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ヴィンテージ

 昼夜を問わずに要所で警備の務めを果たす者以外は辺りに人の気配が無い、朝まだき。
 一人の男が、朝靄にけぶるイシュガルド上層を歩んでいた。
 男は聖職者ではなく、また貴族的な装いでもないが、かといって下層の住民のように煤けた見た目でもない。

 消去法で考えれば、おそらくこの者は冒険者であろう。
 我々と同様、昼夜を問わずに働いているのだからご苦労なことだ。

 警備を務める者たちそれぞれに、風体でそのような同様の印象を与えた男の背には、赤い槍がある。
 その槍がイシュガルドにとって曰く因縁付きの唯一無二な業物であることに、彼を目にした誰も気付きはしなかった。


 上層の一角にある住宅の前で、その男……エスティニアンの足が止まり、彼は玄関の扉に正対をして建物をゆっくりと見上げた。
 貴族の邸宅のような大きさや華やかさはないが、しかし、建物を構成する建材それぞれの品質は極めて高いもので、その点に於いては貴族の邸宅と何ら遜色がない。
 そこはエスティニアンが居住地としていた場。
 つまり、神殿騎士団から蒼の竜騎士に貸与される邸宅だった。

 その家を長らく留守にしていた形となるため、また、自身の立場が現在は元・蒼の竜騎士であるために、まずは今この扉を自らの持つ鍵で開けられるのだろうか? という懸念が、エスティニアンの脳裏には渦巻いていた。
 自宅に入るだけだというのにそのような考えに至ってしまったのは、以前、彼の相棒たる光の戦士から、冒険者居住区で分譲される住宅は長期間留守にすると強制的に居住権利を剥奪されるのだ、という話を聞かされたことが原因だろう。
 目の前の家は冒険者のそれとはそもそも管理環境が異なるのだが、しかし「長期間」の尺がエスティニアンの場合は半端なものではなかった。
 なにせ、雲廊での死闘の後、入院加療を経て日常への復帰に目処が立った時期に、病室からの脱走に必要となる物品……もとい、当座必要となる日用品を用立てするために、治療師が付き添う状況で一時帰宅をして以来だったのだから。
 そのようなことをあれこれと考えながら錠前に鍵を差し込み回すと、ガチャリと音を立てて難なく解錠をすることができた。
 これで、解錠の段階で管理主である神殿騎士団に掛け合うという面倒な手順は省くことができた。
 次の問題は、屋内の状況に変化が無いか。
 つまり、雑多な私物が変わらずこの場に保管をされているかという点であった。
 外が徐々に明るくなってきているとはいえ、陽光を放つ本体は未だアバラシア山脈の稜線の向こう側にあってその姿を拝むことはできず、当然のことながら屋内にその恩恵は及んでいない。
 エントランスの壁に設えられたランプにファイアシャードで灯を燈し室内が明るくなったところで、ランプを本来の状態に戻すべくランプシェードを注視したエスティニアンは、そこに埃が全く付着していない点に気が付いた。

 ──ここまで清掃が行き届いているということは、蒼の竜騎士時代と変わらず現在も、神殿騎士団から定期的にハウスクリーニング職人が寄越されているのか。

 イシュガルドを守りながら待っている、というアイメリクからの伝言を相棒から聞かされたが、このようなところにまで気を配るとは、全くあいつらしい。
 エスティニアンはそう考え喉の奥で短く笑い、携帯型のランプにも灯を燈すと足下を照らしながら目的地に向けて歩を進める。

 蒼の竜騎士の邸宅は冒険者用の分譲住宅に例えると、庭こそ無いもののMサイズと似た構造で、縦に三層のフロアで構成されていた。
 エントランスのあるフロアは主に来客応接用となっており、上のフロアは家族食堂や寝室などが配置されたプライベートエリアとなっている。
 そして残る下のフロアは鍛練の場と物置になっており、エスティニアンはそこへと向かっていた。

