××しないと出られない部屋
「言ってくれれば普通に来たのに。どうして、こんなわけの判らない方法で……」
「発見次第速やかに連行せよ、との依頼だったものでな。その割に今、こうして待たされるのは腑に落ちんが」
頭を抱えて途方に暮れる冒険者に、エスティニアンは憮然とした表情で応じる。
神殿騎士団本部内の応接室に通された二人の前では、供されたイシュガルドティーから緩やかに湯気が立ち上っていた。
「私の知らない誰かのところにでも連れて行かれるのかと思っていたら……。ここに通されたってことは、依頼主はアイメリクさんでしょう? だったら、こんな回りくどいことをしなくても」
「事の発端は、こいつだ」
冒険者の話を中断させる形で極めて短い返答をしたエスティニアンは、懐から紙片を取り出すと開きがてら彼女へと差し出す。
「……なるほどね」
紙片を受け取り、そこに記された内容にちらりと視線を落とした冒険者は、途端に同情の眼差しとなってエスティニアンを見直した。
「やはり、既に知っていたか」
「ええ、私も貰ったもの。ほら」
冒険者が頷き鞄の中から真新しいマメットを取り出すと、それを見るなりエスティニアンは眉間に深く皺を刻み込む。
「わざわざ俺の前で出すな」
「話の流れなんだし、別にいいじゃない、かわいいんだから」
「何度も作られる側の身にもなってみろ」
「そこのところは私には無理ね。うーん、モーグリならもっと作られているから、彼らならその気持ちを分かってくれるんじゃない?」
そう言いながらクスクスと笑う冒険者の傍らでは、新型マメットであるニュー・エスティニアンがスターダイバーの動作を繰り返し始める。
「馬鹿を言え。あいつらと傷の舐め合いなどできるものか」
マメットの様子を見ながらエスティニアンは舌打ちをすると、脱線しかけた話の軌道を戻した。
「よりにもよって俺のことを無職呼ばわりするなど一体どういう了見だと文句を言いに来たんだが、そんなことをしに来る暇があるのならば、今ちょうど最適な仕事があると突きつけられてな。通信で伝えるという手段もあったが、それではお前に出立のタイミングを委ねる形となるので、速やかに連行という条件が満たせなくなる恐れがある。なので、直接出向いたというわけだ」
エスティニアンが不機嫌な表情のまま語る事の真相を聞き終えた冒険者は深々と溜め息を吐いた後、彼と同様の不機嫌な表情となった。
「理由を話してくれればすぐに動くわよ。そんなに私のことが信用できなかった?」
冒険者の苦情を真っ向から受け止めたエスティニアンは、直後に何故か、堪え切れないといった風情で笑いを溢す。
「……失礼な」
引き続き不満を滲み出させている冒険者を見てひとしきり笑った後にエスティニアンは、更なる事の真相を暴露した。
「いや。直接出向いたのは実のところ、アイメリクとの一連のやり取りで溜まってしまったストレスの発散が目的でな。お陰ですっきりすることができた」
「ちょっ……あのスターダイバーってそんな理由で!」
「来たぞ」
冒険者が怒鳴り立ち上がったのとほぼ同時にエスティニアンはそう言いながら扉の側へと視線を送り、その直後、二人を待たせている人物が現れた。
「やあ、英雄殿。お待たせしてしまって申し訳ない。思いの外、そちらの到着が早かったものでね」
「俺は至って普通に仕事をしただけだがな。久し振りで勘が狂ったか?」
「かもしれん」
皮肉が盛り込まれたエスティニアンの割り込みをサラリと一言でかわしながらアイメリクは二人の対面に座ると、改めて冒険者へと視線を送った。
「此度は突然の招聘に快く応じて下さり、感謝する」
「至って普通に有無を言わさず、でしたけどね」
おどけた仕草と表情で応じる冒険者を見たアイメリクは一瞬驚きの表情となったが、エスティニアンならば致し方ないとでも思ったのか、そこには言及せずに話を進めた。
「このたびイシュガルドの都市復興事業が開始されたのは、既に貴女もご存知の通り。現場を統括するフランセル卿から、貴女のお力添えを得られているという報告も受けている。改めて、イシュガルドを代表して御礼申し上げる」
そう言い深々と頭を下げるアイメリクを見て冒険者は驚き、目を丸くする。
「そんな! 大層なことはしてませんから! 皆さんと同じことをしているだけですよ」
アイメリクからの視線を遮るように冒険者は、自らの眼前で大袈裟に両手を振り謙遜をする。
