劇中劇
コルシア島のラダー大昇降機を再起動させることに成功した直後のとある日。
光の戦士はクリスタリウムの都市内を、エメトセルクを先導する形で歩んでいた。
「今やこちらでも引く手あまたとなった英雄様から直々のお誘いを賜るとは……。ここは光栄の極み、とでも言っておくべきか」
「時と場所が違ったら、皇帝陛下がお忍びでこのような場にお越しくださるとは、といったところかしらね」
光の戦士とエメトセルクは、互いの腹の内を探るかのような言葉を交わしながらムジカ・ユニバーサリスを歩み階段を上ると、クリスタリウム随一の酒場・彷徨う階段亭で、テーブル席のひとつを彩る客となった。
「遡った話になるのだけど、ヤ・シュトラを地脈から助けてくれたことに対して、改めてお礼をしておきたくて。酒場でこうして食事とお酒を振る舞うことが、功労者を労うために冒険者が採る定番の手段といった感じなのよ」
酒場の馴染みとなっている冒険者は慣れた様子で注文を済ませると、対面に座ったエメトセルクに向けて、この席を設けた理由を告げる。
「ふむ。ガレマール共和国軍の一兵卒だった時代にも、このようなやり取りは幾度となく経験したな。時には酒で箍が外れた者の介抱を押し付けられもしたが」
あれは心底厭な経験だった、と言わんばかりの表情を浮かべながら肩を竦めてみせるエメトセルクを見て、光の戦士はクスクスと笑う。
「貴方が私たちの前に現れた後、ガレマール帝国史という書籍のことを教わって、むこうに行ったときに図書館でざっくりと目を通してきて貴方にもそんな時代があったと知ったのだけど、本当にそうだったのね」
「そんなことまで書かれていたとは」
「あっ。「そんな時代」というのは、十六歳で入隊したとか二十四歳で軍団長に就任したという記述を指してのことで、本当に下積み時代があったんだなと思って。その時のお仲間と何があったとか、そこまで細かなことが書かれていたわけではないわ」
ゴシップ誌じゃあるまいし、と、今度は冒険者がその肩を竦める。
「いかに国の頂点……その前段階で軍の頂点に立つことが目的とはいえ、ある程度は人並みの出世ペースを維持しなければ無駄に怪しまれるだろう。急がば回れというやつだ」
「そこからきっちりと演じていたわけね。演劇好きは伊達ではない、と」
「よくぞ趣味までも調べたものだな」
「貴方の時代では活動を奨励・保護されていた劇場艇の人たちと最近関わったので、演劇についての切り口はそちらなの」
「ああ、マジェスティックか。彼らの興行は実に独創的で楽しかった。……あの劇場艇は今、各地を放浪しているのだったか?」
「今はクガネに逗留しているわ。ヴァリス帝が厳しい検閲をするようになったので、帝国を脱してきたのだそうよ」
「なんとも勿体ないことをするものだ。我が孫の頭の固さときたら、一体誰に似たのやら」
「貴方に心当たりがないのなら、彼の気性は母方からなのかしらね?」
原初世界の事柄についての雑談を続ける二人の前には料理と酒が並べられ、冒険者は調えられた卓上を指し示しながら言った。
「この間の話しっぷりでは貴方は命の長さ以外は私たちとあまり変わらないみたいな印象を受けたから、とりあえず適当に頼んでみたんだけど、口に合わなかったら追加で何か別のものを注文してちょうだい」
「それはそれは、ご配慮痛み入る……が。お前、一体何を考えている?」
勧めに応じ、供された酒のグラスを掲げるエメトセルクの仕草は威厳に満ち溢れており、かつてその身で確かに帝国の皇帝を演じ切ったのだということを、冒険者を捩じ伏せる勢いで否応がなしに伝えてよこしていた。
「何を、って。貴方は私たちに最初に、一方的にアシエンを忌み嫌うでなく、向き合ってみろと言っていたでしょう? 立ち話でだけじゃなく、一度くらいはこういう環境で話をするのもいいかなと思っただけよ」
