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注文の多い竜騎士

 常夏のリゾート地、コスタ・デル・ソル。
 そこで毎年恒例の行事となっている紅蓮祭に、光の戦士は一人で訪れていた。
 彼女がここを訪れた主な目的は、紅蓮祭で発表され、その会場でのみ手に入れることができる、最新デザインの水着の確保だった。
 光の戦士としてエオルゼア中の戦場を駆け巡る日々を送る冒険者とて、その武装を解けば一人の女性であり、人並み程度には流行を追いかける性分を持ち合わせていたからだ。

 話題の品のリリースをする地域と期間を限定するのは、商売の常套手段である。
 今回に限らず最新デザインの水着を紅蓮祭でのみ取り扱うこととしているのは、コスタ・デル・ソルを牛耳っているゲゲルジュ氏の発案に因るものであろう。
 人々の物欲を煽り、それによって訪れた大勢の観光客の財布から多少の金をこの地に落とさせる。
 遠浅の海岸に特設された期間限定のアクティビティ「常夏の魔城」によってゲゲルジュ氏が金以外のものも得ていることは想像に難くはないが、そんな氏の人となりを知る由も無い大勢の人々は、燦々と降り注ぐ陽光の下で純粋に行楽を満喫していた。

 ゲゲルジュの性癖は、彼が目の前に居さえしなければ特に実害があるわけではない。
 事の成り行きでそれを知ってしまった、冒険者が不幸なだけである。
 ブラッドショアと呼ばれる、陽光には恵まれど海側から絶え間なくもたらされる潮風の影響で農作物での現金収入を望むことができない海岸地帯の一部分を豪快に買収し、コスタ・デル・ソルと銘打ちリゾート地として再開発をし、これ程までに快適な場へと変貌をさせたのは、他ならぬ彼だ。
 そこでリリースされる水着を手に入れようとする身であれば、この程度のことはギブ&テイクの範疇だと思わなければならないのだろう。

「まあ、あの御仁はいつものように目を光らせているわよね……」
 光の戦士はそう思い呟くことで自身を無理矢理に納得をさせつつも堪えきれないため息を吐き、紅蓮祭のメイン会場へと赴くべく、持参した水着を身に着けて海へと飛び込む。
 ほどなくして彼女は、メイン会場が設えられた小島に到達をした。

「なるほどな。耐熱装備が苦手なのではなく、耐熱装備と見紛う装備が苦手というわけか」
 彼女が波打ち際で立ち上がりかけたその時、背後から予期せぬ声が掛けられた。
「えっ……わぶっ!!」
 その声に心当たりがありつつも、何故ここで? と、少々水が入った自らの耳を疑い首を傾げながら振り向き見上げようとした彼女の顔に、今度は声ではなく大量の水しぶきが容赦なく浴びせかけられた。
「ククク……この技は正面からが威力増で追加効果は十秒程の視覚遮断といったところか。逆に背面と側面からでは威力が下がりそうだな」
「エスティニアン! 竜騎士目線で冷静に変なこと言わないで! っていうか、どうしてここに!?」
 冒険者は顔にかけられた海水を指先で拭いながら、加害者の姿は検められないままで文句と質問を投げ返した。
「なんだ? まるで、俺がここにいるのが信じられんような口振りだな」
 軽く鼻で笑いながら応じるエスティニアンの語り口からは、何やら肩の荷が降りたような風情が漂っていた。
 しばしの後ようやく目を開けられるようになった冒険者は、傍らに立つ彼の姿を見て更に驚いてしまう。
「なっ……えっ? なんで? それ……」
 彼女が驚くのも無理はない。
 なぜならば、エスティニアンがその身に着けていたのは、つい先ごろ発表されたばかりの新作水着だったからだ。
「ああ、これのことか?」
 呆然とする彼女の前でエスティニアンは、身に着けたエンドレスサマートップの襟元を摘み上げながら話を続けた。
「船を降りた途端、ここの暑さに参ってしまってな。そのまま目的地へと向かうことに嫌気が差して日陰でしばらく辺りの様子を伺っていたら、同じ耐熱装備を身に着けている奴らがやけに多いじゃないか。どこで売っているのかと警備員に尋ねてみたら、売り物ではなく祭の企画の景品だと教えられて……と。まあ、そういうわけだ」
「そういうわけ、って……」

