双竜の戯れ
「なあ女将。一体何なんだ? この魔法人形は」
「常連さんから戴いたのよ。最新モデルだから、カウンターにでも置いて商売の役に立てて、と言われてね。かわいらしいでしょう?」
客の問いにそう答えながらカウンター上のマメットに微笑みかけるモモディの対面に座りグラスを傾けていた質問主の男は、あからさまに不機嫌の相を浮かべてその視線をマメットに投げつけた。
「フン……。巷では、こんなものをかわいいなどと言うのか」
「まあ、主に女性の感想になるけども、だいたいそうね。この子がたまに右手で持ち上げる赤い玉は目玉みたいに見えて、私には正直ちょっと気持ち悪いんだけど。そういうのをキモかわいい、と言う人も居るわ」
そう言うとモモディは小さな肩を竦め、次いでカウンターの下を探って小さな紙片を取り出すと男に差し出した。
「これは?」
「この子の説明書よ。あなた、この子のことは気に入らなくても気にはなっているんでしょう? 目を通しておけばいいんじゃないかと思ったの」
モモディの言葉を真正面から受けた男は目を伏せ、微かにその口角を上げた。
「さすがは音に聞くウルダハの名店・クイックサンドの女将といったところか? 見事な洞察力だな」
「初めてのお客様にそう言って戴けるだなんて、私のお節介も捨てたもんじゃないのかしらね」
男の真似をして口角を上げたモモディから説明書を受け取り、それに目を通した途端、彼の眉間には深い皺が刻まれた。
「……桃、だと?」
ふざけるな、と言わんばかりの怒気に満ち溢れたその呟きを耳にしたモモディは思わず噴き出してしまい、直後に男から抗議の視線を浴びせられ慌てふためいた。
が、慌てているのは仕草のみで、その瞳には先刻から何ら変わりのない包容力を湛えている点は、さすが名店の女将といったところだろうか。
「桃のところで笑わないどころか怒るだなんて思いもしなかったから、つい、ね。お酒を不味くさせてしまったのなら、ごめんなさい」
「いや、気にしないでくれ。この、製作者たちの一騒動とやらに呆れただけだ」
そう言いながらモモディに説明書を返すと、男はグラスに残る酒でその唇を湿らせた。
「桃の話はともかくとして。つまりこの子は、邪竜狩りに挑んだ蒼の竜騎士の姿を模して作られたわけでしょ。商売柄、イシュガルドの話は逐一耳に入ってくるけど、国の英雄の姿を模ったこういうものが出回るのは、あの国がだいぶ落ち着いてきたってことの証よね」
「英雄はこいつじゃないだろうが、国の方はそうかもしれんな。ところで女将……」
男は一旦そこで言葉を切り、グラスをカウンターに置くと、モモディに向き直って話を続けた。
「この国でも英雄と呼ばれる冒険者の近況については、何かあんたの耳に入っていないか?」
モモディは驚いたのか、その大きな目を見開き、次いで微笑みながら答えた。
「つい先日ここに泊まったわ。次はグリダニアに行くと言っていたけど、ほぼ同じタイミングでラウバーン局長もグリダニアに向かったから、また何かの作戦に招請されたんじゃないかしら?」
「フッ……なるほど。英雄殿の周囲は常にキナ臭いというわけか」
苦笑する男を見て、モモディは再びその肩を竦める。
「そうね。私なんかは時々気の毒に思ったりするけども。まあ、そういうわけで、グリダニアという大雑把な情報しか無いのだけど、そこは許してちょうだい」
「構わんさ。軍事絡みでは致し方あるまい。グリダニアで別の情報も得られるだろうしな」
納得した様子の男はグラスを干すと席を立ち、カウンターに飲食代を置いてモモディを見下ろした。
「久々に旨い酒と飯にありつけた。情報についても、礼を言う」
「どういたしまして。彼女に逢えるといいわね」
その言葉に男がヒラヒラと後ろ手を振り応えながらランディング方面の出入口に消えるまでを見届けたモモディは、直後にリンクシェルを耳にあてがい、通信を始めた。
「ミューヌ、バデロン、聴こえる? 業務連絡よ。今、ターゲットと接触したの。赤い槍を携えた銀髪碧眼のエレゼンの男性。マメットの説明をした途端に機嫌を損ねたし、直後にあの子のことを尋ねてきて、私が「彼女」と言ったことを気にも留めなかったから、まず間違いは無いわ」
よかった! おお! という二人の声をシェルから受け取ったモモディは通信を続ける。
「グリダニアに向かったから、次はミューヌの出番よ。飛空艇を使うみたいだから、到着は早いと思うわ。よろしくね」
グリダニア領の南部森林。
鬱蒼とした森林が続くアッパーパスの中心に位置する酒房・バスカロンドラザーズでは、数名の客が思い思いの時間を過ごしていた。
「……そうか。東部森林の作戦ではあいつの姿は確認できなかったんだな」