その様子を見たアイメリクはその目を細め、話を続けた。
「実は、君はそのつもりでも世間がそうさせない、という事態になっていてね」
「えっ?」
「君は既に何度も金槌や大鋸を納品してくれただろう。それが現場の職人たちの間で評判となっていてね。彼ら曰く、品質もさることながら、英雄の銘が刻まれた工具を使うと仕事に一層の熱が入るのだそうだ」
「……はい?」
話が思わぬ方向へと展開したため、冒険者は再びその目を丸くしながら辛うじての一言をアイメリクへと返す。
「そこから話が進展して、それならば今後は君の作った工具を復興参加者への報酬として扱うことにしてみてはどうかという意見が出されたのだ。極限まで使い込んだ工具を持参した者には、英雄の銘入りの工具を授与する、という形でね。その先で銘入りの工具を使うか否かは個人の裁量に委ねるが、ともあれ、職人諸氏の士気を高める効果は期待できるはずだ」
「な……なるほど、それで私を呼び寄せる必要があったと。私にできることなら何でもやりますけど、職人さんたちに工具をお渡しするとかですか?」
どうにか状況を把握した冒険者から返されてきた質問を受け止めたアイメリクは、その首を横に振った。
「いや、君が手ずから授与するとなると混乱が生じる恐れがあるので、それは考えてはいない。お願いしたいのは、報酬とする銘入りの工具を量産していただくことだ」
あらましの説明をし終えたアイメリクは、二人のものに遅れて供されたイシュガルドティーで喉を潤し、冒険者もそれにつられるようにして自らのティーカップを手に取った。
「量産をお願いするにあたって、製作に専念していただけるよう専用の場を設けさせてもらってね。今までそこの最終点検をしていたもので、こちらに来るのが遅れてしまったというわけだ」
茶が半分ほどに減ったティーカップをテーブルに戻したアイメリクは、話を再開した。
「えっ? そこまでして戴かなくとも、例えば宿の一室とかで構わないんですけど」
驚き恐縮をする冒険者を見たアイメリクは、彼女とは対極となる穏やかな笑みを見せる。
「宿屋を工房代わりにしてしまっては、出来上がった工具をその都度運び出さなくてはならないだろう? そこは保管庫も兼ねたので、移動の手間を省くことができる」
「なるほど。ある程度の数を備蓄するとなると、確かにその方が合理的ですね」
冒険者は頷きながらアイメリクの説明に耳を傾け、一方のエスティニアンはといえば冒険者の隣に腰掛けたまま、若干退屈をした風情で二人のやり取りを眺めつつティーカップを傾けていた。
アイメリクはそんなエスティニアンにチラリと視線を送ると、苦笑をする。
「彼女にばかり話をする形となってしまったが、実は、この専用工房はそもそもお前に利用して貰う場として整備をしていたものなのだ。今、話をした成り行きで急遽彼女と共用してもらう形に変更をしたので、それを踏まえて話を聞いていてくれ」
「俺に、だと?」
首を傾げるエスティニアンに向けてアイメリクは再度苦笑をすると、話を続けた。
「アルベリク卿がお前の近況を信書で知らせて下さったんだが、なんでも最近は鍛冶の腕を磨いているそうじゃないか。復興に必要な資材は多岐に渡っていて、駆け出しの鍛治職人にも製作できるものがある。専用の工房で作業をすれば、誰の目も気にすることなく国の復興に関与し、同時に鍛冶の修行ができることにもなる。どうだ? 悪い話ではないと思うが」
アイメリクの話を聞き終えたエスティニアンは一転して驚きの表情を見せ、苦笑をしながら頭髪を片手で軽くかき回した。
「……お前の耳には入れられていたか。なるほど、悪くないな」
そう言い口角を上げるエスティニアンを見て、アイメリクもまたニヤリと笑い返す。
「不要となった設備を突貫で工房に改修したので、なにぶん急ごしらえである点は否めない。快適さは追求したつもりだが、実際に利用して不足している点があれば、そこは指摘をしてくれたまえ」
「わかりました。今回は工房の試験的な運用も兼ねる、というわけですね」
ティーカップを手にしたまま問答を終える形となった冒険者は、頷くアイメリクへと微笑みを返した後に残る茶を飲み干した。
その後、元・蒼の竜騎士たちはアイメリクの先導で、神殿騎士団本部内に新設された専用工房へと案内されることとなった。
冒険者にとって、目的地とそこへ至る移動ルートは当然、全てが初めて立ち入る場となる。