 景品を手に入れているということは、つまり彼は入手条件を満たしたわけで。
 エスティニアンが自分よりも先に祭の企画に興じるとは。
 まさか娯楽を先んじられてしまうとは。

 いつぞやに七天樹の実をジャンプで採ってくると言われて以来の衝撃に見舞われてしまった冒険者であったが、直後に今しがたの彼の言を反芻し、その首を傾げる。

「目的地って? 紅蓮祭に来たわけじゃないの?」
「俺が祭なんぞにわざわざ出向くと思うのか?」
「思わない。だから、ここに居ること自体に驚いたのよ」

 冒険者の即答を受けたエスティニアンは苦笑をし、その肩を軽く竦めると彼女の疑問に答えた。
「この地に大型ドラゴンが隠れ棲んでいるとの噂をリムサ・ロミンサで耳にしてな。大型となると捨て置くわけにもいかんだろうと、調査に来てみたというわけだ」
「ここに大型ドラゴン? ……ああ! アイアタルのことね」
「お前、知っていたのか!」
「そりゃまぁ、一応はエオルゼア中を廻っている冒険者だし、大体のことは。アイアタルは随分前に少し関わっただけだから、すっかり忘れていたわ」
「チッ……。灯台下暗し、ってやつか」
 エスティニアンの脳裏ではリムサ・ロミンサやここでの地道な情報収集に掛けた手間と時間がガラガラと音を立てて崩れてしまい、彼は舌打ちをした後、盛大に溜め息を吐いた。
「で? これから調査なの? なんなら道案内とかするけど」
「いや、調査は終わった。奴は邪竜の眷属でな」

「邪竜の眷属ですってええ!!?」

 冒険者が驚きのあまりにエスティニアンの至近距離で突然上げた絶叫はエレゼン族の優れた聴力には極めて暴力的なものとなり、彼はたまらずにその顔をしかめると半歩後ずさる。
「お前……俺の耳を潰す気か!?」
 両の長耳を押さえながら眉根を寄せ、次いで、軽く頭痛でも催してしまったのか固く目を閉じたエスティニアンは、その状態で冒険者に苦情をぶつけた。
「ごめん。びっくりしちゃって、つい」
「……まあいい。ドラゴン族ならば聖邪どちらの眷属でも感じ取れるらしいが、とにかくコイツから漂う魔力のお陰で俺に敵対心は無いと判断をされて、穏便に事が運んでな」
 そう言いながら、エスティニアンはその背の魔槍を指差す。
「へえぇ。七大天竜の忘れ形見の威力たるや、と言ったところね」
「ああ。奴には竜詩戦争の終結とニーズヘッグの最期を伝えてやり、その上でこれからどうするつもりなのかと訊ねてみたんだが、存外あの場の居心地を気に入っているらしくてな。しばらくの間逗留しながら先のことを模索するそうだ」
「しばらくの間って言われても、それがどのくらいなのか、竜の尺度では私たちには見当がつかないわよね」
「まったくだ」
 笑い出した冒険者に釣られてエスティニアンも暫しの間笑い、そして話を続けた。

「時折、駆け出しの冒険者たちが腕試しでねぐらに殴り込んでくるのを追い払ったりはしているらしいが、それはどう考えても正当防衛だ。父祖が滅した今となっては自ら出向いて無差別に人を害する気は更々無いとの言質は取れたので、これ以上の干渉をする必要は無いだろう。俺の結論はこんな感じだが、何か意見はあるか? もう一人の紅の竜騎士殿?」

