待っています、あなたを

「ごめん、今日もありがとうね」

 先輩は玄関で申し訳なさそうにお礼をした。彼の言葉の頭にはいつも「ごめん」と詫びがつく。直してあげたい癖だが、彼も好きでこうなった訳では無いのだ。
 梅雨明けも近い暑さを感じる気候で、この人はTシャツの上に分厚いパーカーを羽織って、それでも隠しきれない首元とか手首から湿布や包帯が覗いていて。
 何があったのかは一度も聞いたことがないけれど、こんなに身の置き所がなさそうにするぐらい彼を抑圧する何かが存在していることは明らかだった。
 じゃあ……、と素っ気ない挨拶をして去ろうとする彼を、俺は今日、初めて引き止めた。

「カイト先輩、これ受け取ってください」
「……え」

 触られることも苦手と言っていた彼の手を強く引いて目的のものをその中に収めた。
 無理やり握らされたものを確認して目を丸くさせる先輩。それもそうだ。恋人でもなんでもない、ただたまに一緒にいるだけの関係のオレが渡したものは。

「これ、レンくんの部屋の鍵……?ど、どうして」

 先輩が驚きのあまりうろたえている。
「今日も」行われたこととは、泣いている先輩をオレの部屋に招き入れて、ただ何もせずにそばに居ることだ。この普通じゃないいつもの事を出来るだけいつもの事にしたかった先輩にとって、この行為はかなり根幹を揺るがす行為だったに違いない。
 でもオレはずっとこの機会を待っていた。早く、その枕詞のようになってしまった「ごめん」を、当たり前のように毎日着ているパーカーを、取っ払ってやりたかった。

「カイト先輩、いつでも来てください。今日と同じことをしても、何もしなくても良いです。出来るだけ先輩のそばに居たいんです」

 上手く言葉を返せない様子の先輩。赤みの引いていた鼻がまたぐず、と鳴った。
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