「へぇ、更に下があるんですね」
階段を下りてフロアを通過するごとに冒険者は、辺りを見回しながら率直な感想を口にする。
「神殿騎士団に関連する部署は、殆どがこの建物の中に納められているのでね。他の機関と連携を取っていた施設もあるが、戦後、そのあたりが主に不用な設備になったというわけだ」
アイメリクは冒険者の感想に応じながら更に下へと向かって行く。
「ここまで下るのは、俺も初めてだな」
「お前の任務は戦場を飛び回るのが常だったからな。たとえそうでなくとも、今回改修をしたのは竜騎士団とは一番縁遠かった場だ」
「なるほど。ならば俺が足を運ばなかったのも道理か」
エスティニアンとも雑談を交わしながらアイメリクは歩を進め、暫しの後に三人は目的地へと辿り着いた。
そこはスカイスチール機工房を彷彿とさせる見た目となっていたので、改修するにあたっておそらく、そちらを参考としたのであろうことが伺える。
「すごい……これだけ揃っていれば鍛冶の他にも様々なことができますね」
感嘆の言葉を口にしながら冒険者は奥へと踏み込み、それぞれの設備を興味深く観察し始めた。
「そちらの一角は、ご覧の通りに素材置き場だ。そして、今は空の状態となっているこちらは、完成品を納めていただく場となっている」
アイメリクは説明をしながら冒険者が立つ側から少し離れた場にある扉を開き、話を続ける。
「そしてこちらは休憩室として改修をしておいた。先ほど話をした通り、工房の利用者をエスティニアンとして計画を立案したので今はこの一部屋しか改修ができていないが、近日中に隣の部屋も同様の形に整備をする予定だ」
解説を終え、休憩室と紹介をした部屋の扉の前から一歩下がったアイメリクと入れ違いに冒険者は歩み寄ると、部屋の中を覗き込み再び感嘆の声を上げた。
「宿屋よりもこちらの方が居心地が良さそう……なんて言ったら、ジブリオンさんに怒られるかもしれないわね」
そう言い冒険者はクスクスと笑った後、ひとつの疑問に突き当たり首を傾げる。
「ここは戦後不要になった設備、と仰いましたよね? 元は何だったんですか?」
アイメリクを見つめながら質問をした冒険者は、自らの言葉で彼が微かな身じろぎをしたことで更に首を傾げる。
そんな冒険者に見据えられる状態となったアイメリクは、ゆっくり腕を組むと深呼吸をし、その後充分すぎるほどの間を空けてから語り始めた。
「実は、ここは負の遺産と言うべき場なのだ」
「……もしや「死なねば出られぬ部屋」と噂されていた?」
「ああ。もっともそれは更なる俗称で、元の俗称は「改宗せねば出られぬ部屋」だがな」
アイメリクが神妙な面持ちで吐き出した言葉に対してすかさずエスティニアンが極めて物騒な内容を織り交ぜながら問い、それにアイメリクが同意をする、という一連の流れを見せつけられる形となった冒険者は驚き、半歩後ずさってから改めてフロア全体を見直した。
広々としたフロアの奥には、休憩室として改装され紹介をされた部屋と同じ形の扉がいくつも等間隔で並んでいる。
そしてアイメリクが語った改宗という言葉。
「ええと、つまり……ここは竜詩戦争中、異端者とされた人を収容する場だった、というわけですか?」
恐る恐る問い掛けた冒険者に向けてアイメリクは頷いた。
「その通り。当初は強固な造りであるだけだったのだそうだが、ある時、収容された者が竜化するという事態が発生し、それを機にフロア全体に魔法障壁が施された。そして魔法障壁の術式には時代ごとに調整が施され、現在に至っている。その長年に渡る調整の結果、副作用とも言える厄介なものを内包する結果となってしまっていてね……」
アイメリクはそこで話を中断し、この先をどう説明をしたものかと悩んだのか、暫しの間考え込んでから話を続けた。
「誰も収容せずに魔法障壁を解除したままでいると、時折魔力が暴走してしまうことが戦後発覚したのだ」
「なんだと?」
驚くエスティニアンにアイメリクは視線を送ると、更に話を続ける。
「現在までのところ暴走の影響は神殿騎士団本部内に限定されている。暴走が始まると、ほとんどの団員が同時に体調を崩してしまうのだ。個人差はあるが、酷い者だとその場で昏倒をしてしまうという有様でな」
「そんなことが……。戦時中は常に誰かが収容されており、その不具合に気付かなかった、というわけか。何とも皮肉な話だ」
