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カルテット

 グリダニアが毎年恒例の守護天節でエオルゼア随一の賑わいを見せている中、光の戦士たる冒険者はキャンプ・ドラゴンヘッドの執務室で、何故か床に両手をついて突っ伏していた。
 いかに気心の知れた者たちの前でとはいえ、日頃の凛とした姿からはまるでかけ離れた、どこからどう見ても情け無いとしか言いようのない有り様で途方に暮れる彼女には、その場に居合わせた騎兵たちから苦笑混じりな同情の視線が送られている。
 ただ、一人からを除いては。


 遡って半日ほど前。
 マーケットで日用品を調達するために手近な場所だった、という理由でイシュガルドを訪れた冒険者は、巡回中の神殿騎士にその姿を認められ、アイメリクが執務中の総長室へと通されていた。

「お久しぶりです。アラミゴ城での合同作戦以来ですね」
「そうだな。今日は突然部下に呼び止めさせる形になってしまって済まない。以前、君を食事に招いた際に、食後のお茶を振る舞えなかったことを悔やんでいたんだ」
「お誘いいただくのはいつでも大歓迎ですし、あの時は緊急の事態でしたから、そもそも気にされるものではないと思いますよ」
 笑顔を苦笑に変えながら応じる冒険者の前にルキアからイシュガルドティーが差し出され、アイメリクの前で二人は互いに会釈をしながら視線を交わした。
「君を招くにあたって、今は口実にできる事柄がそのくらいしか無かったものでね」
 そう言いながらアイメリクも冒険者に遅れて苦笑をし、その肩を竦める。
 一方は一国の指導者。もう一方は世界中で活躍をする、英雄とも呼ばれる冒険者。
 悲しいかな、互いを盟友と認識する二人はそれぞれに付けられた肩書きが災いし、イシュガルド国内では気軽に街の一角で茶飲み話に興じることのできる間柄ではなくなっていた。

「ラウバーン局長……あっ、今は違うんでした。そのあたりの顛末は、既にご存知ですよね?」
「ああ、一通りの報告は受けている。ナナモ陛下は随分と身を切る決断をされたものだと驚かされたよ」
 冒険者は近況の中から、差し障りの無い内容を選んで話題とした。
「アラミゴが開放された後、ナナモ様ご自身で色々と土台を固められてのことだったんですけど、矢継ぎ早に事態を進展させた今回のご姿勢は、長年ラウバーン殿を間近で見られていたからこそのものだと思わされました」
「御仁の口癖は、確か「勝敗は早さと速さが別つ」だったか」
「ええ、それです。ラウバーン殿のそのモットーを、ナナモ様もしっかりと受け継がれておられるのだな、と。彼女が文字通りにあちらこちらを走り回られる姿は、可愛らしくもありましたけどね」
 そう言いながら冒険者は、つい先日女王の護衛をしたことを回想し、思わず軽く噴き出してしまっていた。
「ナナモ陛下を可愛らしいと評するのは、実際に可憐なお年頃であるのだから、君の目線からでも特におかしなことではないと思うが」
 アイメリクは目の前で笑う冒険者に、何を笑うことがあるのかと当然の疑問を抱く。
「それはそうなんですけど。あの方、変装をして訪れたゴールドソーサーで「夢にまで見たゴールドソーサー」と仰ったんですよ。女王陛下ともあろうお方が夢に見ていたとか、そこを思い出してしまって、つい……」
 冒険者の述懐を受け止めたアイメリクはその目を見開き、直後に噴き出した。
「そっ……そのようなことが。しかも変装をされるとは、ナナモ陛下は意外な一面をお持ちなのだな」
「でしょう? 正体を隠して市民の真の声を直接聞こうとされる姿勢は素晴らしいと思います。変装してのお忍び外出は以前からたびたびなさっていたそうなので、もしかすると実益の他に息抜きか、あるいはご趣味なのかも? その都度、お付きの人たちは大変みたいですけどね」
 そう言いながら笑う冒険者を見て、アイメリクは穏やかな笑みを返した。

