蒼天の霹靂
「なん……だと?」
グリダニア領フォールゴウドの程近くにあるゲルモラ遺跡付近を占拠しているイクサル族の集団が「エカトル空力団のシマ」と主張をしている場で、そこの財務を取り仕切っているロゾル・カットランから初めて請け負う仕事の内容を聞いたエスティニアンは、イクサル族の目線でも判別できるほどに愕然とした表情を浮かべ、思わず反射的に聞き返してしまっていた。
「ですからッァ、製作に必要な設備と材料はアドネール占星台で……んあッン? ひょっとして、ご存知ない場所でございましたかッァ? あるいは、ワイルドダイルがとても苦手でいらしたりッィ?」
ロゾル・カットランは繰り返そうとした説明を中断すると、想定できる懸念材料を列挙しエスティニアンに問い返すことで問題解決の糸口を探ろうとした。
「……いや、すまん。どちらも大丈夫だ」
「そうですかッァ。そのわりに驚いたカオになったままですが、お願いしても構わないんですかねッェ?」
ロゾル・カットランは今まで製作依頼をしてきたエカトル空力団のメンバーと比較をすると、語り口の勢いこそ変わらないが操る言葉は極めて温厚で、現在は彼が作業をする壇上から見おろされている状況ではあるが、その状態でもなお腰が低い印象すらある。
今しがたのやり取りが他の者を相手にしてのものであれば、聞き返した途端に「その長い耳は飾りか? 聞こえんようなら穴をかっぽじってやろうか?」などといった罵倒紛いの応対をされていたであろうから、この依頼がこいつからのもので良かった、と、エスティニアンは心底思っていた。
「実は、旧知の者がアドネール占星台に居るのさ。随分と長い間音信不通にしてしまったもんで、どの面を下げて行けばいいのだろうかと思っちまってな」
「さようでッェ! 私はてっきりあんさんの古傷にでも触ってしまったかと焦りましたよッォ」
古傷には初撃でクリティカルヒットを喰らったし、今の言葉で追い打ちをかけられたのだがな、とエスティニアンは苦笑をしたが、ロゾル・カットランはそれには気付かぬ様子で話を続けた。
「久しぶりに会うってんなら、そのヒトはあんさんが職人修行を始めたってのを知らない訳でしょう? ここはひとつ、腕によりをかけて何か手土産を作るってのはどうですかッァ。職人の面を下げて行くって寸法でさッァ!」
想定外の提案にエスティニアンは驚き、珍しくその目を丸くした。
「ほう、なるほどな。とはいえ、俺は手土産となるような気の利いた品なんぞはまだ作れんのだが」
そんな溜め息混じりなエスティニアンの話を聞いたロゾル・カットランは、指を立てて横に数回扇状に振り、続けて頭を横に振ると言った。
「わかっておられませんなッァ! そういったモンは、気が利くだなんてのは二の次って相場が決まってるんですわッァ。あんさんの手で作られたってことにこそ、値打ちがあるって話でしょうがよッォ!」
「フッ、そういうものか」
蛮族に説教をされるとは……と、再び苦笑しつつもようやく納得をした様子のエスティニアンを見たロゾル・カットランは満足をしたのか、豪快に笑い飛ばしてから依頼を確定させるべく話を続けた。
「では、よろしくお願いしますッゥ!」
「わかった。まず手土産をどうするか考えねばならんから依頼を少し待たせる形となってしまうが、構わんか?」
「そこんとこは気にせんで下さいよッォ! あんさんにはこれから何度もアドネール占星台へ行ってもらうことになりますから、まずはしっかりと足場を固めてきて下さいッィ!」
「ああ、そうさせて貰おう。色々と助言をありがとうよ」
「仕事を頼む側が礼を言われるってのも妙なもんですなあ……とッォ、こっちの話に夢中になって、肝心のブツを渡し損なうところでしたわッァ!」
ロゾル・カットランは笑いながらそう言い頭を掻くと、奥に積まれた荷を漁って取り出したものをエスティニアンに差し出した。
「ワイルドダイルの剛毛は、こいつを使って刈り取って下さいッィ!」