眉間に深く皺を刻み込みながらエスティニアンが応じ、アイメリクもまた同様の表情となりながら頷いて話を続けた。
「どうにかして処理をしようと様々な調査をする中でただ一人、一切影響を受けなかった者が居たことで、解決方法を見いだすことができたのだ」
「……そのただ一人って、もしかしてルキアさんですか?」
首を傾げながら冒険者が飛ばした質問に、アイメリクは大きく頷く。
「ガレアン族のルキアが全く影響を受けなかったことから種族ごとに調査をし、結果、影響を受けるのがイシュガルド系エレゼン族のみであることが特定できた。竜化した者の脱出を阻止するという目的で編み出された術式なのだから、そこは当然の結果といえよう」
「なるほど。イシュガルド系エレゼン族に影響する魔力の暴走がここだけで済む保障が無い以上、一刻も早く魔法障壁自体を無力化したい。そういうことか」
エスティニアンは腕を組み、これまでの情報を整理した形でアイメリクに向けて発言をした。
「ああ。しかし、この場で物理的な破壊による無力化は不可能だ。そこで、私も含めて騎士団員の中からイシュガルド系エレゼン族のみ数名ずつを選抜して交代で収容者としてこの場に入り、魔法障壁を展開させて暴走を抑止すると同時に魔力を消費させてきたのだが、いかんせん我々では、抑止はできても魔力の消費に関しては進捗が微々たるものでな。そこで、早期解決のためにお前の力を借りるべく様々な準備をし、帰国させるための作戦を実行した、というわけだ」
「あれが作戦、か……」
一転して呆然とした表情となり、辛うじての文句を吐き出した後にエスティニアンは頭を抱える。
その感情の矛先はどうやら、アイメリクの作戦にまんまと嵌ってしまった自らへと向けられているようだった。
「やっぱりあのマメットの説明文は、エスティニアンを呼び寄せるためだったんですね。呼ぶ目的は今の今までわからなかったけど」
苦笑をしながらの冒険者の発言に、アイメリクもまた苦笑をしながら頷いた。
「ともかく事情はわかった。戦後処理の一環とあらば引き受けよう」
「よろしく頼む」
「要は俺と相棒がここに「収容」されればいいんだな」
「ああ、そういうことだ」
「……はい?」
自らの立ち位置を蚊帳の外に置きながら二人のやり取りを見守っていた冒険者は苦笑の上に困惑を重ねるという複雑な表情となりながら疑問符を吐き出し、その様子を見たエスティニアンは途端に溜め息を吐く。
「竜化の現象は竜の魔力に起因するものだ。そして、蒼の竜騎士の力の源も竜の魔力だろう。もう一人の蒼の竜騎士だったお前の身にある竜の魔力は、イシュガルド系エレゼン族……つまり、建国十二騎士の末裔たちが代々引き継いできた竜の魔力と比較をすると桁違いのレベルだ。そのお前を俺と共に収容すれば、俺だけを収容するよりも理論上は倍の効率で魔法障壁を消耗させることができる、という理屈になるだろうが」
「あ、そっか」
ようやく事態の全容と自らの立場を把握することのできた冒険者は、脱力した様子で納得の一言を漏らした。
「これだけの素材が用意されているのだから、収容中に退屈はせんだろう。ところでアイメリク、ひとつ提案があるんだが」
「ふむ、提案とは?」
エスティニアンは山と積まれた素材を背にしてアイメリクの側に向き直る。
「一刻も早い無力化を目指すならば、多少過激な手段を採った方が効率が良いのではないかと思ってな。魔法障壁を展開させた状態で俺たちが模擬戦をするのはどうだろうか。ここでは素振りの延長線上程度に止めざるを得んが、それでも、意図的に竜の魔力を放出できるからな。魔法障壁をより消耗させることができるだろう」
「なるほど、それは絶大な効果が期待できそうだな。いいだろう。ただし、今回は彼女に銘入りの工具を作って戴くことが第一の目的となるので、模擬戦は作業の合間に適宜織り混ぜる形にしてくれ」
「了解した。元・蒼の竜騎士としてこの魔法障壁を無力化させ、魔力の源とされた竜を弔ってやろう」
アイメリクに応じる形で宣言をしたエスティニアンを冒険者は驚きの眼差しで見上げ、次いで微笑みを浮かべた。
「さてと! それじゃ張り切って、まずは作りまくるわよ!」
鍛冶師の姿となった冒険者が、愛用のハンマーを頭上に掲げる。
そんな彼女と、彼女に続いて鍛冶師の姿になったエスティニアンに激励の言葉を掛けたアイメリクは、フロアから退出すると堅牢な扉を閉じ、祈るような面持ちで魔法障壁を展開させた。
