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相棒ノ扱イ方

 掌の上にある無反応なリンクパールに視線を落とすのは、これで何度目になっただろうか。
「……全く。あの後どこへ行きやがったんだ、あいつは」
 エスティニアンは舌打ちをした後に懐へとリンクパールをしまうと、中断していた作業を再開した。

 どこへ行きやがった、との独言を吐き捨てたエスティニアンではあったが、あいつ……相棒たる光の戦士が現在活動をしている場についてのみ、彼は確信を持っていた。
 自身と同じ称号を持ち竜の魔力を操る彼女の気配が全く感じられず、また、リンクパール通信自体が不可能となる点は、つい先ごろまで長期間エスティニアンが置かれていた状況と完全に一致をしている。
 それらから導き出される結論は唯一つ。
 こちら……原初世界側からは現状、彼女以外は一切のアプローチをすることが叶わない、第一世界だ。


 遡ること半日ほど前。
 暁の血盟からの依頼で潜入をしていた帝都ガレマルドでの調査が強制終了せざるを得ない事態に陥り、それまでに収集した情報を携えて向かった石の家で、エスティニアンは光の戦士との再会を果たした。

 タタルとクルルという、エスティニアンにとっては魔女と形容しても余りある存在となってしまったララフェルの女性二人が常駐しているであろう暁の拠点に向かうことは、竜詩戦争時代に複数の大型ドラゴンを相手取ることよりも彼の神経をすり減らせる状況であったのだが、しかし、依頼主に調査結果の報告をしない訳にはいかない。
 クガネで半ば以上脅されて、という想定外の形で発生した依頼ではあったが、それでも出すものは既に応分に出されているので仕事として契約が成立しており、しかも事前に退路を話術で断たれていたために、この案件には破棄という選択肢が存在しなかった。
 しかもエスティニアンがここに至るまでで集めた情報は、自らの口で確実に報告をしなければならない、世界情勢に関わる最重要機密と化していたのだから。

 可能ならば顔を合わせたくはない者の待つ報告の場であってもこうして歩を進めるのは、長年竜騎士団務めをしたことにより身に染み着いてしまったものなのかもしれない、と、苦笑をしながらレヴナンツトールのエーテライトに転移を果たしたエスティニアンは、凍て付く大地を踏みしめた次の瞬間、その地にある竜の魔力を感じ取り、思わず目を見開いた。

 ──相棒?

 エスティニアンが相棒たる光の戦士の、竜の魔力に由来する気配を間違うはずもないのだが、それが全く予期できぬものであったため、彼は首を傾げ疑問符付きで自らを問い質す。
 しかし直後にそれと確信し、これから開く扉の重さが軽くなったとばかりに口角を上げながら石の家を訪ねると、サロンの中心で魔女たち……もとい、タタルとクルルを相手に談笑をする光の戦士の姿がエスティニアンの目に飛び込んできた。

 第一世界を救うための戦いが佳境を迎える中で、その身に溜め込まされた膨大な光の力をどうにか抑えて一時的にこちらへ戻り、断る選択肢のない悲愴な願いを押し付けてきた際の何とも形容しがたい様子だった彼女は今、エスティニアンの知る本来の姿と振る舞い方で、目の前に立っている。
 その様子を目の当たりにして胸を撫で下ろしたエスティニアンは相棒を労ってやりたいと思ったのだが、しかしタタルとクルルの他にも数名のメンバーたちの目が存在する場でそれを行動に移すのは、彼の性分ではどうにもし辛いことでもあった。
 結果、エスティニアンは努めて事務的に報告を済ませてから光の戦士を含むその場の者たちにまとめて別れを告げると、石の家を後にしてしまった。

 あの解放感に充ち溢れた様子から鑑みるに、報告後に彼女はおそらく一旦は自らの居室に戻ってくるだろう。
 そのような予測の下、リリーヒルズにある冒険者の部屋を訪れ合鍵を使って入室を果たしたエスティニアンは、そこで光の戦士を待ち構えることとした。