その毛刈りナイフを目の当たりにした瞬間、驚きの表情を見せたエスティニアンは、ナイフを受け取り懐に収めると口角を上げた。
「これで考える手間が省けた。待たせる時間が少しばかり減ったぞ」
「そいつぁ良かったッァ!」
嬉しそうな声音で出されたロゾル・カットランの返答を聞きながらエスティニアンは踵を返すと、手土産とするものを製作するべくリムサ・ロミンサへと向かった。
竜詩戦争後にイシュガルドから旅立ったエスティニアンは、戦争犠牲者たちへの慰霊を果たし、更に竜の眼の行方を探し出してその最期を見届けた。
その後も国には戻らず人と竜との仲介を目的として各地を巡る日々を過ごしてきたのだが、旅を続ける中で一つ……正確には二つの問題に直面をしていた。
一つは、ニーズヘッグの魔力を帯びた愛槍を一般人に触れさせないよう気を配ること。
これについては、他人と極力関わらず過ごしてきた彼にとってはさしたる問題ではなかったのだが、その先に立ちはだかるもうひとつの問題が難問だった。
いかにエスティニアンの愛槍がニーズヘッグの魔力を帯びているとはいえ、一条の槍という物体であることに変わりはない。
戦いの場で振るい続けていれば僅かずつではあるが耐久度が低下し、それを放置すればいずれ損壊という結末に至る点は他の槍と同様である。
エスティニアンがイシュガルドを出奔してから現在に至るまで、戦闘の頻度こそ激減はしたがゼロではなく、それを経たことにより愛槍が極めて僅かではあるが損耗していることを、彼は日常の手入れをする中で把握してはいた。
しかし、神殿騎士団や竜騎士団の兵舎それぞれに専属の鍛冶師を常駐させ、本格的な修理は全て彼らに任せるという環境が整えられていたイシュガルドで竜詩戦争時代を過ごしてきたエスティニアンは、槍の日常の手入れはできても、本格的な修理をすることはできなかった。
これが、現状では難問となっている二つ目の問題である。
一般人に触れさせてはならないと決めた魔槍・ニーズヘッグを自らの手で本格的な修理ができるようになるまでの高度な鍛冶技術を修得する。
これがつい最近、二つ目の問題を打破するべくエスティニアンが自らに課した、新たな目標であった。
そうと決めたエスティニアンは早速リムサ・ロミンサの鍛冶師ギルドを訪れて事情を大雑把に打ち明けた上で教えを請い、基礎的な技術から学び始めたのだが、しかしどうにも思うように上達ができずにいた。
これは向き不向きや器用不器用の問題ではなく、その原因は彼自身の現在の肩書きにあった。
エスティニアンが蒼の竜騎士の肩書きを返上し国を離れている状態とはいえ、彼の籍は現在もイシュガルドにある。
旅先で時折、依頼された仕事を請け負うという冒険者のような立ち回りはしていたものの、イシュガルド人であるがゆえに、彼の相棒のような正規の冒険者が職人として立ち回る時と同様の恩恵……つまり、軍需品を生産し納品することによる三国いずれかの国の支援を受けることはできず、その結果エスティニアンの鍛冶技術の向上は序盤から難航状態に陥ってしまっていた。
そして、何か良策は無いものかとエスティニアンが相棒たる冒険者に相談を持ちかけたところ紹介をされたのが、高性能飛空艇の建造を目指し、それに必要となる様々な部品をヒトの職人に発注しているエカトル空力団なのであった。
翌朝。
手土産を自作することのできたエスティニアンは、駆け出しの鍛冶師姿ではなく彼本来の姿である竜騎士の甲冑にその身を包み、魔槍・ニーズヘッグを背負った姿でリムサ・ロミンサを出発した。
テレポで辿り着いたフォールゴウドからクルザス中央高地入りを果たし、アドネール占星台の西側の門へと向かう。
竜詩戦争時代に幾度かアドネール占星台を訪れていたエスティニアンだったが、その際は現在とは違い蒼の竜騎士としてドラケンアーマーをフル装備した状態であったためか、門衛を務めるデュランデル家の衛兵やこの地に常駐する者たちには、その外見でのみ記憶される形となっていた。
