リムレーンの思し召し
紅蓮祭が終了し、それまでの喧騒が嘘であったかのような静けさに包まれたコスタ・デル・ソル。
遠浅の海岸で紅蓮祭最大の呼び物として威容を誇っていた木造の巨大なアクティビティ・常夏の魔城が解体され日常の風景が戻った地では、祭の実行委員たちが祭装束姿のままで、メイン会場となっていた砂州の後片付けに勤しんでいる。
その後片付けをする集団の中に完全に溶け込む形で、実行委員ではない者たちも立ち回っていた。
究極のお人好しともあだ名される光の戦士その人と、そんな彼女を憧れの冒険者と位置付けて修業をする新米冒険者のル・フル・ティアである。
紅蓮祭の最中に実行委員からの依頼を受けてル・フル・ティアに常夏の魔城で冒険者としての手本を見せた彼女は、紅蓮祭の後片付けを利用して更に後輩へ手本を見せていたのだった。
「あなたほどの冒険者がこんな仕事をするだなんて……。これって、駆け出しの俺に合わせてくれてるだけですよね?」
明らかに手より口を動かしている状態で問い掛けてくるル・フル・ティアを見た冒険者は、苦笑をしながら首を横に振り、彼に応じた。
「ううん。貴方が居ようが居まいが、私は今ここに居る以上、迷わずこの仕事を引き受けるわ」
「えっ? それはどうして?」
首を傾げて更に問うル・フル・ティアに冒険者は向き直ると、両手を真横に広げて話を続けた。
「今、この場に人手が必要なのは、見て判るでしょう。そして、ここにいる私はその仕事を手伝うことができる。だからこうしているの」
「な、なるほど」
「それに、貴方は今「こんな仕事」と言ったけど、それって、貴方が仕事に優劣をつけていることになってしまうわよ?」
「あっ……!」
冒険者に憧れるあまり、ともすれば依頼主への暴言となりかねない失言をしてしまっていたことにル・フル・ティアは遅蒔きながらに気付き、絶句をした後にしょげかえる。
耳が伏せられたその様子からは、彼が心の底から反省をしていることが伺えた。
「他の人がどうなのかは知らないけど、私は、頼まれた仕事は可能な限り断らないように心がけているの。それが、次に新しい仕事を頼まれることに繋がると思っているから」
「仕事の選り好みをしていたら、そのうちに「仕事を頼み辛い冒険者」になってしまう……と。そういうことですね!」
「ええ、そんな感じ。もちろん、これは私のやり方というだけだから。真似をする、しないは貴方が決めてちょうだい」
「は、はいっ!!」
ル・フル・ティアは雷に撃たれたかのように、毛の逆立った尾を背中に叩きつけんばかりの勢いで持ち上げながら姿勢を正す。
彼の様子を見た冒険者は微笑んでから砂浜に膝を突き、足元のゴミに再び手を伸ばした。
そんな二人のやり取りを、同じ砂州の反対側の波打ち際で清掃作業をしながら遠巻きに伺う一人の男がいた。
遠巻きに様子を伺う片手間で清掃作業をしている、と表現をする方が正しいのかもしれない。
「……なるほど、要らぬ心配だったか。あのミコッテの小僧は冒険者としての相棒に純粋に憧れ、手本とするために付き纏っているに過ぎんようだ」
──話は前日に遡る。
第一世界から戻るなり、紅蓮祭の今年の景品を手に入れに行くのだと言うが早いか飛び出していった冒険者を追い掛ける形で、エスティニアンは急遽コスタ・デル・ソルの地を訪れることとなった。
昨年とは逆に紅蓮祭開催期間の最終日に訪れたためか、さしたる苦労も無く手頃な価格帯の宿を確保することのできた二人は、そこを拠点として早速思い思いの時間を過ごし始める。
冒険者は主催者側から提供される全ての景品の取得を目指して常夏の魔城の攻略をひたすら繰り返していたのだが、蒼の竜騎士時代にイシュガルドで娯楽とは無縁の生活を続けていたエスティニアンの目にそれらは、以前と変わらず興味の対象の欠片としても映りはしなかった。