 ソファの傍らに荷を置き、まずは久方振りに酷使をした魔槍ニーズヘッグの手入れを始めて入念にそれを済ませたのだが、しかし彼女は戻らない。
 タタルとクルルも光の戦士と久方振りの邂逅を果たした形なのだから、古来より女三人寄れば姦しいと言われる通りに今頃は無駄話でやかましくなり収拾がつかなくなっているのかもしれない。あの場に留まらなかったのは正解だったのだろう、と考えたエスティニアンは次に、潜入調査で長期の中断を余儀なくされた鍛冶修行を再開することとした。

 インゴットの山を築きながら時折精神を集中して彼女の竜の魔力を手繰り、現在位置を確認していたエスティニアンは、その幾度目かで首を傾げる。
「この方角は、ウルダハ……か?」
 次にリンクパールを取り出し、明らかにモードゥナとは違う場へと彼女が移動をしていたことを別の手段でも確認したエスティニアンは、やたらと顔の広いあいつのことだ、ウルダハ方面にも急ぎ報告をせねばならぬ相手がいるのだろう、と解釈をして再び作業に没頭し始めた。

 しばらく作業を続けている中で突如、例えるならば就寝中に階段を踏み外した錯覚に見舞われたかのような、一瞬アンバランスとなる微かな感覚がエスティニアンの身に降りかかった。
「……なんだ?」
 その微かな違和感が原因で手元が狂いかけたためにエスティニアンは作業を中断し、そのことで集中力も途切れてしまった。
 ならば今一度、光の戦士の動向を確認しておくかと竜の魔力方面に集中をし始めたエスティニアンは目を見開き、直後慌ててリンクパール側での確認をして愕然とする。

「なんてこった。また向こうに行きやがるとは……」

 光の戦士の現在位置を「不明」と表示したリンクパールを懐にしまいながらエスティニアンは溜め息をつき、この場でこれから展開される静かな長期戦を覚悟した。


 家主が戻らないという不測の事態を受けて想定の五倍ほどにはなったであろう鍛冶修行の成果を上げることができたエスティニアンは、睡魔に屈してソファで仮眠をとることとした。
 トンベリの頭部を模したクッションが添えられたソファはシンプルな横長のデザインであったため、足先を投げ出しておけばエレゼンの身にも十二分にベッドの代用として機能する。
 友人を部屋に招いた際にはベッドを友人に宛がい、自らがこちらで寝ることを想定して相棒はこのソファを選んだのかもしれない。
 そう考えながらトンベリのクッションを枕代わりにして身を横たえたエスティニアンは、大仕事を終えての開放感も手伝ってか、直後に寝息を立て始めた。


 翌朝。
 仮眠改め熟睡から目覚めた直後にエスティニアンは懐を探り、まずはリンクパールの情報に変化があるか否かを確認する。
 そして彼は嘆息しながらゆっくりと起き上がり、ソファに座り直して眉根を寄せた。

 ──ここまで待ったのだ。こうなったら意地でもここで相棒を迎え、労ってやる。

 まるで厄介な敵を待ち伏せて仕留めようと目論むかのような流れの思考を巡らせた後にエスティニアンは、最早修行と言うよりも暇潰しの手段と化した単純作業で鍛冶の中間素材を作製するべく、ハンマーを手に取った。


「エスティニアン! まさか、あの後うちに来ていたの!?」
 部屋の扉が開くなり驚きを帯びた声音で、家主からエスティニアンへ向けて質問が飛ばされてきた。
「ああ。お陰でこの有様だぞ」
 エスティニアンは鍛冶作業をする姿勢のままで見上げ、扉の前に立ち尽くす冒険者に向けて視線を送ると、次いで、お前ならばこれで待ち時間は推測できるだろうと言わんばかりに、自らの小脇に築き上げた鍛冶素材の山を顎で指し示す。
「その量だと、普通に寝たとして丸一日……くらい?」
「そんなところだな」
「良かったぁ……」
 安堵した表情で想定外の一言を放ちながら脱力し、荷を抱えたままその場にへたり込む冒険者の様子を見ながら、エスティニアンは首を傾げて眉根を寄せた。
「良かった、だと?」
 口裏を合わせず勝手に部屋を訪れた自分に非が無いとは言わないが、おおよそ丸一日となった待ち時間を良かったと言われる筋合いも無い。
 そう思いながら質問を返したエスティニアンに冒険者は、床に腰を下ろした状態のままで答えた。
「次元の狭間を行き来すると、時折双方の時間にズレが生じるそうなの。アルフィノを例に挙げると、彼はあちらで一年以上を過ごしているそうなのよ」
「なっ……!?」
 途端に絶句をしたエスティニアンを冒険者は見据え、立ち上がりながら話を続けた。
「こちらではアルフィノが昏倒して以降、そこまでの時間は経っていないでしょ。そして、その逆もあり得るのだそうだから、丸一日以上貴方を待たせてしまったことにならなかった点にホッとしたの」
「……なるほど。その言い方から推測するに、今回はあまり時間にズレが無く、お前はあちらで丸一日を過ごしてきた。そういうことか?」
「ええ。アルフィノたちの件とは別なのだけど、放置すると危険に思えた事柄があったから、それが気になっていて。できるところまで調査を済ませてきたのよ」
「ふむ」
 彼女が危険と判断をした事柄となれば、今はそうでなくともいずれアルフィノたちに危険が及ぶ可能性は否定できない。
 ならば、暁への報告が済んだ直後にそちらへと駆けつけるのも道理か。
「詳しい話は着替えてからするから、ちょっと待っていて」
 そう言いながら部屋の奥に設えられたウォークインクローゼットへと消える冒険者を見送ったエスティニアンは、その場に広げていた鍛冶道具を片付け始めた。


