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鉄の掟

 エッグハントの催し物で賑わうグリダニアを訪れたエスティニアンは、行き交う人々と足元に点在する飾り卵を巧みに回避しながら花蜜桟橋へと歩を進めると、冒険者居住区のラベンダーベッドに向かった。
「さすがのあいつも今度ばかりは一応大人しくしているようだが、しかし……。地元で祭りが始まったとあっては、その限りではないかもしれんな」
 エスティニアンはリリーヒルズの玄関前でアパルトメントの建物を見上げ、視線の先に相棒の気配を認めると、溜め息混じりにそう独りごちる。

 戦場で倒れた光の戦士が、収容されたイシュガルドの病院での療養を終えて日常に復帰をしたという報せは、アイメリクからエスティニアンへともたらされていた。
 最前線から間一髪で英雄の救出を成し遂げた張本人にその後の経過を報せぬ道理はない、とはアイメリクの言であったのだが、いかに相手が元・蒼の竜騎士だとはいっても、現状でのエスティニアンは、傍目には冒険者もどきの神出鬼没な風来坊でしかない。
 そんな互いの立場を鑑みれば最高機密の漏洩と捉えられかねない行動にもなるため、それはアイメリクの独断により極秘裏に行われた、完全に私的なものだった。
 この報せの際や、遡って冒険者を担ぎ込んだイシュガルド軍の陣営で、アイメリクがエスティニアンに対してエオルゼア同盟への合流を求める機会はあったはずだが、それをしなかったのは、エスティニアンを自由に行動させることで帝国側に予測不可能かつ軽視出来ない戦力がエオルゼア同盟に存在すると思わせる効果を期待しているのか、はたまた、竜詩戦争を戦い抜いた筆頭竜騎士に対して長い休暇を与え続けているということなのか。
 アイメリクの思惑がそのどちらだとしても、あるいはそれ以外だとしても、自身が現在置かれている状況は存外心地が良いものだ、と、エスティニアンは思っていた。

 冒険者はここ数日の間、居を構えるグリダニアの他にウルダハやクルザスで行動をしているようではあったが、彼女にとってそれは適度なリハビリ程度のものなのだろう。
 前線であるギラバニアに踏み込んでいないのであれば、特に問題視をする必要はあるまい。
 そのようなことを考えながら彼女の部屋の前へと辿り着いたエスティニアンは扉をノックしたのだが、それに対して室内からの反応は無い。
 間隔を開けて数度ノックを繰り返し、これでは埒があかぬとの結論に至ったエスティニアンは、懐から取り出した合鍵を使い入室を果たした。
 気配を殺してはいないが、かといって逆に派手な音を立てたわけでもない。
 至って普通の立ち回りでエスティニアンが冒険者の極めて私的な領域に踏み込んでもなお、室内から相棒の挙動らしきものは無かった。
 厳密に言えばエスティニアンは扉の前に立った時点で既に、その長耳で拾った音により室内の状況を予測できてはいたのだが、寝台の上に相棒の姿を認めるに至ってもなお彼女が無反応であることに、まず彼は呆れてしまう。

「全く……。やすやすと侵入を許すだけでなく、ここまで間合いを詰められてなお、起きる気配すら無いとはな」

 睡眠中の状況下にあっても本能的に敵味方の区別をしているのか、あるいは、ただ単に眠りを貪っているのか。
 アルフィノや暁の仲間たちが陥ったという謎の昏倒に至るまでの前段階の症状が彼女の身にも発症していたという情報も、エスティニアンはアイメリクから聞かされていた。
 それを聞かされた上で改めて回想をしたエスティニアンの脳裏には、先だっての戦場で倒れるという彼女らしからぬ事態の原因がその謎の昏倒にあるのではなかろうかという考えが廻り、更にそこから発展をして、相棒にも遂にその昏倒そのものがここで発症をしてしまったのだろうかという懸念までもが過っていた。

 ぞくり……と、エスティニアンの背筋に悪寒が走り、彼の背にある魔槍がその感情のゆらぎに反応をしたのか、赤黒い霧を周囲に薄く滲ませる。

 ──いや。今も常に変わらず相棒の気配を感じられているのだから、それは無い。

 エスティニアンがそう自らに言い聞かせた直後に眼前で彼女が寝返りを打ち、彼の懸念は払拭された。

「……驚かせやがって」
「ごめんなさい」

 安堵とともに独白をした文句に応じたかのように冒険者の口から零れた謝罪の言葉に新たな驚きを覚えたエスティニアンだったが、直後にそれが偶然タイミングが合致しただけの寝言であったのだと断じ、彼は改めて脱力をする。
 と同時に、彼女が寝返りを打ったことでその手に握られている冊子がエスティニアンの目に留まり、手持ち無沙汰な彼はその冊子を抜き取った。
 手から冊子を抜き取ることが相棒の覚醒を促す引き金となれば……と思っての行動だったのだが、その期待も虚しく彼女はどうやら夢の中での冒険を続行する様子なので、エスティニアンは致し方なく手持ち無沙汰の延長で冊子の内容を検めることとする。