結果エスティニアンは、昨年手に入れたエンドレスサマートップと揃いのボトムを身に着けながらも海には入らず、祭の会場で飲食を提供する屋台に程近い木陰で鍛冶修行に勤しむという、バカンスと称するにはいささか奇妙な時間の使い方をしていたのだった。
エスティニアンにとっては作業中に不測の事態が発生した場合、職人として指導を仰ぐことのできる相棒を即座に呼びつけられる環境となったために、この地の暑ささえ気にしなければ実に有意義な時間を過ごせるはずだったのだが、しかし、作業を始めて数時間が過ぎたあたりからちらほらと彼の耳に、行き交う行楽客の口から聞き捨てならない内容の話が飛び込み始める。
『かの英雄に、やたらと熱心に言い寄っている男がいる』
『親しげに話を交わす二人の様子を見るに、これはひと夏の恋となるのか、あるいは?』
そんな話を耳にする都度エスティニアンの手元が狂い、結果、彼はいくつもの材料を無駄にしてしまっていた。
そして夕刻。
呆れ返るほどの物量となった景品を抱えて宿に戻ってきた彼女に包み隠さずその件を問うてみれば、確かに一人の男と親しげに話をしている風に見られる行動を紅蓮祭の会場で取ってはいたが、それは新人冒険者の指導を祭の実行委員から依頼されたためなのだと言う。
指導といってもその内容は常夏の魔城を利用したものなので、見た目だけでは単に遊戯に興じている二人に思われたのであろう。
そしてその様子を遠目で見られた結果、おそらくは人の口を経るごとに尾鰭背鰭が勝手に付き、過大に脚色をされた話題が一人歩きをしてしまったのであろう、と。
また、行楽地では開放的な気分になるためか、傍目にカップルの図と映る二人組を見かけ次第、恋愛の方面に話を決め付けたがる輩が一定数は存在するものなのだ、とも。
前者の尾鰭背鰭は百歩譲ってわからないでもないが、後者の発想は全く理解し難い。
それゆえにため息を吐いたエスティニアンを見た冒険者は、今の説明ではどうやら彼の誤解を解くことができなかったのだと逆に誤解をしてしまった。
それならば明日、もっともらしい理由をつけて問題の男を呼び、改めて「指導」をして見せるので、その一部始終と男の様子を実際に観察した上で判断をしてほしい。
そう彼女から提案をされたことで、エスティニアンも浜辺の清掃作業にかり出される事態となっていたのだった。
相棒とル・フル・ティアとのやり取りをじっくりと観察することでようやく彼が無害な存在であるとの確信を持ち、その気持ちをスッキリとさせることができたエスティニアンの足元は、未だ祭の残滓で淀んでいる。
見知らぬ誰かの不始末に対してエスティニアンは当て所の無い舌打ちをすると、その身を屈め、波で打ち寄せられるゴミを拾い集めながら移動をする。
その作業では時折、紙片が封じられたボトルも拾うこととなり、それについては祭の実行委員からボトルを拾った都度そのまま持ってきて欲しいとの指示があった。
しかしエスティニアンは、紙片に記された内容の確認をさせられるのならばどこでやろうが同じことだろうと食い下がり、拾った現場でボトルから紙片を取り出し分別をした後、紙片に記された内容を検めていた。
「これが祭に乗じたものなのか、元々このあたりでの流行りなのかは知らんが、よくもまあ、これだけの数が打ち寄せられるものだ」
分別をした本数がどれほどになったか、既に数えることを放棄していたエスティニアンは、溜め息混じりにそう呟くと開いた紙片を見遣る。
ざっと目を通して具体的な宛名や差出人名が無いことを確認すると、それまでに貯まった紙束へと仲間入りさせ、ボトルを麻袋の中へと放り込んでから次の獲物の元へと歩を進めた。
「……これは、今までのものと少々毛色が違うな」