店主のバスカロンはカウンターに座る客の女に語りかけ、深い溜め息をつく。
「何度も迷惑をかけてしまって済まないと思っている。だが、あの馬鹿のことならどんな情報でも構わない。何かあったらまた知らせてくれ」
バスカロンの言葉を受けた女は微笑み、応えた。
「迷惑だなんて、そんなことありませんよ。それに、私の方がこれから迷惑をかけるかもしれないし」
そう言いながら女はカウンターの左手側に視線を移す。
彼女の視線の先には、クイックサンドのカウンターで客寄せの役目を担わされていたものと同じ新型マメットがあり、その身に組み込まれた動作を規則的に繰り返していた。
「ハッ! お前さんから迷惑を被ることなんざ、これっぽっちの想像もできんがな。しかしまあ、この人形は随分と複雑な動きをしやがる。いかに最新式とはいえ、こいつの仕事を依頼された職人はさぞかし大変だっただろうよ」
バスカロンはマメットを眺めながら見も知らぬ職人の技術を讃え、次いででき上がった鶏肉キノコ炒めを盛り付けた皿を女に差し出した。
店の前の広場に、チョコボの甲高い鳴き声が響く。
来客か? と、開け放たれた正面の出入口へと視線を送ったバスカロンは、直後にその表情を引きつらせると小声で女に言った。
「……俺じゃ手に負えなさそうだ。悪いが、お前さんの手を借りることになるかもしれん」
「多分、大丈夫かと」
バスカロンの隻眼の先、彼女にとっては背後からの気配を感じているのかいないのか。
振り向きもせずバスカロンに短く応えた後、フォークを手に取りキノコを一切れ、この店には似つかわしくない程に優雅な所作で女が口に運び終わると、来訪者の男は忌々しげに言い放った。
「こんな所でも、その中途半端な魔法人形を見せ付けられるのか」
「中途半端とは、随分なご挨拶ね。こんなによく出来ているのに」
直後。
カチャリという、フォークからではない金属音が店内に響き、その音の正体を目の当たりにしているバスカロンが慌てふためいた。
「おい! 店の中で槍を振り回すな! 何が気に入らんのかは知らんが、納めてくれ!」
「なに、振り回しはしないさ。少しばかり小突いて仕上げをするだけだ」
来訪者はバスカロンの要求をにべもなく却下し、店内に数歩その足を進めると、宣言通りに槍を突き出す。
その穂先はマメットを直撃し、欠けた破片がバスカロンの背後に転がった。
「……ああ。中途半端って、そういうことね」
女は苦笑しながら、自身のこめかみのすぐ脇で止められている槍の穂先を左手の甲でゆっくりと払い除け、その後ようやく来訪者の側に向き直り不敵な笑みを浮かべる。
「そいつの動作を監修したのはお前しか考えられん。仕事を請け負ったのならば、どんなものでも中途半端にするなと説教をしてやろうと思ってな」
来訪者はそう言うと、女に向かってニヤリと笑った。
緊迫感が溢れるどころか噴き零れるような場面の直後とは思えない男女のやり取りをカウンターの中から固唾を呑んで見守っていたバスカロンは、来訪者に脅威が無いことをようやく確信し、背後に転がっているマメットの破片を拾い上げると額の冷や汗を拭った。
「なんだ……お前さんの知り合いかよ」
「だから言ったでしょう? 私も迷惑をかけるかもしれない、って」
「なるほどな」
そう言うとバスカロンは大笑いをし、それが治まると来訪者とマメットを交互に見ながら言葉を続けた。
「しかし、どんな腕前なんだよあんたは。こいつはもうブッ壊れたとばかり思っていたが、倒れもせず、兜の角が欠けただけでしっかり動いていやがる」
「仕上げをするだけだと言っただろう。それがそいつの完成形だ」
「完成形……ねぇ」
槍を背に納める来訪者の姿を頭のてっぺんからつま先まで観察したバスカロンは、マメットの前の席を指し示す。
「まあ、座んなって。今のやり取りであんたのことは大体分かったが、客として居るなら素性は詮索しないのがこの店の流儀だ。酒と肴を楽しんでくれるなら、どんな奴でも構わんよ」
「ほう、それはありがたい」
来訪者はバスカロンの言葉を受けると、指し示された席に着き、言った。
「ではとりあえず、ここで一番高い酒を出してくれ。迷惑をかけた侘びと、ここまで散々無駄足を踏ませられた落とし前を兼ねて、相棒のこいつに払わせるんでな」
「ちょっ……エスティニアン! 何でそうなるのよ!?」
つい先刻、優雅な仕草でキノコを食べた女の口から出たとはとても思えない、粗野な口調で放たれた抗議混じりの返答が、店内に響き渡った。
一番高い酒は売約済みだからとバスカロンに断られ、二番目に高い酒で妥協をしてそれを容赦なくボトルごともぎ取ったエスティニアンは、これまた容赦なく値段を検めず好き放題に注文をした肴の皿で、自身と相棒の前のカウンターを埋め尽くす。
