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聖人と従者

「今日の眺めは一段と素晴らしいな。氷天からも、さぞや美しく皇都が見渡せているんだろう、オルシュファン?」

 スチールヴィジルの西端に建立された慰霊碑の前でフランセルは蒼天を仰ぎながら、そう友に語り掛けた。
 オルシュファンの友として、また、慰霊碑建立の指揮を執った者として、常にこの場を美しく保っておきたいという想いから、彼は可能な限り頻繁に、この地を訪れていた。

 凍りついた供花を取り除き、碑石に立て掛けられた友の盾を磨き上げ、碑石とその周囲を清めた後に持参した新しい花を供えて調える。
 慰霊碑の完成直後に部下から清掃作業全般の手ほどきを受け、当初はおぼつかない手付きで今の倍ほどの時間をかけて何とかこなしていたものだったが、いざ継続をしてみれば、傅かれてきた身でもそれなりに手際が良くなるものだ、と、慰霊碑を見下ろしながらフランセルは自らを振り返る。
 そんな彼の耳に舞い込んできたのは、徐々に接近をするチョコボの軽快な疾走音だった。

 ここを訪れるのは、自分が見知った者である可能性が高いだろう。
 そう予想をして振り返ったフランセルの視界に飛び込んできたのは、スターライトチュニックを纏い黒チョコボに跨った、イシュガルド救国の英雄こと光の戦士であった。

「どうにも、フランセル卿にはかないませんね」
 手綱を引きながら開口一番、冒険者はフランセルに向けて微笑みながらそう言うと、慰霊碑からはやや離れた場で下鳥をする。
「君が僕にかなわない、とは?」
「私も一度くらいは、ここのお掃除をしてみたいと思ってるんですよ」
「ふふっ……なるほどね。しかし、いかに君とはいえ、こればかりは譲れないな」
 冒険者に遅れて笑みを浮かべながら、得意気な口調で納得の一言を返すフランセルの前で、彼女はチョコボの背に預けた荷の中からニメーヤリリーの花束を取り出すと、先ほど供えられたばかりの真新しい花束の隣にそれを並べ、雪原に跪いて祈りを捧げた。

 彼女は、これまでの冒険についてをオルシュファンに報告しているのだろうか。
 突いた膝からタイツ越しに伝わる冒険者の体温で周囲の雪が溶けてしまうのではないかと思わされる程の時間を経た後に彼女はようやく立ち上がり、片膝を掌で軽く払ってからフランセルの側へと向き直る。
 冒険者の片膝はフランセルが懸念をしていた通り溶かされた雪によって濡れてしまい、見た目にも明らかにタイツの色が変わっていた。
 脚が凍えることすらも厭わずに捧げられたその祈りからは、彼女のオルシュファンへの想いの深さを窺い知ることができる。

「それにしても、君は……」
「はい?」
 困惑気味の表情を浮かべながら冒険者に呼び掛け、そして言葉を途切れさせたフランセルは、首を微かに傾げ短い言葉で話の先を促す彼女の姿を見直した。

 彼女の身を包むスターライトチュニックは、着丈さえ長ければ夜会服もかくやといわんばかりのデザインであり、首から胸元、そして肩や背中と、更には腕までも、その肌を大胆に露出させている。
 その割に長手袋を身に付けているわけでもなく、また、屋外であるにも関わらずストールなども羽織っていない。
 そして夜会服ではないので当然のことながら着丈は短く、いわゆるミニワンピースのシルエットなのである。
 つまり端的に纏めるとフランセルが困惑をしている主な原因は、こういうことだ。

「……その姿で、寒くはないのか?」
 
 いかに晴天の下とはいえ、クルザスの低気温に曝され続ける若い女性の身を案じたフランセルの質問を受け止めた冒険者は、一瞬その目を丸くすると直後に微笑んだ。
「それなりに寒くはありますけど、鍛えてますから大丈夫。イシュガルドの聖人の従者は、この姿でないと」
「聖人の従者に扮する衣装は、他に袖やケープの付いたものもあっただろう? そのデザインは、ウルダハなどの暖かい地域でのものではないのかと思ってね」
「世間ではそうかもしれません。だけど、私にとってはこちらの方で」
 そう言いながら冒険者はちらりと慰霊碑へ視線を送り、再びチョコボの背にある荷物を探り始めた。
「お茶を、飲みませんか?」
 フランセルの側に向き直った冒険者の両手には、既に茶道具一式が抱えられている。
 断られる可能性を一切考えていない彼女の唐突な行動にフランセルは驚きを隠せなかったのだが、同時にこの展開が楽しくも思えたため、彼は微笑みながら応じた。
「それはイイね。戴くとしよう」