この日エスティニアンと相対する形となった門衛の騎士も、グリダニア側から訪れた見慣れぬ竜騎士の甲冑を纏った人物が元・蒼の竜騎士だと気付きはしなかったようで、門衛を努めることにより培われた勘で不審者ではないと判断をしたのか誰何はせず目視で彼の姿を検めたのみにとどめ、訪問者が敷地内へと入ることを認めた。
素顔を晒していることが逆に現在のエスティニアンの隠れ蓑になったのは、何とも皮肉なものだ。
現在のエスティニアンは竜の眼盗難事件の時のようなお尋ね者の状態ではないが、竜詩戦争終結後に皇都から忽然と姿を消した元・蒼の竜騎士がイシュガルド管轄下の拠点に現れるということは、相応にセンセーショナルな出来事となる。
そんな騒動を引き起こしたくはなかったエスティニアンは、正体を知られることなく敷地内に足を踏み入れられたことに安堵をし、この地で唯一、彼の素顔を知る者の前へと歩み寄り、そして呼び掛けた。
「挨拶に来るのが遅くなってしまってすまなかった、アルベリク」
突然の愛弟子の訪問に驚きの表情を見せたアルベリクは、直後に柔和な眼差しで彼を見つめて応じた。
「久し振りのクルザスは寒さが堪えるだろう? 茶でも飲んでいくといい」
「ここならば今は人が来ないからな。その方が都合がいいのだろう?」
そう言いながらアルベリクがエスティニアンを招き入れたのは、占星台から見て北側にある建物の二階の部屋だった。
「ああ、助かる」
ごく短い返答をしながら椅子に腰掛けたエスティニアンからは、何からどう話すべきかと思いあぐねている様子がありありと窺えてしまい、アルベリクは茶を淹れながらその目を細める。
「大体のことはアイメリク卿やあの子たちから聞かされているからな。お前の元気そうな姿をこの目で見ることができたのだから、私はそれで満足だよ」
「あの子たち、とは?」
複数形でまとめられた片方が相棒を指すのはわかるが……と、エスティニアンは首を傾げ、茶の入ったカップをテーブルに置きながら対面に座ったアルベリクへと質問を返した。
「もう片方は、はるばる東方の地まで父竜のつがいを探しに行った子竜だ。子竜と関わったのはあれが初めてだったが、なかなか面白い体験をさせて貰ったよ」
「なるほど、あいつが」
脳裏にオーン・カイの姿が浮かんだのか、エスティニアンはその目を一瞬細めながら応じ、アルベリクが差し出したカップを受け取ると茶を一口含み、一息をついた。
そんなエスティニアンの様子を見て、アルベリクもつられたようにその目を細める。
「本当に、見違えるほど良い表情をするようになったものだ。病室を抜け出したのは褒められたものではないが、国を出てから今までの間で、存分にやりたいことができたのだな」
「分かってしまうものなのか」
「ああ、分かるとも。こういうことは、久し振りに逢うと特に、な」
そう言い口角を上げたアルベリクに見据えられたエスティニアンは、勘弁してくれと言わんばかりに頭を掻きながら苦笑をした。
「この槍については、話しておかねばと思ってな」
暫しの沈黙の後、意を決したようにエスティニアンが切り出した。
その言葉を受けたアルベリクは愛弟子の背にある異形の竜槍に視線を送り、眉間に皺を寄せる。
「雲廊での戦いでお前のゲイボルグが変異をしたのだとアイメリク卿から伺ったが、それが……」
言葉を途切れさせたアルベリクを瞳に映したエスティニアンは、静かに頷く。
「……なるほど。確かに、ニーズヘッグの魔力が感じられる」
「これも分かったか」
「無論だ。遠い過去のこととはいえ、私もこの身に竜の力を廻らせたことがあるのだからな」
アルベリクは頷きながら自らのカップに手を伸ばすと、冷め始めた茶でその喉を潤した。
「ここには、挨拶の他にも目的があって来たんだ」
エスティニアンはそう言い懐から布に包まれた細長い物を取り出すと、それをアルベリクに差し出した。