 下のフロアへと辿り着いたエスティニアンは、階段側に置かれた木人を懐かしそうな視線で眺め、かつてこの場で過酷な鍛練に明け暮れた日々を回想した。
 ここに倒れて高い天井を眺めたのは、星の数と言っても過言ではない。
 そう思い出し、つい苦笑をしてしまう。

 ここは蒼の竜騎士の邸宅であるのだから、当然、先代の蒼の竜騎士である師・アルベリクが家主となっていた時代もあった。
 つまりエスティニアンにとっては、家族として住まっていた時代と家主となった時代の二種類が存在するという、少々複雑な場でもあった。

 アルベリクに師事し槍術を基礎から叩き込まれたのは、主にこのフロアでのことだった。
 修行を始めて暫くの間はこの場でのみ鍛練をし、ある程度技術が身に付いてからは、アルベリクが教官を務める神殿騎士団候補生の槍術実技訓練の場にも放り込まれ、候補生の青年たちの中に埋もれて更に技術を磨く日々となった。
 騎士団候補生との訓練を終えて帰宅をしてからも、夕食を済ませて就寝までの間はこのフロアで復習をする。
 復讐のために蒼の竜騎士になるのだという途方もない目標を掲げていたとはいえ、よく毎日続けたものだ、と、エスティニアンは当時を振り返る。

 暫しの後、そんな感傷に浸りに来たわけではなかろうに……と、苦笑をしながら自らに言い聞かせたエスティニアンは、フロアの奥に設えられた棚に視線を送り、そちらへと歩を進める。
「……確か、このあたりだったか?」
 目星をつけた棚に納められた木箱を下ろしては中を検める行動を繰り返し、それが十回を数えたかどうかという段階で箱の中に意中の探し物を見つけることのできたエスティニアンは、満足げに口角を上げた。

 ハウスクリーニング職人に空き巣が入ったのではないかと誤解をされぬように、と、エントランスの目立つ場に書き置きを残してからランプの灯を消し、内側から施錠をしたエスティニアンは、大きな荷を抱えながらテレポを詠唱して屋内から転移をした。
 彼が転移をした先はレヴナンツトールである。


 ギラバニアの戦場から相棒を救出してアイメリクへと引き渡した際にエスティニアンは、大雑把ではあるが暁の現状についてを聞かされていた。
 出先で昏倒したアルフィノが暁に引き渡された後、石の家に収容されている、ということを。

「ここまでは問題なかったが、さて……この先はどうしたものか」

 石の家がレヴナンツトールにある、という情報しか持ち合わせていなかったエスティニアンは、エーテライトの土台部分に荷を預け、呟きながら周囲を見渡した。
 この地にある施設についてを尋ねるには、露店の店番あたりが適当か。
 現時点で客の応対をしていない店番にでも白羽の矢を立てるか、と、視界に入る露店群を眺め獲物の品定めをしていたエスティニアンに、足下から不意に声が掛けられた。

「あのー、人違いだったら申し訳ないのでっすが、もしかしてエスティニアンさん……でっすか?」

 声のした側へとエスティニアンが視線を落とすと、そこにはローズピンクのダブレット姿で赤茶のベレー帽を被ったララフェルの女性が居た。

「あんたは……タタルの嬢ちゃんか。よく俺だと判ったな」
「やっぱりエスティニアンさんでっしたか!」
 タタルはその場で両手を上げて飛び跳ねながら喜び、その後不敵な表情となり改めてエスティニアンを見上げてから言った。
「ふっふっふ……。私は長年、暁の受付事務を担当してまっすから、人を憶えるのは得意中の得意なのでっす! 兜があろうがなかろうが、たとえ違う服を着ていようが、私の目は誤魔化せないのでっすよ」
「フッ……別に、あんたの目を誤魔化すつもりでこの服を着ているわけではないんだが」
 茶目っ気全開で応じるタタルを見て肩を竦め、薄く笑いながら応じたエスティニアンは、胸のうちに用意していた白羽の矢をへし折ると話を続けた。