 オーン・カイに名付けられはしたものの、未だ耳に馴染まないその呼び掛けられ方をした冒険者は、目を丸くすると首を傾げながらしばらくの間思案をした。
「それでいいと思うわ。強いて言うならば、入口に「この先で何が起ころうともそれは自己責任と心得よ」みたいな警告を書いた札を立てるとか? そんなことをしたらブレイフロクスに嫌がられそうだけど」
「ブレイフロクス?」
「あの一帯を陣地にしているゴブリン族の長なんだけど、彼女には会ってないの?」
「ああ、会わなかった。街道を外れてからはアイアタルの気配を探りつつ、ジャンプを繰り返してねぐらまで直行をしたからな。それでだろう」
「ちょ……何その反則ショートカットは」
 呆然としながら辛うじてその一言を返した冒険者を見て、エスティニアンはニヤリと笑う。
「反則とは言いがかりも甚だしいぞ、相棒。使える技術は臨機応変に使わなければ勿体ないだろう。七天樹の果実を採った時とやったことは大して変わらん」
「あー、あの時は即行で果実採りを取られて、川の中で私は地団駄を踏んだんだから……」
 かつての旅の想い出を語りながら足元の砂を海水ごと蹴り上げて拗ねる冒険者の様子は、エスティニアンの笑いを更に長引かせていた。

「冒険者はそもそも全ての行動が自己責任とされるのだから、警告の立て札なんぞはいらんだろう?」
「ふふっ、そうね」
「では、それで一件落着ということで、この調査は終了だ」
「慣れない気候の中でお疲れ様。事の真相が判ってスッキリしたわ。じゃ、私の目的は新作の水着を貰う事だから、ちょっと行ってくるわね」
 冒険者がそう言いながら背後のアクティビティを肩越しに親指で差し、踵を返そうとしたその時。
「待て」
 短いが有無を言わせぬ語気で、彼女はエスティニアンから足止めを喰らった。

「えっ、何?」
 驚きの表情で向き直った冒険者の前でエスティニアンは腕を組み、彼女の姿を改めて上から下までじっくりと見直すと、短い思案の素振りを見せた後に口を開いた。
「この年になるまでイシュガルドからほとんど出ることが無かったせいで単に俺が見慣れんだけなのかもしれんが、いかに耐熱装備だとはいえ、その下着のような姿であの遊戯に挑むのはいかがなものかと思ってな」
「下着みたいって……白や黒一色だとかレース仕立てとかじゃないんだから。これはビキニスタイルの水着よ」
 紅蓮祭にマッチさせようとコレクションの中から選び抜いたレッドサマーホルターと揃いのタンガ姿に突然異を唱えられた形となる冒険者は、あからさまに臍を曲げた表情となってエスティニアンに反論をする。
「しかし何と言うか、あまりにもだな……。例えばこんな感じのデザインは、女物には無いのか?」
 エスティニアンは再び自らのエンドレスサマートップを指し示すと、苦言と希望を含めた質問を返した。
「そういうの? まあ、折角ここに来たからには何日か滞在しようと思っていたから、色々と持ってきてはいるけども。着替えた方がいい?」
「ああ。少なくとも今よりはマシになるだろうからな」
「マシって、何それ? 酷い」
 冒険者は苦笑をしながらもそう言われること自体はまんざらでもない様子で、更衣の為に会場の外れに設えられた天幕を指差すと、そちらに向けて先導をするように歩き出した。

「それと似たようなものとなると、これなんだけど、どう?」
 天幕の脇にある木にもたれかかって待つエスティニアンの前に、ムーンファイアホルターと揃いのタンガを身に着けた冒険者が現れた。
「ふむ。上はいいが、下がどう見てもパンツだな」
「パンツって……。さすがに、女性用でそういうトランクスみたいなスタイルは無いわよ」
 口を尖らせそう言うなり、彼女は天幕の中へと引き返す。
「じゃあ、これは?」
 彼女は舞台に上がるファッションモデルもかくやと言わんばかりの素早さで、今度はウェーブサマーホルターと揃いのパレオを身に着けて天幕から飛び出してきた。
「ほう、それならば……。しかし、妥協できるのは下だけだな」
「あーもう。確かにこのセットの上はブラだけどね……」
 そう言いながら途方に暮れる冒険者の前で、エスティニアンはしばらくの間思案をすると一つの提案を口にした。