「大したものじゃないんだが、受け取って欲しい」
身内も同然の相手にとはいえ人に贈る物を綿布の切れ端で無造作に包むとは、いかにもエスティニアンらしい。
そう思いながら微笑を浮かべたアルベリクは、包みの中の物を検めると目を見張った。
「これは……お前が作ったのか」
アルベリクが驚きながら手の内でさまざまに見る角度を変え、余すところなくその目に焼き付けたもの。
それは、駆け出しの鍛冶師・エスティニアンの銘が刻まれた、ハイクォリティー品のクリナリーナイフだった。
「東方でファウネム……白竜ヴェズルフェルニルのつがいを鎮めた時のように、これからもこの槍を時折振るうことになるかと思うんだが、ではこの先誰がこいつの修理をするんだ? と、ふと考えてしまってな」
「なるほど、修理を自分自身ですると決めたのか。賢明な判断だ。その槍は、竜の眼と同様の扱いをするべきだからな」
頷きながらのアルベリクの言にエスティニアンは安堵の表情となり、話を続けた。
「鍛冶師の修行をするにあたって役に立つ、と、相棒からイクサル族の工房を紹介されて、このところはそこからの依頼を受けていたんだが、今回請け負った仕事の道具として、こいつを……」
そう言いながらエスティニアンがもうひとつ懐から取り出したのは、ロゾル・カットランから預かった毛刈りナイフだった。
「これを渡された途端、昔の……ファーンデールでのことを思い出してな。羊の毛刈りを手伝える歳になった時に両親から、祝いの品として毛刈りナイフを貰ったんだ。贈られて嬉しかった物なら贈っても構わんだろう、と。まあ、そんな単純な発想で、今の俺が作れるものの中からナイフを選んでみた訳だ」
ぽつりぽつりと照れくさそうに語るその姿は長じてからのエスティニアンが初めて見せたものであったため、アルベリクは心底嬉しそうにその顔を綻ばせた。
「その話しぶりでは、ご両親が毛刈りナイフに込めた意味は知らずにここまできてしまったようだな」
「何か特別な意味があるものなのか? 貰ってすぐに毛刈りを手伝い始めたから、専用のナイフを与えられたのだと思っていたんだが」
「ああ、そのような家庭の事情もあったのだろうがな」
首を傾げるエスティニアンを見ながらアルベリクは楽しそうに笑うと、話を続けた。
「贈り物にされたナイフには、運命や未来を切り拓くという意味があるのだよ。その他には、魔除けの意味もある。毛刈りの仕事を手伝えるまでに成長した息子へ、ご両親はその意味を込めて毛刈りナイフを贈ったのだろう」
「……なるほど、あのナイフには、そんな意味があったのか」
アルベリクの説明に納得をした風情でエスティニアンは手の中にある毛刈りナイフを改めて見つめ、そして目を伏せた。
──その瞼の裏には、両親の姿が甦ったのだろうか。
「では、後付けになるが、それは魔除けの意味で贈ったことにでもさせてもらおうか」
ゆっくりと目を開きニヤリと笑いながらエスティニアンは言い、それを受け止めたアルベリクも同様に笑う。
「いや。これはお前が新しい運命を切り拓く決意をした証として受け取らせてもらうよ、エスティニアン」
驚きの表情となったエスティニアンを見て再び笑ったアルベリクは、自らの茶を一気に飲み干すと話を続けた。
「ここで長話をして依頼を待たせてしまうのも悪いだろう。そろそろ仕事をしに行くといい」
「ああ、そうさせて貰おう」
アルベリクに遅れて茶を飲み干したエスティニアンは、立ち上がり扉に向かいかけた所で振り向き、言った。
「そのナイフの修理はしないからな。刃こぼれをしたら処分してくれ」
「分かっているよ。刃こぼれをする前に、これより頑丈な物を持ってくるのだろう」
「……バレたか」
再びニヤリと笑いながらそう言い部屋を出てゆくエスティニアンと、その背にある魔槍を、アルベリクは笑顔で見送った。
~ 完 ~
初出/2018年11月6日 pixiv
