幕間劇
光の戦士が仲間たちと共に大罪喰いを討伐して廻り、その都度大罪喰いから放出された膨大な量の光をその身に封じ込めることで百年ぶりに取り戻されていたノルヴラントの夜の闇は、グルグ火山の山頂で、誰もが同じ予測をし恐れていた最悪の形で霧散をした。
光の巫女・リーンの応急処置で辛うじて光の暴走が抑えられ、小康状態となって以降眠り続ける光の戦士をクリスタリウムの居室に残し、その彼女を救う手立てを求めて、無尽光と呼ばれる天候に再び塗り潰されてしまったノルヴラント中を駆け巡っていた仲間たちは時折、情報共有のために連絡を取り合い、合流をしていた。
この日はアリゼーが、ユールモアで調査活動を続けるアルフィノのもとを訪れる約束をしていたのだが、ゲートタウンを経てユールモアの敷地に足を踏み入れる直前に彼女は、予想だにしなかった異変を目の当たりにする形となり、次の瞬間そこからアルフィノのもとへと全速力で駆け出すことを余儀無くされた。
アリゼーは、アルフィノがユールモアのどこに居るかまでを把握してはいない。
情報は足で拾い集めるものであるのだから、それは至極当然のことだった。
しかしこの時間帯ならば、アルフィノは調査を終えてその内容を手記に纏めるべく、静かな環境が確保できる場所に居るはずだ。
とすれば、チャイ夫妻からアトリエとして貸与された部屋が大本命か。
樹梢の層を目指し、巨大な螺旋となっている外周の階段を駆け上がりながら兄妹間ならではの勘のみで行き先を定めたアリゼーは最短距離で目的地に辿り着くと、室内への呼び掛けやノックをすることなく、そこまで全速力で走ってきた勢いのまま豪快に扉を開く。
大本命が、的中した。
「アルフィノ! 大変よ、外が!」
「アリゼー、どうしたんだ? そんなに慌てて」
「とにかく外! 外を見て!!」
アルフィノはアリゼーへ質問をしながらも、息を切らしながら廊下の先を指差し訴え続ける妹のただならぬ様子に応じるべく、ペンを置くと立ち上がった。
「これは……」
アリゼーを追い、辿り着いた外周の廊下から外の光景を見たアルフィノは、妹の隣で絶句をした。
驚愕の表情で互いを見つめる兄妹の周囲に居合わせた人々は、彼らとは真逆の表情で外の光景を眺めている。
──闇の戦士様が、再び夜に闇をもたらして下さったのだろう。
そう口にしながら人々が喜び合う中で、一組の兄妹だけが愕然としたまま立ち尽くす。
そんな彼らの眼前には等しく、満天の星空が広がっていた。
「まさか、彼女が無茶なことを……」
喜ぶ人々の様子を見ながら、驚愕の表情を困惑のそれへと変化させたアリゼーが、辛うじて一言を搾り出す。
「……いや、この場でその話をするわけにはいかない。ひとまず部屋に戻ろう」
驚愕から一転して険しい表情となったアルフィノからの提案に、アリゼーは無言で頷いた。
「今すぐクリスタリウムに戻らなきゃ!」
部屋に入るなり大声で断言をするアリゼーにアルフィノは向き直ると、自らにも言い聞かせるかのように話し始めた。
「私もそのつもりだ。しかしその前に、情報を整理して想定できる事柄を君と共有しておきたい」
「そんなこと! あの人が無事でいるのか、今どこで何をしているのかを確かめてからでいいでしょう?」
「ああ、私たちが今日までに調べた情報を共有する点については後回しにしよう。しかし彼女のことを確かめるために、君はクリスタリウム中を駆け巡って訊いて回るつもりなのかい?」
「あっ……」
光の戦士……第一世界では闇の戦士の仲間としてクリスタリウムの住民に知られている自分たちが彼女についてを訊き回るなど、住民の不安を煽り拡散してしまう行為に他ならない。
遅蒔きながらそのことに気付き、視線のみで話の続きを促すアリゼーを見遣りながらアルフィノは、空のコップと水で満たされた水差しを棚から取り出し、テーブルの上に置いた。
「水でも飲んで落ち着けってこと?」
低めの声音で問い返すアリゼーを見て、アルフィノは思わず苦笑をする。
「君が落ち着くのならば、それもいいかもしれないね。しかし、まずは話を聞いてくれ。このコップが、彼女だとする」