酒と料理に居場所を奪われたマメットは、エスティニアンの相棒たる冒険者の右側への移動を余儀なくされた。
「ミューヌからは東部森林へ向かったと言われ、いざ東部森林に行ってみればアマリセ監視哨の隊士に、今度は一足違いでモードゥナに向かってしまったと言われる始末だ。仕切り直しに戻ったグリダニアでミューヌから、じきに情報が入るだろうから遠出をするよりはここで待てと言われなければ、更に無駄足を踏んでいたところだったぞ」
「ふふっ。ミューヌさんってば、気を利かせた風を装ってちゃっかり営業もしてるじゃないの」
グリダニアに到着してからここまでの足跡を一気に捲し立てたエスティニアンに対して、冒険者は意地の悪い笑顔を浮かべながら、まるで埒外の事柄を指摘し応じる。
「……まあ、モードゥナのエーテライトに交感していない俺の往路は陸路に限定されるからな。ミューヌの思惑がどうあれ、結果的には彼女の提案に乗っておいて正解だったと思っているさ。数日間は退屈だったが」
そう言いながら酒を一気に呷り、空になったグラスをエスティニアンが音を立ててカウンターに置くと、冒険者はボトルを手に取って酒を注ぎ足した。
「ところで何なんだ、この魔法人形は? 俺はカードを作られているからいずれ人形も作られてしまうだろうと、ある程度覚悟はしていたが」
「えっ? 作られると思ってはいたんだ」
冒険者にとっては意外な回答だったのか、彼女は目を丸くして会話を繋いだ。
「立場上な。しかし、角の件もそうだが、説明書の文言はどう読んでもふざけ過ぎだろう。色についてで一騒動を起こしただと? 桃と言い出したのはあいつか? ともかく、そんな馬鹿げたことでお前たちが議論をしていたなど、考えただけで頭が痛くなったぞ」
話を聴いている途中から冒険者は耐えられなくなったのか、両手で口許を押さえながら笑い始めた。
「……何がおかしい?」
「だって……」
辛うじてその一言だけを繰り出した冒険者は再び笑い始める。
エスティニアンはその様子を呆れてしばらく見守ってはいたが、彼女の笑いはなかなか治まらない。
やがてその様子を見続けているのが馬鹿馬鹿しくなったのか、エスティニアンは肴として並べた皿の中からアンテロープステーキを切り分けてそれを口に運んだ。
「だって……あまりにも見事に策に嵌ってくれたものだから」
「……策、だと?」
エスティニアンは、食べかけの肉が刺さったフォークを握り締めたまま固まった。
「角については、原型を作った職人さんが「会心の曲線美ができた」とご満悦だったから、左を折ってくれとは言い出し辛かったという理由もあるのだけど」
カウンターに肘をつきながら冒険者の話に耳を傾けるエスティニアンの目が据わっているのは、どうやら酒に因るものではなさそうだった。
「ほう……?」
通常よりも数段低いであろう声音で話の先を促すエスティニアンの様子を嫌でも目と耳からもたらされる状況に陥ったバスカロンは、展開によっては店内で騒動が起きやしないかと、再び気が気ではなくなっていた。
この先で想定される最悪な展開は、この二人による力と力の応酬だ。
そんな事態に陥ってしまったら、この場の誰にも止められない。この店など物理的に木っ端微塵になってしまう。
「で。左の角を折らないと決めた時に、折角だからそれを逆に利用させて貰おうと思い付いたの。そして、貴方の目に留まったら関係者に文句を言わずにはいられなくなるようなことを色々と盛り込んでからリリースをしたのよ」
「その結果が、あの動作や説明書というわけか」
エスティニアンの怒気もバスカロンの狼狽も、冒険者はそのどちらも意に介さず、まるで世間話をするかのような口調で話を続けた。
「ええ。そして、三国の冒険者ギルドのマスターに一体ずつ渡して、エスティニアンの外見を伝えて、それらしき人が現れたらマメットを自慢して説明書を読ませるように頼んだの」
「おま……っ!」
間が悪くグラスを傾けていたエスティニアンはむせ返り、しばらく咳き込んでから息を整えて言った。
「……常連客ってのは、お前のことだったのか」
「そうよ。そして私の思惑通り、貴方はこの件について物申すことを目的に私を探し始めてくれたというわけ。ふふっ、どうだったかしら? 私の掌の上で踊らされた気分は?」
「いい訳がないだろうが」
先程までの怒気が消え、呆れた口調で一言を返したエスティニアンと、相変わらず意地の悪い笑顔をたたえたままの冒険者を交互に見たバスカロンは、ようやく胸の内の懸念を拭い去ることができて深い溜め息をひとつ吐いた。
「しかし、何故そんなに手の込んだ仕込みをしたんだ? それと、こんな辺鄙な場所をわざわざ選んでいるのも判らないんだが」