 
 フランセルが見守る前で冒険者は小型の焚き火台を手早く設営して火を熾し、火に掛けられた片手鍋で湯が沸くまでの間に茶葉と数種類のスパイスをブレンドしてポットの中身を整える。
 程なくして湯が注がれたポットからは、どこか懐かしい香りが漂ってきた。
「野営用なので、こんなカップになっちゃいますけどね」
 焚き火台の脇に置かれた小さなトレイに金属製のマグカップを三つ並べた冒険者は、ポットを数回往復させてそれらに茶を注ぎ終えると、そのうちの一つの取っ手をフランセルの側に回し向け、もう一つのマグカップを手に取ると慰霊碑の側へと歩を進める。
 この場で、マグカップを三つ並べられた時点で、彼女の意図することは誰の目にも明らかだった。
 オルシュファンの盾の隣へと茶を供する冒険者の後ろ姿を、フランセルは暖かな眼差しで見つめていた。
「お待たせしました。どうぞ」
 フランセルの側に戻り言葉でも彼に茶をすすめた冒険者は、ようやく自分のものであるマグカップをその手に取った。

「星芒祭は、寒さに震える戦災孤児たちの姿を見かねたイシュガルドの衛兵が、軍規を破って孤児たちを兵舎に招いたことに由来するのだと聞きました」
 冒険者は茶を飲みながら、フランセルに語り始めた。
「そうだね。かなり昔の話らしいけども……」
 残念ながら自らの周囲でそのような心温まる光景を目にする機会のなかったフランセルは、微かな苦笑を浮かべながら彼女の話に応じる。
「この由来を聞いた時に思ったんです。戦災孤児たちと、ウルダハを追われて行き場の無くなってしまったあの時の私たちは似ているな……って」
 静かな口調で続けられる冒険者の話に耳を傾けていたフランセルは、そこで途端に彼女の話の全貌を把握して驚きの表情となった。
「……そうか!」
「ええ。軍規を破って兵舎に孤児を招き入れたイシュガルドの衛兵が、オルシュファン」
「確かに、どちらも似ているね」
 頷くフランセルを見た冒険者は、当時の記憶を蘇らせたのか、その顔に哀愁を漂わせながら目を閉じた。

「途方に暮れるばかりの私たちに、オルシュファンが温かいお茶を届けてくれて。雪の家……キャンプ・ドラゴンヘッドの応接室で、暖炉の炎に照らされたオルシュファンのホーバージョンが、私の目には緋色にも見えて。あの時の彼は私たちにとって、聖人の従者どころか聖人そのものでした」

 思い出を語り終え、目をつぶったまま茶を一口飲みこんだ冒険者は、ゆっくりとフランセルを見上げる。
「きっとオルシュファンなら、星芒祭では聖人の従者に扮して奔走したんだろうな、と思って。でも彼はもう……聖人みたいな存在だから。代わりに私が聖人の従者になって、イシュガルドの子どもたちに星からの贈り物を届けに行ってきます、って。その挨拶をしに、今日はこの格好でここに来たんです」
 そう言いながら屈託のない笑みを浮かべる冒険者を見たフランセルもまた、彼女と同様に笑顔となった。
「きっとオルシュファンなら、袖の無い方の衣装を選ぶのだろうね」
「そういうことです。彼の従者であるからには、お揃いの衣装でなくちゃ」
 二人は改めて笑いながら慰霊碑を見遣り、そして共に、嬉々としてスターライトチュニックを身に付けるオルシュファンの姿を、その脳裏に思い描いていた。


「では、このお茶は、その時に飲んだものを再現してみようと?」
 冷め切る前に茶を飲み干したフランセルは、マグカップに残る香りを再確認しながら質問をし、それを受けた冒険者は回答を口にする前に頷いた。
「あの時オルシュファンが淹れてくれたお茶を時折飲みたくなって、色々なスパイスを試してはいるんですけど、でもどこか、何かが違うんですよね」
「やはりそうだったのか。僕もオルシュファンが淹れてくれたお茶を何度も飲んだことがあるから、どことなくそれと似ているな、と思ったよ」
「彼のお茶をご存知だったんですね。似ていると思って戴けたなら、方向性を間違ってはいなかったわけだから……良かった」
 心底嬉しそうに語り、微笑みながらマグカップを口許に寄せる冒険者を見守っていたフランセルは、懐かしい香りに似た残り香を楽しむべく、再び自らのマグカップを鼻に寄せた。

