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多彩な信頼の形

 悪い予感というものは何故、こうも的中率が高いのだろうか。

 光の戦士たる冒険者はヴァレンティオンセレモニーの会場入口で一人呆然と立ち尽くしたまま、今さら考えても仕方のない事柄でその頭の中を埋め尽くしていた。

「こいつらが仕込むことなど、全て茶番だろうが」

 つい先刻、相棒たる冒険者に付き合う形でこの会場へと共に入場をしたはずのエスティニアンは、彼女の隣で盛大に舌打ちをしてそう言い放つなり、引き止める間も無く案内役のモーグリに背を向けて退場してしまった。

 悲しいかな、エスティニアンが指摘をした点は見事なまでに的を射ている。
 茶番と言ってしまっては身も蓋もないのだが、しかし、そもそもあらかたのイベントで用意される企画というものは、それ以外の何物でもない場合がほとんどでもある。
 そんな企画に人々がこぞって参加をする理由は、達成後に配布されるイベント限定の景品が目当てであったり、はたまた、想いを寄せる相手と共に過ごす機会を作る場であったりと人それぞれなのだが、彼には今回、そのどちらも必要ではなかった、というわけだ。

 竜詩戦争時代に邪竜討伐のみを目標に据え、娯楽とは完全に無縁の生活を貫いていたエスティニアンには、その必要がなくなった現在でも、単に娯楽に興じることはどうにも時間の無駄と思えてならなかった。
 長年をかけてその身に浸透させてしまった習慣というものは、生半に変えられるものではないのだ。
 昨夏、エスティニアンが冒険者に先んじて紅蓮祭の企画を済ませていたのは、探索のために訪れた現地の気候に適した装備を持ち合わせておらず、マーケットも無い場で途方に暮れかけた彼の眼前で景品として耐熱装備が配布されていたためであり、企画をこなすことが耐熱装備を最速で入手できる手段であったからに他ならない。

 それに加えて今回の企画で案内役として入口で待ち構えていたのが、かつての旅で訪れたドラヴァニア雲海のモグモグホームに於いて、エスティニアンの記憶に鮮烈なまでの嫌悪感を刻み込んだ存在と言っても過言ではないモーグリ族だったとあっては、たまったものではなかったのだろう。
 冒険者から何も知らされずに入場をした形のエスティニアンが受けた衝撃を巷で最近流行している東方から伝来した遊戯の用語で表現をするのならば、天和八連荘大四喜字一色四暗刻単騎待ちをロン上がりされてしまったようなものだったのかもしれない。

「何か、失礼なことをしちゃった……クポ?」
 案内役のモーグリから恐る恐る訊ねられたことで冒険者はようやく我に返り、肩をすくめながら苦笑いをした。
「ううん、あなたは何も悪くないわ。彼を強引に連れて来たのがいけなかったみたい」
 そうモーグリに釈明をしながら改めて見直した会場内の光景は、彼女には見覚えのあるものだ。
 それは既視感ではなく、ましてや誰かの記憶の過去視でもない。
 昨年、彼女自身が確かにその目で見たものだった。

 ヴァレンティオン家は昨年のこの時期に期間を限定して十二神大聖堂の敷地を借り受けると、これだけの大掛かりな設備をイベントのためだけに拵えた。
 いかにイシュガルドの貴族が主催しているとはいえ、私財を投じてのものであるのだから、昨年と同じ設備を使い回したことに対して異を唱えるなど、誰にもできはしない。
 今年の企画内容を事前に調査確認しなかった冒険者自身に、今回の局所的なトラブル発生の原因があった。
 彼女は生業──つまり、生死を賭ける冒険へと臨む際に、事前準備を怠ることは無い。
 その積み重ねこそが、彼女を超一流の冒険者たらしめたのだ。
 そんな彼女は、確実に生死には関わらないと判断をした事柄については逆に、あえて全く事前に調査確認をせずに臨む姿勢を貫いていた。
 主にこのような季節ごとのイベントが調べない対象となるのだが、事前情報無しの状態で企画内容を探ること自体を楽しみの一つと位置付けるためで、そうして彼女は、用意された娯楽に自らサプライズをトッピングしていたのだ。
 それが今回は、完全に裏目として出てしまった。