そう言いながらコップをアリゼーの側に移動をさせ、彼女が頷きながらコップへと視線を落とす様子を認めたアルフィノは、水差しを掲げた。
「そして、この水差しは大罪喰いで、中の水は光と考える」
目の前の物に与えた役割の説明を終えたアルフィノはコップに限界まで水を注ぎ、テーブルの片隅に水差しを置く。
「これが、イノセンスから放出された光を取り込んだ時の彼女の状態だ。そして」
そう言いながらアルフィノがコップに手を沿え軽く左右に揺らすと水面が揺らぎ、こぼれ出した水がコップの周囲に水溜りを作る結果となった。
「これが、直後に彼女から光が溢れてしまった状態。あの時の彼女はこれと同様で、覆水盆に返らずと言って差し支えないだろう」
「……なるほどね」
腕を組み頷くアリゼーの様子を見たアルフィノは、次に片手のひらを上に向け、コップの脇に添えて言った。
「一口、飲んでくれるかい」
ここに至るまで全速力で走り、時折大声で捲し立てた形となるアリゼーの喉は、控えめに言っても渇いていた。
「これでいい?」
アルフィノにサーブされた形となる水を一気に飲み干したいのは山々であったが、まずは彼の要望通りに一口飲み、八割ほどまでに中身を減らした状態でアリゼーは一旦テーブルへとコップを戻した。
「そして今、君に担ってもらった役が、あの時の水晶公だ。エメトセルクの邪魔が入ったことで水晶公の目論見は中断されてしまったが、それでも、彼がわずかばかりの光を彼女から抜き取った結果にはなっている」
「今、彼女が身体に封じ込めている光の量は100%じゃない。そういうことね」
きっぱりと言い切るアリゼーを見て、アルフィノは頷くと話を続けた。
「次に、あの場でヤ・シュトラが話していた、水晶公の目論見の全容についての仮説だ。水晶公は彼女から抜き取った膨大な光を抱えたままその身を次元の狭間へと投じることで、彼女とノルヴラントを救おうと考えていた。それはつまり、膨大な光を抱えた者が第一世界に存在しなければ、夜に闇が戻る……という理屈に基く作戦だ」
「第一世界に、存在しなければ……」
口元に片手を寄せて微かに首を傾げるという、アルフィノが考え込む際に無意識に取る仕草を、アリゼーもまた無意識に取っていた。
光の戦士がその様子を目の当たりにしていたら、彼女は遠慮なく笑っているだろう。
「彼女のことだ。あの時の一部始終を覚えている場合は目覚めた後に、意識を自ら手放す形となる睡眠を一人で取ることを、おそらくはためらうだろう。だが彼女は、歴史にその名を轟かせている光の戦士であり冒険者だからね。この先も戦っていくためには、今の自身には休息が必要であるとも考えているはずだ」
「つまり、彼女は目覚めた後に休息を目的として一時的に原初世界へ向かった、と」
アリゼーの言葉に、アルフィノは頷いた。
「あちらには我々とは若干性質を異にする、彼女が全幅の信頼を置く人が居るからね。我々がクリスタリウムを留守にしている……一番の頼みの綱であるリーンも不在であると分かった以上、彼女にとってそれが最も効率が良く、かつ確実に安心感を得られる手段なのだと思うのさ」
「……ああ。例の、薪の人ね」
主にアルフィノから情報を引き出すことのみでエスティニアンの人物像を構築しているアリゼーには、彼の竜騎士という属性よりも、アルフィノが得意気に語った薪拾いのエピソードの方が未だ印象深いらしい。
「先ほど見ることのできた星空は、彼女があちらに移動をした証左と解釈して間違いないだろう。私たちがまずするべきは、この予測が事実であるか否かを秘密裏に確認することだ」
「わかったわ。それなら私は、彼女が部屋に居るかどうかを確認する。お茶に誘う形を装えば、管理人さんに怪しまれることもないでしょう」
「そちらは君に任せるよ。私はライナに近況報告がてら、探りを入れてみることとしよう」
「多分その予測は当たっていると思うけど、あんな思いをさせられて第一世界に漆黒を取り戻しかけていた張本人がここにいないことで空が一時的にこうなるだなんて、皮肉にも程があるってものだわ」
そう言いながらアリゼーは、先ほど光に見立てたコップの水を忌々しげに見つめると一気に飲み干し、空にしたコップを光の戦士の代わりとして胸元で抱き締める。