「こんな辺鄙な場所で悪かったな」
バスカロンが苦笑いをしながら、二人の会話に割って入った。
「この姉さんはな、俺の尋ね人についての途中経過を知らせにわざわざ来てくれてたんだ。だから、お前さんがここで姉さんに追い付いたのは単なる偶然なんだよ」
バスカロンに続いて冒険者が、その肩を竦めて応じた。
「都市内のお店なんかでさっきの「仕上げ」をされていたら、と考えると、ここがゴールになって良かったと心底思ったけどね」
そう言いながら笑う彼女の瞳は、相変わらず意地の悪い輝きを放っている。
そんな冒険者の姿を見ながら、バスカロンはエスティニアンに言った。
「お前さん流の言い方をすれば、この姉さんはどんな仕事でも中途半端にはしないんだ。で、今までのやり取りから想像するに、お前さんは姉さんの尋ね人だったんだろう? 俺流で言わせて貰えば、お前さんはとんだ馬鹿野郎だな」
思わぬ方向からの援護射撃を喰らったエスティニアンは苦虫を噛み潰す。
尋ね人。
とんだ馬鹿野郎。
言われてみて改めて考えると、エスティニアンはそのどちらも否定をすることができなかったからだ。
「私はね。貴方が退院したら、ささやかな快気祝いをしようと思って少しずつ準備をしていたのよ。それが何? 式典が終わってからお見舞いに行ったら病室がもぬけの殻になってるってのは」
「あー、それはどう考えてもお前さんが悪いな」
冒険者から弁明しようのない事実を突き付けられ、バスカロンからはトドメを刺され、進退窮まったエスティニアンは痛恨の舌打ちをする。
「……悪かった。黙って国を出たことは謝る」
エスティニアンの口からようやく絞り出された謝罪の言葉を、冒険者は満足げな笑顔で受け止めた。
「祝杯のお酒は、今日のところはこれで代用ね。皆で杯を交わせないのは残念だけど、私の部屋で埃を被っている本物がいつか日の目を見る時が来ると信じているわ」
そう言いながらグラスを掲げる冒険者に応えて、エスティニアンはグラスを自身の目の高さ程に掲げ、苦笑の残る口許に運んだ。
「客観的に見れば一件落着なんだろうが、俺はどうにもスッキリせんな。全く……グリダニアに入ってからというものの、ストレスが溜まり放題だ。相棒、この一杯が終わったら少し俺の相手をしろ」
そう言いながら出入口方面を指差すエスティニアンを見たバスカロンが焦り気味に口を挟んできた。
「おい、この周辺に宿屋は無いぞ。そういう事ならグリダニアに行」
「誤解するな」
睨み付けながらバスカロンの発言を強制終了させたエスティニアンは、長々と溜め息を吐き出すと、その視線を相棒に向けて言った。
「俺もグリダニアで発散しようとはしたさ。暇に任せて槍術士ギルドを覗いてみたりもしたが、逆にストレスが溜まる始末でな」
エスティニアンの愚痴混じりな発言を聴いた冒険者は、グラスに残った酒を呑み終わると天井を仰ぎ見て溜め息を吐く。
「貴方が乗り込んだら完全に道場破りじゃないのよ。ギルドの人たちが気の毒だわ……」
仕方ない、といった風情で冒険者は席を立ち、カウンターの端に立て掛けていた愛槍を手に取った。
その特異な意匠を横目で検分したエスティニアンは、片眉を吊り上げて冒険者に問う。
「何だそれは? 細身の斧か?」
「ニーズヘッグスピアよ。そう言われて見れば、斧っぽくも思えるわね」
「ニーズヘッグスピア対ゲイボルグ・ニーズヘッグか。フッ、こいつは面白い」
エスティニアンは自身のグラスを干し、立ち上がるとバスカロンに言った。
「そういう訳で、店の前庭をしばらく借りるぞ、大将。……ああ、俺の気が済んだら呑み直す。卓はそのままにしておいてくれ」
言い終わるなりエスティニアンは外に向かって歩き出す。
その背を見てから冒険者とバスカロンは互いに顔を見合わせ、そして肩を竦めた。
「迷惑をかけるわね」
「なんのこれしき」
その後、互いにニヤリと笑い合うと、冒険者はエスティニアンの後を追って店の外へと繰り出した。
そして本人の手によって先刻完成したばかりの唯一無二のマメットが、冒険者の後を追う。
『東部森林に引き続き、南部森林でも尋常ならざる異変があったらしい』
バスカロンドラザーズの敷地内でしばしの間繰り広げられた双竜の戯れは、偶然にもその日クォーリーミルに初めて到達した駆け出しの冒険者に目撃されてしまっていた。
駆け出しの冒険者が彼方に見た二頭の巨大な輝く蒼い竜の姿についてが盛大に尾鰭背鰭を付けられて伝播し、南部森林で超常現象が起こったという噂がしばらくの間グリダニア国内に漂ってしまったのは、ご愛敬などという言葉で片付けることなど到底できはしない、極めて迷惑な出来事であった。
~ 完 ~
初出/2017年2月13日 pixiv