「お待たせ」
 片付けを済ませてソファに座り、手持ち無沙汰に自らの荷の整理をしていたエスティニアンが掛けられた声に応じて顔を上げると、初めて見る黒装束に身を包んだ冒険者の姿が目に飛び込んできた。

 それは膝上5イルムほどの丈でスカート部分の右側に大胆なスリットが入り、胸元には切り欠きで肌の上に紋様を描く細工が施されたワンピースと、揃いのパーツなのであろう長手袋にロングブーツ。
 スカート丈が長ければ夜会服にもなりそうだ、との第一印象をエスティニアンに抱かせた装いであったが、異彩を放つと言って差し支えないほどに特徴的なのは、目元を完全に覆い隠した左右非対称の布だった。
 目元を覆う装備はイシュガルドの騎兵が使うチェーンコイフやグリダニアの鬼哭隊で見られる木製の仮面などがエスティニアンの記憶に刻まれていたが、それらは目の部分に覗き穴が空けられているものである。
 かつて自らが装備をしていたドラケンアーメットは装備者の視線を伺うことはできなかったが、今、冒険者が身に付けているものも同様に、視線を伺うことができない。
 服に使われているものと同様の素材に思えるのだが、これは装備者の視覚には影響が無いものなのだろうか。

「あちらの民族衣装か何かなのか、その格好は?」

 冒険者が第一世界から戻った直後であるという点を踏まえ、可能性のありそうな予測を交えて出されたエスティニアンの質問は、彼女が首を横に振ることで否定された。
「こちらではオメガという、ミドガルズオルムを追って他の世界から紛れ込んできた機械があったでしょう。あちらでもそんな感じでどこかから謎の機械が紛れ込んできていてね。この服は、封じられた遺跡に居た自動歩兵人形が着ていたものなの」
「……なんだと? どう見ても女物の服だが、それを人形が?」
 自動人形と言われてエスティニアンがまずイメージをしたのは、自らを含めて著名である人物を模したマメットであり、次に、この服を着ていたという点でイメージをしたのは、服飾店の店先に置かれるマネキンであった。

 マネキンが服を纏い、マメットの如くに動き回る。
 しかも、彼女は歩兵と言ったのだ。
 そのような存在が、戦闘に投入されるに足る能力を備えているのだろう。
 つまりマメットのように単純でヤワなものではない、ということだ。

「自分はアンドロイドと呼ばれる自動歩兵人形なのだ、と、本人の口から言われてもなお……。今、つい「本人」と言ってしまったくらいに人としか思えない見た目だし、普通に会話が成立する相手だったわ」
「今まで散々奇妙なものと対峙してきたであろうお前がそう言うのならば、おそらくは誰もがそれを見ても人としか認識できないというわけか。何とも、空恐ろしい話だな」
 エスティニアンの言葉を受けて、冒険者は静かに頷いた。
「クルルさんやヤ・シュトラさんなら、エーテルを視て見破るかもしれないけどね。ともかく、その「彼女」が目の前でピタリと停止をしてしまったから、人ではなかったんだと無理矢理に納得をさせられた感じよ。調査に赴いた先で同じ姿でこの服を着た大量の人形が倒れている部屋も見つけたから、そこでも改めて思い知らされてしまったわ」
 そう言いながら冒険者は少しばかり俯いたのだが、目隠しの布で視線が伺えないためにその瞳に憂いがあるかは彼女の声音から推測するしかない。