そう呟きながらエスティニアンが波打ち際から拾い上げ、眼前まで持ち上げて見つめたボトルの中には、紙片ではなく封筒が納められていた。
封筒の表には数行の文字が書かれていたが、ボトルの外側からはその内容を窺い知ることは出来なかった。
紙片ならばボトルの口から容易に取り出すことができるが、納められたものが封筒となってはそうもいかない。
祭の実行委員からの指示はボトルと紙片との分別であり、ボトルの状態についての言及をされてはいなかった。
ならば、ボトルが割れてもその場に破片を散らさなければ問題はなかろう。
そう結論を出したエスティニアンは、問題のボトルを麻袋の入口部分に納めて袋の口を軽く縛り、背から魔槍を手に取ると石突で袋越しにボトルの位置を確認してから一撃を打ち込む。
そうして麻袋の中から封筒のみを取り出したエスティニアンは、封筒の表書きに目を通して首を傾げ、中に納められた手紙を検めて顔色を変えると封筒に納め直し、その状態で懐へとしまい込んだ。
「ル・フル・ティアとの関係で誤解が解けて良かったわ」
「いや、そもそも俺は誤解などしてはいないぞ? 単に、見るもの全てを勝手に色恋沙汰と解釈する輩たちに呆れただけだ」
「あら、そうだったの。じゃ、私が逆に誤解をしちゃった形だったのね」
宿に戻り、先に部屋の奥まで進んで振り向きがてらに会話を繋いだ冒険者は、その肩をすくめると照れ笑いをする。
「でも、それで一人分の人手を実行委員会に斡旋できたんだから、結果オーライかしらね」
「フッ……今回は、そういうことにしておくか」
冒険者に数歩遅れて窓辺へと辿り着いたエスティニアンが外を見遣ると、夕焼けに彩られた空に新生祭の最初の花火が打ち上げられた。
「あの新生祭の花火には、霊災で亡くなった人への追悼と、新生への願いが込められているのだそうだな」
「ええ。新生祭の趣旨はその通りだけど、霊災の後にも亡くなった人は沢山いるから、私は個人的には、その人たちにも祈ることにしているわ」
「……そうか。お前のその祈りが、ひょっとしたら届いたのかもしれんな」
「えっ?」
短い疑問の言葉とともに冒険者がエスティニアンを見上げると、彼は神妙な面持ちで懐から取り出した封筒を差し出した。
「読んでみろ」
首をかしげながら冒険者が封筒を受け取ると、それを見届けたエスティニアンは再び視線を外に向け、二発目の花火が上がるさまを見守る。
『散らばってしまった手紙の一枚であろうものを、森で拾いました。
破損をせず、私の目に留まったのは何かの縁であると思い、リムレーンの懐に託します。
願わくば、ここに記された友である方に、この手紙が届きますように』
封筒の表には、そう記されていた。
エスティニアンの手によって封が切られ、検められた中の手紙に目を通し始めた冒険者の、便箋を持つ両の手が小刻みに震え始める。
そうなることをエスティニアンは確信していたのであろう。
視界の端で彼女が震える様を認めつつも、彼は、洋上で次々に打ち上げられる花火から目を逸らさず、黙って相棒の隣に立ち続けていた。
「……ありがとう、エスティニアン」
手紙を読み終え、その内容を噛み締め終えた冒険者が、やっとのことで礼を口にする。
「リムレーンの思し召しにも、感謝をせねばならんだろう?」
「ええ……本当に……本当に、そうね……」
未だ震えが治まらない冒険者の肩にエスティニアンは手を回し、自らの脇に彼女の身を手繰り寄せると、軽く一度、華奢な肩を叩いてから抱き寄せる。
相棒の身の震えを、その身で分かち合うかのように。
夕焼けに照らされた光の戦士の手の中にある、その手紙の末尾には署名があったのだ。
少し癖のある文字で、オルシュファン・グレイストーン、と。
~ 完 ~
初出/2019年9月2日 pixiv&Privatter
『第38回FF14光の戦士NLお題企画』の『紅蓮祭』『新生祭』参加作品