「常連さんから戴いたのよ。最新モデルだから、カウンターにでも置いて商売の役に立てて、と言われてね。かわいらしいでしょう?」
客の問いにそう答えながらカウンター上のマメットに微笑みかけるモモディの対面に座りグラスを傾けていた質問主の男は、あからさまに不機嫌の相を浮かべてその視線をマメットに投げつけた。
「フン……。巷では、こんなものをかわいいなどと言うのか」
「まあ、主に女性の感想になるけども、だいたいそうね。この子がたまに右手で持ち上げる赤い玉は目玉みたいに見えて、私には正直ちょっと気持ち悪いんだけど。そういうのをキモかわいい、と言う人も居るわ」
そう言うとモモディは小さな肩を竦め、次いでカウンターの下を探って小さな紙片を取り出すと男に差し出した。
「これは?」
「この子の説明書よ。あなた、この子のことは気に入らなくても気にはなっているんでしょう? 目を通しておけばいいんじゃないかと思ったの」
モモディの言葉を真正面から受けた男は目を伏せ、微かにその口角を上げた。
「さすがは音に聞くウルダハの名店・クイックサンドの女将といったところか? 見事な洞察力だな」
「初めてのお客様にそう言って戴けるだなんて、私のお節介も捨てたもんじゃないのかしらね」
男の真似をして口角を上げたモモディから説明書を受け取り、それに目を通した途端、彼の眉間には深い皺が刻まれた。
「……桃、だと?」
ふざけるな、と言わんばかりの怒気に満ち溢れたその呟きを耳にしたモモディは思わず噴き出してしまい、直後に男から抗議の視線を浴びせられ慌てふためいた。
が、慌てているのは仕草のみで、その瞳には先刻から何ら変わりのない包容力を湛えている点は、さすが名店の女将といったところだろうか。
「桃のところで笑わないどころか怒るだなんて思いもしなかったから、つい、ね。お酒を不味くさせてしまったのなら、ごめんなさい」
「いや、気にしないでくれ。この、製作者たちの一騒動とやらに呆れただけだ」
そう言いながらモモディに説明書を返すと、男はグラスに残る酒でその唇を湿らせた。
「桃の話はともかくとして。つまりこの子は、邪竜狩りに挑んだ蒼の竜騎士の姿を模して作られたわけでしょ。商売柄、イシュガルドの話は逐一耳に入ってくるけど、国の英雄の姿を模ったこういうものが出回るのは、あの国がだいぶ落ち着いてきたってことの証よね」
「英雄はこいつじゃないだろうが、国の方はそうかもしれんな。ところで女将……」
男は一旦そこで言葉を切り、グラスをカウンターに置くと、モモディに向き直って話を続けた。
「この国でも英雄と呼ばれる冒険者の近況については、何かあんたの耳に入っていないか?」
モモディは驚いたのか、その大きな目を見開き、次いで微笑みながら答えた。
「つい先日ここに泊まったわ。次はグリダニアに行くと言っていたけど、ほぼ同じタイミングでラウバーン局長もグリダニアに向かったから、また何かの作戦に招請されたんじゃないかしら?」
「フッ……なるほど。英雄殿の周囲は常にキナ臭いというわけか」
苦笑する男を見て、モモディは再びその肩を竦める。
「そうね。私なんかは時々気の毒に思ったりするけども。まあ、そういうわけで、グリダニアという大雑把な情報しか無いのだけど、そこは許してちょうだい」
「構わんさ。軍事絡みでは致し方あるまい。グリダニアで別の情報も得られるだろうしな」
納得した様子の男はグラスを干すと席を立ち、カウンターに飲食代を置いてモモディを見下ろした。
「久々に旨い酒と飯にありつけた。情報についても、礼を言う」
「どういたしまして。彼女に逢えるといいわね」
その言葉に男がヒラヒラと後ろ手を振り応えながらランディング方面の出入口に消えるまでを見届けたモモディは、直後にリンクシェルを耳にあてがい、通信を始めた。
「ミューヌ、バデロン、聴こえる? 業務連絡よ。今、ターゲットと接触したの。赤い槍を携えた銀髪碧眼のエレゼンの男性。マメットの説明をした途端に機嫌を損ねたし、直後にあの子のことを尋ねてきて、私が「彼女」と言ったことを気にも留めなかったから、まず間違いは無いわ」
よかった! おお! という二人の声をシェルから受け取ったモモディは通信を続ける。
「グリダニアに向かったから、次はミューヌの出番よ。飛空艇を使うみたいだから、到着は早いと思うわ。よろしくね」
グリダニア領の南部森林。
鬱蒼とした森林が続くアッパーパスの中心に位置する酒房・バスカロンドラザーズでは、数名の客が思い思いの時間を過ごしていた。
「……そうか。東部森林の作戦ではあいつの姿は確認できなかったんだな」
店主のバスカロンはカウンターに座る客の女に語りかけ、深い溜め息をつく。
