小さい頃、押入れに篭るのが好きだった。
狭くて暗い中に明かりと遊び道具を持ち込んでは日がな一日その中で過ごす。明かりをともすと押入れの中がぼんやりと浮かび、絵本に出てくる幻想的なお城のようだった。あまりにも外へ出てこないものだから、家族に行方不明になったと誤解され騒ぎになったことすらある。あの時はひどく叱られたものだ。…

狭い車の中で、何故か昔のことを思い出した。
あの押入れと、今、どこか似ているからだろうか。
携帯電話のコール音がけたたましく鳴っている。

電話に出ることができない。
運転席に座る私の手に、足に、無数の白い手が絡みついているからだ。手形がベタベタとフロントガラスを覆い尽くし、向こう側の景色が見えなくなった。私はすがるように傍らの携帯電話に目線を向ける。鳴り続けるコール音が、唯一の命綱のような気がした。

ぷつん、と音が止む。

静寂が訪れる。聞こえるのは自分の荒い呼吸音だけ。刺すように冷たい白い手が、私の首をゆっくり締め上げる。意識をなくす間際に、押入れの中の明かりを見たような気がした。