キャンプ・ドラゴンヘッド滞在記
策謀の嵐が吹き荒れたウルダハから光の戦士とアルフィノが脱出を果たし、キャンプ・ドラゴンヘッドへと身を寄せてから十日ほどが経過した。
到着直後は消沈した様を隠すことすら出来ない状態にまで陥っていたアルフィノであったが、この地を統括するオルシュファンを始めとしたイシュガルドの騎士たちから手厚く遇されることにより、徐々にではあるが気力を取り戻しつつあった。
今まで冒険者としてグランドカンパニーに貢献し、また地道に各所で個人的な人脈と信頼関係を築き上げていた光の戦士は、それが功を奏した形となっており、ウルダハでの事件後も表面上は以前と変わらず三国に出入りをすることができていた。
一方、そんな冒険者とは違い暁の血盟のメンバーとしての立場しか無いアルフィノと、二人とは別のルートでクルザスへと逃れてきたタタルは、キャンプ・ドラゴンヘッド内に留まり続けることを余儀なくされている。
ここを自分の家だと思ってくつろいでほしい、というオルシュファンの希望に沿っているのだろう。光の戦士はあの日以降、本業であるギルドからの依頼に応じて各地を飛び回る日々を送りながらも、帰る場所は「本来の自分の家」ではなく、キャンプ・ドラゴンヘッドと定めてくれていた。
そんな彼女からもたらされる近況報告の他に、難を逃れたウリエンジェや、手配の対象からはおそらく外れているのであろうユウギリからも多少の情報がもたらされてはいたが、これまで暁の血盟やクリスタルブレイブで膨大な情報を迅速かつ的確に処理することを日常とし、それを生き甲斐のように感じていたアルフィノにとって、現在の状況は何とも半端で、もどかしいものであった。
今はキャンプ・ドラゴンヘッドに留まることが最良かつ唯一のできることなのだ、と、アルフィノは自らに言い聞かせ、まずはオルシュファンの蔵書を借りることとした。
ここが要塞であるからか、あるいはオルシュファンの好みなのか。
蔵書の殆どが戦術書の類であったため、これらを読んでみたところで果たしてこの先に役立てる機会が訪れるのだろうか、と自嘲をしつつも、いざ紐解いてみれば、初めて触れるイシュガルドの書物であったことも手伝ってか、当初考えていた以上にアルフィノは有意義な時間を過ごすことができた。
アルフィノが読破した本の山を抱えてオルシュファンへと返却するべく応接室……雪の家を出ようと取っ手に手を掛けた矢先、その扉が不意に開かれた。
「わわっ! ア、アルフィノ様、大丈夫でっしたか?」
戻ってきたタタルと出ようとしたアルフィノは危うく衝突しかけ、互いに後退りをしてそれぞれの態勢を整えると、共に安堵の息を吐く。
扉前で警護を務めている衛兵には、その様子が微笑ましく思えたのだろう。二人のやり取りを見守りながら、彼はその表情を密かに綻ばせる。
「大丈夫だったよ。ところで、その荷物はどうしたんだい?」
アルフィノが首を傾げ、タタルが重そうに背負っている麻袋についてを問うと、彼女は室内に入り荷を床に下ろし、袋の口を開いた。
「南側の門を出てすぐのところに採掘場があるのでっすよ。今日はいいお天気なので運動がてら、試しに掘ってきまっした」
「そうだったのか。凄いな……」
袋に詰め込まれた鉱石を見てアルフィノは感嘆の声を上げ、それを受けたタタルは得意げに小さな胸を張る。
「ここではよろず屋さんに鉱石を買い取ってもらうくらいしかできないんでっすが、それでも、少しずつとはいえお金を手に入れられまっすからね」
直後、冒険者に依頼をしてマーケットに出品をしてもらえば少し稼ぎが良くなるかもしれない、と添えるあたりは、さすが暁の金庫番と言うべきだろう。
「いかにイシュガルドの領内とはいえ、要塞の外は危険かもしれない。くれぐれも無理のない範囲で行動してくれ」
「はいでっす」
そんな溌溂としたタタルの返事に見送られ、アルフィノはようやく屋外へと出た。
外に出た途端、アルフィノは寒さにその身を震わせる。
いかに晴天であるとはいえ、第七霊災による気候変動で一年中雪に覆われることとなってしまったクルザスの空気は、キャンプ・ドラゴンヘッドの人々の温かさとは対照的に冷ややかだ。
これは早急に防寒具を調達しなければ……と、そこまでを考えてしまったところで、今の自分は自由に衣料品を調達することすらままならない身であったのだと思い知り、アルフィノの足が止まる。
──やはり私は、一人では何もできないではないか。
冒険者の逞しさは次元が違うものと考えなければならないが、タタルはどうだ。
着の身着のままで辿り着いた未知の土地で、戦う術を持たないララフェルの女性が、僅かながらとはいえ確実に現金を入手できる手段を既に確立している。
思い起こせば、この一帯が猛吹雪に見舞われた日にタタルは厨房へと向かい、半日ほど戻らなかった。
戻った際に今まで何をしていたのかと尋ねれば、メドグイスティルを手伝っていたらいつの間にかお喋りになっていたとのことだったので、その時は言葉通りに受け取ったのだが、改めて考えてみると、あれは彼女流の情報収集をする手段だったのだろう。
「どうなさいました? 忘れ物でも?」
「あ……いえ、何でもありません」
立ち止まったことを心配する衛兵の声にアルフィノは振り向いて首を横に振りながら応えると、オルシュファンの元へと歩を進めた。
このような状況に陥った場合は女性の方が柔軟に対応できるのかもしれない、という考えを巡らせたアルフィノの脳裏に、先ほどのタタルの言葉が蘇る。
彼女は運動がてらに採掘をしてきたと言っていた。
つまり採掘という手段で金策をすると同時にタタルは、体力づくりもしてきたということになるのだ。
見事なまでの一石二鳥。なんと逞しいことだろうか。
それに引き換え、これまで延々と読書に没頭していた自分はどうだ?