「何度も迷惑をかけてしまって済まないと思っている。だが、あの馬鹿のことならどんな情報でも構わない。何かあったらまた知らせてくれ」
バスカロンの言葉を受けた女は微笑み、応えた。
「迷惑だなんて、そんなことありませんよ。それに、私の方がこれから迷惑をかけるかもしれないし」
そう言いながら女はカウンターの左手側に視線を移す。
彼女の視線の先には、クイックサンドのカウンターで客寄せの役目を担わされていたものと同じ新型マメットがあり、その身に組み込まれた動作を規則的に繰り返していた。
「ハッ! お前さんから迷惑を被ることなんざ、これっぽっちの想像もできんがな。しかしまあ、この人形は随分と複雑な動きをしやがる。いかに最新式とはいえ、こいつの仕事を依頼された職人はさぞかし大変だっただろうよ」
バスカロンはマメットを眺めながら見も知らぬ職人の技術を讃え、次いででき上がった鶏肉キノコ炒めを盛り付けた皿を女に差し出した。
店の前の広場に、チョコボの甲高い鳴き声が響く。
来客か? と、開け放たれた正面の出入口へと視線を送ったバスカロンは、直後にその表情を引きつらせると小声で女に言った。
「……俺じゃ手に負えなさそうだ。悪いが、お前さんの手を借りることになるかもしれん」
「多分、大丈夫かと」
バスカロンの隻眼の先、彼女にとっては背後からの気配を感じているのかいないのか。
振り向きもせずバスカロンに短く応えた後、フォークを手に取りキノコを一切れ、この店には似つかわしくない程に優雅な所作で女が口に運び終わると、来訪者の男は忌々しげに言い放った。
「こんな所でも、その中途半端な魔法人形を見せ付けられるのか」
「中途半端とは、随分なご挨拶ね。こんなによく出来ているのに」
直後。
カチャリという、フォークからではない金属音が店内に響き、その音の正体を目の当たりにしているバスカロンが慌てふためいた。
「おい! 店の中で槍を振り回すな! 何が気に入らんのかは知らんが、納めてくれ!」
「なに、振り回しはしないさ。少しばかり小突いて仕上げをするだけだ」
来訪者はバスカロンの要求をにべもなく却下し、店内に数歩その足を進めると、宣言通りに槍を突き出す。
その穂先はマメットを直撃し、欠けた破片がバスカロンの背後に転がった。
「……ああ。中途半端って、そういうことね」
女は苦笑しながら、自身のこめかみのすぐ脇で止められている槍の穂先を左手の甲でゆっくりと払い除け、その後ようやく来訪者の側に向き直り不敵な笑みを浮かべる。
「そいつの動作を監修したのはお前しか考えられん。仕事を請け負ったのならば、どんなものでも中途半端にするなと説教をしてやろうと思ってな」
来訪者はそう言うと、女に向かってニヤリと笑った。
緊迫感が溢れるどころか噴き零れるような場面の直後とは思えない男女のやり取りをカウンターの中から固唾を呑んで見守っていたバスカロンは、来訪者に脅威が無いことをようやく確信し、背後に転がっているマメットの破片を拾い上げると額の冷や汗を拭った。
「なんだ……お前さんの知り合いかよ」
「だから言ったでしょう? 私も迷惑をかけるかもしれない、って」
「なるほどな」
そう言うとバスカロンは大笑いをし、それが治まると来訪者とマメットを交互に見ながら言葉を続けた。
「しかし、どんな腕前なんだよあんたは。こいつはもうブッ壊れたとばかり思っていたが、倒れもせず、兜の角が欠けただけでしっかり動いていやがる」
「仕上げをするだけだと言っただろう。それがそいつの完成形だ」
「完成形……ねぇ」
槍を背に納める来訪者の姿を頭のてっぺんからつま先まで観察したバスカロンは、マメットの前の席を指し示す。
「まあ、座んなって。今のやり取りであんたのことは大体分かったが、客として居るなら素性は詮索しないのがこの店の流儀だ。酒と肴を楽しんでくれるなら、どんな奴でも構わんよ」
「ほう、それはありがたい」
来訪者はバスカロンの言葉を受けると、指し示された席に着き、言った。
「ではとりあえず、ここで一番高い酒を出してくれ。迷惑をかけた侘びと、ここまで散々無駄足を踏ませられた落とし前を兼ねて、相棒のこいつに払わせるんでな」
「ちょっ……エスティニアン! 何でそうなるのよ!?」
つい先刻、優雅な仕草でキノコを食べた女の口から出たとはとても思えない、粗野な口調で放たれた抗議混じりの返答が、店内に響き渡った。
一番高い酒は売約済みだからとバスカロンに断られ、二番目に高い酒で妥協をしてそれを容赦なくボトルごともぎ取ったエスティニアンは、これまた容赦なく値段を検めず好き放題に注文をした肴の皿で、自身と相棒の前のカウンターを埋め尽くす。
酒と料理に居場所を奪われたマメットは、エスティニアンの相棒たる冒険者の右側への移動を余儀なくされた。
