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キャンプ・ドラゴンヘッド滞在記

「なるほど、体力づくりを……」
 話を聞き終えたオルシュファンはしばしの間考え込み、その様子を見たアルフィノは、多忙な日々を送る彼に余計な仕事を増やしてしまったのではないかと危惧をする。

「それはとてもイイことですぞ、アルフィノ殿! 健全な肉体にこそ、健全な精神は宿るものですからな!」
 突如、考え込んでいたオルシュファンが石をも粉砕しそうな勢いで握り拳を作り、アルフィノの目の前にかざしながら大きな声で熱弁を始めた。
「はっ……はい」
 その展開にアルフィノは驚き、思わずたじろいだ後に周囲に居る騎士たちの様子を伺ったのだが、誰もこの状況に驚いた様子はない。
「腹が減るまで身体を動かし、汗を拭ってスッキリとした後に食事をとって身体を充分に休ませる。ここで重要となるのが、運動を終えてから食事をとるまでの時間をなるべく短くすることだ。そうすれば、食べたものを余すところなく自らの血肉とすることができる」

 これがここの日常であり、オルシュファン卿の個性なのか。
 アルフィノは周囲の騎士たちが整然とそれぞれの任務に向き合っている姿と、目の前でオルシュファンが熱く語る姿を交互に見比べながら分析をした。

「私がアルフィノ殿のような背丈の時分には、木刀を用いて素振りをするのが常でしたな」
「木刀で素振り、ですか」
「それをお奨めしようと思ったまでは良かったのだが、肝心な木刀がここには無い。演習用の武器は売るほどに備えがあるが、それらはアルフィノ殿にはまだ大き過ぎるしな……」
 オルシュファンはそう言いながら再び考え込んでから話を続けた。
「……うむ。ひとつ思いついたことがあるので、しばしここでお待ちいただきたい。その間、そこでスクワットに励んでいる彼らに倣い、アルフィノ殿もスクワットをしていて下さるか。単純な動作の繰り返しだが、足腰を鍛えられますぞ。覚えておいて損はしない」
「わかりました。それでは、お隣に失礼をして……こんな感じで良いでしょうか?」
 アルフィノがスクワットを続ける騎士たちの側に寄り挨拶をし、彼らの動作を観察しながらぎこちなく真似をし始めると、騎士たちが途端に動きを止め、そのことでアルフィノは狼狽をする。
「な……なにか不手際がありましたか?」
 恐る恐る訊ねるアルフィノに騎士たちから次々と微笑みが寄せられ、そして指導をしていた騎士がアルフィノの疑問に答えるべく口を開いた。

「お客人。そのままでスクワットをなさると、いずれかくこととなる汗でお召し物が汚れてしまいます。この地の気候では洗濯を毎日することはできても乾かすことは叶わない場合が多いので、このように鍛錬をする場合、我々は汗で衣類を無駄に汚すことを避けるべく、可能な限り脱いで行っているのですよ」

 言われてみれば、確かにそうだ。
 この地への逗留が決まった直後に着替え一式の調達を冒険者に頼んではいるが、アルフィノの装束は特注品となるために仕立て上がりまでに時間がかかってしまっている。今、身に着けているものを汚してしまったら、替えが無いのだ。
 そして教えを乞うておきながら、提示されたその場のしきたりを拒むなど言語道断。到底許されることではない。

「……はい。それでは、こちらの椅子に上着を置かせていただきます」

 アルフィノは作戦卓の周りに置かれた椅子のうちの一脚の前まで移動をすると、奥に立つヤエルに背を向け、そして覚悟を決めたかのように勢いよく上着を脱いだ。
 その一部始終を見守っていたオルシュファンは満足げに目を細めながら数回頷く。
「その意気ですぞ、アルフィノ殿。では、彼らと共にスクワットをしながらお待ち下され」


