森都騒乱

 エオルゼアの三国都市内に守護天節の装飾が施され、各地の菓子職人が多忙な日々を過ごし始めたとある日、エスティニアンは黒衣森のフォールゴウドに足を踏み入れていた。
 イシュガルドを離れ、竜詩戦争の犠牲者たちへの追悼を目的に各地を巡り終えた後に引き続き放浪の旅を続けている彼には長期的な目標がひとつあり、それについての相談を相棒たる冒険者に持ちかけたところ、彼女から待ち合わせ場所として指定をされたのがこの地であったのだ。

 浮かぶコルク亭の一室を確保し、到着した旨の一報を冒険者に入れ終えたエスティニアンは、クローゼットに荷を納めてからベッドへ腰を下ろすとおもむろに横たわり、寝心地をその背で確認する。
「なるほど、これは確かにけしからんな」
 受付カウンターで耳にした、商人と思しきララフェル族の先客が言い放っていた謎の憤慨に首を傾げていたエスティニアンは、これは刈り終えた羊の毛を詰め込んだ袋の山にダイブをした時の感触に似ているな、という第一印象を抱き、鼻で笑いながら先客の言を全面的に肯定した。
 次いで彼の脳裏を過ぎったのは、このベッドに相棒を沈めればいつも以上に夢心地となれるであろう、といったものだったのだが、直後、いかに彼女がこの部屋を訪れる予定になっているとはいえ、逢瀬を目的として連絡を取り合ったわけではなかろうに、と、苦笑をしながら、その発想はとりあえず優先順位を下げることとした。

 そんな諸々の雑念を枕元へと置き去りにしたエスティニアンが気を取り直して二人分の茶を淹れている最中に、ツインシルク・サスペンダーシャツとクロップドパンツ姿の冒険者が部屋を訪れた。
「お久し振り。へぇ……噂通りに上等な部屋ね」
 冒険者は再会の挨拶もそこそこに部屋中をくまなく見回し、その印象を口走った。
「なんだ、ここに泊まったことはなかったのか」
「ここは少し走ればグリダニアだから、来ても日帰りばかりだったのよ」
 エスティニアンは部屋の片隅に設えられたテーブルへとティーカップを持ち運びながら、両手が塞がっているために視線と顎を使って相棒へ、そこに座れと指し示す。
「エスティニアンにお茶を出してもらえるだなんて、何か起きなければいいけど」
「チッ、人聞きの悪い……」
 悪びれもせずクスクスと笑いながら座る冒険者を一瞥したエスティニアンは無造作にティーカップを彼女の前に置き、次いで自身が座る側へと置くと、しかし席には着かずクローゼットへとその足を向けた。
 エスティニアンがクローゼットから持ち出したのは、魔槍・ニーズヘッグである。

 その特異な形状を目の当たりにした冒険者の背筋には緊張が走り、結果、彼女の視線は途端に厳しいものとなった。
「そこで、私の肩くらいの高さで真横にして持っていて」
「ああ」
 冒険者はエスティニアンに希望を述べると立ち上がり、それに応じたエスティニアンが真横に構える魔槍を石突きの側から柄、穂先へと、彼の前をゆっくりと移動しながら丹念に目視検査をした。
 特に穂先は、エスティニアンと正対をする状態でくまなく確認をした後に回り込んで彼と同じ側に立ち、それまで裏となっていた側も同様の時間をかけてじっくりと検分を続ける。
「……うん、だいたい分かったかな」
 エスティニアンに視線を送り頷きながらそう言った冒険者は茶の置かれたテーブルの側へと戻り、エスティニアンは魔槍を再びクローゼットへと納めると、彼女から寸刻遅れて自らの茶の前に座った。
「耐久度は90%をやや下回っている、ってところかしら。合ってる?」
「87%だ。さすがは一流の鍛冶師と言うべきか」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄だわ」
 目視のみで推測をした数値の誤差が許容差の範囲内に収まったのか、冒険者は満足げに応じると茶を口にして一息をついた。

「雲廊の時を仮に100%として、あの戦いを含めて今日に至るまでで13%の消耗なら、ニーズヘッグの魔力であの形に変異をした時点でとてつもなく頑丈な造りになったと考えていいと思うの。だから、しばらくの間は穂先の汚れを拭き取って油を塗るという、日常の手入れだけで大丈夫よ」
「そうか」
 冒険者は、安堵の表情で息を吐きながら一言を返したエスティニアンを見つめて頷くと話を続けた。
「この先の消耗がどのくらいのペースで進むかは未知数だけど、もう雲廊の時ほどの過酷な戦い方はそうそうしないでしょうし、地道に鍛冶の技術を身に付けていけば、耐久度がゼロになる前に自分で修理できるようになれるはずだわ」

