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一皿に託す想い

 あまりに壮大かつ想定外な光景に目を奪われ咄嗟に言葉を紡げなかったのは、あの時以来ではなかろうか。

 仲間たちと共にオンド族の潮溜まりを出立し、途中の結界を光の戦士が解除して辿り着いた場でアルフィノは、辛うじて率直な印象を口にした後に自らの過去を振り返り、そう考えていた。
 アルフィノと同様に仲間たちもそれぞれ、胸の内に抱いた思いに違いこそあれ、眼前の光景には一様に圧倒をされている。
 当然だろう。
 まず純粋に視覚で圧倒された直後、ヤ・シュトラの解説で追い討ちを掛けられたようなものなのだから。
 この壮大な光景の全てが、魔法で構築された幻影都市なのである、と。


「……は? ここで料理を作る、ですって?」
 幻影都市に背を向けながら出されたアルフィノの提案に対してアリゼーが驚きの声を上げ、その声が数回、さながら山中での木霊の如く周囲の岩塊に反響をする。
「オンド族の潮溜まりに逗留している時に思い付いてね。実は食材も、彼女に頼んで揃えてある」
 アルフィノの言葉に応じる形で光の戦士は荷の中から麻袋を取り出すと、更にその中のひとつを取り出した。
「それはワイルドオニオンか? もしや、袋の中身は全て原初世界の?」
 サンクレッドの問いに光の戦士は微笑みながら頷く。
「ええ。アルフィノが、この先でいずれこのような状況になるだろうから、その時にみんなで一度、あちらの料理を食べようって。彼が作ってくれるんですってよ」
「それはなかなかの趣向だな。しかし、まさかアルフィノが料理の腕を振るってくれるとは……」
「驚いたわ。味の方は、期待してもいいのかしらね?」
 サンクレッドの言葉に続いてヤ・シュトラが茶化し気味に一言を添える。
 そのどちらもがアルフィノの提案に同意をしている形であったために、アリゼーは仲間たちそれぞれの顔を見直した。
 リーンは一連の出来事を黙って見守っていたが、サンクレッドが賛同したことで心なしかその瞳を輝かせているように伺えるので、賛成組に含まれると考えるべきだろう。
 アリゼーはそう思いながら、賢人の中で未だ発言をしていないウリエンジェにその視線を投げ掛けた。

「アリゼー様……。我らはこれより、アシエン・エメトセルクの拠点へと赴くのです。これより先は全て、かの者の手の内と考えねばなりません。この場が彼我の境なればこそ。一旦留まり休息をとることは、各自に相応の意義を見いだせましょう」

「……なるほどね」
 ウリエンジェからの穏やかな、しかし微塵も反論の余地の無い返答を受けたアリゼーは、腕を組みながら、納得した旨の一言を返す。
 かくして一行は、幻影都市を一望できる場で暫しの休息をとることとなった。


 そうと決まってからの展開は早かった。
 アルフィノが用意していた薪に光の戦士とサンクレッドが火を熾し、キャンプオーブンの準備を整える。
 経験を積んだ場こそ違えど、一行の中で野営の実績が群を抜いている形となるこの二人の作業には無駄が無く、瞬く間に加熱調理の環境が出来上がった。
 傍らではアルフィノが、ペンや絵筆よりは明らかに場数を踏めていない手付きでクリナリーナイフを扱い、食材を切り分け始める。
 その様子を見かねたのか、アリゼーは自らのナイフを取り出してアルフィノをサポートし始め、リーンはアルフィノに指示を仰いでからその流れに加わった。
 ヤ・シュトラとウリエンジェは、それ以上の人手は必要ないと判断をしたのか、あるいは目の前で展開されている一連の作業が実は不得手であるのか、その真相は不明であったが、少し離れた場から仲間たちが料理の下準備をする様子を見守っている。
 そんな二人の側に、サンクレッドが合流をした。