「しかし、これはまさに渡りに船ってやつだな」
「暁にご用がおありでっしたか?」
「ああ。石の家のことを知る者を探していた。アルフィノの見舞いをしようと思ってな」

 アルフィノの名を耳にした途端、それまで明るかったタタルの表情に翳りが割り込む。
「あっ……アルフィノさんは……その……」
 口ごもり俯くタタルの心中を察したエスティニアンの視線は彼女を気遣う光を帯びていたのだが、俯いたまま懸命に次の言葉を捜すタタルはそれには気付かなかった。
「現状については知っている。差し支え無ければアルフィノの部屋に案内をしてくれ」


 タタルの案内でエスティニアンは、石の家の一室で眠り続けるアルフィノのもとに辿り着くことができた。
「アルフィノさんだけでなく、他の皆さんもそれぞれ別室で、同じように……」
「そうか」
 消沈する女性に掛けるべき言葉を咄嗟に繰り出すことができないのは相変わらずで、エスティニアンは短い一言をタタルへと返すと、眠り続けるアルフィノの顔をじっくりと観察する。

「イシュガルドで活動をしていた頃と比べると、やはり……」
 しばらく沈黙をした後にエスティニアンがぽつりと、アルフィノの印象についてをこぼす。
「なななにか、気付いたことがあるのでっすか?」
 即座に返されたタタルの引きつった声音からは、どんな些細な情報でも収集し、彼らの治療法の手掛かりとしたい、という切実な想いがひしひしと感じられる。
 そんな期待の響きを帯びたタタルの言葉を受けたエスティニアンは、申し訳なさそうに苦笑いをすると話を続けた。

「誤解をさせてしまったようですまない。俺は、治療師でもエーテル学の専門家でもないんでな」
「はい、それは存じ上げてまっす」
「イシュガルドで過ごした時と見比べると、こいつも少しだけ大人びた顔になったものだと思ったのさ」
「……そういうことでっしたか」
 理由を聞きスッキリとできたのか、タタルは陰りのある笑みを見せながらエスティニアンに応じた。

「いつ目覚めるとも知れない状況に陥っているという話を聞かされた後に、ふと思い至ったことがあってな」
 そう言いながらエスティニアンは部屋の片隅に置かれた応接セットへと移動をし、持ち運んできた荷をテーブルの上に置くとタタルに向けて手招きをする。
 タタルが向かい側の席へと腰掛けるのを見届けたエスティニアンは、再び語り始めた。
「アルフィノが目覚めた時に、履ける靴が無いと困るだろう、と」
「履ける靴……でっすか?」
 紫の瞳を丸くして首をかしげるタタルを見て、思わずエスティニアンは口角を上げる。

「エレゼン族は成長期になると途端に背が伸びる。それこそ、ララフェル族のあんたには想像が及ばんくらいの勢いでな。そして当然のことながら手足も大きくなる。つまり、この原因不明の昏倒が長期間に及ぶ結果となった場合、倒れる前まで履いていた靴が使い物にならなくなる可能性が、少なからずあるというわけだ」

「なぁるほど……」
 ようやく納得をして頷くタタルを見ながらエスティニアンは荷の紐を解き、中からブーツを一足取り出すとタタルの前に置いた。

「これは俺がガキの頃に買い与えられていた靴でな。養い親が日常用と礼装用を買ってくれていたんだが、礼装用のものは履く機会がほとんど無く、そのまま物置送りにしてしまっていた。それが溜まりに溜まって、この有様というわけだ」
「エレゼン族の少年向けの靴がサイズ違いで一足ずつある、というわけでっすね」
 タタルが口にした確認の言葉に、エスティニアンは頷く。
「服は当座、ある程度大きなもので代用が利くだろうが、靴はそういうわけにはいかんだろう。坊ちゃんに合うかはさておき、これだけあれば、目覚めた時にどれかは即座に使えるはずだ」