~ 完 ~
初出/2019年11月25日 pixiv
「発見次第速やかに連行せよ、との依頼だったものでな。その割に今、こうして待たされるのは腑に落ちんが」
頭を抱えて途方に暮れる冒険者に、エスティニアンは憮然とした表情で応じる。
神殿騎士団本部内の応接室に通された二人の前では、供されたイシュガルドティーから緩やかに湯気が立ち上っていた。
「私の知らない誰かのところにでも連れて行かれるのかと思っていたら……。ここに通されたってことは、依頼主はアイメリクさんでしょう? だったら、こんな回りくどいことをしなくても」
「事の発端は、こいつだ」
冒険者の話を中断させる形で極めて短い返答をしたエスティニアンは、懐から紙片を取り出すと開きがてら彼女へと差し出す。
「……なるほどね」
紙片を受け取り、そこに記された内容にちらりと視線を落とした冒険者は、途端に同情の眼差しとなってエスティニアンを見直した。
「やはり、既に知っていたか」
「ええ、私も貰ったもの。ほら」
冒険者が頷き鞄の中から真新しいマメットを取り出すと、それを見るなりエスティニアンは眉間に深く皺を刻み込む。
「わざわざ俺の前で出すな」
「話の流れなんだし、別にいいじゃない、かわいいんだから」
「何度も作られる側の身にもなってみろ」
「そこのところは私には無理ね。うーん、モーグリならもっと作られているから、彼らならその気持ちを分かってくれるんじゃない?」
そう言いながらクスクスと笑う冒険者の傍らでは、新型マメットであるニュー・エスティニアンがスターダイバーの動作を繰り返し始める。
「馬鹿を言え。あいつらと傷の舐め合いなどできるものか」
マメットの様子を見ながらエスティニアンは舌打ちをすると、脱線しかけた話の軌道を戻した。
「よりにもよって俺のことを無職呼ばわりするなど一体どういう了見だと文句を言いに来たんだが、そんなことをしに来る暇があるのならば、今ちょうど最適な仕事があると突きつけられてな。通信で伝えるという手段もあったが、それではお前に出立のタイミングを委ねる形となるので、速やかに連行という条件が満たせなくなる恐れがある。なので、直接出向いたというわけだ」
エスティニアンが不機嫌な表情のまま語る事の真相を聞き終えた冒険者は深々と溜め息を吐いた後、彼と同様の不機嫌な表情となった。
「理由を話してくれればすぐに動くわよ。そんなに私のことが信用できなかった?」
冒険者の苦情を真っ向から受け止めたエスティニアンは、直後に何故か、堪え切れないといった風情で笑いを溢す。
「……失礼な」
引き続き不満を滲み出させている冒険者を見てひとしきり笑った後にエスティニアンは、更なる事の真相を暴露した。
「いや。直接出向いたのは実のところ、アイメリクとの一連のやり取りで溜まってしまったストレスの発散が目的でな。お陰ですっきりすることができた」
「ちょっ……あのスターダイバーってそんな理由で!」
「来たぞ」
冒険者が怒鳴り立ち上がったのとほぼ同時にエスティニアンはそう言いながら扉の側へと視線を送り、その直後、二人を待たせている人物が現れた。
「やあ、英雄殿。お待たせしてしまって申し訳ない。思いの外、そちらの到着が早かったものでね」
「俺は至って普通に仕事をしただけだがな。久し振りで勘が狂ったか?」
「かもしれん」
皮肉が盛り込まれたエスティニアンの割り込みをサラリと一言でかわしながらアイメリクは二人の対面に座ると、改めて冒険者へと視線を送った。
「此度は突然の招聘に快く応じて下さり、感謝する」
「至って普通に有無を言わさず、でしたけどね」
おどけた仕草と表情で応じる冒険者を見たアイメリクは一瞬驚きの表情となったが、エスティニアンならば致し方ないとでも思ったのか、そこには言及せずに話を進めた。
「このたびイシュガルドの都市復興事業が開始されたのは、既に貴女もご存知の通り。現場を統括するフランセル卿から、貴女のお力添えを得られているという報告も受けている。改めて、イシュガルドを代表して御礼申し上げる」
そう言い深々と頭を下げるアイメリクを見て冒険者は驚き、目を丸くする。
「そんな! 大層なことはしてませんから! 皆さんと同じことをしているだけですよ」
アイメリクからの視線を遮るように冒険者は、自らの眼前で大袈裟に両手を振り謙遜をする。
その様子を見たアイメリクはその目を細め、話を続けた。
