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異聞奇譚

 蒼天から射し込む陽光が天頂から少々西側からもたらされるものへとなった時、光の戦士はイシュガルドのエーテライト・プラザに、片手で持つには少々大きな紙袋を抱えて現れた。
 石畳を踏み締め姿勢を正した彼女は、次いで抱えた紙袋をそれまでとは逆の腕で抱え直すと、解放された腕を軽く前後に振りながら、安堵とも解釈できる息をゆっくりと吐く。
 彼女の口許で白くなった息と同様の白が、くしゃりと無造作に丸めて閉じられた紙袋の上端から、さながら煙突の煙のごとくに漏れ出していた。
「うん、これなら大丈夫そうね」
 紙袋の煙突部分を見遣りながら呟いた後に彼女はエーテライトを見上げ目的地へと向けて都市転送網を使い、直後その場には彼女の白い息と、手元にあった湯気が取り残された。


「これはこれは。よくぞおいで下さりましたな」
 光の戦士が訪問をしたのは、フォルタン前伯爵・エドモン卿であった。
「エドモン卿におかれましては、ますますご健勝のご様子。此度は突然の訪問にも関わらずお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
 そう言った後に冒険者は紙袋を抱えたままエドモン卿に最敬礼をし、それを受けた前伯爵は苦笑いをしながら肩を竦める。
「そのような堅苦しい言葉遣いは、この屋敷内では無用と申したはず。ましてやそのような紙袋を抱えた姿では、滑稽にも映るというものですぞ?」
「……ですよね」
 声音に悪戯っぽさを含ませた短い一言を返しながら身を起こした冒険者の表情は先ほどの恭しげなものから一変しており、彼女はエドモン卿を見上げて満面の笑みを見せた。
「今回は、東方からお土産を届けに参りました」
「それでその紙袋を大事そうに抱えておられると。何やら良い香りが漂っておりますな」
 そう語りながらエドモン卿は一歩冒険者の側へと歩み寄り、中を検めさせろとばかりに紙袋へ視線を落とす。
 その前伯爵の行動に応え、冒険者は紙袋の口を開いて話を続けた。
「これは東方のアジムステップと呼ばれる地の郷土料理で、ボーズというものです。羊肉のミンチを小麦の皮で包んで蒸したものですが、冷めてしまうので詳しい話は後にさせていただいて……お願いがあるんですが、よろしいですか?」
「ほう。英雄殿が私に願いとは、一体何でしょう?」
 冒険者から要望を出されるという意外な展開に首を傾げたエドモン卿は、嬉しそうに目を細めながら彼女に問い返した。
「この料理に合うお茶を見立てて戴きたいんです。そして、後ほどそのレシピをご教授下さい」
「なるほど、心得ました。ひとまずは暖炉の前で、そのボーズとやらが冷めぬようにしてお待ち下され。私が茶を淹れている間に、卓上用の食品保温器をティールームに用意させましょう」
 そう言いながらエドモン卿は暖炉の側にあるソファーを指し示し、次いで執事と言葉を交わすと一旦その場を後にした。