 冒険者が何度も読み返したのだろうか。
 おそらくは彼女の手によって癖が付けられたことで勝手に開いてしまったのであろう冊子のページを目の当たりにしたエスティニアンの眉間には途端に皺が刻まれ、そこからページを繰るにつれて、その深さは段々と増してゆく。
 不規則な形をした幾つかの四角形の枠で一枚のページが仕切られ、その枠の中には厳選された線で描かれた人物たちが様々に行動をする姿が、それぞれの手前や背後に配置された語り言葉を伴って収められていた。

 軽妙な筆致で枠内に描かれた人物たちのほぼ全てが、自分の見知った者としか思えない。
 エスティニアンの眉間に皺が深く刻まれた原因は、その一点にあった。

 アルフィノと酷似した姿で描かれている少女が「アルフィノ」と怒鳴っているので、少女の視線の先に描かれた人物はアルフィノであると断定するより他はあるまい。
 アルフィノには双子の妹が居るとアイメリクから聞いたが、双子ならば性別が違っても、成長期前であればここまで酷似しているものなのだろうか。
 朝の食卓と思しき席に着くアルフィノと、その傍らに描かれているのは暁のメンバーたちだ。彼らは確か、ヤ・シュトラとサンクレッドだったか。

 見知った人物の外見的特徴を的確に捉え描かれてはいるものの、それぞれがあまりに突飛が過ぎる役割を演じさせられている状況が誌面を埋め尽くしているために、それを見るエスティニアンの思考は飽和状態か、あるいは停止寸前の状態に陥っていた。
 そんな状況下で半ば機械的にページを繰ると、一枚のブレッドを咥えたまま慌てて走る双子の少女が前方から歩んでくる長身の青年に衝突をする場面が、エスティニアンの目に飛び込んできた。

「何てこった。俺まで描かれていやがる」
「焼きそばパンが……」

 呆然とした口調でのエスティニアンの呟きに再び冒険者の寝言が、今度は内容が全く噛み合わない形で被せられたことにより、彼の苛立ちは一気に頂点へと到達する。
 直後に盛大な舌打ちをしたエスティニアンは、手の中の冊子を棒状に丸めた。
「焼きそばパンがどうした?」
 そう問いながら冒険者の脳天に丸めた冊子で軽い一撃を打ち込むと、彼女は微かなうめき声とともに反射的に殴打箇所へとあてがった片手を目許まで移動させてから数度、こする仕草を見せたあとにようやくその瞼をぼんやりと開けた。
 明らかに半睡の霞を帯びたその瞳にエスティニアンの姿を映しながら、冒険者が続けた言葉は。

「売り切れてたんですよぅ、ニャンせんぱぁい……」
「ニャン先輩だと? 寝惚けるのもいい加減にしろ」

 気怠げな様子で横たわったまま苦情を受けた冒険者は、直後に目を見開き、輝きを取り戻したその瞳にエスティニアンの姿を映したまま固まった。
「いっ、いらっしゃい。……おはよう、かしら?」
「フン……目が覚めたのならば、どちらでも構わん」
 鼻で笑い、次いでため息を吐きながら、手に持つ棒状に丸められた冊子で自らの肩を数回叩くエスティニアンの様子を見た冒険者は、今度は途端にその顔を青ざめさせる。
「あっ……えっと、それ、見ちゃった?」
「見た。お前がなかなか起きんからだ」
「うっわぁ……」
 冷やかな視線を送り頷くエスティニアンの前で光の戦士は起き上がりながら盛大にため息を吐き、途方に暮れた表情で天井を見上げた。