「実は、君はそのつもりでも世間がそうさせない、という事態になっていてね」
「えっ?」
「君は既に何度も金槌や大鋸を納品してくれただろう。それが現場の職人たちの間で評判となっていてね。彼ら曰く、品質もさることながら、英雄の銘が刻まれた工具を使うと仕事に一層の熱が入るのだそうだ」
「……はい?」
話が思わぬ方向へと展開したため、冒険者は再びその目を丸くしながら辛うじての一言をアイメリクへと返す。
「そこから話が進展して、それならば今後は君の作った工具を復興参加者への報酬として扱うことにしてみてはどうかという意見が出されたのだ。極限まで使い込んだ工具を持参した者には、英雄の銘入りの工具を授与する、という形でね。その先で銘入りの工具を使うか否かは個人の裁量に委ねるが、ともあれ、職人諸氏の士気を高める効果は期待できるはずだ」
「な……なるほど、それで私を呼び寄せる必要があったと。私にできることなら何でもやりますけど、職人さんたちに工具をお渡しするとかですか?」
どうにか状況を把握した冒険者から返されてきた質問を受け止めたアイメリクは、その首を横に振った。
「いや、君が手ずから授与するとなると混乱が生じる恐れがあるので、それは考えてはいない。お願いしたいのは、報酬とする銘入りの工具を量産していただくことだ」
あらましの説明をし終えたアイメリクは、二人のものに遅れて供されたイシュガルドティーで喉を潤し、冒険者もそれにつられるようにして自らのティーカップを手に取った。
「量産をお願いするにあたって、製作に専念していただけるよう専用の場を設けさせてもらってね。今までそこの最終点検をしていたもので、こちらに来るのが遅れてしまったというわけだ」
茶が半分ほどに減ったティーカップをテーブルに戻したアイメリクは、話を再開した。
「えっ? そこまでして戴かなくとも、例えば宿の一室とかで構わないんですけど」
驚き恐縮をする冒険者を見たアイメリクは、彼女とは対極となる穏やかな笑みを見せる。
「宿屋を工房代わりにしてしまっては、出来上がった工具をその都度運び出さなくてはならないだろう? そこは保管庫も兼ねたので、移動の手間を省くことができる」
「なるほど。ある程度の数を備蓄するとなると、確かにその方が合理的ですね」
冒険者は頷きながらアイメリクの説明に耳を傾け、一方のエスティニアンはといえば冒険者の隣に腰掛けたまま、若干退屈をした風情で二人のやり取りを眺めつつティーカップを傾けていた。
アイメリクはそんなエスティニアンにチラリと視線を送ると、苦笑をする。
「彼女にばかり話をする形となってしまったが、実は、この専用工房はそもそもお前に利用して貰う場として整備をしていたものなのだ。今、話をした成り行きで急遽彼女と共用してもらう形に変更をしたので、それを踏まえて話を聞いていてくれ」
「俺に、だと?」
首を傾げるエスティニアンに向けてアイメリクは再度苦笑をすると、話を続けた。
「アルベリク卿がお前の近況を信書で知らせて下さったんだが、なんでも最近は鍛冶の腕を磨いているそうじゃないか。復興に必要な資材は多岐に渡っていて、駆け出しの鍛治職人にも製作できるものがある。専用の工房で作業をすれば、誰の目も気にすることなく国の復興に関与し、同時に鍛冶の修行ができることにもなる。どうだ? 悪い話ではないと思うが」
アイメリクの話を聞き終えたエスティニアンは一転して驚きの表情を見せ、苦笑をしながら頭髪を片手で軽くかき回した。
「……お前の耳には入れられていたか。なるほど、悪くないな」
そう言い口角を上げるエスティニアンを見て、アイメリクもまたニヤリと笑い返す。
「不要となった設備を突貫で工房に改修したので、なにぶん急ごしらえである点は否めない。快適さは追求したつもりだが、実際に利用して不足している点があれば、そこは指摘をしてくれたまえ」
「わかりました。今回は工房の試験的な運用も兼ねる、というわけですね」
ティーカップを手にしたまま問答を終える形となった冒険者は、頷くアイメリクへと微笑みを返した後に残る茶を飲み干した。
その後、元・蒼の竜騎士たちはアイメリクの先導で、神殿騎士団本部内に新設された専用工房へと案内されることとなった。
冒険者にとって、目的地とそこへ至る移動ルートは当然、全てが初めて立ち入る場となる。
「へぇ、更に下があるんですね」