グリダニア領フォールゴウドの程近くにあるゲルモラ遺跡付近を占拠しているイクサル族の集団が「エカトル空力団のシマ」と主張をしている場で、そこの財務を取り仕切っているロゾル・カットランから初めて請け負う仕事の内容を聞いたエスティニアンは、イクサル族の目線でも判別できるほどに愕然とした表情を浮かべ、思わず反射的に聞き返してしまっていた。
「ですからッァ、製作に必要な設備と材料はアドネール占星台で……んあッン? ひょっとして、ご存知ない場所でございましたかッァ? あるいは、ワイルドダイルがとても苦手でいらしたりッィ?」
ロゾル・カットランは繰り返そうとした説明を中断すると、想定できる懸念材料を列挙しエスティニアンに問い返すことで問題解決の糸口を探ろうとした。
「……いや、すまん。どちらも大丈夫だ」
「そうですかッァ。そのわりに驚いたカオになったままですが、お願いしても構わないんですかねッェ?」
ロゾル・カットランは今まで製作依頼をしてきたエカトル空力団のメンバーと比較をすると、語り口の勢いこそ変わらないが操る言葉は極めて温厚で、現在は彼が作業をする壇上から見おろされている状況ではあるが、その状態でもなお腰が低い印象すらある。
今しがたのやり取りが他の者を相手にしてのものであれば、聞き返した途端に「その長い耳は飾りか? 聞こえんようなら穴をかっぽじってやろうか?」などといった罵倒紛いの応対をされていたであろうから、この依頼がこいつからのもので良かった、と、エスティニアンは心底思っていた。
「実は、旧知の者がアドネール占星台に居るのさ。随分と長い間音信不通にしてしまったもんで、どの面を下げて行けばいいのだろうかと思っちまってな」
「さようでッェ! 私はてっきりあんさんの古傷にでも触ってしまったかと焦りましたよッォ」
古傷には初撃でクリティカルヒットを喰らったし、今の言葉で追い打ちをかけられたのだがな、とエスティニアンは苦笑をしたが、ロゾル・カットランはそれには気付かぬ様子で話を続けた。
「久しぶりに会うってんなら、そのヒトはあんさんが職人修行を始めたってのを知らない訳でしょう? ここはひとつ、腕によりをかけて何か手土産を作るってのはどうですかッァ。職人の面を下げて行くって寸法でさッァ!」
想定外の提案にエスティニアンは驚き、珍しくその目を丸くした。
「ほう、なるほどな。とはいえ、俺は手土産となるような気の利いた品なんぞはまだ作れんのだが」
そんな溜め息混じりなエスティニアンの話を聞いたロゾル・カットランは、指を立てて横に数回扇状に振り、続けて頭を横に振ると言った。
「わかっておられませんなッァ! そういったモンは、気が利くだなんてのは二の次って相場が決まってるんですわッァ。あんさんの手で作られたってことにこそ、値打ちがあるって話でしょうがよッォ!」
「フッ、そういうものか」
蛮族に説教をされるとは……と、再び苦笑しつつもようやく納得をした様子のエスティニアンを見たロゾル・カットランは満足をしたのか、豪快に笑い飛ばしてから依頼を確定させるべく話を続けた。
「では、よろしくお願いしますッゥ!」
「わかった。まず手土産をどうするか考えねばならんから依頼を少し待たせる形となってしまうが、構わんか?」
「そこんとこは気にせんで下さいよッォ! あんさんにはこれから何度もアドネール占星台へ行ってもらうことになりますから、まずはしっかりと足場を固めてきて下さいッィ!」
「ああ、そうさせて貰おう。色々と助言をありがとうよ」
「仕事を頼む側が礼を言われるってのも妙なもんですなあ……とッォ、こっちの話に夢中になって、肝心のブツを渡し損なうところでしたわッァ!」
ロゾル・カットランは笑いながらそう言い頭を掻くと、奥に積まれた荷を漁って取り出したものをエスティニアンに差し出した。
「ワイルドダイルの剛毛は、こいつを使って刈り取って下さいッィ!」