 現在のエスティニアンが抱える長期的な目標とは、ニーズヘッグの魔力を帯びた愛槍を自らの手で修理ができるようになるまでの高度な鍛冶技術を身に付ける、というものだった。

 ニーズヘッグの魔力にヒトが触れるということがどれほどの危険を伴うものであるかをエスティニアンはその身をもって痛感し、誰よりも理解している。
 それ故にこの愛槍を他人には触れさせないよう気を配ってきたエスティニアンであったのだが、そんな彼は竜詩戦争時代、神殿騎士となってから蒼の竜騎士の地位に至るまで、戦闘に専念をするという理由で、武具の修理となると騎士団専属の鍛冶師に全てを任せるという環境下に置かれていた。
 つまりエスティニアンは現在まで一度も自分で槍の修理をしたことはおろか、修理をする技術そのものを持ち合わせていなかったのである。
 そして愛槍を他人に触れさせないということはつまり、街頭で武具の修理業を営む者に修理依頼をすることが叶わないという事態でもあった。
 要するにエスティニアンの眼前には、今まで気にも留めなかった事柄が思わぬ弱点というものに形を変えて立ちはだかることとなってしまっていたのだった。

「地道に……か」
 冒険者の意見を受けたエスティニアンは深々と溜め息を吐き、次いでその頭をゆっくりと横に振った。
 彼らしからぬその様子からは、現状では思うように鍛冶技術の向上が図れていないということがありありと見て取れてしまい、冒険者は珍しく同情の眼差しをエスティニアンへと向ける。
「私なんかはグランドカンパニーから指定された物品を製作して納品をすることで技術向上の後押しが得られるんだけど、エスティニアンは三国どこかのグランドカンパニーに所属するわけにはいかないものね」
「なるほどな。三国お抱えの冒険者にはそのような支援があるというわけか」
「ええ。その恩恵を受けられない状態で鍛冶師の修行を続けるのは、さすがに辛いと思うわ」
 冒険者はそう語りながらポケットを探り、取り出した地図の南をエスティニアンに向けて広げた。
 その地図の内容をエスティニアンはざっくりと検めてから冒険者を見つめる。
「これは、北部森林の地図か」
「そうよ。ここが今いるフォールゴウドで、グリダニアはこちら。この一帯はプラウドクリークと呼ばれているわ」

 先程までの鍛冶の技術向上についての話題と目の前の地図で各地を指し示しながらの説明との間に何の関連性も見いだすことができずにいたエスティニアンだったが、この状況で相棒が無意味なことなどをするはずもない点は確信をしていた。
「ふむ。それで?」
 鍛冶や冒険者稼業については彼女と先輩後輩の立場が逆転をしているので、無駄となるであろう質問をエスティニアンは茶とともに飲み込み、冒険者に話の続きを促す。
「プラウドクリークには、クルザス中央高地でも幅を利かせているイクサル族の戦闘部隊がところどころに陣を構えているんだけどね。その中で、ここ」
 そう言いながら冒険者はフォールゴウドから見て北東方面にある、地図上に表された形状からは風隙であろうかと推察できる小径の上で指を止めた。
「ここに集まっているイクサル族はエカトル空力団を名乗っているの。他の部隊とは違って戦闘には関わらないで高性能の飛空艇造りを目指している、言ってしまえば変わり者の集団でね」
「お、おう」
 まるで予想外の展開を見せた冒険者の話に、エスティニアンは不覚にも戸惑いながら応じる形となってしまう。
「で、高性能を目指すがゆえに彼らだけではどうしても調達できない部分があって、冒険者に様々な部品の製作依頼をしてくるの。それを請け負うことがこちらの技術向上にも繋がるから、彼らに協力してみたらどうかな、って思ったのよ」
「なるほど。そこならばグランドカンパニーと関わりが無くとも、互いの利害が一致するというわけだな」
 ようやく彼女の話の全容を把握することのできたエスティニアンは満足げな表情となって頷くと、今度は茶だけをその喉に流し込んだ。
「彼らの言葉遣いは独特で常に喧嘩腰な印象があるけど、そういうものだと割り切ってグナース族と取り引きをした時のような感じで接すれば大丈夫だと思う……ごめん、ちょっと待って」
 冒険者は突然話を中断すると、緊急連絡と思しきリンクパール通信に対応を始めた。