 程なくして戻ってきたオルシュファンの手には、一条の槍が握られていた。
 極めてシンプルな外観の槍はおそらく、オルシュファンが先ほど語っていた演習用の武器なのだろう。
 しかし当然のことながら、どう見ても大人用の槍だ。その全長はオルシュファンの背丈を優に超えている。 
「アルフィノ殿、こちらへ」
 呼び掛けに応じてアルフィノが首を傾げながらもオルシュファンの前へと向かうと、彼はアルフィノの真横に槍を立て、双方を見比べ始めた。
「金具は避けねばならんからな。ふむ……」
 そのオルシュファンの呟きが何を意味するのか全く想像の及ばないアルフィノは、引き続き首を傾げたまま事の成り行きを見守る以外のことはできずにいた。
 直後にオルシュファンはアルフィノから数歩下がって距離を取り、左手で槍を真横に持つとおもむろに自らの剣を抜く。

「オ……オルシュファン殿!?」
「おそらく、身はこのあたりまでか……」

 オルシュファンが呟きながら剣を槍に振り下ろしたことでバキッという音が室内に響き渡り、直後に派手な金属音を立てて槍の穂側が床へと落ちた。
 そのあまりの出来事に驚き後ずさるアルフィノにチラリと視線を送り、楽しげに口角を上げたオルシュファンは、左手の槍をくるりと回すと今一度剣を振り下ろし、石突の側も一刀両断をした後にようやく剣を納めた。

「コランティオ!」
「はっ!」

 オルシュファンの呼び掛けに、間髪を容れずコランティオが応じる。
「この槍は演習で酷使され破損をしてしまった、という形で処理をしておいてくれ」
「わかりました。状態は確かに破損でありますし、破損となれば致し方ない……ですね」
 執務机の脇に控えるコランティオがオルシュファンに返事をよこした際、その顔に浮かべたのは微笑だったのか、あるいは苦笑なのか。
 コランティオの立ち位置までは若干の距離があるために、アルフィノには判別をすることができなかった。

「というわけで、だ」
 オルシュファンの言葉にアルフィノが向き直ると、彼はナイフを手に取り、棒切れと化した槍の残骸の断面に面取りを施していた。
 その様子を呆然とアルフィノが見ているうちに反対側の断面もあっという間に面取りが施される。
「アルフィノ殿の体格ならば、このくらいの長さがよろしかろう。木刀はいずれ取り寄せるとして、それまではこれを代わりとしてお使い下され」

 ゴクリ、と、アルフィノは生唾を呑み込んだ。
 アルフィノとしてはスクワットを教わっただけで既に充分であったのだが、要塞の備品を潰すまでして専用の道具を用立てされたとあっては、今さら後に引くわけにもいかない。
「あ……ありがとうございます」
 やっとのことで礼を口にしながら差し出した両手にオルシュファン謹製の木刀が手渡され、その重さにアルフィノは愕然とする。
 これを使って、素振りを……。

「では、私が手本をお見せするとしましょう」
 アルフィノが木刀を見つめている間に、容赦なく退路が断たれてしまった。
 オルシュファンが再び剣を抜き、今度はアルフィノの右側へと立つ。
「剣術の形は多岐にわたるのですが、とりあえず今日は基本のうちのひとつを」
 オルシュファンはそう言いながら剣を持つ右手を高く上げ、左下に振り下ろすと同時に手の甲が真上になるまで手首を回し、次に剣を床と平行な状態に保ちながら右側へと払った。

「これが一回の動作となります。この形で重要となるのは、左に下ろしきった直後の手首の返しと、右へと払う際に手元から剣先までを地面と平行にして、それを最後まで保つこと。そこを意識しながら、まずはゆっくりと。慣れてきたら徐々に動作を早くしてゆくのです」

 全体の流れと注意するべき点は、頭では理解できた。頭では。
 そう思いアルフィノがオルシュファンを見上げると、早くやってみてごらんなさいと言わんばかりに大きく頷かれてしまった。
 忘れてはいけない。オルシュファンは今、執務を中断しているのだ。
 とにかくやってみなければならない。
「こう、ですか」
 とりあえず一回。
 アルフィノはオルシュファンの見せた流れを真似て素振りをする。
「うむ、その感じでいいでしょう。あとは繰り返しです。先ほどの要点は回を重ねると少し辛くなってくるので、そこは注意をして。そうですな……まずは、三十回連続で」
「わ……わかりました」
 提示された回数を聞いてアルフィノが再び愕然としたことに、オルシュファンは気付いてはいない様子だった。

