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幕間劇

「確か……このへんに突っ込んだような……あったあった!」

 第一世界に一時的な闇がもたらされていることと、そのことでアルフィノとアリゼーが議論を交わしているなどを知る由もない光の戦士は、原初世界へと戻るなりリリーヒルズの自室で探し物を始め、目指す物品の発掘に成功をしていた。
「これを使ってもらう事態にはならないようにしなくちゃだけど……」
 思い詰めた表情で呟き、手の中にある骨董品と言って差し支えない品を見つめ握り締めた冒険者は、それを鞄に納めてからリンクパールを取り出した。


「まさかここでエスティニアンと落ち合うことになるとは……。世の中、何がどう転ぶかわからないものね」
 冒険者からの呼び出しに応じエスティニアンが指定をした場所は、レヴナンツトールのエーテライト前に店舗を構えるセブンスヘブン。
 二人の紅の竜騎士は、店内に石の家の入口がある酒場で久方振りの邂逅を果たした。

「クルルという女に捉まってしまってな。それ以降、お前がこちらに居れば振られるであろう暁の荒事を主に引き受けているというわけだ。お前たちの情報をいち早く手に入れることのできる立場と引き換えにした、という感じではあったが」
 カウンターに片肘をつきながらエスティニアンはそこで一旦言葉を切るとグラスを傾け、大袈裟に肩を竦める。
「こうしてお前から直接連絡を貰えることもあると今回わかったわけだ。どうやら俺は、貧乏くじを引いてしまったらしい」
 その皮肉まみれな言い回しを受けたことで冒険者は一気に肩の力が抜けたらしく、エスティニアンの前で腹を抱えて笑い始めてしまった。
「……お前が任されていたであろう仕事の代行をしている俺を笑い飛ばすとは、いい度胸だな」
 エスティニアンが片眉を上げて冒険者を見遣りながら軽く舌打ちをすると、それを耳にしたことでようやく笑いを治めた彼女は、目尻に滲んだ笑い涙を指先で拭いながら言った。
「クルルさんに苦手意識を持つだなんて、なんだかアルフィノみたいだと思ってしまって」
 そう言いながら今度はクスクスと笑い始める冒険者を見たエスティニアンは、諦めの表情を浮かべながら深々とため息を吐いた。
「なんだ、アルフィノもあいつに追い掛け回されたクチなのか?」
「えっ? クルルさんがエスティニアンを追い掛け回したの?」
 驚き質問を返してきた冒険者を見たエスティニアンは、再び肩を竦める。
「あの女はエーテルを手掛かりに居場所を突き止めて、俺がどこに居ても迷わずに押し掛けて来やがるんだ。それを何度もやられて参ってしまってな。こいつを預かることでしか事態を収束させることはできなかったわけだ」
 そう言い懐から見覚えのあるリンクパールを取り出すエスティニアンを見た冒険者は苦笑をする。
「アルフィノの場合は、彼、大学時代に色々と背伸びをしていたらしくて。先輩であるクルルさんはそれを把握しているから、時折ネタにして弄っている感じね」
「なるほど。黒歴史の管理人といったところか」
「そういうこと」
 冒険者は短く応じながら肩を竦めておどけたそぶりを見せ、カウンターの中で接客をするアリスにカクテルを注文するとスツールに座り直して、エスティニアンへと改めて視線を送った。
「クルルさんがエスティニアンをエーテルで追跡できるのは、竜詩戦争時代に研究をし尽くしたからこそよ。貴方を取り込んだニーズヘッグの姿を見て研究をして、絡み合ったエーテルを分離することはできると判断してくれたのは彼女なんだもの」
「……そうだったのか」
 驚きの表情を一瞬見せた後にグラスへと視線を逃がし、エスティニアンは絞り出すように一言をこぼした。
 その様子からは、雲廊で自身がニーズヘッグから引き剥がされた際のことを脳裏に甦らせているのであろうことが窺える。