「ああ。本当に、そう思うよ」
兄妹は見つめ合って頷くと、直後にテレポを詠唱した。
光の巫女・リーンの応急処置で辛うじて光の暴走が抑えられ、小康状態となって以降眠り続ける光の戦士をクリスタリウムの居室に残し、その彼女を救う手立てを求めて、無尽光と呼ばれる天候に再び塗り潰されてしまったノルヴラント中を駆け巡っていた仲間たちは時折、情報共有のために連絡を取り合い、合流をしていた。
この日はアリゼーが、ユールモアで調査活動を続けるアルフィノのもとを訪れる約束をしていたのだが、ゲートタウンを経てユールモアの敷地に足を踏み入れる直前に彼女は、予想だにしなかった異変を目の当たりにする形となり、次の瞬間そこからアルフィノのもとへと全速力で駆け出すことを余儀無くされた。
アリゼーは、アルフィノがユールモアのどこに居るかまでを把握してはいない。
情報は足で拾い集めるものであるのだから、それは至極当然のことだった。
しかしこの時間帯ならば、アルフィノは調査を終えてその内容を手記に纏めるべく、静かな環境が確保できる場所に居るはずだ。
とすれば、チャイ夫妻からアトリエとして貸与された部屋が大本命か。
樹梢の層を目指し、巨大な螺旋となっている外周の階段を駆け上がりながら兄妹間ならではの勘のみで行き先を定めたアリゼーは最短距離で目的地に辿り着くと、室内への呼び掛けやノックをすることなく、そこまで全速力で走ってきた勢いのまま豪快に扉を開く。
大本命が、的中した。
「アルフィノ! 大変よ、外が!」
「アリゼー、どうしたんだ? そんなに慌てて」
「とにかく外! 外を見て!!」
アルフィノはアリゼーへ質問をしながらも、息を切らしながら廊下の先を指差し訴え続ける妹のただならぬ様子に応じるべく、ペンを置くと立ち上がった。
「これは……」
アリゼーを追い、辿り着いた外周の廊下から外の光景を見たアルフィノは、妹の隣で絶句をした。
驚愕の表情で互いを見つめる兄妹の周囲に居合わせた人々は、彼らとは真逆の表情で外の光景を眺めている。
──闇の戦士様が、再び夜に闇をもたらして下さったのだろう。
そう口にしながら人々が喜び合う中で、一組の兄妹だけが愕然としたまま立ち尽くす。
そんな彼らの眼前には等しく、満天の星空が広がっていた。
「まさか、彼女が無茶なことを……」
喜ぶ人々の様子を見ながら、驚愕の表情を困惑のそれへと変化させたアリゼーが、辛うじて一言を搾り出す。
「……いや、この場でその話をするわけにはいかない。ひとまず部屋に戻ろう」
驚愕から一転して険しい表情となったアルフィノからの提案に、アリゼーは無言で頷いた。
「今すぐクリスタリウムに戻らなきゃ!」
部屋に入るなり大声で断言をするアリゼーにアルフィノは向き直ると、自らにも言い聞かせるかのように話し始めた。
「私もそのつもりだ。しかしその前に、情報を整理して想定できる事柄を君と共有しておきたい」
「そんなこと! あの人が無事でいるのか、今どこで何をしているのかを確かめてからでいいでしょう?」
「ああ、私たちが今日までに調べた情報を共有する点については後回しにしよう。しかし彼女のことを確かめるために、君はクリスタリウム中を駆け巡って訊いて回るつもりなのかい?」
「あっ……」
光の戦士……第一世界では闇の戦士の仲間としてクリスタリウムの住民に知られている自分たちが彼女についてを訊き回るなど、住民の不安を煽り拡散してしまう行為に他ならない。
遅蒔きながらそのことに気付き、視線のみで話の続きを促すアリゼーを見遣りながらアルフィノは、空のコップと水で満たされた水差しを棚から取り出し、テーブルの上に置いた。
「水でも飲んで落ち着けってこと?」
低めの声音で問い返すアリゼーを見て、アルフィノは思わず苦笑をする。
「君が落ち着くのならば、それもいいかもしれないね。しかし、まずは話を聞いてくれ。このコップが、彼女だとする」
そう言いながらコップをアリゼーの側に移動をさせ、彼女が頷きながらコップへと視線を落とす様子を認めたアルフィノは、水差しを掲げた。
「そして、この水差しは大罪喰いで、中の水は光と考える」