今までは各地を飛び回ることが運動のようになっていたが、ここに身を寄せてからは部屋に閉じ篭ったきりだ。
この有様はさすがにまずいが、果たしてどうしたものか……。
様々なことを考えながらアルフィノは、オルシュファンの元に辿り着いた。
「アルフィノ殿! なんと、もう読み終えてしまわれたのか?」
執務室に入るなり、オルシュファンから驚きの声がアルフィノへと掛けられた。
「はい、ありがとうございました。こちらに置いてよろしいですか?」
「うむ」
室内の中央に配置された大きな作戦卓の脇でアルフィノが立ち止まり、オルシュファンの許可を受けてから抱えていた本を置く。
「アルフィノ殿の類稀なる才覚については我が友から散々聞かされていたが、これほどまでに読書が早いとは」
オルシュファンはペンを置くと立ち上がり、アルフィノの側へと歩み寄りながら話を続けた。
「そのような内容のものばかりでは飽きてしまわれるだろうと思い、様々な分野の書物を取り寄せるべく、本家に依頼をしてはみたのだがな。ご存知の通りに昨今は皇都の情勢が慌ただしいので、残念ながら荷は到着していない。退屈をさせてしまって申し訳ないが、今しばらくはご辛抱いただきたい」
肩を竦めながらの発言という彼にしては珍しい行動と、話の内容に驚いたアルフィノは、改めてオルシュファンを見上げるとその目を見開く。
「それほどまでのご配慮をも戴けていたとは……。感謝の言葉もありません」
そしてアルフィノは姿勢を正すとオルシュファンに向けて一礼をし、再び見上げると話を続けた。
「実は、ご相談をしたいことがあるのです。お時間を拝借してもよろしいですか?」
到着直後は消沈した様を隠すことすら出来ない状態にまで陥っていたアルフィノであったが、この地を統括するオルシュファンを始めとしたイシュガルドの騎士たちから手厚く遇されることにより、徐々にではあるが気力を取り戻しつつあった。
今まで冒険者としてグランドカンパニーに貢献し、また地道に各所で個人的な人脈と信頼関係を築き上げていた光の戦士は、それが功を奏した形となっており、ウルダハでの事件後も表面上は以前と変わらず三国に出入りをすることができていた。
一方、そんな冒険者とは違い暁の血盟のメンバーとしての立場しか無いアルフィノと、二人とは別のルートでクルザスへと逃れてきたタタルは、キャンプ・ドラゴンヘッド内に留まり続けることを余儀なくされている。
ここを自分の家だと思ってくつろいでほしい、というオルシュファンの希望に沿っているのだろう。光の戦士はあの日以降、本業であるギルドからの依頼に応じて各地を飛び回る日々を送りながらも、帰る場所は「本来の自分の家」ではなく、キャンプ・ドラゴンヘッドと定めてくれていた。
そんな彼女からもたらされる近況報告の他に、難を逃れたウリエンジェや、手配の対象からはおそらく外れているのであろうユウギリからも多少の情報がもたらされてはいたが、これまで暁の血盟やクリスタルブレイブで膨大な情報を迅速かつ的確に処理することを日常とし、それを生き甲斐のように感じていたアルフィノにとって、現在の状況は何とも半端で、もどかしいものであった。
今はキャンプ・ドラゴンヘッドに留まることが最良かつ唯一のできることなのだ、と、アルフィノは自らに言い聞かせ、まずはオルシュファンの蔵書を借りることとした。
ここが要塞であるからか、あるいはオルシュファンの好みなのか。
蔵書の殆どが戦術書の類であったため、これらを読んでみたところで果たしてこの先に役立てる機会が訪れるのだろうか、と自嘲をしつつも、いざ紐解いてみれば、初めて触れるイシュガルドの書物であったことも手伝ってか、当初考えていた以上にアルフィノは有意義な時間を過ごすことができた。
アルフィノが読破した本の山を抱えてオルシュファンへと返却するべく応接室……雪の家を出ようと取っ手に手を掛けた矢先、その扉が不意に開かれた。
「わわっ! ア、アルフィノ様、大丈夫でっしたか?」
戻ってきたタタルと出ようとしたアルフィノは危うく衝突しかけ、互いに後退りをしてそれぞれの態勢を整えると、共に安堵の息を吐く。
扉前で警護を務めている衛兵には、その様子が微笑ましく思えたのだろう。二人のやり取りを見守りながら、彼はその表情を密かに綻ばせる。
「大丈夫だったよ。ところで、その荷物はどうしたんだい?」
アルフィノが首を傾げ、タタルが重そうに背負っている麻袋についてを問うと、彼女は室内に入り荷を床に下ろし、袋の口を開いた。