 一見すると順調にゆっくりとした素振りを続けているように思えるアルフィノだったが、十回を手前にして彼の右腕は既に悲鳴を上げていた。
 それが十五回に近付く頃になると、あらかじめ注意をされていた要点について集中をするあまりに回数を数えることがおろそかになり、次が何回目になるのかがあやふやな状態になってしまう。
「あと十回ですな。この先が踏ん張りどころですぞ」
 オルシュファンから声が掛ったことでアルフィノは回数について助け船を得た形となり、安堵をした。

 今の声は遠くから聴こえたような気がする。 
 オルシュファン卿は、いつの間に執務机へと戻ったのだろうか。

 アルフィノがそう思いながら執務机の側へと視線を送ると、そこにオルシュファンの姿は無く。

 変だ。彼は、どこに……?

 カラン、と音を立てて木刀が床に落ち、それに続いてアルフィノが膝をつくと、倒れ伏した。
「アルフィノ殿!?」
 慌てふためいたオルシュファンの呼び掛けは、昏倒したアルフィノの耳には届かなかった。


「ただいま戻りました……って、ちょっ! 何がどうしてこうなっているの!?」

 昏倒したアルフィノに外傷が無いかを確認し、毛布に包んでオルシュファンが抱き上げたところに、光の戦士が帰還をした。
「話は後だ。とりあえずベッドへと運ばねばならぬ」
「わ、わかったわ」
 光の戦士は即座に踵を返すと、オルシュファンを先導するかのように雪の家へと歩を進める。
「扉を開けて下さい!」
 光の戦士に呼び掛けられた雪の家の扉前を警護する衛兵は、どう見ても非常事態でしかない状況を目の当たりにし、慌てて扉を開けた。
 衛兵に会釈をしつつ雪の家に入った光の戦士は、オルシュファンに抱きかかえられたアルフィノの姿を見て慌てふためくタタルの両肩を軽く押さえることで彼女に問答無用の制止をかける。
 そして素早くベッドにある掛け毛布を捲って横たえる準備を整えると、次にオルシュファンの側へと向き直ってアルフィノの足元を確認し、素早く彼のブーツを脱がせた。

「……ふう」
 毛布に包まれたままベッドに寝かされたアルフィノに更に毛布を掛け、彼の呼吸が正常であることを確認した光の戦士は、安堵の息を吐く。
「一体、何があったというの……」
 そう言いながら光の戦士が向き直ると、後ろに立っているとばかり思っていたオルシュファンが何故か床に両膝を突いていた。

「友よ! そして、タタル嬢! この度は大変申し訳ないことをした!」

 そう言い放つなり額を床に激突させんばかりの勢いでオルシュファンは光の戦士に向けて土下座をし、続けてタタルの側へと向き直り、同様に土下座をする。
「いきなり謝られても、まるで状況がわからないわよ……。でも、そこまで貴方が平身低頭するとなると、原因は貴方にある、と?」
「うむ。実はだな……」
 肩を落とし、彼らしからぬ歯切れの悪さで、オルシュファンは語り始めた。


「……なるほどね。アルフィノの希望を受けて鍛錬のアドバイスをしたものの、貴方の出した課題がアルフィノにとっては過酷なものだった、と」
 オルシュファンから事件の一部始終を余すところなく白状され、光の戦士はため息混じりに返答をした。