エメトセルクのよこした乾杯の圧を受け流したのか、あるいは持ち前の度胸で真っ向から受け止めたのか、冒険者は平然と返答をしながら自らのグラスを掲げる。
「何を意図してヤ・シュトラを助けてくれたのか、その心理を知りたくもあるけど……。ともかく、彼女を助けてくれてありがとう」
そして礼を口にしながら先にグラスを傾けた。
「意図したことが何かと問われれば、そうだな。あの女がお前と最後に合流を果たした仲間である点と、小娘とは違う形でエーテルを視る能力に興味が残っていた点。そんなところか」
冒険者に遅れてグラスを傾けながらエメトセルクは、ヤ・シュトラ救出を請け負うに至った心境についてを語って聞かせた。
「彼女は原初世界で地脈を彷徨ったときに視力を失って以来、それを補う形で日常的にエーテルを視ているの。今回の件で更に副作用が現れやしないかと心配したけど、何事も無かったようで、その点では安心したわ」
「なるほど。後天的な事情で今は目を使うことなく世界を視ている、と」
エメトセルクはそこまで口走ると冒険者に視線を送り、くつくつと笑い始める。
「ど、どうしたの?」
その突然の挙動を訝しみ、思わず問い掛ける冒険者の姿をエメトセルクは改めて見遣ると、更に笑いを上乗せした後に応じた。
「仲間であるにも関わらず、あの女が最初にお前をお前と認識できなかったのは、実に衝撃的な一幕だったと思ってな。いや、なんとも見応えがあったものだ」
ガチャリ、と、冒険者の手から滑ったフォークが皿へと落ち、周囲に派手な音が拡散する。
「失礼」
短く謝罪をし、フォークを正しく置き直した冒険者の顔色からは、若干血の気が失せていた。
第一世界の光に浸蝕されかけていると考えざるを得ない現在の彼女の属性をして言うならば、動揺したことで無意識の抑制力が一瞬弛み、その身に封じ込めている光が微かに表面化してしまったのかもしれない。
「さすがの英雄様も、こればかりは動揺を隠しきれない……か」
「……あたり前でしょう。貴方は観客気分なんでしょうけど、私は役者じゃないもの」
それに、こんな場所だし……と、冒険者は周囲を見回しながら付け加える。
「今回あの女の身に不都合が生じなかった原因は、単なる偶然の他には、実体があちらに残されているという点も、可能性としてはあるのかもしれんな」
「そっか。向こうで接しているときと何ら変わらないからつい忘れがちになるけど、リーン以外は仮初めの身体だったんだわ。……といっても戦闘では皆無傷というわけではなかったから、それは推測の域を出ないかも」
エメトセルクの脳裏では、目前で呟きながら頭を捻る冒険者の姿に旧知の人物の面影が重なっていた。
「……そこも引っ掛かる点なのよね」
「何が引っ掛かるんだ?」
「皆は実体をあちらに残したままだけど、私は実体でこちらに来てる。加えて、自由に行き来もできる。同じ原初世界の人なのに……。それって、私に光の加護があるからなのかしら?」
「召喚主ではない私に判るわけがなかろうが」
「何でも知っていそうなのに、アシエンにも判らないことは……っ!」
突然、冒険者は話を中断して片手でこめかみを押さえ、その顔をしかめると目をつぶった。
「なんだ? 悪酔いをする程に飲んだわけでもあるまいに」
そのエメトセルクの問いに答えることなく、冒険者は辛うじてという体で手にしていたフォークを皿に預けると、こめかみに手を当てたまま若干の前傾姿勢を取り、何かに耐えるかのように沈黙を続ける。
──壊れてしまったというわけではない……か。
「お前の介抱など、御免被るぞ?」
再三にわたる呼び掛けにも、応じる気配はない。
ついには微動だにしなくなった冒険者のエーテルを観察すれば、そこで光が暴走する気配は感じられなかった。
ならば、このまましばらく様子を見ておくか。
椅子から転げ落ちでもしたら、その時に次の手を考えれば良い。