階段を下りてフロアを通過するごとに冒険者は、辺りを見回しながら率直な感想を口にする。
「神殿騎士団に関連する部署は、殆どがこの建物の中に納められているのでね。他の機関と連携を取っていた施設もあるが、戦後、そのあたりが主に不用な設備になったというわけだ」
アイメリクは冒険者の感想に応じながら更に下へと向かって行く。
「ここまで下るのは、俺も初めてだな」
「お前の任務は戦場を飛び回るのが常だったからな。たとえそうでなくとも、今回改修をしたのは竜騎士団とは一番縁遠かった場だ」
「なるほど。ならば俺が足を運ばなかったのも道理か」
エスティニアンとも雑談を交わしながらアイメリクは歩を進め、暫しの後に三人は目的地へと辿り着いた。
そこはスカイスチール機工房を彷彿とさせる見た目となっていたので、改修するにあたっておそらく、そちらを参考としたのであろうことが伺える。
「すごい……これだけ揃っていれば鍛冶の他にも様々なことができますね」
感嘆の言葉を口にしながら冒険者は奥へと踏み込み、それぞれの設備を興味深く観察し始めた。
「そちらの一角は、ご覧の通りに素材置き場だ。そして、今は空の状態となっているこちらは、完成品を納めていただく場となっている」
アイメリクは説明をしながら冒険者が立つ側から少し離れた場にある扉を開き、話を続ける。
「そしてこちらは休憩室として改修をしておいた。先ほど話をした通り、工房の利用者をエスティニアンとして計画を立案したので今はこの一部屋しか改修ができていないが、近日中に隣の部屋も同様の形に整備をする予定だ」
解説を終え、休憩室と紹介をした部屋の扉の前から一歩下がったアイメリクと入れ違いに冒険者は歩み寄ると、部屋の中を覗き込み再び感嘆の声を上げた。
「宿屋よりもこちらの方が居心地が良さそう……なんて言ったら、ジブリオンさんに怒られるかもしれないわね」
そう言い冒険者はクスクスと笑った後、ひとつの疑問に突き当たり首を傾げる。
「ここは戦後不要になった設備、と仰いましたよね? 元は何だったんですか?」
アイメリクを見つめながら質問をした冒険者は、自らの言葉で彼が微かな身じろぎをしたことで更に首を傾げる。
そんな冒険者に見据えられる状態となったアイメリクは、ゆっくり腕を組むと深呼吸をし、その後充分すぎるほどの間を空けてから語り始めた。
「実は、ここは負の遺産と言うべき場なのだ」
「……もしや「死なねば出られぬ部屋」と噂されていた?」
「ああ。もっともそれは更なる俗称で、元の俗称は「改宗せねば出られぬ部屋」だがな」
アイメリクが神妙な面持ちで吐き出した言葉に対してすかさずエスティニアンが極めて物騒な内容を織り交ぜながら問い、それにアイメリクが同意をする、という一連の流れを見せつけられる形となった冒険者は驚き、半歩後ずさってから改めてフロア全体を見直した。
広々としたフロアの奥には、休憩室として改装され紹介をされた部屋と同じ形の扉がいくつも等間隔で並んでいる。
そしてアイメリクが語った改宗という言葉。
「ええと、つまり……ここは竜詩戦争中、異端者とされた人を収容する場だった、というわけですか?」
恐る恐る問い掛けた冒険者に向けてアイメリクは頷いた。
「その通り。当初は強固な造りであるだけだったのだそうだが、ある時、収容された者が竜化するという事態が発生し、それを機にフロア全体に魔法障壁が施された。そして魔法障壁の術式には時代ごとに調整が施され、現在に至っている。その長年に渡る調整の結果、副作用とも言える厄介なものを内包する結果となってしまっていてね……」
アイメリクはそこで話を中断し、この先をどう説明をしたものかと悩んだのか、暫しの間考え込んでから話を続けた。
「誰も収容せずに魔法障壁を解除したままでいると、時折魔力が暴走してしまうことが戦後発覚したのだ」
「なんだと?」
驚くエスティニアンにアイメリクは視線を送ると、更に話を続ける。
「現在までのところ暴走の影響は神殿騎士団本部内に限定されている。暴走が始まると、ほとんどの団員が同時に体調を崩してしまうのだ。個人差はあるが、酷い者だとその場で昏倒をしてしまうという有様でな」
「そんなことが……。戦時中は常に誰かが収容されており、その不具合に気付かなかった、というわけか。何とも皮肉な話だ」
眉間に深く皺を刻み込みながらエスティニアンが応じ、アイメリクもまた同様の表情となりながら頷いて話を続けた。