「停止をする直前に「彼女」は、まだ沢山のアンドロイドたちがいるはずだと言っていたから、アルフィノたちの件のほかに少なくともひとつ、第一世界で重大な事件に関わってしまったことになるわ。なので、まだあちらに行くことが多くなってしまうのだけど、この間話をした光の問題と遡ってギラバニアで倒れた件はどちらも解決しているから、そこは心配しないで」

 冒険者の話を静かに聞き終えたエスティニアンは床に視線を落としてから深々と息を吐き、腕を組むと改めて彼女を見上げた。
「その二点の問題が解決したのならば、俺からは、どちらもお前の気の済むよう全力でやってこい、としか言えんさ」
「貴方も石の家で、俺も好きにやらせてもらうと豪語したものね」
「そういうことだ」
 冒険者の指摘にエスティニアンがニヤリと笑って応え、それを見た彼女もクスクスと笑い返す。


「そういえば」
 互いにひとしきり笑った後、エスティニアンは改めて冒険者の姿を見直した。
「その服に着替えたということは、この後で守護天節の仮装パーティーにでも行くつもりなのか?」
 思いもよらぬ質問を受けた冒険者は驚き、半歩後ずさると目の前で大げさに手を振りながら否定をした。
「これは、自動歩兵人形のことを説明するのに分かりやすくなるかと思って着ただけよ。冒険者ギルドからの調査依頼は開催された直後に済ませたし、仮装パーティーの方は調査の後で様子を見てきたのだけど、今回のは、その、ちょっと行く気になれなくて……」
 そう言った後に口篭った冒険者は、途方に暮れたのか天井を仰ぐ。
「催事好きなお前が足を向けないとは珍しい。ちょうど良い息抜きにでもなるかと思ったんだが」
「だって、少し覗いただけでも目眩がしたんだもの。あれに限っては、とてもじゃないけど息抜きになんかできないわ」
「目眩とは、これはまた穏やかな話ではないな。お前、本当に体は大丈夫なのか?」
 途端に心配顔となったエスティニアンを見た冒険者は、再び慌てて否定をした。
「それとこれとは関係ないから大丈夫! だって今年は……その……。貴方の姿に仮装をした人が沢山いるんだもの……」
 そう白状をして肩を竦める冒険者を見たエスティニアンは、思わず苦笑をする。
「なるほどな。去年耐えられずにあの場から抜け出した俺の気持ちが分かったか」
「ええ、これでもかというほどに……ね。仮に耐えられたとしても、誰も知らない人形の服じゃ、人形の仮装として見てはくれないでしょう?」
「ククッ、確かに……。それを聞いて安心した」
「えっ?」
 冒険者の短い問い返しを聞き流したエスティニアンは無言で左手を伸ばすと、ワンピースのスリットから見え隠れする彼女の太腿を掌でそっと撫で上げた。

「……ちょっ! 何を!?」

 冒険者が反射的にその左手を払いにくることは、どうやらエスティニアンの作戦のうちだった模様で。
 彼は口角を上げるとすかさず彼女の左手首を右手で捉え、そのまま自らの側へと引き寄せる。
 もんどり打ってエスティニアンの胸元へと頭から飛び込む形となってしまった冒険者は、予期せぬ事態に慌てふためいたまま翻弄されるうちに、彼の膝の上に横座りをする形で囚われの身となってしまった。

「こんな蠱惑的としか言えんお前の姿を、誰にも見せたくはないもんでな。それに……」

 そう言いながらエスティニアンは冒険者の頭から目隠しを外す。
 そして困惑の色が残る彼女の双眸を見つめると微笑みを浮かべてから耳元へと唇を寄せ、囁きで一言を付け加えた。

「俺にとって、その姿は最高の土産だ」

    ~ 完 ~

   初出/2019年11月5日 pixiv&Privatter
   『第39回FF14光の戦士NLお題企画』の『人形』『守護天節』参加作品
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