このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

拓楽

(罪悪感から澄野の世話を焼いていた丸子と、その丸子に世話を焼かれるのが癖になっちゃう澄野の共依存ラブコメ)


「澄野!」
「なあーすみのー」
「おーい澄野」
「どこだよ澄野」
「すーみーのー!!」

【澄野くんのお世話係】

「───丸子が鬱陶しいっっっ」

 ドンと食堂のテーブルに拳を打ちつける。
 ここ最近ずっと丸子に付き纏われている。どこにいようが、何をしていようがお構いなしだ。いい加減一人になりたい。
 今はなんとか隙をついて逃げたが、見つかるのは時間の問題だった。

「でもなんかかわいいじゃん。あれだよほら、親鳥の後ろを歩く雛鳥みたいでさ!」

 食堂にたまたまいた川奈のフォローに、オレはなんとも言えない顔をするしかなかった。
 オレはあいつの親じゃないし、そもそもあそこまで懐かれるようなことをした覚えもない。

「うーん、でも何かきっかけがあったと思うんだよね」
「アレじゃないっすか、ほら」

 離れたテーブルにいた今馬が、何か思いついたのか指を立ててこちらにも思い出すように促してくる。
 そう言われても特に思い当たる節は……

「あー、アレかあ。澄野が探索中に危うく死にかけた事故……あの時は大変だったよね、うっぷ…」

 思い出した川奈が、込み上げる吐き気を抑えるために口に手を当てた。
 実はオレはそのときの記憶が曖昧で、今も死にかけたと言う実感はなかった。と、いうより、学園になんとかたどり着いたところで一度死んで、蘇生マシーンで蘇ったので、死にかけたのではなく完全に死んでいるのだが、そこは今は重要じゃない。
 言われてみればそのあたりから丸子の様子がおかしくなったような気がする。

「もしかして澄野先輩の事故に、丸子先輩が関わってるんじゃないっすか?」

 あのときの探索メンバーは確か…

「えっと、面影と丸子と厄師寺の男子メンバーだったよね」
「とりあえず残りの二人に話を聞いてみるのもいいかもっすね。事件の真相がわかるかもしれないっす」
「事件て……アレは事故だろ」

 今馬の言葉に顔を引き攣らせる。

「いやー分かんないっすよ? ま、自分は探偵じゃないんで、そこんところは澄野先輩が解き明かしてくださいよ」

 もうこの話題への興味を失ったのか、今馬は愛しの妹を模ったフィギュアと語り合うのを再開してしまう。本人は絶賛反抗期のようだ。
 真相か……でもなにかあれば他の二人も黙ってないだろうし、特に厄師寺は義理人情に厚い男だ。丸子ならいざ知らず、厄師寺を疑いたくはない。
 面影は……正直わからなかった。悪いやつじゃないのは確かだが、面白半分にオレを陥れてもなんの違和感もないキャラをしている。

「あんまり本気にしないほうがいいよ。丸子って頼りないけど、悪い子じゃないと思うし」

 川奈の優しい言葉はいつもオレを救ってくれるな。

「ありがとう川奈。そうだよな、オレも仲間を疑うよりは信じる方が性に合ってる」

 とりあえず、まずは丸子に直接聞いてみよう。


「は? なんでって、そりゃオメーがあぶねーことしねーように見張ってんだよ」

 丸子はあっさりと、今までの行動について答える。
 なんだか疑わしくなるほど丸子らしくない回答に、偽物の可能性が頭をよぎる。だが続く言葉は確かに丸子のものだった。

「大体オメーはドジでおっちょこちょいのくせに前に出過ぎなんだよ。ちょっと異血の力がつよいくれーで何勘違いしてんだ」
「うぐっ…」

 オレは自分のことを特別だなんて思ってない。
 みんなを守るためにできることをしてるだけだ。
 そう言い返したいのに、つい最近探索中に無様に死んだ身としては何も言えなくなる。

「オメーはオレらのリーダーなんだから、後でどっかり構えてりゃいーんだよ」
「意外だな。丸子ならどんどん前に出て戦えって言うと思ってた…」

 というより最初の頃はそうだっただろ。戦いなんて嫌だって駄々を捏ねて、散々逃げ回っていたのは丸子だ。
 それが今になって、リーダーだから後ろに下がってろだなんて、どんな心境の変化があったんだ。

「……で…って……」
「え、なんだ?」

 丸子の言葉が小さくて聞き取れないので、耳を寄せる。
 すると突然、ぐわっと顔を上げた丸子が叫ぶ。

「だから! 今まではオメーがマジで死ぬなんてオレは思ってなかったって言ってんのっ!」

 迫真の表情で迫ってくる丸子に思わずたじろぐ。
 丸子の顔は真剣そのもので、思わずドキッと心臓が高鳴る。……いや、なんでオレが丸子にときめかないといけないんだ。気のせいだ気のせい。
 とにかく、丸子がオレの身を本気で案じてくれているのは確かのようだ。
 一度口に出したら歯止めが効かなくなったのか、唾を飛ばす勢いでさらに丸子は続ける。

