風の竜たち
「わ~、本当に来た! 教えてくれてありがとう、おばちゃん!!」
グナース族の分かたれし者たちがヴァスの塚で運営をする冒険者ギルドからの注文を受け不浄の三塔を訪れた光の戦士たる冒険者は、依頼主である母竜の前で背後の天井から、母竜に向けてと思しきあどけない口調の言葉を浴びた。
竜詩戦争が終結してそれなりに時が経ったとはいえ、人の集落から遠く離れたこの場で人の子どもの声を耳にするなどという事態はあり得ない。となれば、対象は自ずと竜の子に限られる。
しかし、今まで何頭もの子竜と関わってきた冒険者がその経験をもってしても正直なところ、声音のみで正確にそれぞれの子竜を区別するのは未だ難しいことだった。
そういった事情で声の主を検めるべく冒険者が振り返り頭上を見遣ると、天井の一部に開いた大穴から下を覗き込んでいた子竜が、今度は彼女に向けて呼びかけてきた。
「相変わらず忙しそうだね、相棒!」
「オーン・カイ! 久しぶり……でいいのかしら? 元気そうね」
舞い降りてくるオーン・カイを、冒険者は笑顔で迎える。
「へえ……お前さんは本当に、このヒトの冒険者と友達なんだね。驚いたよ」
「相棒だよ、相棒! 友達とはちょっと違うんだ」
「おや、そういうものなのかい」
「へへっ」
優しく語りかける母竜の前でオーン・カイは得意げに宙返りをし、その様子を傍らで見守っていた冒険者の眼差しも、つられて暖かいものとなっていた。
「私を待っていたということは、何か話があるんだろうけど……」
「あっ! 仕事が先、だよね! わかってるって!」
皆まで言うな、といった態度で応じるオーン・カイを笑顔で見ながら冒険者は思案をし、話を続けた。
「ええ。ヴァスの塚で報告をするまでが仕事だから……そうね、メアズオウス遺跡で待っていてくれるかしら?」
そして数刻の後、ヴァスの塚で仕事の報告を終えた冒険者は、そのすぐ裏手にあるメアズオウス遺跡へと向かった。
「お仕事お疲れさま! ごはんにする? それとも……え~っと、あとは何だったっけ?」
「ちょっと、どこで覚えたのよ? その言い方」
遺跡の屋上に降り立つなりオーン・カイから想定外の言葉で迎えられた冒険者は、思わず噴き出しながら応じた。
「クガネで聞き込みをしてた時に、相棒くらいに小さなヒトがエスティニアンみたいな少し大きい身体のヒトに言っていたのを見たんだよ。だから、仕事から帰ってきたヒトに言えばいいのかな、って思ったんだけど……間違ってた?」
「うーん、半分合っていて半分違う、って感じね。仕事帰りの人にお疲れさまと言うのは合っているんだけど、その後は夫婦が使う言葉だから。その二人は多分夫婦……竜でいうところの番いの関係なのよ」
それが睦言である点については竜に説明をする必要は無いであろう、と冒険者は判断をし、その話題を終わらせるべく言葉を選んで応じた。
「そっかぁ。僕と相棒は番いじゃないから、全部言うと変になっちゃうんだね。ヒトの言葉って、やっぱり難しいや」
そう言いながら長い首をだらりと下げて落胆するオーン・カイを見て、冒険者は苦笑をする。
「私にはドラゴン語はわからないから、両方使えるオーン・カイは凄いと思うけどね」
「本当?」
オーン・カイが首を下げたまま頭だけで上を向き、その瞳で返事を求める姿を見て、冒険者は微笑みながら頷いた。
「でね、本題なんだけど。クガネで初めて聞いた名前の狩りがあったんだよ。名前しか分からないんだけど、相棒なら詳しいことを知っているかな、と思って、聞いてみたかったんだ」
「狩り? 私で分かることならいいけども」
冒険者は小首を傾げ、オーン・カイと共に東方を廻っていた当時を回想した。
ドマやアジムステップに於ける地域性や独自性の高い風習はある程度目にしてきたつもりだったが、オーン・カイがクガネで聞いたと言っている以上、その狩りがアジムステップのものである可能性は低そうだ。
「フウリュウって誰なんだろう? 風の竜なのかな? もしかしたら東方のセイリュウの番い? あと、ミヤビヤカとか言っていたけど、そっちは全然意味がわからないんだ。一体どういう狩りなんだろう? モミジ狩りって」
「もみ、じ……狩り……」
あれこれと思案をする中でオーン・カイの話を聞く形となった冒険者はその目を見開き、ブツ切りとなった一言を返すことしかできなかった。
そんな彼女の様子を見たオーン・カイは、不安げに首を傾げ問い掛ける。
「もしかして知らないことだった? この話をしてたヒトたちって、そんなに強そうには見えなかったけど、実はモミジってやつを専門に狩る、凄腕のハンターだったのかなぁ?」
浮かべてしまった困惑の表情をどうにか治めた冒険者は、それに苦笑を上乗せすると肩を竦めながら言った。
「知ってはいるけど、ヒトの言葉って難しいな、と思っていたの」
「なあんだ! ヒトでも難しいと思うことがあるなら、僕が難しいと感じるのは当然なんだね」
「そうね。あなたが想像している「狩り」とは違うけど、それでも良ければ、こちらでもできるわよ」
「本当に!?」
感情の起伏でその都度派手に声音の変わるオーン・カイを見ながら思わず笑みをこぼした冒険者はその脳裏で、既に大まかな紅葉狩りの計画を練り始めていた。
「ええ。紅葉狩りのできる場所を見つけなきゃならないから、今から下調べをしてくるわ。明日の朝に、ここから出発しましょう」