 見た目から推測をするに昨年と同じ企画内容であるのだから、早々にエスティニアンが退場をしたことは、むしろ幸いだったと考えるべきだろう。
 無理に引き止めて先に進んだところで、第一関門となる迷路の要所要所で嬉々として悪戯を仕掛けてくるモーグリたちに彼が業を煮やすであろうことは火を見るよりも明らかで、最悪の場合はモーグリの血を見る結果になったかもしれないのだから。

 そうは思いつつも冒険者の口許からは、やるせなさが溢れた結果の溜め息が零れる。
 彼女の目的──イベント限定の景品を手にするためには、この企画をクリアしなくてはならない。
 昨年と同様になってしまうが、冒険者仲間に協力を仰ぐしか手段は無いか。
「ごめんね、また来るわ」
 様々な考えを脳裏に廻らせながら案内役のモーグリに短く謝罪をした光の戦士は、エスティニアンと同様に入口から退場をした。


「その様子では、随分とエスティニアンに手を焼かされてしまったようだな」
 ミィ・ケット野外音楽堂へと戻り、そこで改めて盛大な溜め息を零した冒険者に、思いもよらぬ、かつ聞き覚えのある声が掛けられた。
 その呼び掛けの内容は、大まかではあるが今しがたのトラブルを把握されたものであるとしか思えない。
「やだ……エスティニアンに逢ったんですか」
 驚きと気まずさと恥ずかしさとが渾然一体となった、何とも複雑な表情をしながら冒険者が応対をしたその声の主は、イシュガルディアンコート姿で音楽堂の客席に座り苦笑いをする、イシュガルド神殿騎士団総長・兼・貴族院初代議長アイメリク卿、その人であった。

「お久し振りです。今日はお仕事でこちらに?」
 アイメリクがサーコート姿でないということは、現在はプライベートで行動をしているのかもしれない。
 彼の姿を認めた際にそう推測をした冒険者は、引き続き彼の名を口にすることは控えて話を続けた。
「微かに仕事が紛れ込んだ状態、と言うべきだろうか。異国の地でイシュガルドの文化を広めんと奮闘するリゼット卿とヴァレンティオン家の方々への激励を目的としての訪問だが、今回はあくまでも非公式なのでね。この姿で過ごさせてもらっている」
「なるほど、そうだったんですね。リゼットさんはあちらにおられますけど、もうご挨拶はお済みで?」
 会場の片隅で忙しく客の応対を続けるリゼットの姿をちらりと見遣りながらの冒険者の言に、アイメリクは頷いた。
「まず皆さんに挨拶と激励をして、今しがた特設会場での企画までは見学がてらに楽しませて貰ったのだがね。そこで随行したルキアの体調が急変してしまい、彼女に休息を取らせるよう宿に送り届けて、こちらへ戻る道すがらでエスティニアンと鉢合わせをしたのさ」
「えっ……? あのルキアさんが突然体調を崩すだなんて、珍しいですね」
「ああ。特設会場に入るまでは普段と何ら変わらなかったんだが、先に進むにつれて激しくなる動悸が治まらなくなってしまったとのことで……。会場内に設置されていた植物のうちの何かが彼女の体質に合わず、拒絶反応でも起こしてしまったのだろうか? 顔色が紅潮したまま、覚束ない歩調で、額に脂汗まで滲ませている状態とあっては、いかにここが戦場ではなくとも、しばらく安静にさせておくより他はあるまいと判断をして、半ば強引に宿へ押し込んできた、というわけだ」

「あー、一緒に入っちゃったんですか。それは……」

 終始深刻な面持ちで事の顛末とルキアの容態についてを語るアイメリクを見守っていた冒険者の表情は彼とは裏腹に、聞き始めと終わりとでは明らかな温度差が生じてしまっていた。
 その後に待機をしていた「そうでしょうね」という言葉を絶句する形で懸命に飲み込んだ彼女の脳裏にはルキアの妹リウィアの姿が、それはもう鮮明に甦っていた。

 リウィアは敵として対峙した際、その胸の内に秘めたガイウスへの想いを、魔導フォトン砲の連射もかくやと言わんばかりの勢いでぶつけてきたのだ。
 鎬を削り合う恋敵に対してではない。初めて顔を会わせた冒険者に向けて、だ。
 しかも社交界の場などではなく、正真正銘の戦場で。

