このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Give and Take

 全くもって、迂闊だったとしか言いようがない。

 日増しに暖かくなっている陽光の下でグリダニアを訪れたエスティニアンは、市街を行き交う人々の中に見慣れぬ同じデザインの衣装を纏い談笑する者たちの姿がやたらに多いことを認めると、今回碌に暦を確認せず行動してしまったことを後悔し、ひとり密かに頭を抱えていた。
 自らが世情に疎いことは百も承知であるしそれを改めるつもりも更々ないが、それでもこの光景を目にすれば、何が起きているのかは嫌でも認識をすることができる。
 今まさに、この地でヴァレンティオンデーの催しが開かれているのだ。

 面倒ごととしか思えない催事の主要開催地にうっかり足を踏み入れてはしまったが、しかし、ここまで来て出直すというのも、それはそれで面倒である。
 思い起こせば昨年、この場で相棒たる光の戦士がエスティニアンをヴァレンティオンデーのセレモニーに有無を言わさず巻き込むという暴挙に及び、その際に彼は苦言と共に自らの思うところを余すところなく彼女に伝えたのだ。

 ならば今回はさすがに、あいつも同じ轍を踏むことはあるまい。

 エスティニアンはそのような考えを脳裏に廻らせながら当初の予定通りに光の戦士を訪ねるべく、彼女の竜の魔力を手繰る。
 そうして彼が辿り着いた場は商店街だった。

 エーテライト・プラザから北東に向かうルートで旧市街に入ったエスティニアンは、紫檀商店街から木陰の東屋へと至り、そこに設置されたマーケットボードを見上げて意中の物の品定めに夢中になっている冒険者の後ろ姿を見付けて安堵の息を吐く。
 その吐息の根拠は、ここに辿り着くまでの道中で散々目にした見慣れぬミニワンピースを彼女が纏っていた点にあった。

 催事の景品と思しき衣装を入手済みならば、おそらく茶番に巻き込まれることは無いだろう。
 そう結論付けたエスティニアンは、マーケットボードを見上げ続ける冒険者に向けて声を掛けた。

「荷物持ちが必要ならば手を貸すぞ、相棒」
「……えっ?」

 よほど品定めに集中していたのか、その呼び掛けに対して疑問符を出しながら振り向いた冒険者は、エスティニアンを見上げると途端に驚きの表情となり、反射的に半歩後ずさる。
「なんで!? 突然どうしたの? ……って、そういえばエスティニアンと逢うのは突然な時の方が多いわね」
 冒険者は自らの問いを即座に自己完結させると、そのことがおかしかったのかクスクスと笑い始め、一方のエスティニアンはといえば、彼女の笑いどころを理解しかねる様子で、その肩を竦めた。
「実は、お前に相談をしたい事があってな。今日は忙しいのか?」
「いま調べていたことは後回しにできるから大丈夫よ。……あっ! それなら」
 突如として何かを思いついたような言葉を繰り出し、直後、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべた冒険者と対峙することとなったエスティニアンの背筋には、途端に悪寒が走り抜ける。

「去年のような茶番にだけは付き合わんぞ」

 衣装は入手していても、ぬいぐるみや菓子などの小物類を目的とした点数稼ぎの可能性があったではないか。
 そう考えたエスティニアンは先手必勝とばかりに、想定できる展開を即座に封じた。

「じゃ、あれ以外のことなら頼んでいいのね」
「……なんだと?」

 ──やられた。
 
 先手を打ったつもりが既に打たれてしまっていた。
 いや。
 これは揚げ足を取られたという状況だ。

 エスティニアンは忌々しげに舌打ちをし、ぐしゃぐしゃと頭髪を掻き回しながら溜め息を吐いた。

「あの手の趣向は苦手だと言っただろう。ここの奴らは雲海の豚どもとは違うのかもしれんが」
「黒衣森のモーグリは雲海の子たちと喋り方が少し違うけど、イタズラ好きなのは同じね」
「語尾の調子が少々違っていようが、行動原理が同じならば同様に神経を逆撫でされるだけだ」
「さすが、耳がいいわね。くぽとクポを聞き分けていたとは」
「はぐらかすな」
「そもそも私はモーグリを相手にしろとは……」

 そんな二人のやり取りの間に突如、ゴホンという明らかに意図的な咳払いが割り込み、冒険者は続けようとしていた言葉を飲み込んでから咳払いの主へと恐る恐る視線を送る。
 エスティニアンは冒険者のその挙動を受け、彼女から一瞬遅れる形で自らの肩越しに背後を伺った。

「そこは犬も食わぬような口論をする場ではあるまい? 買い物をする気が無いのならば出直すんじゃな」

 商店街の主であるパルセモントレに諭されたとあっては、さしもの元・蒼の竜騎士たちも立つ瀬がない。
「お……お騒がせしました」
 冒険者は冷や汗をかきながらパルセモントレに向けて詫びの言葉と共に会釈を送り、そそくさと出入口の方面に数歩足を進めてから振り向いてエスティニアンに手招きをする。
「すまなかった」
 そんな彼女にエスティニアンはチラリと視線を送った後、パルセモントレの側に向き直って詫びを入れるとその場を後にした。


「その相談事が他人に聴かれても平気なものか否かはわからないけど、ここで後者の条件を満たせる手っ取り早い場所は私の部屋じゃない?」
 木陰の東屋を脱し、商店街最寄りの都市内エーテライトの設置場所とは反対側になる道端に立ち止まった冒険者は、振り向くとエスティニアンを見上げて話を再開した。
「後者寄りではあるからお前の部屋ならばありがたい限りだが、しかしそのことと、お前が口走った「あれ以外のこと」が結びつかんぞ」
 エスティニアンは冒険者の傍らに立ち、首を傾げながら話の先を促す。
「今年のヴァレンティオンデーの催しでは現状、愛の伝道師の担当が決まっていなくてね。まずは誰がふさわしいかを候補者の中から選ぶんだそうなの。で、エスティニアンがうちに来るなら、お茶とお茶菓子の準備をする時間が欲しくて。その投票が、暇つぶしにはちょうどいいかなと思ったのよ」
「なるほど。投票だけならば、モーグリを相手にする必要は無いわけだな」
「ええ、そういうこと。突然の相談を聞く代わりに、そのくらいならして貰えるかな、って」

 投票を相談の対価として掲げられてしまっては、断りようなどあろうはずもない。
 催事の余興であれ、投票という方式を採用している以上、主催者としては投票者数が多い方が良いのであろう。
 やたらと顔の広い彼女のことだ。
 またぞろ、身近な者たちに投票を呼びかけてくれなどと主催者から頼まれでもしたに違いない。

「……わかった。場所は、音楽堂だな?」
「ええ。私は先に戻ってお茶の準備をしているわ」

 かくしてエスティニアンはやたらと満足げな冒険者の笑顔に見送られ、赴く気など全くなかった場へと向かう破目に陥ったのだった。
1/5ページ
スキ