「下はそれで、さっきの上と組み合わせるのはどうなんだ?」

 そのエスティニアンの提案を冒険者は無表情かつ無言のまま受けると、彼に背を向けた。
 ──これ以上は、もう要求には応じない。
 そう彼女は背中で語り、天幕の中へと消えた。

「柄のことに目を瞑れば、色は同系だし、案外いいのかもしれないわ」
 最終形態……もとい、ムーンファイアホルターにウェーブサマーパレオというコーディネイトで、冒険者が天幕から登場した。
「そうだな、悪くはない」
 そんなエスティニアン独特の言い回しに苦笑をしながらも、彼の希望にある程度は応えることができたかと、彼女はホッと一息をつく。
「じゃ、今度こそ行ってくるわね!」
「待て」

 間髪を容れず再びエスティニアンから放たれた静止の言葉を受けて彼女が止まったのは、三歩目で踏み出した足がくるぶしまで砂に沈んだ時だった。

「……ま・だ・な・に・か?」

 足を砂に沈めた状態のまま振り向きもせず、一音ずつに分けて意図的に極めてゆっくりと返された彼女のその声音には、明らかに怒りが内包されていた。
「そう怒るな。俺が挑んだ時に感じたんだが、この遊戯設備はどうにも胡散臭く思えてならんのだ。それに対して少々の仕込みをしたい。準備ができたら知らせるから、その後にスタートをしてくれ。それだけだ」
 そう言うなりエスティニアンは、テレポでその場を後にした。


(準備完了だ。スタートしたら一声をくれ)
 エスティニアンが姿を消してから程なくして、冒険者の耳に通信が入る。
 彼の言った仕込みとやらが何なのかは分からないが、しかし彼なりにこの状況を楽しんでいるように思えたので、冒険者は素直に応じることにした。
(今、噴水に乗ったわ)
(わかった)

 紅の竜騎士たちの間で通信が交わされたのと時を同じくして。

(ご報告致します。たった今、長らくお待ちかねの舞い手がステージに立ちました)
 噴水に打ち上げられた冒険者の姿が櫓の上に消えるのを見届けた紅蓮祭実行委員のボドゥフォアンは、与えられていた最重要とされる務めを無事に果たすことができ、その胸を撫で下ろしていた。
 彼が報告をした相手は、この地の支配者・ゲゲルジュその人である。
(ご苦労)
 報告を受けたゲゲルジュは特設の櫓全体を見渡せる特等席で、傾けていたココナッツジュース入りのワイングラスを傍らに置くと、ごく短い一言で部下を労った。

「はてさて。衣装合わせに随分と時間が掛かったようじゃが、あの娘は今回どんな水着姿を披露してくれるのかのう。超一流な竜騎士の身のこなしと併せて、この美しい景色の中の舞台で、どのように舞って華麗な花を咲かせてくれるのか、楽しみで仕方がないのう」

「……あのスケベジジイめ。やはり相棒に目をつけていやがったな」
 櫓を見渡しながらオペラグラスを構え、期待に胸を膨らませたゲゲルジュが立つテラスの真下の浅瀬で待機をしていたエスティニアンは、その長耳でゲゲルジュの下卑た呟きを余すところなく拾うと、忌々しげに舌打ちをした。
 そして魔槍を構えると精神を集中させてエーテルを練り、蒼い輝きを放つそれを穂先へと充分に行き渡らせる。
 と、魔槍から微かに赤黒い揺らぎが漂い、その気配でエスティニアンの片眉が上がった。

「こんなことで振るってくれるなと嗤うのか? 俺の相棒は、お前にとってのラタトスクのような存在だと言えばわかってくれるか? 無防備な姿でいるあいつを好奇の目に曝したくはない。それだけだ」