 一般的に「姉妹」を比較すると、姉よりも妹の方が比較的奔放な性格を帯びるものなのかもしれない。
 リセ……特に、イダを名乗っていた時の彼女や、アリゼーの奔放さは、その傾向が際立っているような気がする。
 そんな妹特有の奔放さからリウィアは、あれほどまでに大胆な発言をしたのかもしれない。

 一方の姉・ルキアは、自らの胸に抱く信念は、方向性こそ違えど妹のそれと何ら変わらないと、かつてアバラシア雲海に於いて冒険者の前で言い切った女性だ。
 帝国から工作員としてイシュガルドに潜入し任務の遂行をする中、アイメリクと出逢ったことでルキアは任務どころか祖国までをも捨て去っている。
 捨て駒として扱われてもおかしくはない下っ端工作員の立場であったのならばまだしも、ルキアの名に含められている、当時の役職を表すミドルネームは、かつてドマの代理総督に据えられていたヨツユに与えられたものと同じ「ゴー」だ。
 そのような要職に就いていた、あの生真面目なルキアに全てをかなぐり捨てさせた原動力となったのは、妹・リウィアがガイウスに向けていたものとおそらくは同質のものと考えて間違いはあるまい。
 生真面目であるがゆえにルキアは常日頃、アイメリクの副官としての責務を忠実かつ完璧にこなすことで、その胸の内に秘めた燃え上がる想いを昇華させているのだろう。
 そんな中で突如、こう表現するのはいささか奇妙ではあるが、つまりルキアは職務上で、想いを募らせている相手と甘いひとときを共に過ごすことを強要されたのだ。
 彼女の場合は、手牌が天和八連荘大四喜字一色四暗刻単騎待ちであったというわけだ。
 それが上がるなどとは微塵も思っていなかった中、不意に上がってしまったことでルキアの胸の内にある熱い想いが荒れ狂い、その結果彼女の身体に複数の異変が起こってしまったのは、何ら不思議なことではない。
 一言で言えばオーバーヒート。重篤な恋煩いだ。

「……さほどの心配は要らないと思います。女性特有のものかもしれませんから、後でお見舞いに伺ってみますね」

 絶句から十秒ほどの後にようやく続けられた冒険者の話を受けてアイメリクは、その眉間に寄せた皺を解くと、安堵の吐息とともに微かな笑みを見せた。
「それはありがたい限りだ。宿までの道中で治療師を手配しようと言ったんだが、必要ないと固辞されてしまってね。顔馴染みの君にならば、相談し易い事柄があるかもしれないな」
「そうですね。お任せ下さい」
 治療師を手配されてしまっては、ルキアもたまったものではなかっただろう。
 冒険者はそんな考えを笑顔で包み隠しながら、アイメリクに応じた。

「こちらの話ばかりをしてしまったが、君も困っているのだろう? 実はエスティニアンから「じきに相棒が溜め息を吐きながら音楽堂に現れるから、構ってやってくれ」と頼まれていてね。それでこの場の様子を伺っていたというわけだ」
 思いもよらぬ話をアイメリクから打ち明けられ、冒険者の笑顔は途端に引き攣った。
「えっ? そっ、そんな話に……なってたんですか?」
「ああ。ヤツのことだ。君と共に特設会場に赴いてはみたものの、あの内装の煌びやかさに嫌気が差して投げ出したのではないか?」
「ええ。企画の内容を調べないまま強引に彼を連れて行った私が悪いんですけど、だいたいそんな感じです。……よく分かりましたね」
 赤面し、溜め息がてらに白状をする冒険者を見ながらアイメリクは笑い、話を続けた。

「実は私にも今、もうひとつの困りごとがあってね。ルキアの戦線離脱によって、この先の作戦遂行が頓挫をしている。一方の君は、同じ標的に対して口火を切り損なったと見た。ここはひとつ、共同戦線を張るというのはどうだろうか」
 そう言いながら不敵に笑うアイメリクを見て、冒険者は驚きの表情を見せてからクスクスと笑う。
「なるほど、相互扶助というわけですね。ありがとうございます! それでは、まず私の側にお力添えを」
「心得た」
 アイメリクが簡潔な回答を出した直後、二人はヴァレンティオンセレモニーの会場へと向かった。