「オメーは、なんか知らねーけど100日間を生き残ったんだろ? そっからさらに過去に戻ってやり直しをして、オレらのリーダーになって、パワーアップした異血の力で大活躍してよ、そんなのぜってー大丈夫だと思うじゃねーか!?
 なのにあれくらいのことであっさり死にかけてんじゃねーよ!!」

「うっ……」

 返す言葉もなかった。
 学園の外で死んだら蘇生ができない。つまりそれは本当の死だ。それも戦いの最中ならいざ知らず、詳細は覚えていないが、ただの探索のうっかり事故で死ぬなんて、オレだって呆れてしまう。
 その事故が原因で、丸子にオレの死というトラウマを植え付けてしまったのかもしれない。そのせいでこんなことになってしまってるんだろう。
 これは、どう考えてもオレが悪いよな。

「だからオレが仕方なく面倒を見てやることにしたんだよ。あっ! ちなみにオレはタダ働きなんかしねーからな! この戦いが終わったらきっちり精算してやるからそのつもりでいろよっ」
「……」

 全く素直じゃないが、丸子なりにオレのことを気遣ってくれているのが伝わる。
 どうやらオレは丸子を誤解してたみたいだ。初対面の時はどうしようもないやつだと思ったけど、存外仲間想いな一面があるんだな。

「ありがとう、丸子」
「な、なんだよ。礼なんかいらねーからちゃんと金を払えよっ」
「…分かったよ。向こうに帰ったらバイトでもなんでもしてお前にお礼するよ。それでいいか?」
「! へへ! 約束だからな! 帰っても逃げるんじゃねーぞ! ぜってーどこまでも追いかけて回収するからなっ」

 それは言外に、向こうに帰っても繋がりを持っていたいと言われてるみたいで、なんだかむず痒くなる。

「それじゃあ、これからもよろしくな丸子」
「おう! 任せとけ!」

 オレのよろしくは、これからも仲間として一緒に頑張ろうと言う意味だったのだが、どうやら丸子の面倒を見ると言う言葉は本気だったらしい。
 オレは金にかける丸子の情熱を甘く見ていた…。



 朝、起床アナウンスの前に丸子に起こされる。

「澄野、朝だぞ! いつまで寝てんだこの寝坊助やろう! とっとと起きやがれ!」

 オレが起きるまでチャイムを鳴らされ、ドアを叩かれるので、渋々起きて、ドアを開けてやれば、無理やり押し入られて身支度を強制される。

「よし、顔を洗ったら、次は歯を磨いてやるから横になれ。いいか、虫歯を侮るんじゃねえぞ。やつらは悪魔だ。根絶やしにしなくちゃならねえ」

 丸子はいつになく真剣にそういうと、問答無用でオレの歯を磨き始める。丸子の膝の上に頭を乗せて、寝転んだ姿勢でクシュクシュと歯を磨かれる……もしかして、オレは小さな子供なのか?
 
 その後も寝癖を整えられたりしつつ身支度を終えると、そのまま手を引かれて食堂に連れて行かれる。
 いつも通り調理マシーンに任せるのかと思いきや、丸子が自らが包丁を手に持ち、普段の様子からは想像もできない手際の良さで調理していく。

「さあどうだ! 丸子様の特製朝ご飯だぜ。1日の始まりは栄養バランスのいい食事からっていうだろ? あっ、ちょっと待ってろ、今フーフーしてやる」

 自分は毎朝適当に済ませてるくせに、目の前の朝食は彩り豊かでどれも美味しそうなものばかりだった。丸子の多彩な職歴が生きているのを感じる。

「ほら、あーんしろ、あーん」

 周りの視線を感じつつ口を開ける。
 一口食べた瞬間、舌から脳に旨みが駆け巡る。
 ……! これは、まさにお袋の味……っ!
 そのあとは、周りの目も忘れて差し出されるままに食べ続けた。川名の言葉を借りるなら、丸子に食べさせてもらっているオレの姿は親鳥に餌を与えられる雛鳥そのものだった。

 朝食を終えて、のんびりとベンチに腰を下ろす。
 侵攻生の襲撃もなく、落ち着いた午後の雰囲気にオレは微睡む。このまま寝るのも悪くないな。そう思っていると、隣にいた丸子が手を怪しくわきわきさせながら近寄ってくる。

「澄野! 疲れてねーか? マッサージしてやるよ」

 やんわりと断るが、丸子は折れなかった。
 仕方なく背中を向けると、丸子の手がオレの肩に乗せられ、撫でるようにじんわりと圧をかけてくる。
 いきなり力を入れずにゆっくりと、ぐりぐりと円を描くように揉みほぐされて思わず声が出そうになる。

「オメーなんだよこれ…すげー凝ってんじゃねーかっ。こいつは久々に腕が鳴るぜ!」

 どうやらマッサージ屋でもバイトをしていたらしい丸子は、意気込んでオレの肩から首筋にかけて入念にマッサージをし続けた。
 今まで無意識にこもっていた力が抜けていくような、そんな心地の良い時間を過ごす。

 丸子のおかげで体も軽くなったことだし、トレーニングでもするかと訓練室に足を向けると、丸子に行手を阻まれる。

「澄野はそんなあぶねーことしなくていいからな。全部にいちゃ…じゃねえ、オレに任せとけ!」

 VRのトレーニングが危ないことなら、もうほとんどのことが危ないだろ。
 ……というか、今なにか言いかけてなかったか?

