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共に見る、春

 パアン!! と大きな音が鳴る。目を丸くして瞬く主の後ろで、乱が笑っている。
「審神者就任一周年、おめでとう!!」
 本丸中の刀が集まり、言葉を主へ向ける。古参から新入り、短刀から大太刀まで、一振り残らず、だ。
「え、え……!? 今日は本丸一周年の、あれ……?」
 混乱する主に笑いながら乱が説明をする。主が混乱しながら呟いている通り、本来なら今日のこの場は、本丸発足から一年を祝う席にするはずだったのだ。だから元々、少し豪華な食事を用意しようと主と厨を仕切る刀たちとで盛り上がっていたし、それならばいつも食事をとる大広間を飾り付けようと短刀たちが張り切っていた。めでたい席には全振り揃っていてほしいと意見が一致したから、夜間の遠征や夜戦も取りやめた。
 ただ、主が「本丸発足一周年」の祝いだと思っていたそれらは、全て「審神者就任一周年」の祝いの準備だったというわけだ。
「この本丸の長はあんただからな。あんたにバレずにあんたのための宴会を準備するのが困難だろうということは全振り一致していた」
「主はこういう記念日を大事にするタイプだしね。だったら、主の目の前で堂々と準備ができるようにしちゃえばいいってなったわけ」
 俺の言葉に加州が重ねる。さぞ驚くだろうとの予想通り、主は驚きのあまり声も出ないようだった。先程よりもさらにぱちぱちと瞬きをして、大広間の奥に吊るされた「祝・審神者就任一周年!!」の横断幕を眺めていた。
 しかし、これは成功じゃないか? とおそらく誰もが思っただろうその瞬間、主は顔を両手で覆い、その場にしゃがみこんでしまったのだ。
「あ、主!?」
 いつも穏やかな主が小さくなって顔を覆う姿に、その場にいた誰もが狼狽えた。乱がオロオロと背中に手を当て、前田がすっ飛んできてどこからかハンカチを差し出し、加州と俺は主の前に屈み、その周りを他の刀たちも囲むようにして集まってきて全振りが戸惑っているのを感じる。あるじ、とそっと名を呼ぶと、小さく鼻をすする音が聞こえた。
 咄嗟に主の前に膝を着いたはいいものの、俺はあまり言葉が上手くない。泣いている人間にかける言葉など、皆目見当もつかなかった。主が何かを言っているような気がするが、口まで手で覆っているためか聞き取れない。どうしよう、と中途半端な位置に手を動かしたまま停止していると、加州が何かを小さく呟いた。その言葉を聞き返す前に、肩に手を置かれた。
「初期刀殿や。ここらで一つ、祝辞を述べてはどうか」
「三日月?」
 肩に触れた手は三日月のものだったらしい。今、ここでか? という気持ちを込めてその月を見上げるも、後は「はっはっは」と笑うだけだった。困り果ててその横の三条の刀に視線を移すが、奴らもただ笑うだけだった。ならば兄弟は、と山伏と堀川の兄弟を見るも、あまり助けは期待できなさそうだった。その横の本歌、和泉守、歌仙――どの刀も口を出さず、こちらを見守っている。
 気付けば、主と俺の周りにいた奴らも、少し距離を置いていた。
「頼むぜ、初期刀殿!」
「一週間かけて悩んだのを無駄にすんなよー!」
 誰かが言ったその声に思わずため息をつく。どうやら刀たちの意見は一致しているらしい。俺は腹を括り、主を覗き込むようにしてじっと見た。
「主」
 三つの音が空気を震わせる。大事な、大事な名前だ。これが彼女の真名でないことも、審神者名というものが存在していることも知っているが、俺にとっては「主」は「主」だ。
 その名を呼んだ時、無視をすることができない義理堅い性格であることを、よく知っている。
「……あるじ」
 恐る恐る、といった様子で主が手を顔からずらす。潤んだそれと目が合った。
「嫌、だったか」
 ふるふる、と勢いよく主が首を振る。安堵しながらも、ではなぜ、と問おうとした時。
「……うれ、しくて」
 今度は、俺たちが驚く番だった。は、と思わず口に出した俺を気にせず、主は震える声で言葉を絞り出す。
「わた、わたし……嫌じゃ、ない。嬉しかったんです……っ」
 そう言ってまた、わっと顔を覆ってぼろぼろ泣き始めてしまった主に、俺まで顔を覆いたくなってしまった。
 悲しくて泣くのを知っている。悔しくて泣くのも知っている。それなのに、嬉しくても泣くというのか。人間というのは、心というものは、さっぱりわからない。未知なる存在だと、そう思う。
「主」
 それでも、俺たちが主を思うのは、とても自然なことのように感じられる。
 そう思う心を、とても尊く感じる。
「俺たちを十分に使えるのは、あんただけだ」
 だから、どうか健やかに。
 長く、より長く、俺たちと共に過ごしてくれ。
「……おめでとう、主」
 あんたのもとに行く足も、触れる手も、全てあんたがくれたもの。
 強ばりが解けた手をそっと外して、その顔をよく見て。そうして現れた表情は、素のままなのだろうか。そうであれば良い。ふ、と笑みが零れる。
「ありがとう、みんな」
 そう言って柔らかく微笑んだ主に、この一年で一番の拍手が巻き起こった。
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