「ミューヌからは東部森林へ向かったと言われ、いざ東部森林に行ってみればアマリセ監視哨の隊士に、今度は一足違いでモードゥナに向かってしまったと言われる始末だ。仕切り直しに戻ったグリダニアでミューヌから、じきに情報が入るだろうから遠出をするよりはここで待てと言われなければ、更に無駄足を踏んでいたところだったぞ」
「ふふっ。ミューヌさんってば、気を利かせた風を装ってちゃっかり営業もしてるじゃないの」
グリダニアに到着してからここまでの足跡を一気に捲し立てたエスティニアンに対して、冒険者は意地の悪い笑顔を浮かべながら、まるで埒外の事柄を指摘し応じる。
「……まあ、モードゥナのエーテライトに交感していない俺の往路は陸路に限定されるからな。ミューヌの思惑がどうあれ、結果的には彼女の提案に乗っておいて正解だったと思っているさ。数日間は退屈だったが」
そう言いながら酒を一気に呷り、空になったグラスをエスティニアンが音を立ててカウンターに置くと、冒険者はボトルを手に取って酒を注ぎ足した。
「ところで何なんだ、この魔法人形は? 俺はカードを作られているからいずれ人形も作られてしまうだろうと、ある程度覚悟はしていたが」
「えっ? 作られると思ってはいたんだ」
冒険者にとっては意外な回答だったのか、彼女は目を丸くして会話を繋いだ。
「立場上な。しかし、角の件もそうだが、説明書の文言はどう読んでもふざけ過ぎだろう。色についてで一騒動を起こしただと? 桃と言い出したのはあいつか? ともかく、そんな馬鹿げたことでお前たちが議論をしていたなど、考えただけで頭が痛くなったぞ」
話を聴いている途中から冒険者は耐えられなくなったのか、両手で口許を押さえながら笑い始めた。
「……何がおかしい?」
「だって……」
辛うじてその一言だけを繰り出した冒険者は再び笑い始める。
エスティニアンはその様子を呆れてしばらく見守ってはいたが、彼女の笑いはなかなか治まらない。
やがてその様子を見続けているのが馬鹿馬鹿しくなったのか、エスティニアンは肴として並べた皿の中からアンテロープステーキを切り分けてそれを口に運んだ。
「だって……あまりにも見事に策に嵌ってくれたものだから」
「……策、だと?」
エスティニアンは、食べかけの肉が刺さったフォークを握り締めたまま固まった。
「角については、原型を作った職人さんが「会心の曲線美ができた」とご満悦だったから、左を折ってくれとは言い出し辛かったという理由もあるのだけど」
カウンターに肘をつきながら冒険者の話に耳を傾けるエスティニアンの目が据わっているのは、どうやら酒に因るものではなさそうだった。
「ほう……?」
通常よりも数段低いであろう声音で話の先を促すエスティニアンの様子を嫌でも目と耳からもたらされる状況に陥ったバスカロンは、展開によっては店内で騒動が起きやしないかと、再び気が気ではなくなっていた。
この先で想定される最悪な展開は、この二人による力と力の応酬だ。
そんな事態に陥ってしまったら、この場の誰にも止められない。この店など物理的に木っ端微塵になってしまう。
「で。左の角を折らないと決めた時に、折角だからそれを逆に利用させて貰おうと思い付いたの。そして、貴方の目に留まったら関係者に文句を言わずにはいられなくなるようなことを色々と盛り込んでからリリースをしたのよ」
「その結果が、あの動作や説明書というわけか」
エスティニアンの怒気もバスカロンの狼狽も、冒険者はそのどちらも意に介さず、まるで世間話をするかのような口調で話を続けた。
「ええ。そして、三国の冒険者ギルドのマスターに一体ずつ渡して、エスティニアンの外見を伝えて、それらしき人が現れたらマメットを自慢して説明書を読ませるように頼んだの」
「おま……っ!」
間が悪くグラスを傾けていたエスティニアンはむせ返り、しばらく咳き込んでから息を整えて言った。
「……常連客ってのは、お前のことだったのか」
「そうよ。そして私の思惑通り、貴方はこの件について物申すことを目的に私を探し始めてくれたというわけ。ふふっ、どうだったかしら? 私の掌の上で踊らされた気分は?」
「いい訳がないだろうが」
先程までの怒気が消え、呆れた口調で一言を返したエスティニアンと、相変わらず意地の悪い笑顔をたたえたままの冒険者を交互に見たバスカロンは、ようやく胸の内の懸念を拭い去ることができて深い溜め息をひとつ吐いた。
「しかし、何故そんなに手の込んだ仕込みをしたんだ? それと、こんな辺鄙な場所をわざわざ選んでいるのも判らないんだが」
「こんな辺鄙な場所で悪かったな」
バスカロンが苦笑いをしながら、二人の会話に割って入った。