遠浅の海岸で紅蓮祭最大の呼び物として威容を誇っていた木造の巨大なアクティビティ・常夏の魔城が解体され日常の風景が戻った地では、祭の実行委員たちが祭装束姿のままで、メイン会場となっていた砂州の後片付けに勤しんでいる。
その後片付けをする集団の中に完全に溶け込む形で、実行委員ではない者たちも立ち回っていた。
究極のお人好しともあだ名される光の戦士その人と、そんな彼女を憧れの冒険者と位置付けて修業をする新米冒険者のル・フル・ティアである。
紅蓮祭の最中に実行委員からの依頼を受けてル・フル・ティアに常夏の魔城で冒険者としての手本を見せた彼女は、紅蓮祭の後片付けを利用して更に後輩へ手本を見せていたのだった。
「あなたほどの冒険者がこんな仕事をするだなんて……。これって、駆け出しの俺に合わせてくれてるだけですよね?」
明らかに手より口を動かしている状態で問い掛けてくるル・フル・ティアを見た冒険者は、苦笑をしながら首を横に振り、彼に応じた。
「ううん。貴方が居ようが居まいが、私は今ここに居る以上、迷わずこの仕事を引き受けるわ」
「えっ? それはどうして?」
首を傾げて更に問うル・フル・ティアに冒険者は向き直ると、両手を真横に広げて話を続けた。
「今、この場に人手が必要なのは、見て判るでしょう。そして、ここにいる私はその仕事を手伝うことができる。だからこうしているの」
「な、なるほど」
「それに、貴方は今「こんな仕事」と言ったけど、それって、貴方が仕事に優劣をつけていることになってしまうわよ?」
「あっ……!」
冒険者に憧れるあまり、ともすれば依頼主への暴言となりかねない失言をしてしまっていたことにル・フル・ティアは遅蒔きながらに気付き、絶句をした後にしょげかえる。
耳が伏せられたその様子からは、彼が心の底から反省をしていることが伺えた。
「他の人がどうなのかは知らないけど、私は、頼まれた仕事は可能な限り断らないように心がけているの。それが、次に新しい仕事を頼まれることに繋がると思っているから」
「仕事の選り好みをしていたら、そのうちに「仕事を頼み辛い冒険者」になってしまう……と。そういうことですね!」
「ええ、そんな感じ。もちろん、これは私のやり方というだけだから。真似をする、しないは貴方が決めてちょうだい」
「は、はいっ!!」
ル・フル・ティアは雷に撃たれたかのように、毛の逆立った尾を背中に叩きつけんばかりの勢いで持ち上げながら姿勢を正す。
彼の様子を見た冒険者は微笑んでから砂浜に膝を突き、足元のゴミに再び手を伸ばした。
そんな二人のやり取りを、同じ砂州の反対側の波打ち際で清掃作業をしながら遠巻きに伺う一人の男がいた。
遠巻きに様子を伺う片手間で清掃作業をしている、と表現をする方が正しいのかもしれない。
「……なるほど、要らぬ心配だったか。あのミコッテの小僧は冒険者としての相棒に純粋に憧れ、手本とするために付き纏っているに過ぎんようだ」
──話は前日に遡る。
第一世界から戻るなり、紅蓮祭の今年の景品を手に入れに行くのだと言うが早いか飛び出していった冒険者を追い掛ける形で、エスティニアンは急遽コスタ・デル・ソルの地を訪れることとなった。
昨年とは逆に紅蓮祭開催期間の最終日に訪れたためか、さしたる苦労も無く手頃な価格帯の宿を確保することのできた二人は、そこを拠点として早速思い思いの時間を過ごし始める。
冒険者は主催者側から提供される全ての景品の取得を目指して常夏の魔城の攻略をひたすら繰り返していたのだが、蒼の竜騎士時代にイシュガルドで娯楽とは無縁の生活を続けていたエスティニアンの目にそれらは、以前と変わらず興味の対象の欠片としても映りはしなかった。