 とにかく丸子はそうして朝から晩まで付きっきりで面倒を見てくれた。本当に、何もここまでしなくてもいいのにと思うくらいの付きっきり具合だった。
 おかげで他の仲間たちとはろくに会話もできなかった。
 面影の何かいいたげな顔を思い出して申し訳なくなる。明日はオレから話しかけに行こう。

 そして丸子は今も現在進行形でオレの部屋にいる。
 しかも図々しく人様のベッドに寝転びながら菓子を食べつつ、広げたグラビアの写真を見ていやらしい笑みを浮かべている。
 改めてとんでもないヤツだな。

「このグラビア、まじやべえ〜ぐふふ」
「人のベッドの上で菓子を食うな、グラビアを広げるなっ」

 丸子からそれらを取り上げて、机の上にとりあえず置く。シーツの上にこぼれた菓子クズの存在に怒りが込み上げてくるが、ぐっとそれを飲み込む。

「あーっ! 人の束の間の休息タイムを邪魔するんじゃねーよ!」
「それなら自分の部屋に帰れよ」
「何言ってんだよ。このまま一緒に寝るに決まってんだろ。オレが見てない間に、暗殺者に襲われたらどうすんだっ!」
「もしそうなったら丸子がいてもどうにもならないだろ」
「そうかもしれねーけどさ、澄野が逃げる時間くらいは稼いでやるぜ」

 それはとても丸子のセリフとは思えなかった。
 あの丸子が、自分以外の人間がどうなろうが関係ないと宣っていた男が、まさかこんなことを言ってくれるとは…。

「うおっ、なに泣いてんだよ澄野っ!」
「悪い…なんか、感動して……」

 オレのやり直しは無駄じゃなかったんだ。
 胸を満たす温かい感情に、今までになく優しい気持ちになる。今なら面影の全裸散歩の誘いにも笑顔で乗ってしまうかもしれない。
 危険な状態だ。さっさと寝よう。

「よし、寝るか」
「急に冷静になんなよ、こえーな」
「丸子はソファでいいよな」
「よくねーよ! オレもベッドに寝るに決まってんだろ」

 この部屋のベッドはどっからどう見てもシングルサイズだ。男二人が寝れる広さなどない。

「分かった。オレがソファに寝るよ」
「それじゃ睡眠の質が悪くなんだろ! くっついて寝れば問題ねーよ」
「問題しかないだろ…」

 丸子の提案はあらゆる面から却下だった。
 そもそも睡眠の質云々言うのなら、丸子がベッドを譲ってくれれば済む話だろ。

「おら、文句言ってねーで詰めろよ」
「本当に二人で寝るのか…」
「オメー知らねーのか? 人肌ってめちゃくちゃ安眠にいいんだぜ。チビ達に囲まれてた時なんか、布団入って3秒で寝落ちしてたんだからな」

 東京団地の思い出を、丸子は懐かしそうな声色で語る。

「どんなに疲れてても、あいつらの幸せそうな寝顔を見ると、不思議と疲れも吹き飛んだもんだぜ……」

 その一言がダメ押しになった。そこまで言われてしまっては、もうオレには拒むことはできなかった。
 丸子も家族が恋しいんだ。その気持ちはオレにも痛いくらいにわかる。少しでも仲間の寂しさを癒せるのなら添い寝くらい安いものだ。

 安いものなんだが、それにしたって狭い。暑苦しい。そもそも俺は誰かと寝ることなんてないから、逆に人肌の存在が異物となって睡眠を妨害している。

「くーかー」

 だが、丸子は宣言通り3秒で寝落ちしていた。羨ましい限りだ。

「んん…オメーら、腹一杯になったか……」
「ふっ、夢の中でも世話焼きなんだな」

 口ではいろいろ不平不満をこぼすが、丸子の根っこは優しくて面倒見のいいお兄ちゃんなんだな。

 丸子の寝息が、静かな部屋に小さく響く中で、ふと、幼馴染の顔が浮かぶ。
 オレに兄弟はいないけど、カルアがオレにとっての兄弟に近い存在なのかもしれない。
 こんなに彼女と離れていたことなんて、思い出す限り一度もなかった。
 ……いや、今も彼女はすぐそばにいる。けれど、オレのことをなぜか忘れてしまっている。
 それは、もういないのと同じことじゃないのか。