「この姉さんはな、俺の尋ね人についての途中経過を知らせにわざわざ来てくれてたんだ。だから、お前さんがここで姉さんに追い付いたのは単なる偶然なんだよ」
バスカロンに続いて冒険者が、その肩を竦めて応じた。
「都市内のお店なんかでさっきの「仕上げ」をされていたら、と考えると、ここがゴールになって良かったと心底思ったけどね」
そう言いながら笑う彼女の瞳は、相変わらず意地の悪い輝きを放っている。
そんな冒険者の姿を見ながら、バスカロンはエスティニアンに言った。
「お前さん流の言い方をすれば、この姉さんはどんな仕事でも中途半端にはしないんだ。で、今までのやり取りから想像するに、お前さんは姉さんの尋ね人だったんだろう? 俺流で言わせて貰えば、お前さんはとんだ馬鹿野郎だな」
思わぬ方向からの援護射撃を喰らったエスティニアンは苦虫を噛み潰す。
尋ね人。
とんだ馬鹿野郎。
言われてみて改めて考えると、エスティニアンはそのどちらも否定をすることができなかったからだ。
「私はね。貴方が退院したら、ささやかな快気祝いをしようと思って少しずつ準備をしていたのよ。それが何? 式典が終わってからお見舞いに行ったら病室がもぬけの殻になってるってのは」
「あー、それはどう考えてもお前さんが悪いな」
冒険者から弁明しようのない事実を突き付けられ、バスカロンからはトドメを刺され、進退窮まったエスティニアンは痛恨の舌打ちをする。
「……悪かった。黙って国を出たことは謝る」
エスティニアンの口からようやく絞り出された謝罪の言葉を、冒険者は満足げな笑顔で受け止めた。
「祝杯のお酒は、今日のところはこれで代用ね。皆で杯を交わせないのは残念だけど、私の部屋で埃を被っている本物がいつか日の目を見る時が来ると信じているわ」
そう言いながらグラスを掲げる冒険者に応えて、エスティニアンはグラスを自身の目の高さ程に掲げ、苦笑の残る口許に運んだ。
「客観的に見れば一件落着なんだろうが、俺はどうにもスッキリせんな。全く……グリダニアに入ってからというものの、ストレスが溜まり放題だ。相棒、この一杯が終わったら少し俺の相手をしろ」
そう言いながら出入口方面を指差すエスティニアンを見たバスカロンが焦り気味に口を挟んできた。
「おい、この周辺に宿屋は無いぞ。そういう事ならグリダニアに行」
「誤解するな」
睨み付けながらバスカロンの発言を強制終了させたエスティニアンは、長々と溜め息を吐き出すと、その視線を相棒に向けて言った。
「俺もグリダニアで発散しようとはしたさ。暇に任せて槍術士ギルドを覗いてみたりもしたが、逆にストレスが溜まる始末でな」
エスティニアンの愚痴混じりな発言を聴いた冒険者は、グラスに残った酒を呑み終わると天井を仰ぎ見て溜め息を吐く。
「貴方が乗り込んだら完全に道場破りじゃないのよ。ギルドの人たちが気の毒だわ……」
仕方ない、といった風情で冒険者は席を立ち、カウンターの端に立て掛けていた愛槍を手に取った。
その特異な意匠を横目で検分したエスティニアンは、片眉を吊り上げて冒険者に問う。
「何だそれは? 細身の斧か?」
「ニーズヘッグスピアよ。そう言われて見れば、斧っぽくも思えるわね」
「ニーズヘッグスピア対ゲイボルグ・ニーズヘッグか。フッ、こいつは面白い」
エスティニアンは自身のグラスを干し、立ち上がるとバスカロンに言った。
「そういう訳で、店の前庭をしばらく借りるぞ、大将。……ああ、俺の気が済んだら呑み直す。卓はそのままにしておいてくれ」
言い終わるなりエスティニアンは外に向かって歩き出す。
その背を見てから冒険者とバスカロンは互いに顔を見合わせ、そして肩を竦めた。
「迷惑をかけるわね」
「なんのこれしき」
その後、互いにニヤリと笑い合うと、冒険者はエスティニアンの後を追って店の外へと繰り出した。
そして本人の手によって先刻完成したばかりの唯一無二のマメットが、冒険者の後を追う。
『東部森林に引き続き、南部森林でも尋常ならざる異変があったらしい』
バスカロンドラザーズの敷地内でしばしの間繰り広げられた双竜の戯れは、偶然にもその日クォーリーミルに初めて到達した駆け出しの冒険者に目撃されてしまっていた。
駆け出しの冒険者が彼方に見た二頭の巨大な輝く蒼い竜の姿についてが盛大に尾鰭背鰭を付けられて伝播し、南部森林で超常現象が起こったという噂がしばらくの間グリダニア国内に漂ってしまったのは、ご愛敬などという言葉で片付けることなど到底できはしない、極めて迷惑な出来事であった。
~ 完 ~
初出/2017年2月13日 pixiv
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