 そうエスティニアンが呟くと、それに応じたかのように赤黒い揺らぎは霧散をする。
 そんな愛槍の様子を見届けたエスティニアンはその目を一瞬細めると、直後に鋭い眼差しとなって真上を見上げ、テラスから乗り出し気味になっているゲゲルジュの手の中のオペラグラスを目標に定めるとエーテルを一気に撃ち上げた。

「のわっ!? なんじゃああぁぁあ!!?」

 エスティニアンが放ったエーテルの束は蒼い竜の姿となってゲゲルジュが構えるオペラグラスの先端をかすめると、更に上昇をしてから上空で反転し、同じ勢いで下降をして海中へと没した。
 その正体は、彼らが戦闘で使用をする技であるミラージュダイブの威力を絶妙に抑えたもので、直撃をすれば軽い火傷を負うことになったかもしれないが、幸いにしてオペラグラスの先端をかすめただけであった為に、ゲゲルジュ自身は無傷の状態で腰を抜かす結果となっていた。
 もっとも、このミラージュダイブもどきがゲゲルジュの手を直撃しなかったのは幸いだったと言うべき偶然などではなく、エスティニアンがオペラグラスの先端を狙いに狙った結果であったのだが。

 魔槍を左手で体側に構えたエスティニアンから僅かに離れた海面に、ポチャンと水音を立ててオペラグラスが着水をした。
 暫くの間オペラグラスはそこに浮かんでいたが、どうやら破損箇所から浸水が始まったようで、先端から徐々に海中へと没してゆく。
 オペラグラスの最期をエスティニアンは満足気に見届けてから魔槍を背に収め、頭上のテラスから降り注ぐ慌てふためいたゲゲルジュと侍女たちの声を耳にすると、それを鼻で笑ってから相棒に向けて通信を飛ばした。

(そろそろ終わる頃合いか?)
(さっきゴールできたけど、周りの人たちが蒼い竜がどうのってざわついているわ。一体何をしたの?)
(不届き者の眼を抉ってやったのさ)
(また、そんな物騒な言い方を……)
(単にオペラグラスを叩き落としただけだ。エーテライト前で待っているぞ。景品を受け取ったら来てくれ)

 ──オペラグラスを叩き落とした。

 誰の、と言われずとも、それは冒険者には判りすぎるほどに明確なことだった。
 そのことも含めて、この地で逢ってから今に至るまでの一連のエスティニアンの行動は、互いの想いを確認し合って以降で彼が初めて見せた独占欲だったのだと彼女は結論づける。
「まったく……。想像以上に不器用よね」
 冒険者はクスクスと笑いながらそう呟くとイルーシブジャンプを利用して櫓から飛び降り、景品を受け取るべくメイン会場の方面へと泳ぎだした。

 その後コスタ・デル・ソルのエーテライト前で、紅の竜騎士たちは再合流を果たした。
 冒険者は受け取ったばかりの新作水着一式を未開封の状態で抱えており、意中の品を手に入れたことで満面の笑みを浮かべている。

「そうしていると、まるで普通の娘のようだな」
「そりゃ、元々が普通の娘だもの。当たり前でしょう」
「普通の娘が聖竜の背に乗り邪竜を堕としたりなどするものか」
「そのくらいでないと、貴方の相棒は務まらないでしょう?」
「フッ、確かにな」
 二人は笑みを交えながら、内容の一部が常軌を逸した会話を繰り広げる。

「そういえば」
 そんな会話の内容を切り替えにかかったのは、エスティニアンの側だった。
「ここに何日か滞在するのならば、宿の確保はできているのか?」
「ううん、これからだけど」
「これからの確保など、よほどのツテでも無い限り恐らくは無理だと思うぞ。俺は偶然、祭の初日に着いたんだが、その時ですら手頃な料金の部屋は全て埋まっていてな。おまけに、あの遊戯で失敗をする者が続出しているらしく、滞在延長を希望する客でキャンセル待ちの台帳までもがびっしりと埋まっているんだそうだ」
「うわぁ、一人ならどうにかなるだろうと甘く考えてたわ。どうしよう……」