「ダメだ。眠れないと変なことばかり考えちゃうな…」

 無理やり思考を切り替える。
 目を閉じて羊を数えることにした。

 いっぴき、にひき、さんびき、「すみのー」よ…もしかしてオレの名前を呼んだのか?
 丸子の呼びかけに目を開けて、横にいる丸子の様子を伺う。うん。ぐっすり寝てるな。……なんだよ寝言か。紛らわしいな。
 もう一度目を閉じて、羊たちを一から数え直す。

 いっぴき、にひき、さんびき、「すみのぉ〜」だからなんだよ。寝ろよ。いや寝てるんだろうけど、寝言で人の名前を呼ぶなよな。
 無視して眠りにつこうとしたが、丸子の声が苦しそうな呻き声に変わって慌てて飛び起きる。

「うっ…うぅ……」

 苦しそうな呻き声をあげて胸を掻きむしるその姿に、起こすべきかそれとも見守るべきか悩む。
 暗くて気づかなかったが、よく見ると丸子は閉じた瞼から涙を流して泣いていた。
 その溢れる涙を見て、オレは見てはいけないものを見てしまったような居心地の悪さを感じて咄嗟に目を逸らす。
 だが、聞こえてくる丸子の呻き声に、思わず視線を戻した。

「死ぬな、澄野……もうすぐ学園に着くからな……死ぬんじゃ…ねぇ……」
「……丸子」

 その声は胸が苦しくなるほど切実な響きを持っていた。
 一瞬でも丸子を疑ったことを後悔する。
 丸子はあの日からずっと、毎晩こうしてうなされていたのだろうか。

「すみの…すみの…」

 宙を彷徨う手が、まるでオレを探しているようだった。

「……ここにいる。ここにいるぞ、丸子」

 その手を掴んで、しっかりと握りしめる。
 オレのぬくもりが、夢の中の丸子まで届くように強く力を込める。
 そうしているうちに、丸子の眉間の皺がゆるんで「へへへ」と、子どものように笑った。

「……丸子は寝ててもやかましいな」

 でもそのおかげで丸子の苦しみを知ることができたんだ。
 寝息が落ち着くのを確認してから、そっと丸子の手を離す。

「ふあ〜ぁ…寝るか」

 やっと追いついてきた睡魔に身を任せて横になる。
 布団を被り直そうとするが、狭いのでどうしたって布団の取り合いになってしまう。

「……これは不可抗力だからな」

 誰への言い訳なのか───オレは丸子の体を抱き寄せて目を閉じる。人肌の温もりが、心地よく感じ始める。
 丸子の体は同い年にしては小さくて、肉付きが薄い。それだけで、丸子の今までの苦労が伝わってくる。

「オレも、絶対にみんなを守るから…」

 必ず全員で100日を生き残ってみせる。
 オレは決意を新たに、眠りに落ちていった……。


 翌朝。
 目を覚ましたオレの隣には誰もいなかった。

「帰ったのか…」

 昨日はあれだけ近くにいたのに、いなくなるとなんだか寂しいな。

「おー、起きたか、澄野」
「!?」

 帰ったと思った人物が背後から現れて、咄嗟に飛び起きる。

「何ビビってんだよ、ダセーっ」

 ケラケラとこっちを笑う丸子は、寝ている間のことなどまるで覚えてないようだった。
 それでもオレは覚えている。丸子がオレの死に心を痛めてくれたことを、たとえ何度ループしたとしても決して忘れないだろう。

「なに朝からしんみりしてんだよ。ほんとにオメーは悩むのが好きなヤツだな」

 丸子は呆れた声でそう言いつつ、オレの頭に手を置いた。
 そして「へへっ」といつもの調子で笑う。
 寝起きだからだろうか、その笑顔は照明の下でいつもより輝いて見えた。

「まっ、そーゆーところが放って置けねーんだよな!」

 かつてグループホームで共に暮らしていた兄弟たちに向けていただろうその笑顔も、今この瞬間はオレだけのものだった。

 認めたくはないが───もうオレは丸子のお世話がないとダメな人間になってしまったかもしれない。

「丸子、責任をとってくれ…っ」
「は、はあ?! 何言ってんだ急に……クソ、面影か? いつの間にチクリやがったんだあの野郎っ」

 ん? なんで面影の名前が出てくるんだ?

「え? あれ、ちげーのか。……なんでもねーよ! 気にすんな! ははは!」

 丸子は何かを誤魔化すように捲し立てると、オレの髪を力任せに撫でてきた。

「いいから今日も兄ちゃんに任せとけっての! な?」

 なんなんだいったい。
 というかもうはっきり「にいちゃん」って言っちゃってるよ。お前はいつからオレのにいちゃんになったんだ丸子。
 色々な疑問は残るけど、今まで知らなかった丸子の一面を知れたのはいいことだ……いいことだよな?