「私です。はい……何ですって!? はい、なるほど。わかりました、すぐに向かいます」

 すぐに向かう、と目の前で彼女が通信先に向けて断言をした以上、テーブルの上に展開した進行中の案件は問答無用で後回しにされてしまったと判断をせざるを得ない。
 とはいえ、今しがたのエカトル空力団とやらについての説明はあらかた出尽くした形となっているであろうことは想像に難くないので、その情報をもたらしてくれた彼女への返礼の意味合いを込め、エスティニアンは冒険者に伺いを立てることとした。
「……急ぎの仕事か? 俺に手伝えるものならば手を貸すが」
「グリダニアで守護天節の喧騒に紛れて市民に行方不明者が出てしまったんですって。探す人数は多いほうがいいから、一緒に来てちょうだい」
 エスティニアンの問いに答えるが早いか、冒険者は彼を巻き込む形でテレポを詠唱した。


 事件現場の廃屋敷へと駆けつけた紅の竜騎士二人が捜索にあたったことで行方不明者は即座に発見され、現地で同行した協力者が懸念をした大惨事には至ることなく事件は解決した。

「あの子、思いのほか肝が据わっていたわね。あの様子なら、この事件が原因で悪夢を見たりなんかはしなさそうだわ」
「ああ、そうだな。だが、カボチャに姿を変えられてしまう呪いの被害が一般市民に及んでしまっていた点は、下級妖異の仕業とはいえ軽視するわけにはいかんだろう」
「そうね。そこはきっちりと冒険者ギルドに報告をしておかないと」
「捜索願が出されていた者以外にも行方不明者が出ていた点もな。それにしても……」

 仮装パーティーの会場にされた廃屋敷の大広間で冒険者と共に事件の一部始終を振り返っていたエスティニアンは、話を中断すると周囲を見回し、苦虫を噛み潰したような表情となった。
「いかに祭典の趣向とはいえ、この光景は俺には悪趣味としか思えんぞ」
「捜索の時に使わされたスキンチェンジャーの応用だけど、さすがにこれは、エスティニアンにはきついわよね」
 冒険者はそう言いながらエスティニアンを見上げ、この日二度目となる同情の眼差しを彼に送る。
 そんな彼らの視線の先では、エオルゼア都市軍事同盟の重鎮たちなどの姿をスキンチェンジャーで投影された仮装パーティーの参加者たちが、思い思いの時を過ごす光景が繰り広げられていた。
 その仮装の選択肢には当然、エスティニアンの親友であるアイメリクの姿も含められている。
 山都イシュガルドの新たな指導者としてエオルゼア三都市民に広く知られることとなったアイメリクは、眉目秀麗な容姿と蒼天を彷彿とさせる独特のサーコートが人気を博しているようで、その姿は明らかに他の著名人よりも多く仮装の対象として選ばれていた。

「……これでは、俺が悪夢を見てしまいそうだ」

 盛大に溜め息を吐きながらそう呟くエスティニアンの眼前では夥しい数のアイメリクが、よりにもよってあり得ない行動ばかりを取っているのだ。
 アイメリクの姿で同行者を散々撫で回した後に抱き合ったり投げキッスを贈りあったりするのは、仮装パーティー参加者の間では最早定番とされているのだろう。
 その定番の組み合わせを、幻術皇の姿に仮装をした参加者に対して行うさまを目の当たりにすることは、幻術皇と面識のあるエスティニアンには特に厳しいものがあり、そのあまりの光景に彼は眩暈すら覚えているようだった。
 その他には、同行者のリクエストに応える形なのか、歌姫がステージ上で歌と共に披露する踊りを真似る姿や、拗ねたり、果ては土下座をするアイメリクまでもが容赦なく彼の視界に飛び込んでくる始末だ。

「偽者だと分かってはいても……」
 途方に暮れた様子で目を伏せ、頭髪を掻き回しながら呟いたエスティニアンの長耳が微かに動き、その直後に話を中断した彼は突如イルーシブジャンプを使って冒険者の傍らから屋敷の地下室方面に向かう扉の側へと瞬時に移動をし、その先の廊下に姿を隠してしまった。
「ちょ! いきなりどうしたの!?」
 その挙動に驚き、エスティニアンが飛び去った方向へと駆け出そうとした冒険者に背後から、微かな笑いを含んだ予期せぬ声が掛けられた。
「やはり、足音で気付かれてしまったか」
「えっ……?」
 聞き覚えのある声に振り向いた冒険者の目に飛び込んできたのは、これもまたアイメリクではあったのだが、ゆっくりと彼女の側へと歩み寄ってくるその姿の左腰には、仮装では存在しない蒼剣・ネイリングが揺れている。
「あ、本物……」
 呆然とする冒険者に向けて本物のアイメリクは、その身に染み付いているのであろう見事なまでに貴公子然とした一礼をした。