その毛刈りナイフを目の当たりにした瞬間、驚きの表情を見せたエスティニアンは、ナイフを受け取り懐に収めると口角を上げた。
「これで考える手間が省けた。待たせる時間が少しばかり減ったぞ」
「そいつぁ良かったッァ!」
嬉しそうな声音で出されたロゾル・カットランの返答を聞きながらエスティニアンは踵を返すと、手土産とするものを製作するべくリムサ・ロミンサへと向かった。
竜詩戦争後にイシュガルドから旅立ったエスティニアンは、戦争犠牲者たちへの慰霊を果たし、更に竜の眼の行方を探し出してその最期を見届けた。
その後も国には戻らず人と竜との仲介を目的として各地を巡る日々を過ごしてきたのだが、旅を続ける中で一つ……正確には二つの問題に直面をしていた。
一つは、ニーズヘッグの魔力を帯びた愛槍を一般人に触れさせないよう気を配ること。
これについては、他人と極力関わらず過ごしてきた彼にとってはさしたる問題ではなかったのだが、その先に立ちはだかるもうひとつの問題が難問だった。
いかにエスティニアンの愛槍がニーズヘッグの魔力を帯びているとはいえ、一条の槍という物体であることに変わりはない。
戦いの場で振るい続けていれば僅かずつではあるが耐久度が低下し、それを放置すればいずれ損壊という結末に至る点は他の槍と同様である。
エスティニアンがイシュガルドを出奔してから現在に至るまで、戦闘の頻度こそ激減はしたがゼロではなく、それを経たことにより愛槍が極めて僅かではあるが損耗していることを、彼は日常の手入れをする中で把握してはいた。
しかし、神殿騎士団や竜騎士団の兵舎それぞれに専属の鍛冶師を常駐させ、本格的な修理は全て彼らに任せるという環境が整えられていたイシュガルドで竜詩戦争時代を過ごしてきたエスティニアンは、槍の日常の手入れはできても、本格的な修理をすることはできなかった。
これが、現状では難問となっている二つ目の問題である。
一般人に触れさせてはならないと決めた魔槍・ニーズヘッグを自らの手で本格的な修理ができるようになるまでの高度な鍛冶技術を修得する。
これがつい最近、二つ目の問題を打破するべくエスティニアンが自らに課した、新たな目標であった。
そうと決めたエスティニアンは早速リムサ・ロミンサの鍛冶師ギルドを訪れて事情を大雑把に打ち明けた上で教えを請い、基礎的な技術から学び始めたのだが、しかしどうにも思うように上達ができずにいた。
これは向き不向きや器用不器用の問題ではなく、その原因は彼自身の現在の肩書きにあった。
エスティニアンが蒼の竜騎士の肩書きを返上し国を離れている状態とはいえ、彼の籍は現在もイシュガルドにある。
旅先で時折、依頼された仕事を請け負うという冒険者のような立ち回りはしていたものの、イシュガルド人であるがゆえに、彼の相棒のような正規の冒険者が職人として立ち回る時と同様の恩恵……つまり、軍需品を生産し納品することによる三国いずれかの国の支援を受けることはできず、その結果エスティニアンの鍛冶技術の向上は序盤から難航状態に陥ってしまっていた。
そして、何か良策は無いものかとエスティニアンが相棒たる冒険者に相談を持ちかけたところ紹介をされたのが、高性能飛空艇の建造を目指し、それに必要となる様々な部品をヒトの職人に発注しているエカトル空力団なのであった。
翌朝。
手土産を自作することのできたエスティニアンは、駆け出しの鍛冶師姿ではなく彼本来の姿である竜騎士の甲冑にその身を包み、魔槍・ニーズヘッグを背負った姿でリムサ・ロミンサを出発した。
テレポで辿り着いたフォールゴウドからクルザス中央高地入りを果たし、アドネール占星台の西側の門へと向かう。
竜詩戦争時代に幾度かアドネール占星台を訪れていたエスティニアンだったが、その際は現在とは違い蒼の竜騎士としてドラケンアーマーをフル装備した状態であったためか、門衛を務めるデュランデル家の衛兵やこの地に常駐する者たちには、その外見でのみ記憶される形となっていた。