 よほどのツテはあるが、そのツテを使うことと野営とを天秤にかけるなら、微塵も迷わずに後者を選ぶ。
 話を聞きながら徐々に顔色を青ざめさせる相棒の姿をエスティニアンは、それ見たことかと言わんばかりの表情で見下ろすと、話を続けた。
「で、ものは相談なんだがな」
「……へ?」
 途方に暮れ過ぎてしまい、完全に頭が回らなくなってしまった冒険者は、間抜けな疑問符とともにエスティニアンを見上げた。
「俺が着いた時、手頃な料金の部屋は全て埋まっていた、と言っただろう」
「手頃な料金の部屋は、全て……」
 冒険者はエスティニアンの言葉を一部繰り返すことで、止まっていた頭を再び回転させることに成功した。
「ということはつまり、手頃じゃない料金の部屋を確保できてる?」
「ご名答」
 エスティニアンはその一言を返し口角を上げると、話を続ける。
「三人ほどが泊まれる設備で、しかも価格帯が最も上の宿でな。そこの宿泊料金を今夜の分から折半ということで、どうだ?」
「乗った!!」
 それまでの曇り顔を一瞬で快晴へと転じさせ即答をした冒険者はエスティニアンの前で飛び上がり、その喜びを存分に爆発させた。


 エスティニアンが一人で連泊をしていた『手頃ではない宿』は祭の会場からはかなり離れた場所に位置しており、紅蓮祭とそれに付随する喧騒からは完全に隔絶された空間となっていた。

「ちょっと……何ここ、凄すぎるわ」
 冒険者が驚くのも無理はない。
 エスティニアンに案内をされて彼女が足を踏み入れたのは、室内ではなく敷地内と呼ぶべき場所であったからだ。
「残っているのがここだけだと言われて即決したんだが、聞けばここは王侯貴族や富豪向けの、隠れ家的な貸し別荘なんだそうだ」
 エスティニアンは別世界の話をサラリと口にしながら鍵を取り出し、建物の扉を開ける。

 冒険者はあまりの展開に呆然となりその場に立ち尽くしてしまっていたが、既にここで何泊もしているエスティニアンは感覚が麻痺をしてしまっているのか、あるいは元々このような環境での振る舞いにも実は慣れているのか、まるで自分の家にでも招いているかのような様子で、扉を開いた玄関前で振り向いた。
「いつまでもそんな所で突っ立っていないで早く来い。なに、バスルームとベッドは一般向けの宿と大して変わらんさ」
 エスティニアンに促されて建物内に入った冒険者は、予想通りに規格外な内装を目の当たりにして、乾いた笑いとともに率直な感想を口にする。
「一般向けの宿のベッドに天蓋は付いてないと思うの……」

 宿泊料金を折半すると約束はしたが、それが一体どのくらいの額になるのか、既に見当もつかない。
 そう思いながら再び途方に暮れた表情となってしまった冒険者は、ベッドに腰掛けると深呼吸をした。
 そんな彼女の心境にはまるで気付いていないのか、エスティニアンは、彼女に止めを刺す結果となる一言を口走った。

「ここならば不届き者の視線は無いからな。明日、その新しい水着姿を見せてくれ」
「え? 部屋の中でいいのなら、今すぐ着替えても構わないけど」
「水着姿になるからには海水浴もしたいだろう? もう日も暮れるから明日でいい」

 そう言いながら窓を指差すエスティニアンに促されカーテンを開けた冒険者は、窓の外を見て言葉を失う。
 彼女が目にした窓の外、建物の裏手に広がっていた光景は。

 夕陽を受けて輝く海と、三日月形に整えられた小さな砂浜。
 この貸し別荘の客層を考えれば存在して当然の設備と言えるプライベートビーチが、コスタ・デル・ソルの夕焼けとともに冒険者の瞳に焼きついた。

    ~ 完 ~

   初出/2018年8月23日 pixiv&Privatter
   『第28回FF14光の戦士NLお題企画』の『紅蓮祭』参加作品
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