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拓歪


「澄野君、みて。このおさかな、不思議な形をしているよ」

 面影と二人、平日の水族館を並んで歩く。
 上機嫌の面影は大変可愛い。
 にこにこと笑って、水槽の中の魚を指さしてはしゃいでいる。
 深海の魚はどれも変わっているが、そいつはひときわ変だった。

「ええと、この魚は…メンダコっていうらしいな。
 深海のアイドルって言われるみたいだ」
「へえ、どおりでかわいいと思った」

 面影はくすくす笑って、メンダコを指指す。

「ふふ、あの耳みたいなのはなにかな」
「水中でバランスを取るためのヒレだって書かれてるな」

 面影の質問に答えるために、展示物の横にある説明書きを読む。
 自分で読まずにわざわざオレに聞いてくるところがまたかわいい。
 どうしても我慢できずに、面影の空いた手を握り締める。
 すべすべとした手の感触が心地よくて、すりっと親指で撫ぜる。

「もう、澄野君っ……こんなところで破廉恥だよ」
「手を握っただけでハレンチはないだろ」
「皮膚と皮膚を擦り合わせているんだよ。そんなのはもう性行為となにもかわらないじゃないか」
「拡大解釈しすぎだ。誰も気にしないからこのままいくぞ」

 有無を言わさず面影の手を引いて歩く。
 深海コーナーは薄暗いし、平日だからかオレたち以外の客も少ない。
 そもそも恋人同士が手をつないで歩くことの何が悪いんだ。
 オレは開き直って、ずんずんと進んでいく。

「ちょっと、待って澄野君っ」

 面影の静止に足を止める。
 恐る恐る振り返ると、面影が頬を膨らませて怒っていた。
 よかった。この怒り方ならまだ三割程度だ。
 ほっと胸をなでおろす。

「私は逃げないから、ゆっくり展示物を二人で楽しもう?」
「……悪い」

 水族館よりも面影と触れあいたくなったなんて口が裂けても言えない。
 最近どうもオレの頭はあっち方面に傾き過ぎている気がしてならない。
 付き合いたてというわけでもないのに、むしろ最初のころより今の方がずっと面影におぼれているんじゃないか。

「ねえ、澄野君」
「っ、なんだ?」

 面影が怪しい微笑を浮かべて、舌で唇をなめる。
 そのたいへんエロチックな行動によって体が刺激を受けて、唾液が大量に分泌される。
 たまったつばを飲み込むと、静かな空間に似つかわしくない、ごくりという音が重く響いた。

「この水族館の近くに……海を一望できる素敵なホテルがあるみたいだよ」
「へ、へえ……ホテル…」
「内装も凝ってて、とても評判がいいみたいだから、この後どうかな?」
「……っ」

 握ったままの面影の指が、先ほどの仕返しと言わんばかりにオレの皮膚をなぞる。
 ゾクゾクとした快感が手から脳に駆け上がってくる。

「ふふ、公衆の面前でしてはいけない顔をして、かわいいね」
「誰のせいだと…」
「おや、私のせいなの? 澄野君がえっちなだけじゃなくて?」
「うっ……それは、否めないけど……」
「うふふ、冗談だよ」

 面影はぱっと雰囲気を変えると、今度は逆にオレの手を引いて歩きだす。
 なんだ、冗談か……ちょっとその気になっただけにガッカリしてしまう。

「言っておくけど、ホテルに誘ったのは本気だよ」
「!?」
「今日は一泊して、明日の朝に帰ろうか」
「あ、ああ! そうしよう。うん、そのほうがいい」

 何なら今すぐ行きたいぐらいだが、面影が楽しみにしていた水族館をスルーするなんて蛮行は許されない。
 それにオレも水族館なんて久しぶりだし、今はちゃんとここを楽しもう。

「おっ、どうやらそろそろイルカショーが始まるみたいだ」
「ほんとに? 急ごう、澄野君」
「そんなに急がなくてもまだ時間はあるぞ」

 顔つきを変えて走り出そうとする面影を止める。
 まさか面影がそんなにイルカショーに熱心だとは思わなかった。
 また一つ見つけた恋人の新たな姿にときめく。

「一番前の席に行きたいんだ。躍動感あるイルカの筋肉の動き一つ一つを観察できるようにね」
「イルカの、筋肉の動き……」

 さすが面影だ。オレの目ではたとえ最前列だろうと分からないものが見えるらしい。
 それなら少しでも早く会場に着いて、良い席を取ってあげたい。

「よし、じゃあ危なくない程度に早歩きに急ぐぞ」
「うん!」

 年相応のくだけた笑みを見せる面影に、胸の奥がくすぐったくなる。
 家の事情で暗い過去を背負う面影が、こうしてなんの屈託もなく楽しんでいる姿をみているだけで幸せだ。
 そんな面影をこれからもずっと側で見ていたい。

「なあ面影」
「なあに澄野君」

 隣でオレを見上げる、少し背の低い面影のために身をかがめる。
 ちゅっと小さなリップ音。触れるだけのキスなのに、全身がしびれるほど気持ちよかった。

「うん、これでまだあと少しは我慢できそうだ」
「っ……不意打ちなんて、フェアじゃないね」
「軽くしたんだからそんなに怒らないでくれ。これでも結構我慢してるんだ」

 オレの頭の中では、既に面影は扇情的な姿でベッドの上だ。
 自分でもがっつき過ぎだとは思うが、それもこれも恋人である面影がかわいすぎるのが悪い。
 悶々としたままでいると、いきなり面影に腕を惹かれてバランスを崩す。

「んっ……」

 触れた唇は先ほどよりも長い時間そのままだった。
 味なんて感じないはずなのに、やけに甘い口づけだった。

「我慢してるのは澄野君だけだと思わないでね」
「……はい。すみませんでした」

 やばい。この怒り方は五割近い……そろそろ自重しよう。
 オレは大人しく面影に手を引かれるまま歩く。

「私達ってとんだバカップルだ。良い迷惑だよ」
「確かに……でもまあ、カップルなんてみんなそんなもんだろ」

 そうかな、と面影は思案顔をするが、オレはそんなもんだと再度思う。
 まあリア充爆発しろとは思われるかもしれないが、その時はむしろ爆破上等だ。
 オレの愛が爆発ごときで吹き飛ばせると思わないで欲しい。

(好きだ、面影……)

 口に出すと歯止めが利かなくなりそうなので、心の中だけで唱えるように言う。
 これからも二人でいろんなところに行こうな。
 面影と二人なら、どんなところだって楽しめるはずだ。
 ……まあちょっとムラっときたらその限りではなくなるかもしれないけど、それはそれ、不可抗力というやつだ。

 オレはぐるぐると思考しながら、この後の淫靡な展開に思いを馳せるのだった。



終わり

(私は推しカップルを遊園地なり、水族館なりに行かせたくなるのでせう)
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