この日エスティニアンと相対する形となった門衛の騎士も、グリダニア側から訪れた見慣れぬ竜騎士の甲冑を纏った人物が元・蒼の竜騎士だと気付きはしなかったようで、門衛を努めることにより培われた勘で不審者ではないと判断をしたのか誰何はせず目視で彼の姿を検めたのみにとどめ、訪問者が敷地内へと入ることを認めた。
素顔を晒していることが逆に現在のエスティニアンの隠れ蓑になったのは、何とも皮肉なものだ。
現在のエスティニアンは竜の眼盗難事件の時のようなお尋ね者の状態ではないが、竜詩戦争終結後に皇都から忽然と姿を消した元・蒼の竜騎士がイシュガルド管轄下の拠点に現れるということは、相応にセンセーショナルな出来事となる。
そんな騒動を引き起こしたくはなかったエスティニアンは、正体を知られることなく敷地内に足を踏み入れられたことに安堵をし、この地で唯一、彼の素顔を知る者の前へと歩み寄り、そして呼び掛けた。
「挨拶に来るのが遅くなってしまってすまなかった、アルベリク」
突然の愛弟子の訪問に驚きの表情を見せたアルベリクは、直後に柔和な眼差しで彼を見つめて応じた。
「久し振りのクルザスは寒さが堪えるだろう? 茶でも飲んでいくといい」
「ここならば今は人が来ないからな。その方が都合がいいのだろう?」
そう言いながらアルベリクがエスティニアンを招き入れたのは、占星台から見て北側にある建物の二階の部屋だった。
「ああ、助かる」
ごく短い返答をしながら椅子に腰掛けたエスティニアンからは、何からどう話すべきかと思いあぐねている様子がありありと窺えてしまい、アルベリクは茶を淹れながらその目を細める。
「大体のことはアイメリク卿やあの子たちから聞かされているからな。お前の元気そうな姿をこの目で見ることができたのだから、私はそれで満足だよ」
「あの子たち、とは?」
複数形でまとめられた片方が相棒を指すのはわかるが……と、エスティニアンは首を傾げ、茶の入ったカップをテーブルに置きながら対面に座ったアルベリクへと質問を返した。
「もう片方は、はるばる東方の地まで父竜のつがいを探しに行った子竜だ。子竜と関わったのはあれが初めてだったが、なかなか面白い体験をさせて貰ったよ」
「なるほど、あいつが」
脳裏にオーン・カイの姿が浮かんだのか、エスティニアンはその目を一瞬細めながら応じ、アルベリクが差し出したカップを受け取ると茶を一口含み、一息をついた。
そんなエスティニアンの様子を見て、アルベリクもつられたようにその目を細める。
「本当に、見違えるほど良い表情をするようになったものだ。病室を抜け出したのは褒められたものではないが、国を出てから今までの間で、存分にやりたいことができたのだな」
「分かってしまうものなのか」
「ああ、分かるとも。こういうことは、久し振りに逢うと特に、な」
そう言い口角を上げたアルベリクに見据えられたエスティニアンは、勘弁してくれと言わんばかりに頭を掻きながら苦笑をした。
「この槍については、話しておかねばと思ってな」
暫しの沈黙の後、意を決したようにエスティニアンが切り出した。
その言葉を受けたアルベリクは愛弟子の背にある異形の竜槍に視線を送り、眉間に皺を寄せる。
「雲廊での戦いでお前のゲイボルグが変異をしたのだとアイメリク卿から伺ったが、それが……」
言葉を途切れさせたアルベリクを瞳に映したエスティニアンは、静かに頷く。
「……なるほど。確かに、ニーズヘッグの魔力が感じられる」
「これも分かったか」
「無論だ。遠い過去のこととはいえ、私もこの身に竜の力を廻らせたことがあるのだからな」
アルベリクは頷きながら自らのカップに手を伸ばすと、冷め始めた茶でその喉を潤した。
「ここには、挨拶の他にも目的があって来たんだ」
エスティニアンはそう言い懐から布に包まれた細長い物を取り出すと、それをアルベリクに差し出した。
「大したものじゃないんだが、受け取って欲しい」