「君が今日イシュガルドを訪れたのが偶然とはいえ、ちょうど良い頃合いで新鮮な話を聞くことができたな。……ついでのようで済まないが、ひとつ頼みごとをしても構わないだろうか」
「今は特に急を要する特別な依頼は抱えていませんし、アイメリクさんの頼みとあらば、何なりと」
「ありがとう。では、少々失礼するよ」
 アイメリクはそう言いながら席を立ち、執務机に向かうと一筆をしたため、手早くそれを封筒に納めて封蝋を施した。
「これを、キャンプ・ドラゴンヘッドのエマネラン卿に届けてほしい」
「それだけで……いいんですか?」
 差し出された書簡を受け取りながら首を傾げる冒険者に、アイメリクは笑顔で頷くと言った。
「ああ、それだけだ。もし、彼らから何か話をされたら、是非それを聞いてやってほしい」


 ──そして、現在に至る。
 床に突っ伏したままの状態でいる冒険者の前で、エマネランがアイメリクからの書状を今一度読み上げた。

「発/貴族院議長アイメリク・ド・ボーレル子爵。宛/エマネラン・ド・フォルタン。我らが盟友たる英雄殿に同行を依頼の上で、従者を伴い森都グリダニアを訪問されたし。主なる目的は、当地で開催中の守護天節の検分と、かの祭祀をイシュガルド国内で将来的に開催する点を見据えた上での考察。なお、訪問にあたって必要となる物資は追って支給するものとする……」

 一気に読み上げたエマネランは深呼吸をすると、冒険者と従者のオノロワに向けて嬉々とした口調で言った。
「……だってよ! 検分となると派手に立ち回るってもんじゃなさそうだが、とにかく、物資が届き次第グリダニアに行けってことだ。よろしく頼むぜ、相棒!」
「そのお仕事は楽しそう……いえ、僕はエマネラン様の監視……いえ、お傍で補佐をさせていただく場所が変わるだけですし、何の問題も無いのですが、はい。ところで英雄殿、大丈夫ですか?」
 オノロワから呼びかけられたことで冒険者はようやく立ち上がり、長らく床に付けられていたことで両手に付着してしまった土埃を払うと言った。
「何ていうか、その、依頼内容自体は危険ではないから構わないのだけど、あまりに想定外の展開で頭が……。いえ、その書状の最後に書かれた内容から想定できることで、嫌な予感が……」
「訪問にあたって必要となる物資を支給する、という箇所でしょうか?」
 オノロワの問い掛けに、冒険者は頷きながら答えた。
「そう。検分をするためには、四人で下級妖異の跋扈する館を探索しなくてはならなくて……」
「四人で、ですか。なるほど。それにはあと一人足りない、と」
 冒険者が再びオノロワに頷き口を開きかけたその時、執務室の扉が勢い良く開かれ、室内に居る全員の視線がそこに注がれる。
 皆の視線の先には、大きな荷を抱えた一人の荷運び人の姿があった。

「神殿騎士団本部からの物資を届けに参上した。荷を改めてもらいたい」
 荷運び人は抱えた荷を傍らに置き、室内に向けて高らかにそう告げると、目深に被った帽子をおもむろに脱いだ。
「アイメリク……卿?」
「……やっぱり」
 呆然としながら疑問符付きの呼び掛けをするコランティオの声と、そのすぐ隣で冒険者が漏らした溜め息混じりの一言が重なる中で、全員の注目と二人の言葉を浴びた荷運び人──冒険者風の装束を纏ったアイメリクは、遊戯に興じる少年のような笑みを湛えながら言った。

「「彼女」の行動力を見倣ってみようと思ってね。先刻通達をした守護天節の検分には、私も同行する。エマネラン卿とオノロワ君は急ぎ、こちらで用意をしたこの衣装に着替えてくれたまえ」

 キャンプ・ドラゴンヘッドの面々が未だ呆然としている中で冒険者は腕を組み、改めてアイメリクを見据えると言った。
「アイメリク卿。グリダニアに赴く前にひとつ、重要なことをお教えしましょう。そのお姿が変装か仮装なのかは測りかねますが、守護天節で日常と違った衣装を身に付けて出先を訪れた時は、始めに「トリック・オア・トリート」と言うのがお約束なんですよ」
「なるほど、心得た。しかし今回はあいにくこの大荷物で、菓子を受け取る余地が無いものでね。君たちに選択権を提示できない点は大目にみてくれないか」
「なっ……!」
 冒険者は絶句をした後に笑い出し、続いて室内に居る全員がそれに巻き込まれた。

 かくして冒険者と、冒険者風の変装をしたアイメリク、エマネラン、オノロワの四名は森都グリダニアへと赴き、亡霊屋敷・ホーンテッドマナーの妖異たちと対峙をすることとなったのである。
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