 オレは沸き起こる疑問から目を逸らして、今日も丸子にお世話してもらうのだった。


終わり


【おまけ:真相編】

 四人での探索中、たまたま見つけた横穴を二手に分かれて調べることになった。
 面影と厄師寺、オレと澄野に分かれて、広い空洞内を調べ回ると、壁のところにこれ見よがしに設置されたスイッチを見つけた。

「おい澄野みろよ! こんな見え見えの罠に引っかかるバカいねーよな?」

 横にいた澄野に声をかけて呼びつけると、澄野は呆れた顔でこっちにきた。

「お前、それうっかり押すなよ」
「押すわけねーだろ! ……それともフリか? 押すなよ押すなよってか?」
「なわけないだろ。とりあえずめぼしいものもなさそうだし、二人のところに戻るか」

 いつも通りのクールな澄野の態度に、こいつをビビらせてやりたいという悪戯心が湧いてくる。
 いやでも、流石にダメだろ。
 いくら澄野が女子にモテそうなやつだからって、そんな理由で仲間に危害を加えるほど、オレは落ちぶれちゃいねーよ。

 あー! でもオレの中の悪魔が囁きやがる。
 押しても何も起きないかもしれないし、明日何かあったところで澄野なら平気だろ。だって澄野だし。
 オレは好奇心を抑えられず、気づいたらスイッチを押していた。

 その後はお察しの通り、澄野はトラップにより穴に真っ逆さまに落ちていった。
 落ちていくときの澄野の顔は傑作だった。

「ヒャヒャヒャ! ザマーミロ」

 最初はふざけて笑ってたけど、なんの反応もない澄野に怖くなってきた。

「おい澄野! おい……! なあ、冗談だよな…?」

 声が裏返った。
 笑ってる場合じゃないって、頭ではわかってるのに、口の端が震えて止まらなかった。

「おい……返事しろよ。なぁ、澄野!」

 それでも澄野から返事がない。急いで二人を呼びに走る。
 すぐに飛んできた厄師寺は穴を覗き込むと、すぐに飛び降りようとした。それを面影は制して、厄師寺の腹にロープを巻いていく。
 オレはなんにもできなくて。自分の呼吸の音がうるさくて、二人の会話は何も聞こえなかった。
 なんとか二人が澄野を救出できたころには、澄野は頭から血を流してぐったりしてて、オレはめちゃくちゃ怖くなった。
 だって澄野はあんなでけー侵攻生の攻撃を受けたってへっちゃらで、オレがどんなバカやっても、なんだかんだいっしょにふざけてくれるやつで……このくらいの罠、簡単に回避して、そしたら澄野がオレのこと叱って、それで終わりだって思ってた。
 こんな…こんなことになるなんて、マジで思ってなかったんだよぉ!

 重症の澄野を担いだ厄師寺の隣を走りながら、ずっと「死なないでくれ」とバカみたいに祈った。
 今まで一度も神様ってやつはオレの祈りなんて聞いちゃくれなかったけど、今だけはどうか聞き届けてくれよ。
 だってよ、澄野が死んだらオレのせいになるじゃねーか!
 オレが、人殺しになっちまう……英雄になるはずだったのに、そんなのはいやだ!
 なあ、頼む、頼むから……死なねえでくれよ澄野……! オレを、人殺しにすんなよ……!
 オメーがいなくなったらオレはどうしたらいいんたよ!


 生まれて初めて神ってもんに感謝した。
 なんとか澄野を蘇生マシーンに入れるのが間に合った瞬間、オレは全身の力が抜けて床に座り込んだ。
 目からドバドバ涙が溢れて、呼吸もできないほど泣いた。
 オレが落ち着くのを待ってから、二人からなにがあったのか聞かれて、咄嗟に「澄野がドジって穴に落ちた」なんて言っちまった。
 こんなすぐバレる嘘ついてバカみてえだって思うだろ。
 でもよ、本当のことを言ったらぜってー怒られるじゃねーか。
 それだけならまだいい。もし、澄野を殺そうとしたなんて勘違いされでもしたら……考えただけでもゾッとしちまう。
 信じてもらえねぇかもしれねぇけど、マジで、あんなことになるなんて思ってなかったんだ。
 澄野は何が起きたって絶対大丈夫だって、そう思ってたんだよ。
 軽く考えてた───ひとつ間違えたら命に関わるんだってことを忘れちまってたんだ。
 でも、澄野だけは何があったって死なないって、本気でオレは信じてたんだ。

 オレの説明に、厄師寺は納得いってない様子だった。
 でも、幸か不幸か、蘇生マシーンから出てきた澄野は、都合よく事故の記憶をあれこれ忘れてた。
 それに当の本人が、「たぶんオレが油断して足を滑らせたんだ。丸子がすぐに見つけてくれて助かった」なんて言い出すもんだから───もう誰もそれ以上追及できなくなった。
 オレは、心底ほっとした。
 自分が助かったこともだし、なにより澄野が生きていてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 もうなにも怖いもんなんかないと浮かれていたオレの前に、立ち塞がるように面影が立っていた。
 面影はオレの態度でなにかを察していたらしい。