「やったぁ! それじゃ、色々よろしくね、相棒!」
翌朝にメアズオウス遺跡を出発した二人……正確にいうと一人と一頭は、アドネール占星台の南西に位置する、クルザスと黒衣森との境界に辿り着いていた。
「さて、と」
そこで冒険者は立ち止まり、後をついて来ていたオーン・カイに向き直ると言った。
「ここを抜けると黒衣森の北部森林になるんだけど、ひとつ相談があるの」
「相談って、何かな?」
首を傾げるオーン・カイの前で冒険者は荷物の中からマメット・オル・ディーを取り出すと、それを宙に浮かべた。
「うわぁ! お前、誰だよ!?」
オーン・カイは勢いよく後方に飛び退り、驚きの視線をマメットに向ける。
「もしかして相棒の荷物に紛れてここまでついて来たのか!?」
自分よりも小振りのマメットに対して語り掛けるオーン・カイを見た冒険者は、苦笑をしながら言った。
「ごめんごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだけどね」
「えっ?」
冒険者の傍らで滞空を続けるマメットを改めて見つめたオーン・カイはようやく、ここに至るまで目の前の謎の子竜が自分に対して何の反応も示していないことに気が付いた。
「……何なの? こいつ」
「これはね、マメットっていう作り物なの。モデルはオル・ディーという子なんだけど、あなたと同じ聖竜の眷属の子だから、なんとなく似てるでしょ?」
「そ、そう言われてみれば、似てる……かな」
オーン・カイはマメットの頭に恐る恐る手を伸ばし触ることで、ようやくそれが作り物であると認識できたようだった。
「で、相談なんだけど」
冒険者はマメット・オル・ディーをしまうと話を続けた。
「北部森林に入るとすぐにフロランテル監視哨という、イシュガルドとグリダニアの国境を警備する場所があって、そこを抜けると今度はフォールゴウドという町があるの。そして、そのどちらでもグリダニアの衛士が見張りをしているのよ。不浄の三塔でセン・イトーがやっていることと同じね」
「悪さをするやつらを追っ払う仕事だね」
「そう。そして、グリダニアの人たちはイシュガルドの人たちと違ってドラゴン族を見慣れてはいないから、あなたが私と話をしながら通り抜けようとしたら、呼び止められて色々調べられてしまうかもしれないの」
「うっ……調べられるのはイヤだなぁ」
かつて再会の市を訪れた際、アウラ族の子どもたちに取り囲まれて散々な目に遭ってしまったことを思い出したのか、予想通りにたじろぐオーン・カイを見て冒険者は肩を竦めると、話を続けた。
「でしょう? 調べられて時間を取られてしまうのも勿体無いし。だからいっそのこと、衛士たちの目を欺いてしまえばいいかな、って思ったの。あなたが黙って私の後をついてくれば、衛士たちはあなたをマメットだと思って、調べられずに通り抜けられるはずよ」
冒険者の提案を聞き納得したオーン・カイは、その大きな瞳を輝かせながら言った。
「ふんふん、その作戦は面白そうだね! よーし、頑張ってマメットになりきるぞ!」
決意を新たにしたオーン・カイは冒険者と共に、未開の地である黒衣森へと踏み込んだ。
「このあたりまで来れば大丈夫。もう喋っていいわよ」
「ぷはぁっ! クガネに行く時ほど辛くはなかったけど、意識して喋らないってのもなかなか大変だね」
無事にフォールゴウドを抜けて北部森林のプラウドクリーク側に辿り着き、冒険者の安全宣言を聞いた途端、オーン・カイは、まるで長時間の潜水の後に浮上したかのように派手な息継ぎをして、ここに至る道中の感想を述べた。
「忍者の隠密活動ってこんな感じなのかな? ドキドキしたけど楽しかったよ」
「ふふっ、作戦成功ね。衛士たちに気付かれなくて良かったわ」
楽しげに語るオーン・カイを見た冒険者は微笑みながら返事をし、辺りを見回してから敷布を取り出すと、太古の建造物の残骸と思しき石材の上にそれを広げる。
「ん? ここで一休みをするの?」
首を傾げながら尋ねるオーン・カイに、冒険者は向き直ると笑顔で言った。
「さあ、ここで紅葉狩りをしましょう」
「……え?」
放心状態で敷布の上に降り立ったオーン・カイの隣に座った冒険者は、周囲の木々を見上げながら語り始めた。
「紅葉狩りというのはね。紅く色付いた木の葉を眺めて、季節の移り変わりを感じて楽しむ、東方の人たちの行楽……遊びなのよ」
「葉っぱを見て楽しむの? 獲物を狩って食べることじゃなかったんだ」
「そう。オーン・カイの考えている狩りの獲物っていうのは、全部動物でしょう? ヒトが狩るものは、もちろん動物も含まれるのだけど、果物やキノコとかを集めることも、狩りと言うのよ」
「へえぇ」
「食べることと眺めることで楽しみ方としては違うんだけど……そうね。要は、どちらも野山を歩いて捜し求めるから、食べるものも紅葉も「獲物」と考えればいいんじゃないかしら」
「そうだったのかぁ。ヒトの言葉って、難しいけど面白いね」
オーン・カイはようやく事の真相を把握することができたようで、返事をしながら頷いた。
「本来の紅葉狩りは紅葉を眺めながら散策することらしいんだけど、動物を狩って食べることだと思ってここまで来て紅葉をただ眺めるだけでは、あなたはガッカリするでしょう?」
そう言い冒険者は荷物の中から、やや大きめの包みを取り出してそれを敷布の上で開く。
「わあ!」