結果エスティニアンは、昨年手に入れたエンドレスサマートップと揃いのボトムを身に着けながらも海には入らず、祭の会場で飲食を提供する屋台に程近い木陰で鍛冶修行に勤しむという、バカンスと称するにはいささか奇妙な時間の使い方をしていたのだった。
エスティニアンにとっては作業中に不測の事態が発生した場合、職人として指導を仰ぐことのできる相棒を即座に呼びつけられる環境となったために、この地の暑ささえ気にしなければ実に有意義な時間を過ごせるはずだったのだが、しかし、作業を始めて数時間が過ぎたあたりからちらほらと彼の耳に、行き交う行楽客の口から聞き捨てならない内容の話が飛び込み始める。
『かの英雄に、やたらと熱心に言い寄っている男がいる』
『親しげに話を交わす二人の様子を見るに、これはひと夏の恋となるのか、あるいは?』
そんな話を耳にする都度エスティニアンの手元が狂い、結果、彼はいくつもの材料を無駄にしてしまっていた。
そして夕刻。
呆れ返るほどの物量となった景品を抱えて宿に戻ってきた彼女に包み隠さずその件を問うてみれば、確かに一人の男と親しげに話をしている風に見られる行動を紅蓮祭の会場で取ってはいたが、それは新人冒険者の指導を祭の実行委員から依頼されたためなのだと言う。
指導といってもその内容は常夏の魔城を利用したものなので、見た目だけでは単に遊戯に興じている二人に思われたのであろう。
そしてその様子を遠目で見られた結果、おそらくは人の口を経るごとに尾鰭背鰭が勝手に付き、過大に脚色をされた話題が一人歩きをしてしまったのであろう、と。
また、行楽地では開放的な気分になるためか、傍目にカップルの図と映る二人組を見かけ次第、恋愛の方面に話を決め付けたがる輩が一定数は存在するものなのだ、とも。
前者の尾鰭背鰭は百歩譲ってわからないでもないが、後者の発想は全く理解し難い。
それゆえにため息を吐いたエスティニアンを見た冒険者は、今の説明ではどうやら彼の誤解を解くことができなかったのだと逆に誤解をしてしまった。
それならば明日、もっともらしい理由をつけて問題の男を呼び、改めて「指導」をして見せるので、その一部始終と男の様子を実際に観察した上で判断をしてほしい。
そう彼女から提案をされたことで、エスティニアンも浜辺の清掃作業にかり出される事態となっていたのだった。
相棒とル・フル・ティアとのやり取りをじっくりと観察することでようやく彼が無害な存在であるとの確信を持ち、その気持ちをスッキリとさせることができたエスティニアンの足元は、未だ祭の残滓で淀んでいる。
見知らぬ誰かの不始末に対してエスティニアンは当て所の無い舌打ちをすると、その身を屈め、波で打ち寄せられるゴミを拾い集めながら移動をする。
その作業では時折、紙片が封じられたボトルも拾うこととなり、それについては祭の実行委員からボトルを拾った都度そのまま持ってきて欲しいとの指示があった。
しかしエスティニアンは、紙片に記された内容の確認をさせられるのならばどこでやろうが同じことだろうと食い下がり、拾った現場でボトルから紙片を取り出し分別をした後、紙片に記された内容を検めていた。
「これが祭に乗じたものなのか、元々このあたりでの流行りなのかは知らんが、よくもまあ、これだけの数が打ち寄せられるものだ」
分別をした本数がどれほどになったか、既に数えることを放棄していたエスティニアンは、溜め息混じりにそう呟くと開いた紙片を見遣る。
ざっと目を通して具体的な宛名や差出人名が無いことを確認すると、それまでに貯まった紙束へと仲間入りさせ、ボトルを麻袋の中へと放り込んでから次の獲物の元へと歩を進めた。
「……これは、今までのものと少々毛色が違うな」
そう呟きながらエスティニアンが波打ち際から拾い上げ、眼前まで持ち上げて見つめたボトルの中には、紙片ではなく封筒が納められていた。