「澄野君が穴に落ちたのは、丸子君のせいだよね?」と自信たっぷりに言われた。クソ。オレって本当についてねえ。
 それでも初めのうちはなんとか誤魔化そうとした。だが、しまいには拷問するとまで言われて泣く泣くぜんぶを吐かざるを得なかった。

「殺れ殺れ。イタズラにしては度が過ぎてるんじゃないかな」

 面影の冷え冷えとした声に背筋が震える。
 オレは咄嗟に、澄野に謝るからみんなには黙っててくれ、と面影に縋りついた。涙ながらに頼み込むオレを見て、面影は呆れたようにため息ついた。それでも最後には渋々うなずいてくれた。

「サンキューな面影。澄野にはぜってー詫びを入れるからよっ」

 ウィンクして喜ぶオレに釘を刺すように、面影は暗殺者の顔で刃物を見せてくる。
 よく研がれた刃先が光を反射する。
 恐怖で動けねーオレの耳元で面影が囁いた。

「澄野君が無事に蘇生したから今回は許すけど、次は……ちょっと痛い思いをしてもらおうかな」

 ふふふと怪しげな笑い声を残して面影はいなくなる。
 こ、こ、こええええ。
 なんだよあれ。マジもんの暗殺者じゃねーかっ!
 澄野に謝らないと殺されるんじゃねーのか、これ。
 そこからオレは必死で澄野に付き纏って、面影にアピールし続けた。
 それもこれも全部オレが無事に生き残るためだ。澄野には悪いことをしたとは思うけど、オレの命の方が大事に決まってるからな。

 なのに、澄野の世話を焼くのがだんだんと気持ち良くなっちまって。
 オレに世話を焼かれる澄野が、東京団地に残してきた兄弟たちにダブって見えるようになった。
 にいちゃんだった自分を取り戻せたような気がして、気づいたら謝罪のためじゃなくて、澄野の世話をやりたくてやっていた。

 オレは決めた。
 このことはぜってーに墓まで持っていく。
 バレたら流石の澄野もオレのこと嫌いになっちまうかもだろ。それは嫌だ。そんなことになったら耐えられねぇよ…。
 澄野はもうオレのかわいい弟なんだ。最後までオレがちゃんと面倒を見るって決めたんだ。

 もうあんな目に合わせたりしない。これからはにいちゃんであるオレが澄野を守ってやるよ。
 だからいいよな。
 オレに悪気はなかったし、反省もしてるし、こうやって献身的に尽くしてるんだから。むしろお釣りが出るんじゃねーか?

「澄野、今日も一緒に寝ようぜ!」
「ああ、わかった」

 澄野をうっかり殺しかけた時は焦ったけどよ。
 結果オーライならなんの問題もなくねーか?
 今はこうして二人とも幸せなんだから、終わりよければすべてよしってやつだよな。
 オレは満ち足りた気持ちで、なんにも知らない顔で眠る澄野をぎゅっと抱きしめる。

 あー、あのとき澄野を落としてマジでよかったぜ。


終わり


【おまけ:解明編】
[もし、察しのいい澄野だったら…]

 丸子にお世話された翌日以降、やはり事故の顛末が気になりはじめた澄野───。

(……そういえば、オレは事故の詳細を覚えてないんだよな。たしかオレのミスによる転落事故、ってことになってたけど)
(でも、それは人から聞いただけで、自分では思い出せない。しかも、丸子の発言には妙に引っかかるところがあった……)

 澄野は食堂で、意を決して丸子に問いただすことにした。

「なあ丸子、事故のことを聞いてもいいか?」
「なっ、なんでだよ!」
「今後同じことが起きないように、オレの方でも対策を立てたいんだ。丸子が知ってる範囲でいい」
「だ、だから! オメーがドジって足を滑らせたんだろ!」
「丸子は、オレが落ちる瞬間を見てたのか?」
「い、いや、見てねーけど……澄野が勝手に落ちたんだよ!」

(……おかしい。見てないのに、『滑った』なんて言い切れるか? それに、あの時の『あれくらいのこと』って言い方──まるで、何が起きたか知ってるみたいじゃないか?)

「もう一度確認するぞ。オレは探索中に足を滑らせて穴に落ちた──それでいいんだな?」
「だからそうだって! 何回言わせんだよ」
「ちなみに他のメンバーは、オレが滑るところを見てたのか?」
「……いや、見てねーよ」

(やっぱり……この態度、何か隠してる)

「それならオレが穴に落ちたのは何か別の原因があったかもしれないだろ。なんでオレが『足を滑らせた』って言い切れるんだ?」
「うっ…! だ、だから! 落ちた後で見たんだよ! オメーが穴の底でぐったりしてたから、そりゃ足滑らせたんだろって思っただけだ!」

(……見てないなら、なんでそんな具体的に『滑った』なんて言えるんだ。 それに、穴に落ちた理由…オレは確かに記憶が曖昧だけど、ただ歩いててうっかり落ちるなんて、なんか腑に落ちないな)

