんなにか楽だったに違いない。
今回の相談の発端は、他でもない、このクガネでの騒動だ。
念頭から消し去ろうと努力をしても、それを話題にしている最中になどできようはずもなく。
そんな胸の内が彼女の心の壁を超える力に捕捉されてしまった、と解釈をするのが、この場合は妥当なのだろう。
「なるほど、こういう経緯で帝国行きの仕事を引き受けたのね」
引き続きの真顔で問われることが、なんとも辛い。
「……ああ。断りようが無くてな」
「確かに、これではそうでしょうね。でも……」
「どうした?」
考え込み始めた冒険者にエスティニアンは、この状況を早く終わらせて欲しいとの一心で話の先を促した。
「嫌かもしれないけど、思い出してみて。クガネの時にも、今みたいな感覚はあった? 私の今の追体験では、それが感じられなかったの」
「言われてみれば、確かにあの時は……まさか!?」
愕然とするエスティニアンの前で、冒険者はティーカップへと手を伸ばす。
「それが多分「視られた時」の感覚よ。そして、クガネの時にそれが無かったということは……」
冒険者が頷きながら続けた言葉を聞き終わってなお、エスティニアンは愕然とし続けていた。
「ここまでの情報では推測の域を出ないのだけど、この状況だとクガネではクルルさんに鎌をかけられた可能性があると思うわ。以前、私を使って鎌をかけて解決の糸口を掴んだ事件があってね。今の過去視で、それを思い出したの」
ティーカップを置きながら出された冒険者の話を聞きながら、エスティニアンは深々と溜め息を吐いた。
「その事件、とは?」
「竜詩戦争後に聖アンダリム神学院を廃校に追い込もうと企んだ人がいて、その人に利用された神学生が、神学生を誘拐するという事件を起こしたの」
「神学院で、そんなことが……」
別件で再び愕然とした表情となったエスティニアンに頷き、冒険者は話を続けた。
「で、誘拐実行犯と目された神学生の口を割らせるために別の神学生が、私が立ち会った状態で問答をしたのよ。私を隣に立たせて「この人は皇都の真実を暴いた英雄殿だから、この事件の真実も解き明かせますよ」と言ったら、あっさり……ね」
そう言い、苦笑をしながら肩を竦める冒険者を見たエスティニアンも、同様に肩を竦めて苦笑をするより他はなかった。
「鎌をかける行為自体はあまり褒められたものではないと思うけど、神学院の場合は神学生一人の命がかかっていたし、クルルさんの時も帝国の動向調査に送り込める人材が居なくて、どちらも事態が逼迫していたわけだから、クガネの件は許してあげてね?」
「ああ。帝国の現状を調査して戻った今ならば、是が非でもあの時に俺を確保する必要があったのだと分かるしな。たとえ俺の過去を本当に視られていたとしても釣り合いが取れると思っているさ」
ようやく晴れやかな表情となったエスティニアンは、冒険者が思っていたよりも素直にその提案に応じた。
「それにしても……」
冒険者がそう言いながら改めてエスティニアンを見つめ、直後にクスクスと笑い始めたことで、彼の背筋にはこの日三度目の悪寒が走り抜ける。
「何だ?」
「クルルさんが膝をついた時に、彼女を気遣って介抱しようと戻ったことで捕まってしまったでしょ? 咄嗟にそういう行動を取ったところが素敵だな、って思ったのよ」
「クッ……。あれは、神殿騎士団時代に対処を叩き込まれたことによる脊髄反射だ」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」
一瞬口ごもり、気まずそうに視線をテーブルの端に逸らしながらの返答をよこしたエスティニアンを見て、冒険者は容赦なく更に笑う。
「あっ、そうだわ!」
「今度は何だ?」
また何かを抉りにきたのかとエスティニアンが眉根を寄せながら問い返すと、冒険者は自らのケーキを一口フォークで切り分け、口にしてから話を続けた。
「クガネの話の続きだけど、港で見送られた時にオーン・カイが二人と一緒にいたじゃない? もしかしたらあの子が何か知ってるかもしれないと思って。自分で言っておいてなんだけど、クルルさんが鎌をかけたか否かという推測をそのままにしておきたくはないから、これから話を聞きに行かない?」
「ほう……それはやってみる価値があるな」
「じゃ、決まりね!」
冒険者は満面の笑みを見せると、両手を胸の前で一回ポンと叩く。
「お土産は、ヴァレンティオンケーキがあるからそれを持っていくとして……。エスティニアン、スルメは持ってる?」
「無い。何故持ち歩いていると思った?」
「随分と気に入っているようだったから、何となくね」
微笑みながら冒険者は空になった食器をトレイに乗せ、キッチンへと片付ける途中でエスティニアンの側に向き直って話を続けた。
「オーン・カイが炙ったスルメを私も食べてみたいのよ。それじゃ、クガネでスルメを調達してから行きましょ」
初出/2020年2月20日 pixiv&Privatter
『第42回FF14光の戦士NLお題企画』の『ヴァレンティオンデー』『相談』参加作品
突如発動した過去視から戻った冒険者は、対面で脚を組みティーカップを傾けながら発されたエスティニアンの言葉に迎えられた。
「……ふう。外で話を聞かなくて良かったと、心底思ったわ」
「全くだ」
二人の元・蒼の竜騎士は揃って苦笑をし、その後冒険者はエスティニアンの淹れ直した茶を口にした。
「ひとつ聞きたいのだけど」
「何だ?」
「石の家での過去視の最中に、貴方の身に何か特有の感覚はあった?」
その突飛な質問にエスティニアンは驚きの表情を見せ、首を傾げながら当時の記憶を手繰り始める。