「あら、お役御免に?」
「既に入り込む余地が無い、ってところだな。まあ、じきに主謀者二人だけになるさ」
 ヤ・シュトラの言葉に応じながらサンクレッドは眼前の幻影都市を改めて見渡す。
 その視線は険しく、僅かでも異変があれば即座に野営を中断させることも辞さない、といった雰囲気が感じられたのだが、暫しの後、彼はゆっくりと瞼を閉じてから深呼吸をした。
「今のところ街の見た目にこれといった変化は無いが、ヤ・シュトラの視点ではどうだ?」
 そう問いながら彼女に向けられたサンクレッドの視線は穏やかなものとなっており、ヤ・シュトラは微笑みながらそれに応えた。
「私も、特に気になることは無いわ」
「そうか」
 短く応えながらサンクレッドは頷き、作業を続ける仲間たちを改めて見つめる。
 程なくして彼が予告をした通りの形で集団は二つに分離をし、少女二人が賢人たちの側へと移動をした。

「お二人が原初世界で振る舞われたものを真似て作って下さるんだそうです。材料も原初世界のものになるお料理は初めてなので、楽しみです」
「水と火はこちらのものでも、ほぼ原初世界の味が堪能できる形になるだろうな。シェフの腕次第ではあるが」
 リーンが作業中に得た情報を皆に向けて興奮気味に語って聞かせ、それにサンクレッドが微笑みながら応じる。
「アルフィノがいつの間にか薪を準備していただなんて驚いたわ。話しながらだと手元が狂うとか言ってはぐらかされたけど、あれはきっと例の人絡みよ」
「なるほど、例の人……ね」
 ヤ・シュトラがアリゼーの言葉の末尾を繰り返しながら微かに笑い、その様子にウリエンジェがちらりと視線を送った。
「蒼の竜騎士、ですか」
「ええ。でも、あの人には料理をするイメージが無いものだから」
「彼ならば筆頭竜騎士という立場上、戦場を飛び回るのが常であったかと。野営の機会は多かったのではないでしょうか」
「野営はするでしょうけども、野外での食事に時間や手間をかけることはしなさそうで」
「りゅう……きし?」
 二人の傍らでやり取りを聞かされる形となったリーンが、初めて耳にする竜騎士という単語を拾い出して首を傾げる。
「竜騎士というのは原初世界の、竜と戦争をしていた国で編み出された独自の槍術で戦う戦士の呼び名なのよ。彼女も竜騎士なのだけど、こちらでそれを説明する必要は無いと判断したのかもしれないわね」
「竜と戦争を……」
 驚きの顔を見せるリーンに向けて、ヤ・シュトラは話を続けた。
「あの人はね、その国と竜との戦争を終わらせたの。今は、竜の友だちも沢山いるのだそうよ」
「戦争を終わらせただけでなく、竜と友達になれるって凄いです。そっか、あの人が戦っているときに時々見えていた青や赤の光の帯は、竜だったんですね」
 改めて光の戦士へと視線を送りながら、リーンはしみじみと語る。
 そのリーンの視界に納まっているもう一人であるアルフィノが、味見をした直後にギャラリーへ向けて声を掛けた。
「アリゼー! これから盛り付けるので配るのを手伝ってくれ!」


 アリゼーの後に続いて仲間たちは火の周りへと集い、火を中心とした円を描く形で地面に腰を下ろした。

「なるほど、シチューか。見た目と匂いは美味そうだな」
「味も大丈夫さ。材料や調味料を、教えてもらった通りの分量で調合したからね」
「なによ調合って……。錬金術の実験でもしたわけ?」

 アルフィノが自信満々な表情でサンクレッドの言葉に応え、アリゼーはその言葉尻を捉えて苦笑をしながらも皿を受け取り、それを仲間たちの元へと運んでゆく。
 兄妹が忙しく働く傍らでは光の戦士が人数分の茶を淹れ、その全てをトレイに載せて配って回る。
 程なくして全員にシチューとパン、そして茶が行き渡った。
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