「じゃあもう一つ聞くぞ。丸子、あの日の探索、覚えてるよな? オレと丸子、面影、厄師寺の4人で横穴を調べてた。オレと丸子が一緒にいたとき、なにか…変なことなかったか? 例えば、怪しいスイッチとか、トラップっぽい仕掛けとか」
「スイッチ!? な、なんで急にそんな話に…! ねーよ、そんなもん! オメーが勝手に穴に落ちたんだろ!」
「おかしいな。オレは確かに記憶が曖昧だけど、穴に落ちる前にお前と話してた気がするんだよ。ほら、なんか『こんな罠に引っかかるバカいねーよな』みたいなこと、お前が言ってなかったか?」

 丸子の顔から血の気が引いていく。

「い、いや、覚えてねーよ! そんなこと言ったかもしんねーけど、ただの冗談だろ! オメーが勝手に近づいて、ドジって落ちたんだよ!」
「引っかかってはいたんだ。あの丸子がオレが死にかけたくらいであんなにも甲斐甲斐しくなるなんて……おかしいだろ」
「オメーそれはいくらなんでも失礼がすぎんだろっ」
「……でもこう考えればしっくりくるんだ。なあ、本当はオレの事故に関わった罪悪感から、オレの世話を焼いていたんじゃないのか?」

(本当は違うって言って欲しい。でも、もう見て見ぬふりはできない)

「しかも面影もそのことに気づいてた。だからオレを見張るみたいに、側を離れなかった。……『暗殺者に襲われたらどうすんだ』って言って、オレの部屋に泊まった夜も、あれは──面影を警戒してたんじゃないのか?」
「うぐっ……!!!」

「なあ、丸子。正直に話してくれ。責めたりはしない。ただ、真実を知りたいんだ」

(たとえ丸子がオレに何かしていたとしても構わない。丸子がオレに向けてくれていた温かい感情は確かに本物だった。だからこそ、オレは全部を知らなくちゃいけないんだ)

「う、う、う、う……うわああああああっ!!!」

 パリーンと音を立てて、丸子の何かが壊れる。

「……そうだよ。オレがスイッチ押したんだよ」
(くっ…薄々分かっていたことだけど、ちょっと傷つくな)

「でも悪ふざけのつもりだったんだ! 澄野がビビる顔見ようと思って…! でも、まさか本当に落ちるなんて思わなかったんだよぉっ!!」

 丸子は泣きじゃくりながら澄野に縋り付く。

「す、すまねえ、澄野! ほんとに悪気はなかったんだ!」
「…丸子。お前、だからオレにくっついてたのか? 罪悪感で? しかもそれを面影は全部知ってたんだな」
「い、いや…面影はなんでかオレのしたことに気付いたみてーで、でもオレ、オメーに知られたくなくて黙っててくれって頼んだんだよ」

「バカだな、丸子。確かにやったことはよくなかったかもしれないけど、お前がオレのことを本気で心配してくれてたのはちゃんと分かってる。次からは、ふざけるにしても命に関わることはやめてくれよ」
「う、うおっ…! すみのぉ…! オメーはほんとに良い奴だな…!」

 丸子が涙と鼻水を澄野の服に擦り付けていると、バンッと食堂の扉が勢いよく開き、騒々しい足音とともに人影が飛び込んできた。

「話は全部聞かせてもらったよ!」

「か、過去?! それにみんなまで…」

 探偵の衣装に身を包んだ過去が、意気揚々と指を突きつける。その隣でワトソン面をしている今馬、さらに面影と厄師寺、川奈の姿まであった。
 今回の事件の関連人物が揃い踏みである。

「丸子先輩……犯人はあなただ!」

 過去の声が食堂に響き渡る。

「うん、だから今、全部聞いてたよね…」

 川奈の呆れた声も、今の過去には届かない。

「一時はどうなることかと思ったけど、ちゃんと謝れたようで安心したよ」

 面影はやれやれと肩をすくめて笑う。

「てゆーかよぉ、丸子オメェ、何シャバイことやってやがんだ。これはちとヤキ入れるしかねーか」

 厄師寺は拳を握って丸子を睨みつけた。

「ヒイイイィッ!」

 丸子が悲鳴を上げ、澄野の背中に隠れるように縮こまる。

「待ってくれ厄師寺、オレは今回の件で丸子を咎めるつもりはないんだ」

 澄野は穏やかに、だがキッパリと言い切る。

「澄野よぉ、優しいのは結構なことだが、こういう時はちゃんと叱ってやるのも優しさなんだぜ」
「分かってる。……でも、丸子もこうして反省してるし、ずっと罪悪感を抱えてたんだ。オレは丸子を許すよ。わざとじゃなかったんだろ?」
「あっ、ああ! 本当に澄野を死なせるつもりなんてなかったんだ!」