 ──これほどまでに今もイシュガルドに心を寄せてくれている彼女に、自分から贈れるものがあったではないか。

 彼女がこの茶で目指している味についてを知らされてから改めて嗅覚を刺激したことで、フランセルの脳裏では片隅に押し込まれていたひとつの記憶が最前列に踊り出してきていた。
「これから皇都で忙しくなる聖人の従者さまに、僕から贈りものをさせてくれるかな?」
「えっ? 私にですか。何かしら……」
 驚きの表情を見せてからクスクスと笑う冒険者に、フランセルは微笑みながら言った。

「エドモン卿は、ご自身の手で淹れられるほどにハーブティーを嗜まれているんだ。オルシュファンが淹れたお茶のレシピのヒントが得られるかもしれないから、エドモン卿にハーブティーのことを伺ってみるのはどうだろう? この情報が、僕からの贈りものだ」

 彼女にとって、それは完全に想定外の展開だったのだろう。
 先程よりも更に驚いた冒険者は、直後にその目を輝かせると大きく頷いた。
「ありがとうございます! このところはフォルタン邸を訪ねる機会もなくなっていましたから、お伺いする理由ができたことも嬉しいです」

 フランセルからの提案……贈りものを受け取った冒険者は、空になったマグカップをトレイに置くと、オルシュファンに供した茶を回収し、そのマグカップを焚き火に掛けられたままの片手鍋の中に残る湯に浸けた。
「それは、どうするんだい?」
 厨房に立つ機会が無いフランセルには、それが湯煎という調理技法であるとは分からなかったようだ。
「カップごとしばらくお湯に浸けておけば、また温かいお茶が飲めますから」
 首を傾げるフランセルに答えながら冒険者は片手鍋を焚き火から外して傍らに置き、火の始末をすると焚き火台を片付け始めた。

「イシュガルド正教の作法は知らないので、もしかしたら失礼なことになるかもですけど」
 冒険者は作業をしながら話を続ける。
「ひんがしの国では、お墓に食べ物や飲み物を供えて故人の冥福を祈った後に墓前から下げて、供えた人たちがその場で食べたり飲んだりするんです。供えたまま帰ってしまうとその場を汚してしまったり、動物に喰い散らかされたりしてしまうから、片付けてそれを未然に防ぐことが本来の目的なのだけど、それを、故人と飲食を共にするということに置き換えて考えるんですって」

 彼女は片手鍋の中からマグカップを取り出すと、フランセルが持ったままのマグカップに軽く手を添えて支え、そこに温めなおした茶を半分注ぎ入れた。
「だからこれは、ひんがし流に言うと、オルシュファンが淹れてくれたお茶、ってことにもなるんです。そう考えると、なんだかステキでしょう?」
「そうだね。なんだか不思議な気持ちになれるよ」
 冒険者が語る未知の世界の話に心を奪われ半ば呆然としていたフランセルは、マグカップの中で揺らめいている茶を見つめながら微笑み、直後、二人は茶を飲み干した。


 フランセルと冒険者はオルシュファンの慰霊碑からキャンプ・ドラゴンヘッドまで共に移動をし、エーテライトの南側で立ち止まると互いに向き合った。
「今日はどれだけ笑ったか、もうわからなくなってしまったよ。楽しいひと時をありがとう」
「どういたしまして。私の方こそ、ステキな贈りものを戴けて嬉しかったです」
 冒険者は笑顔でフランセルへの返礼を済ませると、颯爽と黒チョコボに跨った。

「では、行ってきますね!」

 言うが早いか、冒険者は黒チョコボに進路の指示を出す。
 沢山の、星からの贈り物を携えて、この地から西へ。
 一角獣紋章の騎士盾を背負ったイシュガルドの聖人の従者は、キャンプ・ドラゴンヘッドを出発した。

    ~ 完 ~

   初出/2019年1月8日 pixiv&Privatter
   『第32回FF14光の戦士NLお題企画』の『星芒祭』参加作品
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