冒険者が包みの中から取り出した数種類の串焼きとパンを目の当たりにしてオーン・カイは感嘆の声を上げ、そしてゴクリと唾を飲み込んだ。
「だから、ここで食事をしながら紅葉を眺めるのもいいかな、って。お花見の方法を取り入れてみたんだけどね。持ち運びし易い簡単なものだけど、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、相棒! いただきま~す!!」
そう言うが早いかオーン・カイは串焼きに手を伸ばすと、嬉しそうに齧り付いた。
「でね、風流と雅やかの話なんだけど」
冒険者はパンを手に取ると話を始めた。
「それも調べてくれたんだ! さすが相棒だね! どんなことがわかったの?」
先程とは違う種類の串焼きに手を伸ばしながら、オーン・カイは冒険者に話の先を促す。
「どちらも派手な見た目のことを意味する言葉なんですって。紅葉の派手な紅い色についてを指して、クガネの人がそう言ったんだと思うわ」
「なぁんだ。フウリュウって、竜の名前じゃなかったんだ……」
自らの想像が完全に的を外れていたことに落胆をしたのか、その語尾に力のこもらないオーン・カイの様子を見て、冒険者は苦笑をしながら話を続けた。
「そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない? 私たちは紅玉海では怪竜を見つけたんだし、もしかしたらどこかに風の竜が居るのかもしれないわよ。世界は広いから、まだまだ知らない場所は沢山あるわ。それに……」
冒険者は話を中断すると、ちぎったパンをひとかけら口に放り込んでから天を仰ぎ、風に揺らぐ紅葉をその瞳に焼き付けると、オーン・カイを改めて見つめ言った。
「あなたがヴェズルフェルニルくらいの歳になった時には、もしかしたらそう呼ばれていることになるのかもしれないわよ? 風の竜、風竜って」
「え? ……ええっ? 僕が!?」
冒険者の語る内容が予想だにしない展開となったためにオーン・カイは驚きの声を上げ、尾をパタパタとせわしく振り回しながら動揺した。
そんな様子を見て冒険者は笑い、話を続ける。
「ふふっ。先のことは誰にもわからないけどね。私だって冒険者になった時は、自分が英雄と呼ばれることになるだなんて、思いもしなかったから」
「そっか、うん、そうだよね。へへっ」
そう言いながらオーン・カイは照れくさそうに笑う。
一人と一頭の談笑は北部森林を廻る風に乗り、紅葉の間を抜けて空へと溶け込んでいった。
数日後。
冒険者はリムサ・ロミンサを訪れたことで、思わぬ人物との再会を果たした。
「まさかエスティニアンと、ここで出逢えるとは……」
「アジムステップで別れて以来だな、相棒」
その後、二人はレストラン・ビスマルクに移動をするとテラス席に陣取り、互いの近況を報告し合うこととなった。
「そんなに意外そうな顔をしなくともいいだろう? 俺は蒼の竜騎士を返上はしたが、世捨て人になったわけではないぞ。人並みに日用品の調達くらいはするさ」
そう言いながら肩を竦めて口角を上げるエスティニアンを見て、冒険者も思わず笑う。
「ふふっ、それは失礼。そういえばクガネとここは船で行き来ができるようになったんだものね。東方帰りなら、ウルダハやグリダニアよりは逢う確率が高いわ」
「ここに来たのは、東方からの帰りというわけではないがな」
「えっ?」
目を丸くした冒険者に向けて、エスティニアンは語り始めた。
「イシュガルドを離れてから……いや、正確には、魔大陸以降か。実は、こいつのメンテナンスができていないのさ」
そう言いながらエスティニアンが親指で自身の背後を差す姿を見て、冒険者は得心が行った。
「ああ、なるほど……」
「こいつを酷使したのは雲廊での一戦とファウネムを鎮めた時くらい……いや、化け物呼ばわりされた時もか」
「化け物呼ばわりって……。一体、何をやらかしたのよ?」
「ククク、借りを返しただけだ」
「はぁ?」
予想通りに首を傾げる相棒を見て、エスティニアンは楽しそうに笑う。
「まあ、そんなわけでな。以前ほど消耗することは無いが、同時に、以前のように専属の鍛冶師が居るわけでもない。そして、以前こいつの穂先に素手で触れたお前ならば気付いたかもしれんが……」
冒険者はエスティニアンの背にある彼の相棒──ゲイボルグ・ニーズヘッグを見つめて思わず息を呑み、話の続きを待った。
「これはあいつの置き土産みたいなものになっちまったからな。何かあってからでは取り返しがつかんだろうから、他人の手に触れさせることは避けているというわけさ」
「私が触った時は、特に何ともなかったけど?」
「フン、化け物じみた奴の意見なぞ、一般人へ配慮をするにあたっては何の参考にもならん。おそらくお前は、こいつに怖がられでもしたんだろうよ」
「ちょ……酷い! それが妹弟子に向かって言う言葉なの!?」
冒険者から言葉と共に抗議の視線を浴びたエスティニアンは真正面でそれを受け止め、二人は暫しの間睨み合いを続けた後、共に笑い飛ばした。
「つまり、自分で槍のメンテナンスをする為に鍛冶師ギルドへ相談に来たわけね」
「ああ、そうだ。ところでお前は、何故リムサ・ロミンサへ?」
自分の話を一通り済ませた形となるエスティニアンは、話題を変えるべく冒険者に問い掛けた。