 その後、アイメリクの協力を得て冒険者は三種の景品を入手し、アイメリクはルキアと体験することのできなかった三種の相性占いを冒険者を相手にして済ませることができた。
 相性占いは、お互いの生年月日などにより千差万別な結果が出るもののようだったが、ヴァレンティオンセレモニーで卒倒したルキアが無理を押して引き続きこれらに臨んでいたとしたら、結果に関わらず更に大変な事態になっていたのかもしれない、と、冒険者は密かにその胸を撫で下ろした。
 そして、後ほどルキアを見舞いに行くと今一度アイメリクに告げてから彼と別れた冒険者は、道端で勧誘をする怪しげな占い師の口車にあえて乗り、その結果、彼女は二種の意味不明なアイテムをも手に入れることとなってしまう。

「見たところ魔力が封じられているようなものではないし、おもちゃのようなアイテムだから、双蛇党には報告しなくても良さそうね」

 それは興味半分、治安維持目的半分の観察行動だったのだが、このことで更に荷物を増やしてしまった冒険者は、入手した諸々のアイテムを保管するべくリリーヒルズにある自室へと向かう。
 荷物を置き、身支度を整えてから見舞いに出かけるとしよう。
 そう考えながら自室の扉を開いた冒険者は、何故かエスティニアンに迎えられる形となった。

「そろそろ戻る頃合いだろうと思い、待たせて貰っていたぞ、相棒」

 床に座り込んで何やら作業をしながら冒険者に語り掛けるエスティニアンの姿は、まるで自室で来客を迎えたかのような風情だった。
 いつ訪ねてきても構わない、と、この部屋の合鍵をエスティニアンへ預けたのは他ならぬ家主の冒険者自身なのであるが、しかしこうも寛がれてしまうとどう対処をすれば良いのやら。

「ええと……いらっしゃい? それともこの場合、ただいま、の方がいいのかしら?」
「さあ? 俺にもわからんな」

 作業する手を休め、そう冒険者に応じながらニヤリと笑うエスティニアンは、先ほどの騒動のことなど全く気に掛けていないようである。
 そんな彼の姿をしばしの間、呆然とした表情で見つめた冒険者は、肩をすくめ苦笑をした後に話し始めた。

「企画の内容をきちんと調べておけば良かったわ。いやな思いをさせちゃって、ごめんなさい」
「あの類の趣向は、どうにも苦手でな。モーグリの顔を見なければ少しは冷静に対処できたかもしれんが……。いずれにせよ今後、俺にああいったものの片棒を担がせたい場合は、内容を調べてからにしてくれ」

 エスティニアンの言う「あの類の趣向」が、今回のヴァレンティオンデー独特のものを指すのか、あるいは娯楽全般を指すのか。
 どちらなのかを冒険者は現時点で判断をすることはできなかったが、完全な拒否ではなく妥協策を提示してきた点には、彼なりの配慮を感じることができていた。
「これからはそうするわ」
 冒険者はそう言いながら、持ち帰った報酬を全てテーブルの上に置く。
「なるほど、それが目当ての品々か。今回のものは俺が貰ったところで、持て余すものばかりだな」
 そう言いながらエスティニアンは、景品の中からマメットのぬいぐるみをつまみ上げると、片手で数回、それを宙に舞わせた。
「イシュガルドに戻れば家に置けるでしょうに……。まだ戻る気はないってこと?」
「ああ。それに、こんなものを飾る趣味も持ち合わせてはいないしな」
 エスティニアンは弄んでいたぬいぐるみの頭を鷲掴みにすると、その正面を冒険者に向けてテーブルの片隅に置き直す。
 こんなもの、と言いながらも、ある程度体裁を整えて置き直してきた点を冒険者は意外かつほほえましく思い、その表情を微かに綻ばせた。