目の前の物に与えた役割の説明を終えたアルフィノはコップに限界まで水を注ぎ、テーブルの片隅に水差しを置く。
「これが、イノセンスから放出された光を取り込んだ時の彼女の状態だ。そして」
そう言いながらアルフィノがコップに手を沿え軽く左右に揺らすと水面が揺らぎ、こぼれ出した水がコップの周囲に水溜りを作る結果となった。
「これが、直後に彼女から光が溢れてしまった状態。あの時の彼女はこれと同様で、覆水盆に返らずと言って差し支えないだろう」
「……なるほどね」
腕を組み頷くアリゼーの様子を見たアルフィノは、次に片手のひらを上に向け、コップの脇に添えて言った。
「一口、飲んでくれるかい」
ここに至るまで全速力で走り、時折大声で捲し立てた形となるアリゼーの喉は、控えめに言っても渇いていた。
「これでいい?」
アルフィノにサーブされた形となる水を一気に飲み干したいのは山々であったが、まずは彼の要望通りに一口飲み、八割ほどまでに中身を減らした状態でアリゼーは一旦テーブルへとコップを戻した。
「そして今、君に担ってもらった役が、あの時の水晶公だ。エメトセルクの邪魔が入ったことで水晶公の目論見は中断されてしまったが、それでも、彼がわずかばかりの光を彼女から抜き取った結果にはなっている」
「今、彼女が身体に封じ込めている光の量は100%じゃない。そういうことね」
きっぱりと言い切るアリゼーを見て、アルフィノは頷くと話を続けた。
「次に、あの場でヤ・シュトラが話していた、水晶公の目論見の全容についての仮説だ。水晶公は彼女から抜き取った膨大な光を抱えたままその身を次元の狭間へと投じることで、彼女とノルヴラントを救おうと考えていた。それはつまり、膨大な光を抱えた者が第一世界に存在しなければ、夜に闇が戻る……という理屈に基く作戦だ」
「第一世界に、存在しなければ……」
口元に片手を寄せて微かに首を傾げるという、アルフィノが考え込む際に無意識に取る仕草を、アリゼーもまた無意識に取っていた。
光の戦士がその様子を目の当たりにしていたら、彼女は遠慮なく笑っているだろう。
「彼女のことだ。あの時の一部始終を覚えている場合は目覚めた後に、意識を自ら手放す形となる睡眠を一人で取ることを、おそらくはためらうだろう。だが彼女は、歴史にその名を轟かせている光の戦士であり冒険者だからね。この先も戦っていくためには、今の自身には休息が必要であるとも考えているはずだ」
「つまり、彼女は目覚めた後に休息を目的として一時的に原初世界へ向かった、と」
アリゼーの言葉に、アルフィノは頷いた。
「あちらには我々とは若干性質を異にする、彼女が全幅の信頼を置く人が居るからね。我々がクリスタリウムを留守にしている……一番の頼みの綱であるリーンも不在であると分かった以上、彼女にとってそれが最も効率が良く、かつ確実に安心感を得られる手段なのだと思うのさ」
「……ああ。例の、薪の人ね」
主にアルフィノから情報を引き出すことのみでエスティニアンの人物像を構築しているアリゼーには、彼の竜騎士という属性よりも、アルフィノが得意気に語った薪拾いのエピソードの方が未だ印象深いらしい。
「先ほど見ることのできた星空は、彼女があちらに移動をした証左と解釈して間違いないだろう。私たちがまずするべきは、この予測が事実であるか否かを秘密裏に確認することだ」
「わかったわ。それなら私は、彼女が部屋に居るかどうかを確認する。お茶に誘う形を装えば、管理人さんに怪しまれることもないでしょう」
「そちらは君に任せるよ。私はライナに近況報告がてら、探りを入れてみることとしよう」
「多分その予測は当たっていると思うけど、あんな思いをさせられて第一世界に漆黒を取り戻しかけていた張本人がここにいないことで空が一時的にこうなるだなんて、皮肉にも程があるってものだわ」
そう言いながらアリゼーは、先ほど光に見立てたコップの水を忌々しげに見つめると一気に飲み干し、空にしたコップを光の戦士の代わりとして胸元で抱き締める。
「ああ。本当に、そう思うよ」
兄妹は見つめ合って頷くと、直後にテレポを詠唱した。
1/3ページ