「私の今回の目的地は調理師ギルド。つまり、ここよ。つい先日、黒衣森でピクニックをする流れになって、急遽お弁当を用意する必要に迫られたんだけど、何せ突然のことだったから、簡単なものしか作れなくてね。またそういう機会が無いとも限らないから、お弁当に向いたレシピのバリエーションを増やしておこうかと思って」
「お前がピクニックとは。そんな一般人じみたこともやっているんだな」
「……その微妙に引っ掛かる言い方、やめてくれないかしら」
冒険者は苦笑をすると、話を続けた。
「一緒に行った相手はオーン・カイでね。あの子、不浄の三塔で私を待ち伏せしていて、クガネで話を聞いた紅葉狩りをやってみたい、って、リクエストをしてきたのよ」
「ほう、あいつがそんなことを……。ああ、すまん。竜とピクニックに行く一般人はいないな。そこは訂正しておこう」
「なんだか悪化してる気がするんだけど」
「そうか?」
鼻で笑いながら口角を上げるエスティニアンを見て、冒険者はその肩を竦める。
「仕方の無いことなんだけど、あの子、紅葉狩りの狩りという言葉をそのままに解釈していてね。モミジという名の獣を狩る気満々で出掛ける形になったから、目的地で食事をする形にアレンジしたのよ」
「なっ……」
堪らずにエスティニアンは大笑いをし、それが治まると話を続けた。
「東方の言い回しは確かに難しいとは思うが、紅葉を獣と誤解するなど、いかにもあいつらしいな。ドラヴァニアに戻った後も元気そうで何よりだ。しかし……」
「しかし?」
首を傾げる冒険者を見据えたエスティニアンは何故か憮然とした表情となり、ゆっくりと腕と脚を組み顎を反らすと言った。
「相棒歴の浅い奴に娯楽で先を越された点はどうにも納得がいかん。相棒よ、今、弁当向きのレシピを増やしたと言ったな。俺がその毒見役をしてやろう。……ああ、黒衣森は見飽きているから、別の場所を見繕ってくれ」
あまりに好き勝手な言い様で希望を述べるエスティニアンを見た冒険者は、一瞬その顔を引きつらせた後に肩を竦め、そして苦笑いを見せた。
「まったく、素直じゃないんだから……」
「厳密に言えばここも黒衣森なんだけど、来るのは初めてでしょうから大目に見てちょうだい」
そう言いながら冒険者がエスティニアンに提案をした紅葉狩りの場所は、ラベンダーベッドの敷地内だった。
「外の森よりもここの紅葉の方が綺麗な紅色なんだけど、さすがにオーン・カイをここに連れて来るわけにはいかなくてね」
「グリダニアにこのような場所があったとはな。冒険者向けの分譲地か」
様々な外観の住宅を眺めて、エスティニアンは率直な感想を述べる。
「グリダニアだけじゃなくリムサ・ロミンサとウルダハと、あとクガネにもあるわよ」
「無いのはイシュガルドとアラミゴか。アラミゴは解放直後で致し方ないだろうが、イシュガルドに無い点は解せんな。散々世話になった冒険者たちに借りを返し、同時に、少なくはない財源の確保にも使える恰好の手段だろうに」
そこでエスティニアンは話を中断し、改めて周囲を見渡した。
「……まあ、今のイシュガルドの気候では、このような景観を望むことはできんだろうがな」
「雪国には雪国なりの楽しみ方があるでしょうけどね」
冒険者はベンチに腰を下ろしてその隣を指し示し、エスティニアンに着席を促す。
「ところで、お前もこんな家を持っているのか?」
隣に座りながらのエスティニアンの問いに冒険者は、その首を横に振る。
「戸建ての住宅は持っていないわ。留守がちでお庭の手入れとかが疎かになるのは目に見えているから、ここのアパルトメントに一部屋があるだけよ」
「なるほど。俺のように、寝に帰るだけの部屋ってことか」
「貴方の部屋がどんな感じなのかは知らないけど、多分そこまで殺風景ではないと思うわよ」
「チッ、バレたか」
含み笑いをしながら応じるエスティニアンに、冒険者も笑いながら応酬をした。
「さあ! あれだけ派手に毒見役の名乗りを上げてくれたんだものね。覚悟はいいかしら?」
「ふむ。見た目は案外まともだな」
二人の間に広げられた様々な料理を見たエスティニアンは独自の感想を述べ、それを聞いた冒険者は、やはりそう来たかといった風情でニヤリと笑う。
「料理を見て思い出したんだが、オーン・カイが聞いたという話の続きは何なんだ?」
「話の続きって?」
「ごはんがどうの、というやつだ」
「ああ、それね」
冒険者は先日のオーン・カイの様子を思い出し、笑いながら答えた。
「ごはんにする? お風呂にする? それとも……」
そこまでを言い放った冒険者は回答を中断すると慌てて口を掌で押さえ屈み込み、自分の迂闊さを呪った後、上目遣いでエスティニアンを睨み付けながら言った。
「……さては、知っていてわざと言わせたわね?」
「知らん」
「嘘!」
「俺が東方の慣習を知るわけがなかろう」
「絶対嘘よ! 口許は我慢してるけど目が笑ってるわ!!」
「ほう? 言い掛かりをつけてまで拒むとは、その先は余程口にし辛い内容と見えるな。では、とりあえず「ごはん」にしておくとするか」
「うっ……」
困惑し言葉を詰まらせる冒険者を見ながらエスティニアンは心底楽しそうに、しかし傍目には意地悪く映る笑みをその顔に浮かべると、並べられた相棒特製の料理の中からレバーケースゼンメルを手に取り、口へと運んだ。
~ 完 ~
初出/2017年11月27日 pixiv&Privatter
『第25回FF14光の戦士NLお題企画』の『紅葉』参加作品