「全く、パーティーの会場で同伴の女性を他の男の前に置き去りにするとはな」
 アイメリクは冒険者の前で意地の悪い笑みを見せながらそう言い放つと、次にエスティニアンが飛び去った奥の扉の側へと視線を送りながら話を続けた。
「聴こえているのだろう? こちらに戻ってこなければ、私が彼女をエスコートしてしまうぞ。それでも構わんのか?」
 その声音には、扉の向こう側に未だエスティニアンが息を潜めていることを確信している響きが含まれており、話し終えたアイメリクは目を伏せて、その神経を聴覚へと集中させているようだった。
 暫しの後、目を伏せたまま苦笑をしたアイメリクは、その状態で今度は冒険者に向けて口を開いた。
「勝手にしろ、だそうだ」
 そう言ってから目を開いたアイメリクの蒼い瞳に映り込んだのは今もなお呆然とする冒険者の表情であったため、彼はそれまでの苦笑を微笑へと変えると、改めて彼女を見おろした。
「では、お手をどうぞ」
 呼び掛けと共に目の前に恭しく差し出されたアイメリクの右手と微笑する彼の顔とを数回、呆然とした表情のまま視線を行き来させた冒険者は、その視線の終着点を彼の顔に定めると肩を竦めた後に苦笑混じりの微笑みを返し、自らの右手を彼に預けた。


「グリダニアではイールパイが絶品だとの噂を耳にしたのだが、どの店で味わえるのだろうか?」
 エスティニアンを置き去りにして廃屋敷から市街地へと戻った二人の会話は、アイメリクのこの質問から再開された。
「それは多分、ミューヌさんお手製のものですね。パイといってもスイーツではありませんけど、構わないんですか?」
 そう応じる冒険者の足は既にカーラインカフェの方面に軌道修正をされ、山都からの訪問者であるアイメリクの先導をする形となっていた。
「もちろんだとも。イールパイを堪能した後にスイーツを戴くという、二重の楽しみ方ができそうだな。スイーツでも何かお奨めの品があるだろうか?」
 左手側に革細工師ギルドを望む橋を渡り、他愛の無い内容の会話を交わしながら木洩れ日の下で歩を進めるアイメリクの姿を認めた市民は皆一様に驚きの表情を見せ、傍らに雑談のできる相手が居た場合は「仮装を施したまま仮装パーティー会場の外に出られるのか?」などといった、首を傾げながらのやり取りを交わしていた。
「今だとパンプキンケーキが出回ってますね。お菓子の職人さんたちがここぞとばかりに腕を振るってますから、味は折り紙つきですよ。……あっ、ちょっと待って下さい」
 冒険者はアイメリクに断りを入れると道の端に立ち止まり、リンクパール通信に対応を始めた。

「今? これから食事をしてくるわ。……うん。あ、早速行ってみるのね。え? 伝言? ……ふふっ、了解。それについては私も賛成よ。じゃ、くれぐれも喧嘩にならないよう気をつけて」

 冒険者の傍らで守護天節の装飾が施された森都の風景を眺めながら待っていたアイメリクは、通信を終えた彼女に視線を送り言った。
「エスティニアンからだな。私に伝言とは?」
「ええ」
 冒険者は頷くとアイメリクの正面に立ち、改めて彼を見上げながら話を続けた。
「帰国の際にはフォールゴウドに立ち寄って、浮かぶコルク亭に一泊してみろ、だそうです」
「ふむ。その真意はどのようなものなのだろう?」
 腕を組み思案をするアイメリクを見た冒険者は、クスクスと笑いながら応じる。
「さあ? 泊まってみれば判ると思いますよ。私から補足をすると、エスティニアンはこれからのイシュガルドのことを考えてくれている、って感じですね」
「なるほど。ヤツが唯一相棒と認めた君がそう言うのならば、そうなのだろうな。では、予定を調整して立ち寄ることとしようか」
 穏やかな眼差しで頷くアイメリクを見上げた冒険者は、改めて彼に笑みを見せる。

「それじゃ、行きましょうか」
 新市街に入った冒険者とアイメリクはエーテライト・プラザを通過し短い急坂を下ると、門燈に守護天節のタペストリーが掛けられたカーラインカフェを訪れた。

    ~ 完 ~

   初出/2018年10月28日 pixiv&Privatter
   『第30回FF14光の戦士NLお題企画』の『守護天節』参加作品
1/1ページ
    スキ