「どうにかして処理をしようと様々な調査をする中でただ一人、一切影響を受けなかった者が居たことで、解決方法を見いだすことができたのだ」
「……そのただ一人って、もしかしてルキアさんですか?」
首を傾げながら冒険者が飛ばした質問に、アイメリクは大きく頷く。
「ガレアン族のルキアが全く影響を受けなかったことから種族ごとに調査をし、結果、影響を受けるのがイシュガルド系エレゼン族のみであることが特定できた。竜化した者の脱出を阻止するという目的で編み出された術式なのだから、そこは当然の結果といえよう」
「なるほど。イシュガルド系エレゼン族に影響する魔力の暴走がここだけで済む保障が無い以上、一刻も早く魔法障壁自体を無力化したい。そういうことか」
エスティニアンは腕を組み、これまでの情報を整理した形でアイメリクに向けて発言をした。
「ああ。しかし、この場で物理的な破壊による無力化は不可能だ。そこで、私も含めて騎士団員の中からイシュガルド系エレゼン族のみ数名ずつを選抜して交代で収容者としてこの場に入り、魔法障壁を展開させて暴走を抑止すると同時に魔力を消費させてきたのだが、いかんせん我々では、抑止はできても魔力の消費に関しては進捗が微々たるものでな。そこで、早期解決のためにお前の力を借りるべく様々な準備をし、帰国させるための作戦を実行した、というわけだ」
「あれが作戦、か……」
一転して呆然とした表情となり、辛うじての文句を吐き出した後にエスティニアンは頭を抱える。
その感情の矛先はどうやら、アイメリクの作戦にまんまと嵌ってしまった自らへと向けられているようだった。
「やっぱりあのマメットの説明文は、エスティニアンを呼び寄せるためだったんですね。呼ぶ目的は今の今までわからなかったけど」
苦笑をしながらの冒険者の発言に、アイメリクもまた苦笑をしながら頷いた。
「ともかく事情はわかった。戦後処理の一環とあらば引き受けよう」
「よろしく頼む」
「要は俺と相棒がここに「収容」されればいいんだな」
「ああ、そういうことだ」
「……はい?」
自らの立ち位置を蚊帳の外に置きながら二人のやり取りを見守っていた冒険者は苦笑の上に困惑を重ねるという複雑な表情となりながら疑問符を吐き出し、その様子を見たエスティニアンは途端に溜め息を吐く。
「竜化の現象は竜の魔力に起因するものだ。そして、蒼の竜騎士の力の源も竜の魔力だろう。もう一人の蒼の竜騎士だったお前の身にある竜の魔力は、イシュガルド系エレゼン族……つまり、建国十二騎士の末裔たちが代々引き継いできた竜の魔力と比較をすると桁違いのレベルだ。そのお前を俺と共に収容すれば、俺だけを収容するよりも理論上は倍の効率で魔法障壁を消耗させることができる、という理屈になるだろうが」
「あ、そっか」
ようやく事態の全容と自らの立場を把握することのできた冒険者は、脱力した様子で納得の一言を漏らした。
「これだけの素材が用意されているのだから、収容中に退屈はせんだろう。ところでアイメリク、ひとつ提案があるんだが」
「ふむ、提案とは?」
エスティニアンは山と積まれた素材を背にしてアイメリクの側に向き直る。
「一刻も早い無力化を目指すならば、多少過激な手段を採った方が効率が良いのではないかと思ってな。魔法障壁を展開させた状態で俺たちが模擬戦をするのはどうだろうか。ここでは素振りの延長線上程度に止めざるを得んが、それでも、意図的に竜の魔力を放出できるからな。魔法障壁をより消耗させることができるだろう」
「なるほど、それは絶大な効果が期待できそうだな。いいだろう。ただし、今回は彼女に銘入りの工具を作って戴くことが第一の目的となるので、模擬戦は作業の合間に適宜織り混ぜる形にしてくれ」
「了解した。元・蒼の竜騎士としてこの魔法障壁を無力化させ、魔力の源とされた竜を弔ってやろう」
アイメリクに応じる形で宣言をしたエスティニアンを冒険者は驚きの眼差しで見上げ、次いで微笑みを浮かべた。
「さてと! それじゃ張り切って、まずは作りまくるわよ!」
鍛冶師の姿となった冒険者が、愛用のハンマーを頭上に掲げる。
そんな彼女と、彼女に続いて鍛冶師の姿になったエスティニアンに激励の言葉を掛けたアイメリクは、フロアから退出すると堅牢な扉を閉じ、祈るような面持ちで魔法障壁を展開させた。
~ 完 ~
初出/2019年11月25日 pixiv