グナース族の分かたれし者たちがヴァスの塚で運営をする冒険者ギルドからの注文を受け不浄の三塔を訪れた光の戦士たる冒険者は、依頼主である母竜の前で背後の天井から、母竜に向けてと思しきあどけない口調の言葉を浴びた。
竜詩戦争が終結してそれなりに時が経ったとはいえ、人の集落から遠く離れたこの場で人の子どもの声を耳にするなどという事態はあり得ない。となれば、対象は自ずと竜の子に限られる。
しかし、今まで何頭もの子竜と関わってきた冒険者がその経験をもってしても正直なところ、声音のみで正確にそれぞれの子竜を区別するのは未だ難しいことだった。
そういった事情で声の主を検めるべく冒険者が振り返り頭上を見遣ると、天井の一部に開いた大穴から下を覗き込んでいた子竜が、今度は彼女に向けて呼びかけてきた。
「相変わらず忙しそうだね、相棒!」
「オーン・カイ! 久しぶり……でいいのかしら? 元気そうね」
舞い降りてくるオーン・カイを、冒険者は笑顔で迎える。
「へえ……お前さんは本当に、このヒトの冒険者と友達なんだね。驚いたよ」
「相棒だよ、相棒! 友達とはちょっと違うんだ」
「おや、そういうものなのかい」
「へへっ」
優しく語りかける母竜の前でオーン・カイは得意げに宙返りをし、その様子を傍らで見守っていた冒険者の眼差しも、つられて暖かいものとなっていた。
「私を待っていたということは、何か話があるんだろうけど……」
「あっ! 仕事が先、だよね! わかってるって!」
皆まで言うな、といった態度で応じるオーン・カイを笑顔で見ながら冒険者は思案をし、話を続けた。
「ええ。ヴァスの塚で報告をするまでが仕事だから……そうね、メアズオウス遺跡で待っていてくれるかしら?」
そして数刻の後、ヴァスの塚で仕事の報告を終えた冒険者は、そのすぐ裏手にあるメアズオウス遺跡へと向かった。
「お仕事お疲れさま! ごはんにする? それとも……え~っと、あとは何だったっけ?」
「ちょっと、どこで覚えたのよ? その言い方」
遺跡の屋上に降り立つなりオーン・カイから想定外の言葉で迎えられた冒険者は、思わず噴き出しながら応じた。
「クガネで聞き込みをしてた時に、相棒くらいに小さなヒトがエスティニアンみたいな少し大きい身体のヒトに言っていたのを見たんだよ。だから、仕事から帰ってきたヒトに言えばいいのかな、って思ったんだけど……間違ってた?」
「うーん、半分合っていて半分違う、って感じね。仕事帰りの人にお疲れさまと言うのは合っているんだけど、その後は夫婦が使う言葉だから。その二人は多分夫婦……竜でいうところの番いの関係なのよ」
それが睦言である点については竜に説明をする必要は無いであろう、と冒険者は判断をし、その話題を終わらせるべく言葉を選んで応じた。
「そっかぁ。僕と相棒は番いじゃないから、全部言うと変になっちゃうんだね。ヒトの言葉って、やっぱり難しいや」
そう言いながら長い首をだらりと下げて落胆するオーン・カイを見て、冒険者は苦笑をする。
「私にはドラゴン語はわからないから、両方使えるオーン・カイは凄いと思うけどね」
「本当?」
オーン・カイが首を下げたまま頭だけで上を向き、その瞳で返事を求める姿を見て、冒険者は微笑みながら頷いた。
「でね、本題なんだけど。クガネで初めて聞いた名前の狩りがあったんだよ。名前しか分からないんだけど、相棒なら詳しいことを知っているかな、と思って、聞いてみたかったんだ」
「狩り? 私で分かることならいいけども」
冒険者は小首を傾げ、オーン・カイと共に東方を廻っていた当時を回想した。
ドマやアジムステップに於ける地域性や独自性の高い風習はある程度目にしてきたつもりだったが、オーン・カイがクガネで聞いたと言っている以上、その狩りがアジムステップのものである可能性は低そうだ。
「フウリュウって誰なんだろう? 風の竜なのかな? もしかしたら東方のセイリュウの番い? あと、ミヤビヤカとか言っていたけど、そっちは全然意味がわからないんだ。一体どういう狩りなんだろう? モミジ狩りって」
「もみ、じ……狩り……」
あれこれと思案をする中でオーン・カイの話を聞く形となった冒険者はその目を見開き、ブツ切りとなった一言を返すことしかできなかった。
そんな彼女の様子を見たオーン・カイは、不安げに首を傾げ問い掛ける。
「もしかして知らないことだった? この話をしてたヒトたちって、そんなに強そうには見えなかったけど、実はモミジってやつを専門に狩る、凄腕のハンターだったのかなぁ?」
浮かべてしまった困惑の表情をどうにか治めた冒険者は、それに苦笑を上乗せすると肩を竦めながら言った。
「知ってはいるけど、ヒトの言葉って難しいな、と思っていたの」
「なあんだ! ヒトでも難しいと思うことがあるなら、僕が難しいと感じるのは当然なんだね」
「そうね。あなたが想像している「狩り」とは違うけど、それでも良ければ、こちらでもできるわよ」
「本当に!?」
感情の起伏でその都度派手に声音の変わるオーン・カイを見ながら思わず笑みをこぼした冒険者はその脳裏で、既に大まかな紅葉狩りの計画を練り始めていた。
「ええ。紅葉狩りのできる場所を見つけなきゃならないから、今から下調べをしてくるわ。明日の朝に、ここから出発しましょう」
「やったぁ! それじゃ、色々よろしくね、相棒!」