エメトセルクはそう判断をし、溜め息をつくと自らのグラスを口許に寄せた。
「今のは……」
暫しの後、冒険者は呟きながら目を開け、すぐに固く閉じると、意識を明瞭にする目的なのか、頭を勢い良く数回、左右に振る。
「アーモ……ロート……」
その微かな冒険者の呟きを耳にしたエメトセルクの目が、驚きで見開かれた。
直後に冒険者は目を開いたが、しかしその視線をエメトセルクにはよこさず、困惑の表情を浮かべて手元にある皿の料理を凝視していた。
否。
料理は目に映っているだけで、その瞳は何か別のものを見ているようだった。
「ラハブレアと、誰? 皆……仮面にローブ姿……石に、魔法……?」
「何を言っている?」
エメトセルクの問い掛けにようやく応じる形で、冒険者は困惑の表情のまま彼と視線を合わせることとなった。
「これは貴方の、過去?」
「……ああ、そうか。お前には、過去を垣間見る異能があるのだったな」
そう言い、ここまでの事態に納得をしたエメトセルクが改めて冒険者を見ると、彼女は愕然とした表情で彼を凝視する。
「私が……私は……」
「一体どうしたというのだ?」
若干の苛立ちを含んでいるのか、眉間に皺を寄せながら出されたエメトセルクの問いに冒険者は、口許に手を添えながら愕然とした表情のままで答えた。
「思い出したの……。昔……ラハブレアに言われたことを……」
次の瞬間、エメトセルクは両手をテーブルに突きながら勢い良く立ち上がってしまい、その衝撃で卓上にある諸々の物品が立ててしまった音で周囲から浴びせられた視線それぞれに黙礼で侘びを入れつつ、座りなおすと咳払いをした。
「あの時のことを……か?」
エメトセルクから静かな口調で、過去のとある出来事を指した形での質問を受け取った冒険者は、膝に両手を置きながら目を伏せると深呼吸をし、そして微かな笑みを口許に浮かべる。
「あの時……。そう、あの時……。ありがとう、わかったわ」
その呟きにエメトセルクが首を傾げると、目を開いた冒険者は姿勢を正し、彼を見据えて話を続けた。
「実は、冒険者が酒場を訪れる目的には、もうひとつ定番があるの。それは、情報収集よ」
「……なに?」
「昔、黒衣森でラハブレアと遭遇した時に、彼から「君と、君の中の存在」と言われたの。貴方は……貴方たちアシエンは私の中に、貴方たちの知る「誰か」を見ている。そしてその人物は、貴方が今言った「あの時」には貴方たちと共に活動をしていた。そうよね?」
「……まさか、この私を謀るとはな」
そう言いゆっくりと三度の拍手を、エメトセルクは口角を上げながら冒険者へと送り、次いでしてやられたといった風情で彼は目を伏せてから、その頭を左右に振る。
「ごめんなさい。陥れたことに関しては謝るわ。こちらで貴方から色々な話を聞くにつれて、私自身のことがどんどん分からなくなってきて。そんな雑念を抱えたままの状態でヴァウスリーと戦うわけにはいかないから、とにかく今のうちにスッキリしておきたかったのよ」
素直な侘びと、この筋書きを演じるに至った理由を口にした冒険者の表情はすっかり晴れやかなものとなっており、対してそれを目の当たりにしたエメトセルクは、呆れとも諦めとも取れる表情となって彼女を見つめる。
「雑念、か。全く……お前という奴は、大した役者だよ」
そう言いながら再びグラスを掲げるエメトセルクに応じて、冒険者も自らのグラスへと手を伸ばす。
「いいえ、役者じゃないわ。私は冒険者よ。今までも、これからも……ね」
不敵な笑みをエメトセルクへと送った冒険者は、グラスに残る酒を飲み干すと店員を呼び、二人分の酒を追加注文した。
~ 完 ~
初出/2019年8月4日 pixiv&Privatter
『第37回FF14光の戦士NLお題企画』の『過去』参加作品
光の戦士はクリスタリウムの都市内を、エメトセルクを先導する形で歩んでいた。