「はわわわぁー」

 エスティニアンが補足説明をする前でタタルは取り出された一足を手に取り、様々に見る角度を変えながら観察をした後、溜め息とも感嘆とも取れる奇妙な声をその口から洩らした。
「……どうした?」
 その挙動にエスティニアンが首を傾げると、タタルは持っていたブーツを突き出して目の前に掲げ、興奮気味に話し始めた。
「エスティニアンさん! これ、すっごく品質が高いものでっすよ!」
「……よく分かったものだな。それが分かる嬢ちゃんも凄いと思うぞ」
 目を見張りながらエスティニアンが口にした褒め言葉を受けたタタルは、手にしたままのブーツを改めて真剣な眼差しで見直す。
「私、暁の皆さんにお召し物を作るためにお裁縫や革細工の勉強をしたので少しは物作りの自信があるんでっすが、ここまでのものはとても……。これは超凄腕の職人さんが作ったものなんだって、ひと目で分かりまっした!」
「なるほど。嬢ちゃんは職人の目線を持っていたというわけか」
「はいでっす! イシュガルドでアルフィノさんが着ていた服は、私が作ったのでっすよ!」
「ほう、そうだったのか」
 感心をするエスティニアンの前でタタルは得意気に胸を張り、その後再び真剣な眼差しとなった。
「しかもこれは、凄腕の職人さんが採寸から仕事をしてまっすよね! エレゼン族の少年向けにあらかじめ沢山作られていたものじゃなくて、少年時代のエスティニアンさん用でっすよ!」
「ああ、その通りだ」
「はわぁ、凄すぎるのでっすう……」
 溜め息を吐きながら天井を仰ぐタタルの様子を見たエスティニアンは、軽く笑う。

「俺の養い親は竜騎士の師匠でもあってな。足に合った靴でなければ修行に支障をきたすのだと言い、それまでのものが履けなくなる前にその都度、新調するために靴屋へ採寸をしに連れて行かれたのさ」
「それでこんなに沢山……。修行のためとなると主役は日常用で、この礼装用は脇役という形になるのでっすね」
 そんなタタルの感想にエスティニアンは頷き、話を続けた。
「だな。その点では履き心地に違和感があるかもしれんが、そこはアルフィノに我慢をしてもらうしかなかろう。あるいは……」
「あるいは?」
 首を傾げるタタルを見て、エスティニアンはニヤリと笑った。
「嬢ちゃんは革細工の腕に覚えがあるのだろう? その腕を活かして微調整をしてやるといい」
 途端に驚きの表情となったタタルに向けて、エスティニアンは更に笑う。
「こんな凄い品を調整するだなんて緊張してしまいまっすが、腕の見せ所ってやつでっすね! 凄腕職人さんの技術を盗んでやるのでっす!」
「ああ、存分に盗んでくれ。そんなわけで、こいつは嬢ちゃんに預けるぞ」
 片手で小さな握りこぶしを作りながら意気込むタタルの側にエスティニアンは、ブーツが詰め込まれた袋を押し出してやる。
 とはいえ袋自体がかなりの大きさとなるために、ほんの少しだけタタルの側に移動をしただけだったのだが。

「……なるべく小さな側が役に立つことを祈っている」
 ちらりとアルフィノに視線を送ってからエスティニアンは立ち上がり、タタルに向けて一言を付け加える。
「アルフィノさんが早く目覚めることを願う点では、小さいものを活用できる方がいいのでっすけど……」
 エスティニアンの行動を真似するようにタタルは立ち上がり、寝台へと歩み寄ってアルフィノの寝顔を眺めると、直後に堪えきれない様子でクスクスと笑った。
 そんなタタルの行動にエスティニアンは理解が及ばず首を傾げていたのだが、そう反応をされることは彼女には織り込み済みであった模様で。
 タタルはエスティニアンの側へと歩み寄り、彼を見上げると自信満々の表情で断言をした。

「最終的には絶対、大きいものも役に立つのでっすよ!」

    ~ 完 ~

   初出/2019年6月16日 pixiv
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