翌朝にメアズオウス遺跡を出発した二人……正確にいうと一人と一頭は、アドネール占星台の南西に位置する、クルザスと黒衣森との境界に辿り着いていた。
「さて、と」
そこで冒険者は立ち止まり、後をついて来ていたオーン・カイに向き直ると言った。
「ここを抜けると黒衣森の北部森林になるんだけど、ひとつ相談があるの」
「相談って、何かな?」
首を傾げるオーン・カイの前で冒険者は荷物の中からマメット・オル・ディーを取り出すと、それを宙に浮かべた。
「うわぁ! お前、誰だよ!?」
オーン・カイは勢いよく後方に飛び退り、驚きの視線をマメットに向ける。
「もしかして相棒の荷物に紛れてここまでついて来たのか!?」
自分よりも小振りのマメットに対して語り掛けるオーン・カイを見た冒険者は、苦笑をしながら言った。
「ごめんごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだけどね」
「えっ?」
冒険者の傍らで滞空を続けるマメットを改めて見つめたオーン・カイはようやく、ここに至るまで目の前の謎の子竜が自分に対して何の反応も示していないことに気が付いた。
「……何なの? こいつ」
「これはね、マメットっていう作り物なの。モデルはオル・ディーという子なんだけど、あなたと同じ聖竜の眷属の子だから、なんとなく似てるでしょ?」
「そ、そう言われてみれば、似てる……かな」
オーン・カイはマメットの頭に恐る恐る手を伸ばし触ることで、ようやくそれが作り物であると認識できたようだった。
「で、相談なんだけど」
冒険者はマメット・オル・ディーをしまうと話を続けた。
「北部森林に入るとすぐにフロランテル監視哨という、イシュガルドとグリダニアの国境を警備する場所があって、そこを抜けると今度はフォールゴウドという町があるの。そして、そのどちらでもグリダニアの衛士が見張りをしているのよ。不浄の三塔でセン・イトーがやっていることと同じね」
「悪さをするやつらを追っ払う仕事だね」
「そう。そして、グリダニアの人たちはイシュガルドの人たちと違ってドラゴン族を見慣れてはいないから、あなたが私と話をしながら通り抜けようとしたら、呼び止められて色々調べられてしまうかもしれないの」
「うっ……調べられるのはイヤだなぁ」
かつて再会の市を訪れた際、アウラ族の子どもたちに取り囲まれて散々な目に遭ってしまったことを思い出したのか、予想通りにたじろぐオーン・カイを見て冒険者は肩を竦めると、話を続けた。
「でしょう? 調べられて時間を取られてしまうのも勿体無いし。だからいっそのこと、衛士たちの目を欺いてしまえばいいかな、って思ったの。あなたが黙って私の後をついてくれば、衛士たちはあなたをマメットだと思って、調べられずに通り抜けられるはずよ」
冒険者の提案を聞き納得したオーン・カイは、その大きな瞳を輝かせながら言った。
「ふんふん、その作戦は面白そうだね! よーし、頑張ってマメットになりきるぞ!」
決意を新たにしたオーン・カイは冒険者と共に、未開の地である黒衣森へと踏み込んだ。
「このあたりまで来れば大丈夫。もう喋っていいわよ」
「ぷはぁっ! クガネに行く時ほど辛くはなかったけど、意識して喋らないってのもなかなか大変だね」
無事にフォールゴウドを抜けて北部森林のプラウドクリーク側に辿り着き、冒険者の安全宣言を聞いた途端、オーン・カイは、まるで長時間の潜水の後に浮上したかのように派手な息継ぎをして、ここに至る道中の感想を述べた。
「忍者の隠密活動ってこんな感じなのかな? ドキドキしたけど楽しかったよ」
「ふふっ、作戦成功ね。衛士たちに気付かれなくて良かったわ」
楽しげに語るオーン・カイを見た冒険者は微笑みながら返事をし、辺りを見回してから敷布を取り出すと、太古の建造物の残骸と思しき石材の上にそれを広げる。
「ん? ここで一休みをするの?」
首を傾げながら尋ねるオーン・カイに、冒険者は向き直ると笑顔で言った。
「さあ、ここで紅葉狩りをしましょう」
「……え?」
放心状態で敷布の上に降り立ったオーン・カイの隣に座った冒険者は、周囲の木々を見上げながら語り始めた。
「紅葉狩りというのはね。紅く色付いた木の葉を眺めて、季節の移り変わりを感じて楽しむ、東方の人たちの行楽……遊びなのよ」
「葉っぱを見て楽しむの? 獲物を狩って食べることじゃなかったんだ」
「そう。オーン・カイの考えている狩りの獲物っていうのは、全部動物でしょう? ヒトが狩るものは、もちろん動物も含まれるのだけど、果物やキノコとかを集めることも、狩りと言うのよ」
「へえぇ」
「食べることと眺めることで楽しみ方としては違うんだけど……そうね。要は、どちらも野山を歩いて捜し求めるから、食べるものも紅葉も「獲物」と考えればいいんじゃないかしら」
「そうだったのかぁ。ヒトの言葉って、難しいけど面白いね」
オーン・カイはようやく事の真相を把握することができたようで、返事をしながら頷いた。
「本来の紅葉狩りは紅葉を眺めながら散策することらしいんだけど、動物を狩って食べることだと思ってここまで来て紅葉をただ眺めるだけでは、あなたはガッカリするでしょう?」
そう言い冒険者は荷物の中から、やや大きめの包みを取り出してそれを敷布の上で開く。
「わあ!」
冒険者が包みの中から取り出した数種類の串焼きとパンを目の当たりにしてオーン・カイは感嘆の声を上げ、そしてゴクリと唾を飲み込んだ。