「でもだからってなんのお咎めもなしっていうのはちょっとありえないっすよね〜」

 今馬の言葉にほぼ全員が同意の空気を示す。

「それなら、丸子にはオレのお世話係を続けてもらうのはどうだ?」
「えっ、澄野はそれでいいの…?」

 川奈の控えめな問いかけに、澄野は頷く。

「オレはむしろ、丸子に色々してもらったのがなくなるほうが……耐えられないというか……困る」
「すみのぉ〜っ! さすがオレの弟だな!!」

 丸子が感極まって抱きつこうとするが、澄野は軽く肩を押さえて制する。

「丸子の弟になった覚えはないけどな。
 ───それでみんなもいいか?」

 厄師寺は呆れた顔と声で答える。

「オレは澄野がいいならいいけどよ。一体何を見せられたんだって感じだな…」
「それは本当にごめん…」

 澄野は真っ直ぐに厄師寺を見つめ、頭を下げた。

「改めて、あの時厄師寺がいなかったらオレはここにいなかったかもしれない。オレが生きてるのは厄師寺のおかげだ。ありがとう」
「へっ、仲間を守るのは当然のことだろうがっ! いちいち礼なんて言うんじゃねーよ」
「厄師寺…っ!」

(やっぱり厄師寺はいいやつだなっ!)

 澄野が感動していると、横から面影も声を上げる。

「私も構わないよ。でも、なんだか妬けちゃうな。私も澄野君のシモのお世話なら喜んでするのに」
「絶対させないからな」

 澄野はいつもの面影の下ネタに呆れた表情を浮かべるが、すぐに真面目な顔で面影にも頭を下げる。

「面影も、丸子のこととか色々迷惑かけて悪かったな」
「黙っていた私のこと、怒ってないの?」
「怒るわけないだろ。それよりもオレと丸子のことで色々気を揉ませて申し訳なく思ってるよ」
「ふふふ、澄野君は本当にお人よしなんだね。あまり他人に付け入る隙を見せないようにしたほうがいいよ」
「はは…善処するよ」

 澄野は苦笑を浮かべ、頬を指で掻く。

「自分はなんでもいいっすよ。お二人が納得してるなら、外野があれこれ言っても仕方ないっすからね〜」

 今馬はもう事件に興味をなくしたらしい。
 隣の過去探偵を一心に見つめている。

「でも、今馬の言葉があったから真実に気づけたんだ。ありがとうは言わせてくれないか」
「まあ、澄野先輩にはお世話になってるんで、これくらいのサービスはしますよ」
「素直じゃないな、ほんとに」
「こんなに正直に生きてる自分に対して何言ってんすか〜。ねえ、過去?」
「……」

 過去のほうは、探偵ごっこが物足りなかったのか不満そうに唇を尖らせている。

「自分はもっと謎解きがしたかったな…」
「なら次の事件の時は過去に探偵を依頼するよ。なんて、事件なんて起きないほうがいいんだけどな」
「えっ! 本当に!? 澄野先輩大好きっ」
「おっと澄野先輩、今すぐ殺人事件を起こしたくなったんすけど、被害者は澄野先輩でもいいっすか?」
「犯人が誰だか分かってたら推理も何もないだろ…」

 本気半分、冗談半分の今馬の言葉を受け流して、澄野は川奈の元へ足を進める。
 みんなから少し離れたところで、川奈は申し訳なさそうに澄野を見つめていた。

「なんかごめんね、澄野」
「川奈が謝ることないだろ」
「うん。そうなんだけどさ」

 川奈は困った顔のまま、澄野から視線を逸らす。

「澄野が本当に死んじゃうところだったのに、私もみんなも深く追及しなかったでしょ。なんか、今更だけどそのことが申し訳なくなっちゃって」
「そんなこと思う必要はないんだ。オレは誰のことも疑いたくなかったし、あの時は本当に事故だって思ってたんだからさ」
「……澄野が生きてて良かったよ、本当に」
「ありがとう、川奈」

 見つめ合う二人に丸子がハンカチを噛み締める。

「な、なんかいい雰囲気じゃねーか?! おーい、オレのこと忘れるないでくれよぉ…っ」

 仕方ないな、とでもいうように川奈は笑う。

「それじゃあ丸子には澄野に誠心誠意尽くしてもらおっか」
「お、おう! 泥舟になったつもりで任せてくれよなっ!」

 丸子は鼻をすすりながら胸を叩く。

「最終的に沈むな…それ…」

 澄野が突っ込むと、皆が一斉に笑い出した。
 あははは、と、食堂は明るい笑い声に包まれる。

(胸の中のつかえが取れたみたいだ。心からこれで良かったんだと思える…)

「これからもよろしくな、丸子」

 澄野は改めてそう言うと、丸子の肩を軽く叩いた。
 丸子は目を丸くするが、すぐに笑顔を見せる。

「おう! 任せとけ、澄野! これからもオレがバッチリ世話してやるぜ!」

 丸子との間に前の100日とは違う、特別なつながりを澄野は感じた。
 そして改めて、最後までみんなと100日を生き抜くことを心に誓うのだった。


終わり
2/4ページ
スキ