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Give and Take

「いらっしゃい。あら、報酬の中身は確認してないの?」

 投票を終えてアパルトメントを訪れたエスティニアンは、またも疑問符付きの言葉で冒険者に迎えられた。
「あのような甘ったるい匂いの漂う場に長居をしたくはないものでな」
「じゃあ今開けて、試着して見せて欲しいわ」
「……着る? ああ、お前のその服も、投票の報酬だったのか」
「そうよ。あれだけのことで簡単に服のレパートリーを増やせるんだから、やらない手はないでしょう? その間に、私はお茶を淹れているわ」
 冒険者はそう言い放つと、即座にキッチンへと姿を消してしまった。

 どうやら、着替えないという選択肢は無いらしい。
 エスティニアンにはどうにも今の自分がいつぞやの様に彼女の掌の上で踊らされている感が拭えなかったのだが、ふと自らの装いを顧みると、そのところどころが煤けてしまっているようにも思えた。
 そういえば、今着ているこの服はいつ手入れをしただろうか、と思い返してみたが、すぐに、その時を明確に思い出すことはできないという結論へと至る。
 長年に渡って蒼の竜騎士を務めていたからか、長期間同じものを着用し続けることに、エスティニアンは慣れ切ってしまっていた。
 先だってのガレマルド潜入調査の際は戦場を駆け巡るのとほぼ同等の状況であったから致し方ないと言えるが、ここは戦場ではないのだから、もう少し身なりに気を配り、頻繁に手入れをしろ、と。
 彼女は遠回しに、そう言っているのかもしれない。

 エスティニアンはそのようなことを考えながら、報酬として渡された服に袖を通した。


「お待たせし……うっわっ!!」
 茶と菓子が乗せられたトレイを持ちながらエスティニアンの前へと再登場した冒険者は、彼の姿を見るなり驚愕の叫びを上げ、それと同時に雷に打たれたかのような挙動を見せた。
「っと、危ない危ない」
 冒険者の手の中で傾きかけたトレイの上では複数の食器が派手な音を立て、寸でのところで危機的な状況を回避できたことに、二人の元・蒼の竜騎士は揃って安堵の息を吐いた。
「何をやっているんだ、お前は? 靴の紐でも切れたのか?」
 応接セットのソファに身を預けていたエスティニアンは問いながら冒険者の足元を伺うべくその身を屈め、そんな彼の前に冒険者はようやく茶と菓子を差し出した。
「違う、違うのよ」
 自らの側へも茶と菓子を置くと冒険者はエスティニアンの対面に座り、直後にテーブルへと突っ伏して否定の言葉を更に繰り返した。
「確かに足元は無事なようだが……ならば、何が違うというんだ?」
 エスティニアンが座り直してもなお冒険者はテーブルに突っ伏したままで、一体何がどうしたのか、彼には皆目見当がつかない。
 その後しばしの間室内を支配していた静寂に、冒険者のかすかな声でようやく終止符が打たれた。
「……イイ」
「今度は何だ? オルシュファン卿のものまねか?」
「違うの」
「だから何が……」
 呆れた口調でのエスティニアンの問いに、冒険者は意を決したように顔を上げると、勢いよく断言した。
「かっこいい! もの凄く似合ってる!!」
「……は?」
 冒険者から、エスティニアンにとっては思いもよらぬ感想を浴びせらせ、今度は彼がその身を強張らせることとなってしまった。

「はぁ……。今年の男性用の衣装を見て、絶対エスティニアンに似合うと思っていたのよ。でも貴方に去年、このイベントで嫌な思いをさせちゃったから呼ぶわけにはいかないし……と諦めかけていたら、まさか訪ねてきてくれるとはね」
「それで声を掛けた時にあれほど驚いたというわけか」
「そう。で、こんな千載一遇のチャンスを逃してなるものか! と思って。ありがとう。その姿を見られて満足したわ」

 冒険者が溜め息を吐きながら明かした事の真相にエスティニアンは、これにどう応えたものかとしばし思案をした後にようやく口を開いた。

「……それは何よりだ。ところで、いい加減本題に行かせてもらうぞ」
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