「だから、ここで食事をしながら紅葉を眺めるのもいいかな、って。お花見の方法を取り入れてみたんだけどね。持ち運びし易い簡単なものだけど、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、相棒! いただきま~す!!」
そう言うが早いかオーン・カイは串焼きに手を伸ばすと、嬉しそうに齧り付いた。
「でね、風流と雅やかの話なんだけど」
冒険者はパンを手に取ると話を始めた。
「それも調べてくれたんだ! さすが相棒だね! どんなことがわかったの?」
先程とは違う種類の串焼きに手を伸ばしながら、オーン・カイは冒険者に話の先を促す。
「どちらも派手な見た目のことを意味する言葉なんですって。紅葉の派手な紅い色についてを指して、クガネの人がそう言ったんだと思うわ」
「なぁんだ。フウリュウって、竜の名前じゃなかったんだ……」
自らの想像が完全に的を外れていたことに落胆をしたのか、その語尾に力のこもらないオーン・カイの様子を見て、冒険者は苦笑をしながら話を続けた。
「そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない? 私たちは紅玉海では怪竜を見つけたんだし、もしかしたらどこかに風の竜が居るのかもしれないわよ。世界は広いから、まだまだ知らない場所は沢山あるわ。それに……」
冒険者は話を中断すると、ちぎったパンをひとかけら口に放り込んでから天を仰ぎ、風に揺らぐ紅葉をその瞳に焼き付けると、オーン・カイを改めて見つめ言った。
「あなたがヴェズルフェルニルくらいの歳になった時には、もしかしたらそう呼ばれていることになるのかもしれないわよ? 風の竜、風竜って」
「え? ……ええっ? 僕が!?」
冒険者の語る内容が予想だにしない展開となったためにオーン・カイは驚きの声を上げ、尾をパタパタとせわしく振り回しながら動揺した。
そんな様子を見て冒険者は笑い、話を続ける。
「ふふっ。先のことは誰にもわからないけどね。私だって冒険者になった時は、自分が英雄と呼ばれることになるだなんて、思いもしなかったから」
「そっか、うん、そうだよね。へへっ」
そう言いながらオーン・カイは照れくさそうに笑う。
一人と一頭の談笑は北部森林を廻る風に乗り、紅葉の間を抜けて空へと溶け込んでいった。
数日後。
冒険者はリムサ・ロミンサを訪れたことで、思わぬ人物との再会を果たした。
「まさかエスティニアンと、ここで出逢えるとは……」
「アジムステップで別れて以来だな、相棒」
その後、二人はレストラン・ビスマルクに移動をするとテラス席に陣取り、互いの近況を報告し合うこととなった。
「そんなに意外そうな顔をしなくともいいだろう? 俺は蒼の竜騎士を返上はしたが、世捨て人になったわけではないぞ。人並みに日用品の調達くらいはするさ」
そう言いながら肩を竦めて口角を上げるエスティニアンを見て、冒険者も思わず笑う。
「ふふっ、それは失礼。そういえばクガネとここは船で行き来ができるようになったんだものね。東方帰りなら、ウルダハやグリダニアよりは逢う確率が高いわ」
「ここに来たのは、東方からの帰りというわけではないがな」
「えっ?」
目を丸くした冒険者に向けて、エスティニアンは語り始めた。
「イシュガルドを離れてから……いや、正確には、魔大陸以降か。実は、こいつのメンテナンスができていないのさ」
そう言いながらエスティニアンが親指で自身の背後を差す姿を見て、冒険者は得心が行った。
「ああ、なるほど……」
「こいつを酷使したのは雲廊での一戦とファウネムを鎮めた時くらい……いや、化け物呼ばわりされた時もか」
「化け物呼ばわりって……。一体、何をやらかしたのよ?」
「ククク、借りを返しただけだ」
「はぁ?」
予想通りに首を傾げる相棒を見て、エスティニアンは楽しそうに笑う。
「まあ、そんなわけでな。以前ほど消耗することは無いが、同時に、以前のように専属の鍛冶師が居るわけでもない。そして、以前こいつの穂先に素手で触れたお前ならば気付いたかもしれんが……」
冒険者はエスティニアンの背にある彼の相棒──ゲイボルグ・ニーズヘッグを見つめて思わず息を呑み、話の続きを待った。
「これはあいつの置き土産みたいなものになっちまったからな。何かあってからでは取り返しがつかんだろうから、他人の手に触れさせることは避けているというわけさ」
「私が触った時は、特に何ともなかったけど?」
「フン、化け物じみた奴の意見なぞ、一般人へ配慮をするにあたっては何の参考にもならん。おそらくお前は、こいつに怖がられでもしたんだろうよ」
「ちょ……酷い! それが妹弟子に向かって言う言葉なの!?」
冒険者から言葉と共に抗議の視線を浴びたエスティニアンは真正面でそれを受け止め、二人は暫しの間睨み合いを続けた後、共に笑い飛ばした。
「つまり、自分で槍のメンテナンスをする為に鍛冶師ギルドへ相談に来たわけね」
「ああ、そうだ。ところでお前は、何故リムサ・ロミンサへ?」
自分の話を一通り済ませた形となるエスティニアンは、話題を変えるべく冒険者に問い掛けた。
「私の今回の目的地は調理師ギルド。つまり、ここよ。つい先日、黒衣森でピクニックをする流れになって、急遽お弁当を用意する必要に迫られたんだけど、何せ突然のことだったから、簡単なものしか作れなくてね。またそういう機会が無いとも限らないから、お弁当に向いたレシピのバリエーションを増やしておこうかと思って」