「南側の門を出てすぐのところに採掘場があるのでっすよ。今日はいいお天気なので運動がてら、試しに掘ってきまっした」
「そうだったのか。凄いな……」
袋に詰め込まれた鉱石を見てアルフィノは感嘆の声を上げ、それを受けたタタルは得意げに小さな胸を張る。
「ここではよろず屋さんに鉱石を買い取ってもらうくらいしかできないんでっすが、それでも、少しずつとはいえお金を手に入れられまっすからね」
直後、冒険者に依頼をしてマーケットに出品をしてもらえば少し稼ぎが良くなるかもしれない、と添えるあたりは、さすが暁の金庫番と言うべきだろう。
「いかにイシュガルドの領内とはいえ、要塞の外は危険かもしれない。くれぐれも無理のない範囲で行動してくれ」
「はいでっす」
そんな溌溂としたタタルの返事に見送られ、アルフィノはようやく屋外へと出た。
外に出た途端、アルフィノは寒さにその身を震わせる。
いかに晴天であるとはいえ、第七霊災による気候変動で一年中雪に覆われることとなってしまったクルザスの空気は、キャンプ・ドラゴンヘッドの人々の温かさとは対照的に冷ややかだ。
これは早急に防寒具を調達しなければ……と、そこまでを考えてしまったところで、今の自分は自由に衣料品を調達することすらままならない身であったのだと思い知り、アルフィノの足が止まる。
──やはり私は、一人では何もできないではないか。
冒険者の逞しさは次元が違うものと考えなければならないが、タタルはどうだ。
着の身着のままで辿り着いた未知の土地で、戦う術を持たないララフェルの女性が、僅かながらとはいえ確実に現金を入手できる手段を既に確立している。
思い起こせば、この一帯が猛吹雪に見舞われた日にタタルは厨房へと向かい、半日ほど戻らなかった。
戻った際に今まで何をしていたのかと尋ねれば、メドグイスティルを手伝っていたらいつの間にかお喋りになっていたとのことだったので、その時は言葉通りに受け取ったのだが、改めて考えてみると、あれは彼女流の情報収集をする手段だったのだろう。
「どうなさいました? 忘れ物でも?」
「あ……いえ、何でもありません」
立ち止まったことを心配する衛兵の声にアルフィノは振り向いて首を横に振りながら応えると、オルシュファンの元へと歩を進めた。
このような状況に陥った場合は女性の方が柔軟に対応できるのかもしれない、という考えを巡らせたアルフィノの脳裏に、先ほどのタタルの言葉が蘇る。
彼女は運動がてらに採掘をしてきたと言っていた。
つまり採掘という手段で金策をすると同時にタタルは、体力づくりもしてきたということになるのだ。
見事なまでの一石二鳥。なんと逞しいことだろうか。
それに引き換え、これまで延々と読書に没頭していた自分はどうだ?
今までは各地を飛び回ることが運動のようになっていたが、ここに身を寄せてからは部屋に閉じ篭ったきりだ。
この有様はさすがにまずいが、果たしてどうしたものか……。
様々なことを考えながらアルフィノは、オルシュファンの元に辿り着いた。
「アルフィノ殿! なんと、もう読み終えてしまわれたのか?」
執務室に入るなり、オルシュファンから驚きの声がアルフィノへと掛けられた。
「はい、ありがとうございました。こちらに置いてよろしいですか?」
「うむ」
室内の中央に配置された大きな作戦卓の脇でアルフィノが立ち止まり、オルシュファンの許可を受けてから抱えていた本を置く。
「アルフィノ殿の類稀なる才覚については我が友から散々聞かされていたが、これほどまでに読書が早いとは」
オルシュファンはペンを置くと立ち上がり、アルフィノの側へと歩み寄りながら話を続けた。
「そのような内容のものばかりでは飽きてしまわれるだろうと思い、様々な分野の書物を取り寄せるべく、本家に依頼をしてはみたのだがな。ご存知の通りに昨今は皇都の情勢が慌ただしいので、残念ながら荷は到着していない。退屈をさせてしまって申し訳ないが、今しばらくはご辛抱いただきたい」
肩を竦めながらの発言という彼にしては珍しい行動と、話の内容に驚いたアルフィノは、改めてオルシュファンを見上げるとその目を見開く。
「それほどまでのご配慮をも戴けていたとは……。感謝の言葉もありません」
そしてアルフィノは姿勢を正すとオルシュファンに向けて一礼をし、再び見上げると話を続けた。
「実は、ご相談をしたいことがあるのです。お時間を拝借してもよろしいですか?」
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