「うむ。以前お前が、アルフィノ殿は十六歳なのだと話をしてくれただろう。先ほど彼に課したのは私が十二の頃に日課としていた鍛錬なので、特に問題はないと思ったのだが、まさか倒れてしまわれるとは……」
 未だ困惑気味に語るオルシュファンを見て、光の戦士は肩を竦めて苦笑をする。
「アルフィノが倒れた原因は鍛錬の内容以外に、今までの心労や今日まで運動不足だった点もあるだろうとは思うけど。それを加味して考えても、騎士を目指していた十二歳と学士になっている十六歳では、そもそも基礎体力が違っていたのよ」
「そういうものなのだろうか」
「多分、ね」
 そんな二人のやり取りを見守っていたタタルが、冒険者の話に口添えをする。
「アルフィノ様は真面目な方でっすから、ご自身の体力の限界よりもオルシュファン様のお話を聞くことを優先したんだと思うのでっす。あるいは今まで、体力の限界を感じる機会が無かったのかもしれまっせん」
 二人とは違う視点で今までアルフィノを見守っていたタタルの意見に、オルシュファンと冒険者は共に納得の頷きを見せる。
「なるほど……」
 ようやくアルフィノの体力について納得ができたのか、オルシュファンは呟きとともに再度頷いた。

「それでは、目覚められた際には滋養のある食事をとって戴かなくてはな!」
「ちょっと待って」
 握り拳を作り力説をしたオルシュファンに、光の戦士はすかさず平手をかざして制止をかける。
「貴方の言う「滋養のある食事」は、今のアルフィノには重すぎるわ。そういう食事はしばらく先にして、まずは野菜のスープや新鮮なフルーツあたりから始めないと。ここに来てからアルフィノの食欲が落ちていたから気になっていて、今日は仕事のついでにグリダニアで新鮮な野菜と果物を色々買ってきたのよ」
 そう言いながら冒険者が荷袋の口を開くと、中を覗き込んだタタルが途端に歓声を上げる。
「わわわ、どれもこれも、とても美味しそうでっす!」
 そんなタタルの声につられてオルシュファンも袋を覗き込む。
 そして袋の中の林檎に目を止めたオルシュファンは、そのうちのひとつを手に取った。
「ひとつ貰っても構わんか?」
「ええ、どうぞ」
 冒険者の即答にオルシュファンは心底嬉しそうな微笑みを浮かべると直後に林檎を齧り、その香りと味を吟味した。
「これは、フェアリーアップルだな」
「凄い……。よく判ったわね。シャインアップルと殆ど同じ見た目なのに」
 途端に目を丸くして驚く冒険者を見て、オルシュファンは何故か寂しげな笑いを口許に浮かべると、区別することができた理由を語り始めた。
「フェアリーアップルは第七霊災を境にクルザスからは失われてしまった品種でな。私にはこの酸味が懐かしく感じられるのだ」
「そうだったの……。あっ! オルシュファンが懐かしく感じるのなら、ここの皆さんも懐かしく思ってくれるわね!」
 冒険者の口から想定外の話が振られたことで、今度はオルシュファンがその目を丸くする。
「今度フェアリーアップルを沢山手に入れて、アップルタルトを作って皆さんにご馳走するわ。何かお礼をしたいと思っていたのだけど、今まで何にしたものかと悩んでいたのよ」
 そう言い、嬉しそうな笑みを浮かべる冒険者の姿を見て、オルシュファンは目を細める。

「礼など気にすることはない……と言いたいところだが、それは大歓迎だぞ、友よ!」
「わかったわ。それじゃ、今度、ね」

 冒険者はオルシュファンに返事をすると、その視線をタタルへと向ける。
「タタルさん。アルフィノが目を覚ましたら、彼の選んだ果物を剥いてあげてくれるかしら。野菜のスープは、後で厨房をお借りして私が作るわ」
「それはお安い御用なのでっす。冒険者さんは、これからまたお出掛けになるのでっすか?」
 仕事から帰ってきたばかりなのに、また出かけるのだろうか。
 タタルが抱いた当然の疑問に冒険者は、その首を横に振った。

「実は、このところ私も運動不足気味なのよ。で、いつだったかオルシュファンに「サシで向き合い、稽古をしたい」と言われたのを思い出して。そんなわけで、今から少しの間いいかしら? オルシュファン?」

 冒険者から更に思いもよらぬ希望を出されたオルシュファンは、再び強く拳を握り締める。
「それは願ってもないことだ! 受けて立とう、我が友よ!!」
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