「……そうだな。視線が増えるというか、奇妙な気配に纏わりつかれる感覚があったぞ」
「なるほどね。じゃ、今の私の過去視でも、それはあった?」
「あった。ということは、今も俺の過去を?」
「ええ。視線が増える……奇妙な気配に纏わりつかれる……そっか、そんな感じなのね」
呟きながら首を傾げる冒険者を見たエスティニアンの背筋には、この日二度目の悪寒が走った。
「相棒、お前……今いったい何を視た?」
「クガネで追い掛け回された時」
──いっそ笑い飛ばしてくれた方が、どんなにか楽だったに違いない。
今回の相談の発端は、他でもない、このクガネでの騒動だ。
念頭から消し去ろうと努力をしても、それを話題にしている最中になどできようはずもなく。
そんな胸の内が彼女の心の壁を超える力に捕捉されてしまった、と解釈をするのが、この場合は妥当なのだろう。
「なるほど、こういう経緯で帝国行きの仕事を引き受けたのね」
引き続きの真顔で問われることが、なんとも辛い。
「……ああ。断りようが無くてな」
「確かに、これではそうでしょうね。でも……」
「どうした?」
考え込み始めた冒険者にエスティニアンは、この状況を早く終わらせて欲しいとの一心で話の先を促した。
「嫌かもしれないけど、思い出してみて。クガネの時にも、今みたいな感覚はあった? 私の今の追体験では、それが感じられなかったの」
「言われてみれば、確かにあの時は……まさか!?」
愕然とするエスティニアンの前で、冒険者はティーカップへと手を伸ばす。
「それが多分「視られた時」の感覚よ。そして、クガネの時にそれが無かったということは……」
冒険者が頷きながら続けた言葉を聞き終わってなお、エスティニアンは愕然とし続けていた。
「ここまでの情報では推測の域を出ないのだけど、この状況だとクガネではクルルさんに鎌をかけられた可能性があると思うわ。以前、私を使って鎌をかけて解決の糸口を掴んだ事件があってね。今の過去視で、それを思い出したの」
ティーカップを置きながら出された冒険者の話を聞きながら、エスティニアンは深々と溜め息を吐いた。
「その事件、とは?」
「竜詩戦争後に聖アンダリム神学院を廃校に追い込もうと企んだ人がいて、その人に利用された神学生が、神学生を誘拐するという事件を起こしたの」
「神学院で、そんなことが……」
別件で再び愕然とした表情となったエスティニアンに頷き、冒険者は話を続けた。
「で、誘拐実行犯と目された神学生の口を割らせるために別の神学生が、私が立ち会った状態で問答をしたのよ。私を隣に立たせて「この人は皇都の真実を暴いた英雄殿だから、この事件の真実も解き明かせますよ」と言ったら、あっさり……ね」
そう言い、苦笑をしながら肩を竦める冒険者を見たエスティニアンも、同様に肩を竦めて苦笑をするより他はなかった。
「鎌をかける行為自体はあまり褒められたものではないと思うけど、神学院の場合は神学生一人の命がかかっていたし、クルルさんの時も帝国の動向調査に送り込める人材が居なくて、どちらも事態が逼迫していたわけだから、クガネの件は許してあげてね?」
「ああ。帝国の現状を調査して戻った今ならば、是が非でもあの時に俺を確保する必要があったのだと分かるしな。たとえ俺の過去を本当に視られていたとしても釣り合いが取れると思っているさ」
ようやく晴れやかな表情となったエスティニアンは、冒険者が思っていたよりも素直にその提案に応じた。
「それにしても……」
冒険者がそう言いながら改めてエスティニアンを見つめ、直後にクスクスと笑い始めたことで、彼の背筋にはこの日三度目の悪寒が走り抜ける。
「何だ?」
「クルルさんが膝をついた時に、彼女を気遣って介抱しようと戻ったことで捕まってしまったでしょ? 咄嗟にそういう行動を取ったところが素敵だな、って思ったのよ」
「クッ……。あれは、神殿騎士団時代に対処を叩き込まれたことによる脊髄反射だ」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」
一瞬口ごもり、気まずそうに視線をテーブルの端に逸らしながらの返答をよこしたエスティニアンを見て、冒険者は容赦なく更に笑う。
「あっ、そうだわ!」
「今度は何だ?」
また何かを抉りにきたのかとエスティニアンが眉根を寄せながら問い返すと、冒険者は自らのケーキを一口フォークで切り分け、口にしてから話を続けた。
「クガネの話の続きだけど、港で見送られた時にオーン・カイが二人と一緒にいたじゃない? もしかしたらあの子が何か知ってるかもしれないと思って。自分で言っておいてなんだけど、クルルさんが鎌をかけたか否かという推測をそのままにしておきたくはないから、これから話を聞きに行かない?」
「ほう……それはやってみる価値があるな」
「じゃ、決まりね!」
冒険者は満面の笑みを見せると、両手を胸の前で一回ポンと叩く。
「お土産は、ヴァレンティオンケーキがあるからそれを持っていくとして……。エスティニアン、スルメは持ってる?」
「無い。何故持ち歩いていると思った?」
「随分と気に入っているようだったから、何となくね」
微笑みながら冒険者は空になった食器をトレイに乗せ、キッチンへと片付ける途中でエスティニアンの側に向き直って話を続けた。
「オーン・カイが炙ったスルメを私も食べてみたいのよ。それじゃ、クガネでスルメを調達してから行きましょ」
初出/2020年2月20日 pixiv&Privatter
『第42回FF14光の戦士NLお題企画』の『ヴァレンティオンデー』『相談』参加作品