「ところで、俺に頼みたいことというのは何なんだ?」
 クルルの話題を終わらせる目的を含ませているのか、エスティニアンは冒険者からリンクパール通信であらかじめ告げられていた件を持ち出した。
「それは、場所を変えてから話したいの。二人きりになれる所に行きたいんだけど、どこがいい?」
 冒険者の要望を受け止めたエスティニアンはゆっくりと天井を仰ぎ、記憶の中から心当たりの物件を手繰り寄せた。
「ふむ……。人払いに適した場となれば、キャンプ・ドラゴンヘッドの応接室か、あるいは昨夏に使ったコスタ・デル・ソルの貸し別荘あたりか」
「話が済んだら少し休みたいから、そうなると今はベッドが無い雪の家は却下かしら」
「雪の家?」
「あ、それはオルシュファンが私たちを匿ってくれたときに応接室をそう名付けてくれて、それ以来ついそっちで呼んでしまうの」
「なるほど。しかしベッドとは……。お前にしては珍しく色気のあることを言ってくれるものだな」
「そっ……そういうわけじゃ」
 心なしか頬を染め勢い良く首を横に振って否定をする冒険者を、エスティニアンはニヤリと笑いながら見ると話を続けた。
「寝心地にこだわりたいのならば、浮かぶコルク亭も捨て難いぞ」
「あっ! あそこは盲点だったわ! あの貸し別荘は贅沢過ぎるから、浮かぶコルク亭にしましょう」
「よし、決まりだな」
 そう言い、目配せをしながら互いのグラスを傾ける彼らの姿は、傍目には逢瀬を楽しんでいる風情の仲睦まじい二人として映るものだった。


「……で? お前は俺に一体、どんな荒事を押し付けるつもりなんだ?」
 浮かぶコルク亭で確保した一室に入るなりソファにその身を預けたエスティニアンは、続いて部屋に入った冒険者を見上げる形で本題を切り出した。
「選択の余地が無いと思っていて貰えて助かるわ。セブンスヘブンでも話を合わせてくれてありがとう」
「やはり途中からはブラフを含ませていたか。あの酒場は暁に通じる者だらけだからな。俺たちの話を耳にしていた連中には、色事で河岸を変えたと思わせておくのが手っ取り早く、かつ効果的だろう」
 腕と脚を組みながら言うエスティニアンの対面のソファに冒険者は座り、目を伏せると深呼吸をした。

「少し休みたい、というのは本当よ。そして今、一人で寝るのが怖くて……。私が眠っている間、傍に居て欲しいの」
「それはまた、随分と穏やかじゃない話だな」
 静かな口調で応じるエスティニアンを冒険者は見据え、頷くと話を続けた。

「あちらで……第一世界で私は、災厄の元凶になっている光の力をこの身に集める役目を任されていてね。それは、光の加護がある私にしかできない役目なのだそうだけど、どうやら無限に貯えられるわけではなかったみたいで……。沢山の光を貯めこんだ敵を倒しては光を回収するということをアルフィノたちと繰り返していたのだけど、この前、倒した敵から光を取り込み終わったところで苦しくなって、倒れてしまったのよ」

「……なるほど」
 かつて竜の眼から魔力を引き出していたエスティニアンには、その身に自らのものとは異なる力を取り込むという、冒険者が現在置かれている状況を容易にイメージすることができたのだろう。彼は短い納得の言葉を口にしてから視線を送り、話の続きを促した。
「で、倒れるだけならマシなんだけど、厄介なことに、あちらはエーテルのバランスが崩れて光の属性に支配されているからなのか、取り込んだ光の量が限界を超えたら化け物になってしまうの。これまでに倒してきた敵というのも、大体はその流れで化け物になった存在と考えてもらって差し支えないわ」
「これまでに倒してきた化け物の何倍もの量の光を抱えさせられているお前が限界を超えてしまった場合は、かつてない脅威と化してしまう恐れがある、と。つまり今のお前は、魔大陸でニーズヘッグの両眼を手に入れる直前の俺と同じ状況に置かれているというわけだな」
「そういうこと」
 努めて無感情を装い、短く、かつ全面的に今しがたの見解を肯定する冒険者を見たエスティニアンは、眉間に皺を寄せながら、彼女の身に起きている事態の重大さを噛み締めていた。
「倒れる前に光を少し吐き出してしまったのと、その場で私から少し光を抜き取った人が居たから、溢れた時を100%と考えたら、今抱えている量は95%くらいになっているのかもしれないわ。それでも、何かの拍子で堪え切れない事態になるかもしれないから、明らかに私の様子がおかしいと判断できた場合は」
「わかった。俺がその場に居合わせた場合は、全力でお前を止めてやる」
 みなまで言うなといった表情でエスティニアンは冒険者の話を中断させると、それまで組んでいた脚を解き両肘を両膝の上へと預けた姿勢で彼女を見据えて断言をした。