「今やこちらでも引く手あまたとなった英雄様から直々のお誘いを賜るとは……。ここは光栄の極み、とでも言っておくべきか」
「時と場所が違ったら、皇帝陛下がお忍びでこのような場にお越しくださるとは、といったところかしらね」
光の戦士とエメトセルクは、互いの腹の内を探るかのような言葉を交わしながらムジカ・ユニバーサリスを歩み階段を上ると、クリスタリウム随一の酒場・彷徨う階段亭で、テーブル席のひとつを彩る客となった。
「遡った話になるのだけど、ヤ・シュトラを地脈から助けてくれたことに対して、改めてお礼をしておきたくて。酒場でこうして食事とお酒を振る舞うことが、功労者を労うために冒険者が採る定番の手段といった感じなのよ」
酒場の馴染みとなっている冒険者は慣れた様子で注文を済ませると、対面に座ったエメトセルクに向けて、この席を設けた理由を告げる。
「ふむ。ガレマール共和国軍の一兵卒だった時代にも、このようなやり取りは幾度となく経験したな。時には酒で箍が外れた者の介抱を押し付けられもしたが」
あれは心底厭な経験だった、と言わんばかりの表情を浮かべながら肩を竦めてみせるエメトセルクを見て、光の戦士はクスクスと笑う。
「貴方が私たちの前に現れた後、ガレマール帝国史という書籍のことを教わって、むこうに行ったときに図書館でざっくりと目を通してきて貴方にもそんな時代があったと知ったのだけど、本当にそうだったのね」
「そんなことまで書かれていたとは」
「あっ。「そんな時代」というのは、十六歳で入隊したとか二十四歳で軍団長に就任したという記述を指してのことで、本当に下積み時代があったんだなと思って。その時のお仲間と何があったとか、そこまで細かなことが書かれていたわけではないわ」
ゴシップ誌じゃあるまいし、と、今度は冒険者がその肩を竦める。
「いかに国の頂点……その前段階で軍の頂点に立つことが目的とはいえ、ある程度は人並みの出世ペースを維持しなければ無駄に怪しまれるだろう。急がば回れというやつだ」
「そこからきっちりと演じていたわけね。演劇好きは伊達ではない、と」
「よくぞ趣味までも調べたものだな」
「貴方の時代では活動を奨励・保護されていた劇場艇の人たちと最近関わったので、演劇についての切り口はそちらなの」
「ああ、マジェスティックか。彼らの興行は実に独創的で楽しかった。……あの劇場艇は今、各地を放浪しているのだったか?」
「今はクガネに逗留しているわ。ヴァリス帝が厳しい検閲をするようになったので、帝国を脱してきたのだそうよ」
「なんとも勿体ないことをするものだ。我が孫の頭の固さときたら、一体誰に似たのやら」
「貴方に心当たりがないのなら、彼の気性は母方からなのかしらね?」
原初世界の事柄についての雑談を続ける二人の前には料理と酒が並べられ、冒険者は調えられた卓上を指し示しながら言った。
「この間の話しっぷりでは貴方は命の長さ以外は私たちとあまり変わらないみたいな印象を受けたから、とりあえず適当に頼んでみたんだけど、口に合わなかったら追加で何か別のものを注文してちょうだい」
「それはそれは、ご配慮痛み入る……が。お前、一体何を考えている?」
勧めに応じ、供された酒のグラスを掲げるエメトセルクの仕草は威厳に満ち溢れており、かつてその身で確かに帝国の皇帝を演じ切ったのだということを、冒険者を捩じ伏せる勢いで否応がなしに伝えてよこしていた。
「何を、って。貴方は私たちに最初に、一方的にアシエンを忌み嫌うでなく、向き合ってみろと言っていたでしょう? 立ち話でだけじゃなく、一度くらいはこういう環境で話をするのもいいかなと思っただけよ」
エメトセルクのよこした乾杯の圧を受け流したのか、あるいは持ち前の度胸で真っ向から受け止めたのか、冒険者は平然と返答をしながら自らのグラスを掲げる。