「アジムステップは東方の玄関口となっているクガネからは西に位置する大陸の大草原で、そこで生活をするアウラ族の人々は大小様々な規模の部族を構成しているんです」
 ティールームに案内をされた冒険者はエドモン卿と相対する形でテーブル前に立ち、説明を交えながら用意された卓上保温器の中にボーズを次々に納めてゆく。
 そして最後に、袋の底で外気に触れることを免れていたボーズを皿に乗せてエドモン卿へと差し出した。
「ほう、大草原ですか……。さあ、貴殿もお掛けなさい」
 その言葉を受けてようやく着席を果たした冒険者をエドモン卿は正面から見据え、満足げに微笑んだ。
「草原と聞きますと、私などはまず霊災前のクルザスを思い浮かべてしまいます」
 そう語りながらエドモン卿はポットの蓋を開け、湯の中で舞い踊る茶葉の様子を確認すると、納得の面持ちで茶を手ずからカップに注ぎ、冒険者に勧める。
「ありがとうございます」
 冒険者は言葉とともに目礼をし、受け取った茶の香りを堪能した後に一口含んだ。
「今もキャンプ・グローリーの周辺には、部分的に緑が残っていますね。アジムステップはもっと平坦で……例えるならば西部高地のようで、遠くまで広く見渡せるところです」
「なるほど、あのような大草原が東方にも……」
 冒険者の説明に応じながらエドモン卿は目を伏せ、茶を口にする。
 エドモン卿は、かつて緑であったクルザス西部高地の景色を瞼の裏に思い描いているのかもしれない。
 冒険者がそう考えながら見守る前で、前伯爵はゆっくりとカップを置き、次いで深く息を吐いた。
「そのアジムステップで暮らす大体の部族では、お祝い事の時に沢山のボーズを作って、招いた客人に振る舞うらしいんですけど……」
「ふむ。その仰りようでは、私には想像の及ばない内容が含まれているようにも伺えますが」
 語尾を若干濁した冒険者の語り口や挙動からエドモン卿は話の先を読み、楽しげにその続きを促す。
 イシュガルドの貴族社会で重鎮として長年、様々な場面でその手腕を振るうことで培われた彼の観察眼は、隠居の身となった現在でも鋭いものだ。
 そう冒険者は胸のうちで思い、苦笑をしながら話を続けた。
「……実は、このボーズを作ったのはアウラ族ではなく、ナマズオ族という、東方に住まう蛮族なんです」
「なんと、蛮族が! バヌバヌ族のように人と交流を持ち、時には人に食事を振る舞う蛮族が東方にも居るとは。世界は広くとも、思わぬところで何かしらの共通点があるものですな」
 感嘆の声を上げたエドモン卿は、次いで手元の皿の上にあるボーズへと視線を落とす。
「ところでこれは、パンのように手で口へと運べばよろしいのかな?」
「はい。このティールームでは場違いな振る舞いとなってしまいますが、このように」
 再び苦笑をした冒険者は自らの手元にあるボーズに齧り付き、エドモン卿に食べ方の手本を見せた。
「肉汁がこぼれてしまう場合もあるので横向きにはせず、ボーズの皮を袋のように扱って、肉汁を受け止めながら食べるのがコツと言えるかもしれません」
 冒険者の食べ方を真似てエドモン卿もボーズを口にし、半分ほどを吟味した後にその喉を茶で潤した。
「なるほど、これは老若男女の別なく好まれる風味ですな。野戦食に向きそうな料理にも思えます」
「アジムステップでは遊牧や狩猟が人々の主な生活の手段ですので、時に出先で野営をすることもあるのだと思います。確かに、野戦食と共通する点はありますね」
 エドモン卿の感想に同意をしながら、冒険者も再び茶を口にした。
「そのナマズオ族とやらも、人と同様に遊牧や狩猟をするのですか」
「彼らが得意とする漁業も広い意味では狩猟と位置付けられるものだと思いますが、このボーズを作った集団は、今はひたすらに世界各地の様々なお祭りをしているんです。今回はお祭りの研究の一環として私が実験台にされた形になりますね」
「実験……台、ですと?」
 想定外の言葉を聞き途端に驚きの表情となったエドモン卿は、次に、このボーズを食べてしまって良かったのだろうかと困惑の表情を浮かべて皿の上を見遣る。
「あっ! 驚かせるつもりではなかったんですけど」
 冒険者は慌てて自らの胸の前で掌を横に数回振ることでエドモン卿の懸念を振り払い、話を続けた。
「彼ら曰く、招いた客人にボーズを振る舞うだけでなく土産として持たせて客人の家族にも振る舞う形にすることで、祝いの席が完全な姿になるのだとか。おそらく色々な地域の風習を混ぜて独自に解釈をしているんだと思うんですが、ともあれ、これを冷めないうちにあなたの家族の方々へ、と言われてお土産として持たされた時、真っ先に思い浮かんだのがフォルタン家の皆さんだったので、今回は突然お訪ねをした……というわけなんです」
「なるほど、それが事の真相でありましたか。随分と不思議な話で驚きましたが、今なお貴殿にそのように思っていただけるのは後見人冥利に尽きるというものです」
 エドモン卿はそう言うと、残りのボーズを再び口にした。

「今回、私に茶を望まれたのは、ナマズオ族からの要望なのですか?」
 冒険者はエドモン卿からの質問に頷く。
「あまりに沢山のボーズを貰う形になったので、貰うばかりでは申し訳ないと言ったところ、それでは西方のお茶を教えて欲しいと言われまして。これは今回の振る舞いとの因果関係は無いはずです」
「ふむ。貴殿が世界を股に掛ける者と知った上で、東方では入手が困難なものを咄嗟に望んでみた、とも受け取れますな。なかなかどうして、貪欲かつ強かな面が見受けられる」
 エドモン卿はそれをナマズオ族の研究熱心さからのものと解釈をしたようで、感心した風情で冒険者に何度も頷きながら感想を返した。
「それが知識欲なのか嗜好品を求める欲なのかは、量りかねるところでして。実は彼らは、お茶で酔っ払ってしまう種族なんです」
「ほう、それはまた面白い……と言ってしまっては失礼にあたるかもしれませんな」
 そう言いながらもエドモン卿はひとしきり笑い、それが治まってから話を続けた。
「彼らがこちらの茶に興味を示すことは、つまり、私が東方の酒に興味を持つことと同じである、と。そういうことでしたか」
「はい。おそらくは酔い方に違いがあるかを確かめるためにこちらのお茶を味わってみたいと考えたのだと、私は解釈しています。それはそうと、今度は東方のお酒をお持ちしますね」
 冒険者は再び茶を口にしながら、エドモン卿に向けて悪戯っぽい笑みを見せた。