「そういえば、アイメリクと合流はできたのか?」
「ええ、おかげ様で。ところで、アイメリクさんに私のことを構えと頼んでくれたそうだけど……」
「どうした?」
 話の途中で困惑の表情となり口ごもってしまった冒険者を見て、エスティニアンはその首を傾げる。
「……エスティニアンは、その、それで良かったの?」
「良かった、とは?」
 首を傾げたままのエスティニアンを見た冒険者の表情は、困惑の度合いを増す形となってしまっていた。
「私たちは、ええと、いわゆる交際状態なわけでしょう。なのに他の男性と、あんなことをしてきちゃっても構わなかったのかな、って」
「あんなこと、か」
 その一言を零したエスティニアンは、直後に鼻で笑うと話を続けた。
「あれは随分と手の込んだ装飾だとは思ったが、所詮は茶番だろう。それに……」
「それに?」
「お前がアイメリクと今以上に親密な関係になどなるわけがないと思っているし、アイメリクもそういった意味でお前との距離を縮めたりはしない。つまり、俺にとって一番都合のいい奴が都合よく目の前に現れたからお前のことを任せた、というわけだ」
「な、なるほどね……」
 エスティニアンの回答に目を丸くした冒険者は、信頼の形は人の数だけあるものなのだと思い知らされ、それまでの困惑と若干の緊張を解くべく、その場にしゃがみ込んでからゆっくりと息を吐いた。

「……あっ! そうだ!!」
「今度はなんだ?」
 直後に飛び跳ね気味に立ち上がった冒険者の挙動にエスティニアンは驚き、その片眉を上げながら彼女に問い掛ける。
「私、ルキアさんのお見舞いに行かなきゃだったわ!」
「ルキアの見舞い、だと?」
 冒険者は慌てた様子で鏡に向かい身支度を整えながら、エスティニアンに応じる。
「アイメリクさんはヴァレンティオン家の人たちへの激励と、イベントの視察に来ていたんですって。で、最初にあの特設会場での企画にルキアさんと向かったら、途中でルキアさんが体調を崩してしまったそうなのよ」
 身支度を整え終えた冒険者は、早口で説明をしながら扉を開けると振り向いた。

「そんなわけで、ちょっと行ってくるわね! その料理は食べてもらって構わないから、悪いけどしばらく適当にやっていて」

 驚きの表情のままのエスティニアンの視線の先で扉は閉まり、部屋の中にはエスティニアンと静寂が取り残された。
「……相変わらず、光の戦士殿はご多忙であらせられる」
 ため息を吐いたエスティニアンは苦笑をしながら、テーブルの上に積まれた景品の山を見直す。
「どう見てもこれは、一人で食うもんじゃなかろうにな」
 それに、美味そうではあるがどう見てもこれは面倒臭いテーブルマナーが要求される、苦手な部類のメニューだ。
 そう思いながらヴァレンティオンロブスターを一瞥したエスティニアンは、その脇に置かれた、奇妙な形状のナイフをその目に留めた。
「何だ、これは?」

 手に取って改めて見ると、その刃渡りはエスティニアンの知るナイフと似た長さではあったが、鈍い輝きを放つ独特の片刃は、侍が帯びる刀のそれと似たもののようにも思えた。
「ふむ。東方の調理道具……なのか?」
 見たところ素人でも使えるもので、作業精度が僅かばかり上がるといったところだろうか。
 エスティニアンは未知のナイフ……トンベリ包丁を眺めながらそのようなことを考え、次いで彼の脳裏には、先ほどルキアの名を聞いたことで竜詩戦争時代に神殿騎士団内で時折耳にした噂話が甦っていた。

 ──総長の副官殿は、それはそれは凄まじい料理の腕前なのだそうだ。

 凄まじい、という言葉が何を意味するかは、エスティニアンにも分かっていた。
 彼は騎士団の宿舎で何度か、形容し難い顔色となり身動きの取れなくなったアイメリクに肩を貸したことがあったからだ。
 その時アイメリクは多くを語らなかった……いや、語れなかったと言うべきなのだろうが、語れるようになってから「七天を垣間見たような気がする」と口走ったこともある。
 その後エスティニアンの耳にも入ってきた噂話と照合をすると、つまりはそういうことなのだろう。

 アイメリクは、あの問題を今も抱え続けているのだろうか。
 あるいは、少しばかりの光明が射しているのだろうか。

「こいつは、極光のルキア殿にこそ必要なものなのかもしれんな」

 エスティニアンは口角を上げながら独りごちると、トンベリ包丁を景品の片隅に戻した。

   初出/2019年2月19日 pixiv&Privatter
   『第33回FF14光の戦士NLお題企画』の『ヴァレンティオンデー』参加作品
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