身内も同然の相手にとはいえ人に贈る物を綿布の切れ端で無造作に包むとは、いかにもエスティニアンらしい。
そう思いながら微笑を浮かべたアルベリクは、包みの中の物を検めると目を見張った。
「これは……お前が作ったのか」
アルベリクが驚きながら手の内でさまざまに見る角度を変え、余すところなくその目に焼き付けたもの。
それは、駆け出しの鍛冶師・エスティニアンの銘が刻まれた、ハイクォリティー品のクリナリーナイフだった。
「東方でファウネム……白竜ヴェズルフェルニルのつがいを鎮めた時のように、これからもこの槍を時折振るうことになるかと思うんだが、ではこの先誰がこいつの修理をするんだ? と、ふと考えてしまってな」
「なるほど、修理を自分自身ですると決めたのか。賢明な判断だ。その槍は、竜の眼と同様の扱いをするべきだからな」
頷きながらのアルベリクの言にエスティニアンは安堵の表情となり、話を続けた。
「鍛冶師の修行をするにあたって役に立つ、と、相棒からイクサル族の工房を紹介されて、このところはそこからの依頼を受けていたんだが、今回請け負った仕事の道具として、こいつを……」
そう言いながらエスティニアンがもうひとつ懐から取り出したのは、ロゾル・カットランから預かった毛刈りナイフだった。
「これを渡された途端、昔の……ファーンデールでのことを思い出してな。羊の毛刈りを手伝える歳になった時に両親から、祝いの品として毛刈りナイフを貰ったんだ。贈られて嬉しかった物なら贈っても構わんだろう、と。まあ、そんな単純な発想で、今の俺が作れるものの中からナイフを選んでみた訳だ」
ぽつりぽつりと照れくさそうに語るその姿は長じてからのエスティニアンが初めて見せたものであったため、アルベリクは心底嬉しそうにその顔を綻ばせた。
「その話しぶりでは、ご両親が毛刈りナイフに込めた意味は知らずにここまできてしまったようだな」
「何か特別な意味があるものなのか? 貰ってすぐに毛刈りを手伝い始めたから、専用のナイフを与えられたのだと思っていたんだが」
「ああ、そのような家庭の事情もあったのだろうがな」
首を傾げるエスティニアンを見ながらアルベリクは楽しそうに笑うと、話を続けた。
「贈り物にされたナイフには、運命や未来を切り拓くという意味があるのだよ。その他には、魔除けの意味もある。毛刈りの仕事を手伝えるまでに成長した息子へ、ご両親はその意味を込めて毛刈りナイフを贈ったのだろう」
「……なるほど、あのナイフには、そんな意味があったのか」
アルベリクの説明に納得をした風情でエスティニアンは手の中にある毛刈りナイフを改めて見つめ、そして目を伏せた。
──その瞼の裏には、両親の姿が甦ったのだろうか。
「では、後付けになるが、それは魔除けの意味で贈ったことにでもさせてもらおうか」
ゆっくりと目を開きニヤリと笑いながらエスティニアンは言い、それを受け止めたアルベリクも同様に笑う。
「いや。これはお前が新しい運命を切り拓く決意をした証として受け取らせてもらうよ、エスティニアン」
驚きの表情となったエスティニアンを見て再び笑ったアルベリクは、自らの茶を一気に飲み干すと話を続けた。
「ここで長話をして依頼を待たせてしまうのも悪いだろう。そろそろ仕事をしに行くといい」
「ああ、そうさせて貰おう」
アルベリクに遅れて茶を飲み干したエスティニアンは、立ち上がり扉に向かいかけた所で振り向き、言った。
「そのナイフの修理はしないからな。刃こぼれをしたら処分してくれ」
「分かっているよ。刃こぼれをする前に、これより頑丈な物を持ってくるのだろう」
「……バレたか」
再びニヤリと笑いながらそう言い部屋を出てゆくエスティニアンと、その背にある魔槍を、アルベリクは笑顔で見送った。
~ 完 ~
初出/2018年11月6日 pixiv
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