「ざっと眺めただけだが、何なんだこれは? 荒唐無稽も甚だしい。描かれた者の外見と名がやたらと正確な分、悪趣味としか言えんな」
「そりゃあ、週刊レイヴンの霊2月1日特集号だもの。当たり前でしょう」
「どういうことだ?」
 冒険者は開き直ったのか、質問に対する回答を受けて首を傾げるエスティニアンに向けて肩をすくめ、苦笑をしながら応じた。
「霊2月1日は、嘘をついて楽しむ日なのよ。町なかでそれぞれが他愛の無い嘘をついたりつかれたりしてね。そして、毎年その日は雑誌社が特集号を発行していて、その内容は全部が作り話なの。皆が楽しみにしているから、三国の雑誌社はこれでもかとばかりに趣向を凝らしているわ」
「なるほど。三国での娯楽というのならば、俺がそれを知らぬのも道理だな」
「そういえば今までイシュガルドでは、霊2月1日にその気配すら無かったわね」
「ずっと竜詩戦争を中心に過ごしていたからな。イシュガルドが発祥の星芒祭や、この前お前に巻き込まれたヴァレンティオン家の活動にしても、その地元が全く感知をしていないのだから、この件に関しても推して知るべし、か」
 そう語りながらようやく納得した風情のエスティニアンは、直後に再びため息を吐く。
「……それにしても、イシュガルド学園とはな」
 そんなエスティニアンに、冒険者は苦笑をしながら応じた。
「グリダニア市民には……いえ、他の二国の市民にも、イシュガルドは未だミステリアスな国なんだと思うわ。ミステリアスという観点では東の国々も同じでしょうけど、グリダニアにはアイメリクさんが公式会議で訪問していたから市民にも程よく知られていて、多分、使いやすい題材と捉えられたんでしょうね」
「逆に聖アンダリム神学院だと、実在するがゆえに題材にはし辛いと」
「そうね」
 冒険者は短く応じながらようやく寝台を降りると、遅蒔きながらに茶の用意をするべく、部屋の片隅に設えられた小さなキッチンへと移動をした。
「聖アンダリム神学院は、いずれ真面目な記事が書かれるんじゃないかしら」
「いや。話の流れでつい口にしてしまったが、神学院は戦後の改革で大変な部分の代表格だからな。しばらくの間、国外の記者などに取材はさせんだろうよ」
「あっ、確かにそうね……」
 自らの適当な意見に対しエスティニアンが至極真っ当な回答を寄越したことで、冒険者は軽率な発言をしてしまったと反省をする。
 竜詩戦争中でも戦後でも、その行動から受ける印象で孤高の存在と捉えられがちなエスティニアンだったが、孤高であると同時に、冷静かつ的確なものの見方をすることができるのもまた彼なのだ、と、彼女は改めて思い知らされていた。

「それはそうとして……だ。そのイシュガルド学園での、お前の立ち位置はどんなものだったんだ?」
「やだ……そこを突っ込んでくるわけ?」
「まあ、ニャン先輩の後輩だということは分かったがな」
 冒険者が冷や汗をかきながらエスティニアンを見遣ると、その声音から予想できた通りに彼は既に口角を上げており、その表情を認めた彼女は、これは事細かに白状をせねば事態が収束しないと悟って愕然とする。
「お前な……。茶をキッチンに飲ませるくらいなら俺に寄越せ」
 そんな追い討ちを受けて手元が疎かとなっていたことに気付いた冒険者は、溢してしまった茶を慌てて拭き取り茶器の体裁を整えると、ようやくエスティニアンへと茶を差し出した。

「ええと……夢の中でエスティニアンは槍術部の部長で、私は下の学年の部員という状態だったの。運動をする部活動の場合、後輩は先輩の言うことに無条件で従う場合が多いとされていてね。私は買い物を頼まれていて、急いで売店に行ったけど間に合わなかったから謝っていた、というわけ」
「依頼された品が焼きそばパンとやらか。何なんだ、それは」
「柔らかな細長いパンに、そば……小麦の麺に細かな肉と野菜を炒めた具を絡めて、野菜や果物とビネガーと香辛料を煮詰めて漉したソースで味付けをしたものを挟んだ携行食品なの。価格が手頃で学生に凄く人気のある品で、それをめぐって学生たちの間で日々熾烈な争奪戦が繰り広げられている、という設定よ。巻末に解説があるのだけど、麺はドマやアジムステップのもので、レシピはクガネで考案されたみたい」

 恥ずかしさのあまり頬を微かに紅潮させながら自らの妄想を正直に暴露した後輩……冒険者を見守っていた、実際に彼女の先輩の立場でもあるエスティニアンは、目を閉じ茶を含みながら話の内容を吟味すると、その後ゆっくりと鼻で息を吐きながら微かな笑みを見せた。

「……やっぱり、笑われると思っていたわ。パロディ作品を読んだ直後に見た夢にしても、あまりに馬鹿馬鹿しいわよね」
「確かに馬鹿馬鹿しい内容ではあるがな。しかし今、俺が笑ってしまったのは、安心してのことだ」
「えっ?」
 一転して驚きの表情に変わり、その視線で話の続きを促す冒険者を見直したエスティニアンは、直後に険しい眼差しとなり、念押しの一言を付け加えた。
「悪夢ではなかったのだろう?」
「えっ……ええ。終始慌ただしかったけども」
「それならばいい」
 エスティニアンとのやり取りが予想していた形と違う展開となったために冒険者の表情は唖然としたものとなり、そんな彼女を見たエスティニアンは改めてその目を細める。