「何を意図してヤ・シュトラを助けてくれたのか、その心理を知りたくもあるけど……。ともかく、彼女を助けてくれてありがとう」
そして礼を口にしながら先にグラスを傾けた。
「意図したことが何かと問われれば、そうだな。あの女がお前と最後に合流を果たした仲間である点と、小娘とは違う形でエーテルを視る能力に興味が残っていた点。そんなところか」
冒険者に遅れてグラスを傾けながらエメトセルクは、ヤ・シュトラ救出を請け負うに至った心境についてを語って聞かせた。
「彼女は原初世界で地脈を彷徨ったときに視力を失って以来、それを補う形で日常的にエーテルを視ているの。今回の件で更に副作用が現れやしないかと心配したけど、何事も無かったようで、その点では安心したわ」
「なるほど。後天的な事情で今は目を使うことなく世界を視ている、と」
エメトセルクはそこまで口走ると冒険者に視線を送り、くつくつと笑い始める。
「ど、どうしたの?」
その突然の挙動を訝しみ、思わず問い掛ける冒険者の姿をエメトセルクは改めて見遣ると、更に笑いを上乗せした後に応じた。
「仲間であるにも関わらず、あの女が最初にお前をお前と認識できなかったのは、実に衝撃的な一幕だったと思ってな。いや、なんとも見応えがあったものだ」
ガチャリ、と、冒険者の手から滑ったフォークが皿へと落ち、周囲に派手な音が拡散する。
「失礼」
短く謝罪をし、フォークを正しく置き直した冒険者の顔色からは、若干血の気が失せていた。
第一世界の光に浸蝕されかけていると考えざるを得ない現在の彼女の属性をして言うならば、動揺したことで無意識の抑制力が一瞬弛み、その身に封じ込めている光が微かに表面化してしまったのかもしれない。
「さすがの英雄様も、こればかりは動揺を隠しきれない……か」
「……あたり前でしょう。貴方は観客気分なんでしょうけど、私は役者じゃないもの」
それに、こんな場所だし……と、冒険者は周囲を見回しながら付け加える。
「今回あの女の身に不都合が生じなかった原因は、単なる偶然の他には、実体があちらに残されているという点も、可能性としてはあるのかもしれんな」
「そっか。向こうで接しているときと何ら変わらないからつい忘れがちになるけど、リーン以外は仮初めの身体だったんだわ。……といっても戦闘では皆無傷というわけではなかったから、それは推測の域を出ないかも」
エメトセルクの脳裏では、目前で呟きながら頭を捻る冒険者の姿に旧知の人物の面影が重なっていた。
「……そこも引っ掛かる点なのよね」
「何が引っ掛かるんだ?」
「皆は実体をあちらに残したままだけど、私は実体でこちらに来てる。加えて、自由に行き来もできる。同じ原初世界の人なのに……。それって、私に光の加護があるからなのかしら?」
「召喚主ではない私に判るわけがなかろうが」
「何でも知っていそうなのに、アシエンにも判らないことは……っ!」
突然、冒険者は話を中断して片手でこめかみを押さえ、その顔をしかめると目をつぶった。
「なんだ? 悪酔いをする程に飲んだわけでもあるまいに」
そのエメトセルクの問いに答えることなく、冒険者は辛うじてという体で手にしていたフォークを皿に預けると、こめかみに手を当てたまま若干の前傾姿勢を取り、何かに耐えるかのように沈黙を続ける。
──壊れてしまったというわけではない……か。
「お前の介抱など、御免被るぞ?」
再三にわたる呼び掛けにも、応じる気配はない。
ついには微動だにしなくなった冒険者のエーテルを観察すれば、そこで光が暴走する気配は感じられなかった。
ならば、このまましばらく様子を見ておくか。
椅子から転げ落ちでもしたら、その時に次の手を考えれば良い。
エメトセルクはそう判断をし、溜め息をつくと自らのグラスを口許に寄せた。
「今のは……」