「……ありがとう。そう貴方に言って貰えて安心したわ」
 礼を言いながら冒険者は、胸のつかえが取れたとばかりに深々と息を吐くと、ソファに背を預けて天井を仰ぐ。
 が、その直後、彼女は傍らに置いた鞄の中を探りながら話を続けた。
「でも、もし貴方の力でも手に負えないと思ったら、その時は……」
 冒険者は鞄から取り出した物をテーブルに置き、エスティニアンへと差し出す。
 それを見たエスティニアンは途端に愕然とし、改めて冒険者に向き直った。
「……これで、フレースヴェルグを呼べというのか」
 テーブルの上に置かれたラッパを改めて凝視しながら搾り出されたエスティニアンの質問に、冒険者は無言でまず頷いた。

「フレースヴェルグの力を借りる事態になったら、次元の狭間に私を連れて行ってと頼んで欲しいの。こればかりは確実を期さなければならないから……。以前、オメガを追って次元の狭間に取り残されそうになったシドと私を助けに来てくれたフレースヴェルグにしか頼めないことなのよ」

 ラッパから冒険者へと移されたエスティニアンの視線は変わらずに愕然とした色を帯びたままで、そんな彼を見た冒険者は、心底申し訳なさそうに苦笑をした。
「ヤ・シュトラさんの話によれば、光を抱えた者が次元の狭間に身を置けば、どの世界にも光の影響を及ぼさずに済む形にできるそうなの。言うなれば、次元の狭間に光を封印する、ということね」
「お前もろとも……か」
「ええ。雲廊で貴方から「殺してくれ」と言われた時のアルフィノと私の心境を味わわせてしまう形になるけど……そして、この場合は選択肢が無いのが申し訳ないのだけど。今まで世界を救うつもりで働いてきた私自身が世界を滅ぼす者になることにだけは耐えられないの。その気持ちを完全に理解してくれるのは貴方だけだと思っているから……お願い」

「……全く」
 そう言い、エスティニアンは深々と溜め息を吐いて立ち上がると話を続けた。
「お前の「お願い」は、相変わらず碌なもんじゃないな」
「そうね。勿論、貴方にぶっ飛ばされることが無いように、できる限りのことはするつもりよ」
「当然だろう。その程度のことができなければ、俺の相棒は務まらんからな」
「その言葉、これからの励みにさせてもらうわ」
 エスティニアンは会話を続けながら冒険者の側へと歩み寄ると、ソファに身を預けている彼女を見下ろして言った。
「この話はここで終いにして構わんな?」
 質問に応じて冒険者が頷くと、次の瞬間エスティニアンは身を屈めて彼女を抱きかかえ、その突然の行動に驚く様子を見ながら鼻で笑う。
「よし。では、次の段階に駒を進めるとするか」
「……えっ? ちょっ、歩けるから!」
 腕の中で暴れこそしないものの、想定外の事態に慌てる冒険者の声など意に介さず、エスティニアンは彼女をベッドへと運び下ろすと、横たえた彼女の頭の脇に片手をつき、更にはベッドに腰掛けて身体と片腕とで彼女を挟む状態に持ち込み、逃げ道を完全に塞いだ。

「一人で寝るのが怖いなどと抜かしたのは、どこのどいつだ?」

 威圧感満載の声音で言い放った後にエスティニアンは口角を上げ、それを受けた冒険者は手をつかれた側とは反対の頭の脇に自らの掌をゆるゆると掲げ、悪戯っぽい笑みを見せる。

「傍に居てやるから、とにかく今はゆっくりと休め」
「……ええ。ありがとう」

 満足げに微笑を浮かべながら、万感の思いをシンプルな礼の言葉に込めて口にする冒険者を見たエスティニアンは目を細め、安堵の表情を見せると彼女の額に軽く口付けを落とす。
 直後に冒険者が静かな寝息を立て始めた様子を認めると、エスティニアンはベッドを極力揺らさぬように気を配りながら立ち上がり、横たわる華奢な身体に毛布をかけてやった。

    ~ 完 ~

   初出/2019年7月29日 pixiv&Privatter
   『第37回FF14光の戦士NLお題企画』の『漆黒』参加作品
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