「お前がピクニックとは。そんな一般人じみたこともやっているんだな」
「……その微妙に引っ掛かる言い方、やめてくれないかしら」
冒険者は苦笑をすると、話を続けた。
「一緒に行った相手はオーン・カイでね。あの子、不浄の三塔で私を待ち伏せしていて、クガネで話を聞いた紅葉狩りをやってみたい、って、リクエストをしてきたのよ」
「ほう、あいつがそんなことを……。ああ、すまん。竜とピクニックに行く一般人はいないな。そこは訂正しておこう」
「なんだか悪化してる気がするんだけど」
「そうか?」
鼻で笑いながら口角を上げるエスティニアンを見て、冒険者はその肩を竦める。
「仕方の無いことなんだけど、あの子、紅葉狩りの狩りという言葉をそのままに解釈していてね。モミジという名の獣を狩る気満々で出掛ける形になったから、目的地で食事をする形にアレンジしたのよ」
「なっ……」
堪らずにエスティニアンは大笑いをし、それが治まると話を続けた。
「東方の言い回しは確かに難しいとは思うが、紅葉を獣と誤解するなど、いかにもあいつらしいな。ドラヴァニアに戻った後も元気そうで何よりだ。しかし……」
「しかし?」
首を傾げる冒険者を見据えたエスティニアンは何故か憮然とした表情となり、ゆっくりと腕と脚を組み顎を反らすと言った。
「相棒歴の浅い奴に娯楽で先を越された点はどうにも納得がいかん。相棒よ、今、弁当向きのレシピを増やしたと言ったな。俺がその毒見役をしてやろう。……ああ、黒衣森は見飽きているから、別の場所を見繕ってくれ」
あまりに好き勝手な言い様で希望を述べるエスティニアンを見た冒険者は、一瞬その顔を引きつらせた後に肩を竦め、そして苦笑いを見せた。
「まったく、素直じゃないんだから……」
「厳密に言えばここも黒衣森なんだけど、来るのは初めてでしょうから大目に見てちょうだい」
そう言いながら冒険者がエスティニアンに提案をした紅葉狩りの場所は、ラベンダーベッドの敷地内だった。
「外の森よりもここの紅葉の方が綺麗な紅色なんだけど、さすがにオーン・カイをここに連れて来るわけにはいかなくてね」
「グリダニアにこのような場所があったとはな。冒険者向けの分譲地か」
様々な外観の住宅を眺めて、エスティニアンは率直な感想を述べる。
「グリダニアだけじゃなくリムサ・ロミンサとウルダハと、あとクガネにもあるわよ」
「無いのはイシュガルドとアラミゴか。アラミゴは解放直後で致し方ないだろうが、イシュガルドに無い点は解せんな。散々世話になった冒険者たちに借りを返し、同時に、少なくはない財源の確保にも使える恰好の手段だろうに」
そこでエスティニアンは話を中断し、改めて周囲を見渡した。
「……まあ、今のイシュガルドの気候では、このような景観を望むことはできんだろうがな」
「雪国には雪国なりの楽しみ方があるでしょうけどね」
冒険者はベンチに腰を下ろしてその隣を指し示し、エスティニアンに着席を促す。
「ところで、お前もこんな家を持っているのか?」
隣に座りながらのエスティニアンの問いに冒険者は、その首を横に振る。
「戸建ての住宅は持っていないわ。留守がちでお庭の手入れとかが疎かになるのは目に見えているから、ここのアパルトメントに一部屋があるだけよ」
「なるほど。俺のように、寝に帰るだけの部屋ってことか」
「貴方の部屋がどんな感じなのかは知らないけど、多分そこまで殺風景ではないと思うわよ」
「チッ、バレたか」
含み笑いをしながら応じるエスティニアンに、冒険者も笑いながら応酬をした。
「さあ! あれだけ派手に毒見役の名乗りを上げてくれたんだものね。覚悟はいいかしら?」
「ふむ。見た目は案外まともだな」
二人の間に広げられた様々な料理を見たエスティニアンは独自の感想を述べ、それを聞いた冒険者は、やはりそう来たかといった風情でニヤリと笑う。
「料理を見て思い出したんだが、オーン・カイが聞いたという話の続きは何なんだ?」
「話の続きって?」
「ごはんがどうの、というやつだ」
「ああ、それね」
冒険者は先日のオーン・カイの様子を思い出し、笑いながら答えた。
「ごはんにする? お風呂にする? それとも……」
そこまでを言い放った冒険者は回答を中断すると慌てて口を掌で押さえ屈み込み、自分の迂闊さを呪った後、上目遣いでエスティニアンを睨み付けながら言った。
「……さては、知っていてわざと言わせたわね?」
「知らん」
「嘘!」
「俺が東方の慣習を知るわけがなかろう」
「絶対嘘よ! 口許は我慢してるけど目が笑ってるわ!!」
「ほう? 言い掛かりをつけてまで拒むとは、その先は余程口にし辛い内容と見えるな。では、とりあえず「ごはん」にしておくとするか」
「うっ……」
困惑し言葉を詰まらせる冒険者を見ながらエスティニアンは心底楽しそうに、しかし傍目には意地悪く映る笑みをその顔に浮かべると、並べられた相棒特製の料理の中からレバーケースゼンメルを手に取り、口へと運んだ。
~ 完 ~
初出/2017年11月27日 pixiv&Privatter
『第25回FF14光の戦士NLお題企画』の『紅葉』参加作品
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