「ナマズオ族と交流を持って驚かされたのは、お祭りの研究材料としてバヌバヌ族の情報も手に入れていたことでして」
 冒険者は保温器の中から新たなボーズを取り出し、それをエドモン卿に勧めながら話を続けた。
「それもまた驚きですな。ナマズオ族が祭りの研究に注ぐ情熱は並々ならぬものであると」
「はい。彼らが研究熱心である点も驚きなんですが、その情報源がオノロワ君の著書であったことが、私には一番の驚きでした」
「なんと……」
 エドモン卿は、冒険者が光風院セイゲツからその話を聞き及んだ時と同様か、それ以上の驚きの表情となった後、嬉しそうにその目を細めた。
「我が家に名を連ねる者の仕事が遠く東方にまで及んでいたとは、なんとも嬉しいものです。しかし……」
「しかし? 何か問題でもおありでしたか?」
 話を中断し考え込むエドモン卿を見た冒険者もまた、つられるようにその首を傾げる。
 オノロワの才覚は感心することしきりであり、そこに問題となる材料など一片も無いと思っていたからだ。
 そう考える冒険者の前でエドモン卿は、苦笑を浮かべながら話を続けた。
「現状では、息子よりも従者の側が歴史に名を残す形になるやもしれぬと思ってしまいましてな」
「それは……」
 エドモン卿の話を受けた冒険者は遅れて苦笑をする。
「お父上というお立場ゆえに厳しい目でご子息を見られている向きも、多分にあるのではないかと思います。遡ってエマネラン卿がオノロワ君に目を留められなければ、彼は読み書きができるようにはならず、あの本は世に出てはいないのですから」
 エドモン卿は冒険者の意見に目を見張り、次に納得の面持ちでその目を細めた。
「……なるほど。オノロワの文筆活動の礎をエマネランが固めた、と。そう解釈をすれば良いのですな」
「はい。他には従者としての務めで様々な情報に触れる機会を得られていることも、彼の文筆に多大な影響を及ぼしているのだろうと思います」
 そう言いながら笑顔となり茶を口にする冒険者の様子を見て、エドモン卿もまた笑顔となった。

「ふむ。そんなオノロワに、私も遅れをとるわけには参りませんな」
「遅れ、と申されますと?」
 首を傾げる冒険者の問いに即座に答えることはせず、エドモン卿は立ち上がってポットを持ちながら彼女の側へと歩み寄り、空となったカップに茶を注ぐ。
「あっ、ありがとうございます」
 その行動に恐縮しながら謝意を述べる冒険者に向け、礼には及ばぬという意味を含めてなのか片手を軽くかざすことで返礼をしたエドモン卿は、着席をし直すと自らのカップにも茶を注ぎ、これまで冒険者と話をしたことで思い至った考えを語り始めた。

「実は隠居の身となってから、竜詩戦争が終結するまでの流れを私なりに纏めておりましてな。今はまだ手記の状態ですが、ゆくゆくは書物としての体裁を取りたいと考えているのです。私が纏めるとなるとフォルタン家の起源から先祖が代々成し遂げてきた事柄にも触れる必要がありましょうが、いかんせん、神殿騎士団や我が家に伝わる書物だけでこの国の歴史の正誤を判断し執筆をするわけには参りません」

 微かに眉根を寄せ、ここまでを搾り出すように語った前伯爵は、茶を口にしながらその目を伏せ、ゆっくりと鼻から息を吐く。
 その様子を固唾を呑んで見守っていた冒険者の瞳に映り込むエドモン卿の表情は、いつの間にか再び穏やかな笑みへと戻っていた。

「そこで、貴殿が超える力で見聞きをしたというハルドラス卿と建国十二騎士の姿や人となりについてを、改めて伺っておきたく思ったのです。他にも、この国の歴史に関する事柄で何か知り得たことがありましたならばそれも、忌憚の無い意見とともにお聞かせいただきたい。寄宿をされている時分では互いに纏まった時間を割くことが叶いませんでしたが、今でしたら、少々貴殿の時間を拝借しても許されましょう?」

 今までに受けた恩は到底返しきれるものではないが、幾許かでも前伯爵の役に立つことができるのならば、出来る限りその要望に応えよう。
「はい、喜んで」
 エドモン卿の願いを聞き遂げた冒険者は、驚きの表情の後に微笑み頷きながら、そう返事をした。

「では、早速……といきたいところですが、まだ沢山残っているこのボーズを、折角の機会なのでオノロワにも食べさせてやりたく思います。急ぎキャンプ・ドラゴンヘッドへと使いを出し、夕食を共にできるよう手筈を整えてもよろしいかな?」
「もちろんです! ナマズオ族が祝っていたものは結局何なのか判らなかったんですが、こちらではオノロワ君の本が東方に渡っていたことでお祝いができますね」
「なんと……それで良いのですか」
「いいんです。祝うべきことが、確かにあるんですから」

 そう言葉を交わしながら二人は笑い合う。
 笑いながら冒険者は、彼らの都合がつくのならばアジムステップを案内し、オノロワとセイゲツを引き合わせることも可能ではないか、などと考えを廻らせていた。

 今はリムサ・ロミンサから海路でクガネへと赴くことができる。
 紅玉海からは自らが舵を取り、空路で三人を案内すればよい。
 つい先頃、四人で乗ることのできるマウントを手に入れたのだから。

    ~ 完 ~

   初出/2019年5月20日 pixiv&Privatter
   『第36回FF14光の戦士NLお題企画』の『歴史』参加作品
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