暫しの後、冒険者は呟きながら目を開け、すぐに固く閉じると、意識を明瞭にする目的なのか、頭を勢い良く数回、左右に振る。
「アーモ……ロート……」
その微かな冒険者の呟きを耳にしたエメトセルクの目が、驚きで見開かれた。
直後に冒険者は目を開いたが、しかしその視線をエメトセルクにはよこさず、困惑の表情を浮かべて手元にある皿の料理を凝視していた。
否。
料理は目に映っているだけで、その瞳は何か別のものを見ているようだった。
「ラハブレアと、誰? 皆……仮面にローブ姿……石に、魔法……?」
「何を言っている?」
エメトセルクの問い掛けにようやく応じる形で、冒険者は困惑の表情のまま彼と視線を合わせることとなった。
「これは貴方の、過去?」
「……ああ、そうか。お前には、過去を垣間見る異能があるのだったな」
そう言い、ここまでの事態に納得をしたエメトセルクが改めて冒険者を見ると、彼女は愕然とした表情で彼を凝視する。
「私が……私は……」
「一体どうしたというのだ?」
若干の苛立ちを含んでいるのか、眉間に皺を寄せながら出されたエメトセルクの問いに冒険者は、口許に手を添えながら愕然とした表情のままで答えた。
「思い出したの……。昔……ラハブレアに言われたことを……」
次の瞬間、エメトセルクは両手をテーブルに突きながら勢い良く立ち上がってしまい、その衝撃で卓上にある諸々の物品が立ててしまった音で周囲から浴びせられた視線それぞれに黙礼で侘びを入れつつ、座りなおすと咳払いをした。
「あの時のことを……か?」
エメトセルクから静かな口調で、過去のとある出来事を指した形での質問を受け取った冒険者は、膝に両手を置きながら目を伏せると深呼吸をし、そして微かな笑みを口許に浮かべる。
「あの時……。そう、あの時……。ありがとう、わかったわ」
その呟きにエメトセルクが首を傾げると、目を開いた冒険者は姿勢を正し、彼を見据えて話を続けた。
「実は、冒険者が酒場を訪れる目的には、もうひとつ定番があるの。それは、情報収集よ」
「……なに?」
「昔、黒衣森でラハブレアと遭遇した時に、彼から「君と、君の中の存在」と言われたの。貴方は……貴方たちアシエンは私の中に、貴方たちの知る「誰か」を見ている。そしてその人物は、貴方が今言った「あの時」には貴方たちと共に活動をしていた。そうよね?」
「……まさか、この私を謀るとはな」
そう言いゆっくりと三度の拍手を、エメトセルクは口角を上げながら冒険者へと送り、次いでしてやられたといった風情で彼は目を伏せてから、その頭を左右に振る。
「ごめんなさい。陥れたことに関しては謝るわ。こちらで貴方から色々な話を聞くにつれて、私自身のことがどんどん分からなくなってきて。そんな雑念を抱えたままの状態でヴァウスリーと戦うわけにはいかないから、とにかく今のうちにスッキリしておきたかったのよ」
素直な侘びと、この筋書きを演じるに至った理由を口にした冒険者の表情はすっかり晴れやかなものとなっており、対してそれを目の当たりにしたエメトセルクは、呆れとも諦めとも取れる表情となって彼女を見つめる。
「雑念、か。全く……お前という奴は、大した役者だよ」
そう言いながら再びグラスを掲げるエメトセルクに応じて、冒険者も自らのグラスへと手を伸ばす。
「いいえ、役者じゃないわ。私は冒険者よ。今までも、これからも……ね」
不敵な笑みをエメトセルクへと送った冒険者は、グラスに残る酒を飲み干すと店員を呼び、二人分の酒を追加注文した。
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初出/2019年8月4日 pixiv&Privatter
『第37回FF14光の戦士NLお題企画』の『過去』参加作品
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