「竜騎士団の連中の話になるんだが……」
 一転して真剣な表情と、それに釣り合う語り口になったエスティニアンを見て、その対面に座る冒険者は、それまでの脱力した姿勢を正して彼の話を聴く体勢を整えた。
「竜詩戦争時代に竜騎士団の損耗率が極めて高かったという点は、お前も知っているだろう。竜騎士は常に最前線へと投入されるのが使命なのでそれは当然のことだが、問題となるのは戦場で命を落とした奴よりも命からがらの状態で帰還を果たした奴の方でな」
「……うん」
 エスティニアンが例に挙げたうちの後者が自らのことを指すのだと悟った冒険者は、ごくりと生唾を飲み込み、短く一言を返すと話の続きを待ち構える。

「ギリギリの状況で最前線からの帰還を果たした竜騎士は、凄惨な光景を記憶に叩き込まれてしまっている場合が殆どだ。しかし竜騎士としての戦闘能力が失われていなければ、体力が回復し次第、そいつは再び最前線へと送り込まれる。なにせ、慢性的な人員不足だったからな。竜騎士となるまでに過酷な訓練を受けていても、自らが死にかけるほどの激戦の場との往復を繰り返すことは、つまり凄惨な光景を記憶に次々と蓄積する形でもある。その結果として、竜騎士団員の中には精神を蝕まれてしまった者も少なくない。それが、竜騎士は正気ではないなどと市井の者が噂として口にする所以のひとつだ」

 そこまでを一気に語り終えたエスティニアンは、ゆっくりと茶を飲み、そして深々と息を吐いた。

「そういった者の看護に従事をした治療師から、夢は直近の出来事を頭の中で整理するための現象なのだと聞いたことがあってな。お前の寝言の一言目が謝罪の言葉だったものだから、先だってのギラバニアでの戦闘が精神的な負担になってしまっていたのではないかと危惧をしたんだが、どうやら杞憂だったようなので安心した、というわけだ」
「私のことを……」
 我が身と心を案じていたとのエスティニアンの話を聞き終え、驚きの表情とともに短い言葉を吐き出した冒険者は、自らの茶を飲みながらその目を伏せると、そのまま照れくさそうに微笑んだ。
「ええと……成り行きで、言うのがここまで遅くなってしまったけど」
 彼女はそう言ってからエスティニアンの目を真っ直ぐに見つめ、改めて微笑みを浮かべた。
「今日は訪ねて来てくれて……あの時助けに来てくれて。そして、心配をしてくれてありがとう。直接お礼を言うことができて嬉しいわ」
「なに、借りを少し返しただけだ。礼には及ばんさ」
 そう言いながら肩を竦めるエスティニアン独特の対応を見た冒険者は、そこまでの極めて複雑な緊張感から開放されたことも手伝って、微笑みながら再びティーカップを口許に寄せた。

「お前が強いということは充分過ぎるほどに知っているが、暁の仲間たちが次々に昏倒しているという話を聞いた今回ばかりは、さすがに気になってしまってな」
「それは……」
 エスティニアンが予想をした通り、暁の仲間たちの話題を出された途端に冒険者の表情はかき曇り、彼女は俯いて目を伏せると深呼吸をした。
「今もエーテル学の専門家が色々と調べてくれているから、時間はかかってしまっているけど、必ず何とかなるって信じているわ」
「そうか。やはりお前は強いな。しかし……」
「しかし?」
 首を傾げて聞き返す冒険者の鼻先に向けてエスティニアンは丸めた冊子を突如突き出し、一方の冒険者は上半身を後方へと仰け反らせると、寸でのところでその打ち込みを回避した。
 その姿勢のまま互いに静止をした二人は、ニヤリと笑い合う。

「いいか、相棒。お前は何事も一人で受け止めてしまう傾向にあるからな。そんな時は、背後に俺が居ると思っておけ。竜詩戦争時代、アイメリクに背を預けていた俺からのアドバイスだ」

 そう言い放ったエスティニアンは冒険者の鼻先で止めていた冊子を一度手前に引き、それを彼女に放り投げる形で返す。
 投げ返された冊子を難なく受け止めた冒険者は、その表紙をじっくりと眺めた後に改めてエスティニアンを見つめた。

「わかったわ。先輩の言うことに、後輩は無条件で従わないと……ね」
 
 思わぬ返答に目を丸くするエスティニアンを見つめていた冒険者は、直後に堪えきれずクスクスと笑い始めた。

    ~ 完 ~

   初出/2019年4月22日 pixiv&Privatter
   『第35回FF14光の戦士NLお題企画』の『学園』参加作品
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