封筒の表には数行の文字が書かれていたが、ボトルの外側からはその内容を窺い知ることは出来なかった。
紙片ならばボトルの口から容易に取り出すことができるが、納められたものが封筒となってはそうもいかない。
祭の実行委員からの指示はボトルと紙片との分別であり、ボトルの状態についての言及をされてはいなかった。
ならば、ボトルが割れてもその場に破片を散らさなければ問題はなかろう。
そう結論を出したエスティニアンは、問題のボトルを麻袋の入口部分に納めて袋の口を軽く縛り、背から魔槍を手に取ると石突で袋越しにボトルの位置を確認してから一撃を打ち込む。
そうして麻袋の中から封筒のみを取り出したエスティニアンは、封筒の表書きに目を通して首を傾げ、中に納められた手紙を検めて顔色を変えると封筒に納め直し、その状態で懐へとしまい込んだ。
「ル・フル・ティアとの関係で誤解が解けて良かったわ」
「いや、そもそも俺は誤解などしてはいないぞ? 単に、見るもの全てを勝手に色恋沙汰と解釈する輩たちに呆れただけだ」
「あら、そうだったの。じゃ、私が逆に誤解をしちゃった形だったのね」
宿に戻り、先に部屋の奥まで進んで振り向きがてらに会話を繋いだ冒険者は、その肩をすくめると照れ笑いをする。
「でも、それで一人分の人手を実行委員会に斡旋できたんだから、結果オーライかしらね」
「フッ……今回は、そういうことにしておくか」
冒険者に数歩遅れて窓辺へと辿り着いたエスティニアンが外を見遣ると、夕焼けに彩られた空に新生祭の最初の花火が打ち上げられた。
「あの新生祭の花火には、霊災で亡くなった人への追悼と、新生への願いが込められているのだそうだな」
「ええ。新生祭の趣旨はその通りだけど、霊災の後にも亡くなった人は沢山いるから、私は個人的には、その人たちにも祈ることにしているわ」
「……そうか。お前のその祈りが、ひょっとしたら届いたのかもしれんな」
「えっ?」
短い疑問の言葉とともに冒険者がエスティニアンを見上げると、彼は神妙な面持ちで懐から取り出した封筒を差し出した。
「読んでみろ」
首をかしげながら冒険者が封筒を受け取ると、それを見届けたエスティニアンは再び視線を外に向け、二発目の花火が上がるさまを見守る。
『散らばってしまった手紙の一枚であろうものを、森で拾いました。
破損をせず、私の目に留まったのは何かの縁であると思い、リムレーンの懐に託します。
願わくば、ここに記された友である方に、この手紙が届きますように』
封筒の表には、そう記されていた。
エスティニアンの手によって封が切られ、検められた中の手紙に目を通し始めた冒険者の、便箋を持つ両の手が小刻みに震え始める。
そうなることをエスティニアンは確信していたのであろう。
視界の端で彼女が震える様を認めつつも、彼は、洋上で次々に打ち上げられる花火から目を逸らさず、黙って相棒の隣に立ち続けていた。
「……ありがとう、エスティニアン」
手紙を読み終え、その内容を噛み締め終えた冒険者が、やっとのことで礼を口にする。
「リムレーンの思し召しにも、感謝をせねばならんだろう?」
「ええ……本当に……本当に、そうね……」
未だ震えが治まらない冒険者の肩にエスティニアンは手を回し、自らの脇に彼女の身を手繰り寄せると、軽く一度、華奢な肩を叩いてから抱き寄せる。
相棒の身の震えを、その身で分かち合うかのように。
夕焼けに照らされた光の戦士の手の中にある、その手紙の末尾には署名があったのだ。
少し癖のある文字で、オルシュファン・グレイストーン、と。
~ 完 ~
初出/2019年9月2日 pixiv&Privatter
『第38回FF14光の戦士NLお題企画』の『紅蓮祭』『新生祭』参加作品
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