共に見る、春
さらさら、さらさら。焦茶の真っ直ぐな髪に優しく触れて、丁寧に櫛を通す。時々擽ったそうに身をよじるあるじさんにクスッと笑いながら、その髪を編んでいく。
「ねえ、あるじさん」
髪の毛を少し分け取りながらそう声をかける。あるじさんは、動かないように気をつけながら声だけで返事をした。
「髪、伸びたよね」
「ふふ、そうですよね。私も今朝、鏡を見て思ったんです」
「初めて会った時は肩にもつかないくらいだったのに」
「乱くん、よく覚えてますねえ」
ふふ、と小さく笑うあるじさんは、やはり何十もの刀を扱う将には見えない。あるじさんがもっと過去に生まれていたなら、きっと町の美味しい団子屋さんで働いていたんだろうと思わせるような、そんな女の子。ふつうの、ごくありふれた幸せに囲まれる、ふつうの――けれども幸福な女の子。
本来なら、戦の中に身を置くなんて、しなくたって良かったんだろうに。
「ね、あるじさん」
「どうしました?」
「あるじさんはさ、どうして審神者になったの? 代々審神者の家系だったとか、そういうのじゃないんだよね」
そう問うと、あるじさんは視線だけを僅かに斜め上に上げた。んー、と小さく唸る。
「必要とされたから、でしょうか」
「必要と、されたから?」
あまりにもシンプルな答えにボクは思わずオウム返ししてしまった。そんなボクの反応にあるじさんはまた笑っているようで、肩が少し揺れていた。
「ええ。私って特に取り柄もない普通の人だったから。こんな私でも、何かの役に立てるのかなって思ったんです」
現実はそう上手くいきませんけどね、とあるじさんは言った。一見すると自虐的な物言いに、どこかの誰かさんを思い出す。案外ふたりって似たもの同士なのかもしれない。
黙って、ボクに身を委ねるあるじさんを見下ろす。あるじさんはボクより身長が高いから、頭のてっぺんなんてまずお目にかかれない。椅子に座って、背を向けて、首を晒している。ボクが――乱藤四郎という刀が自分を害さないと確信していないと、こんなことできやしない。
そう。ボクが、ボクたちが己に向けられる刃物ではなく、守り刀であると、心からそう思っていないと。
そんなあるじさんの無防備なところが、“普通の”生活をしていたがゆえならば、納得できる気がした。
「あるじさんは、たしかに普通の女の子だね。武器も戦いも知らない、普通の人間だ」
編み込まれたサイドの髪を、後ろに持ってくる。うん。あるじさんは今日もかわいい。
「でもね。きっとボクたち、そんな“普通の”あるじさんだからこんなに幸福なんだ」
不思議だよね。だって、今は戦争の真っ只中で、たとえるならボクたちは兵士か兵器かってところなのに。傷つけて、傷つけられてを繰り返して、今ここに立っているのに。
幸福を感じる器をくれたのが、あなただったから。
「……ね、あるじさんは、この一年どうだった?」
きっと似合うと思いながらあのひとが選んだリボンを結ぶ。なかなか粋な贈り物だなあと感心しながら、鏡の中のあるじさんをじっと見た。
「もちろん。私も、ずっと――」
「ねえ、あるじさん」
髪の毛を少し分け取りながらそう声をかける。あるじさんは、動かないように気をつけながら声だけで返事をした。
「髪、伸びたよね」
「ふふ、そうですよね。私も今朝、鏡を見て思ったんです」
「初めて会った時は肩にもつかないくらいだったのに」
「乱くん、よく覚えてますねえ」
ふふ、と小さく笑うあるじさんは、やはり何十もの刀を扱う将には見えない。あるじさんがもっと過去に生まれていたなら、きっと町の美味しい団子屋さんで働いていたんだろうと思わせるような、そんな女の子。ふつうの、ごくありふれた幸せに囲まれる、ふつうの――けれども幸福な女の子。
本来なら、戦の中に身を置くなんて、しなくたって良かったんだろうに。
「ね、あるじさん」
「どうしました?」
「あるじさんはさ、どうして審神者になったの? 代々審神者の家系だったとか、そういうのじゃないんだよね」
そう問うと、あるじさんは視線だけを僅かに斜め上に上げた。んー、と小さく唸る。
「必要とされたから、でしょうか」
「必要と、されたから?」
あまりにもシンプルな答えにボクは思わずオウム返ししてしまった。そんなボクの反応にあるじさんはまた笑っているようで、肩が少し揺れていた。
「ええ。私って特に取り柄もない普通の人だったから。こんな私でも、何かの役に立てるのかなって思ったんです」
現実はそう上手くいきませんけどね、とあるじさんは言った。一見すると自虐的な物言いに、どこかの誰かさんを思い出す。案外ふたりって似たもの同士なのかもしれない。
黙って、ボクに身を委ねるあるじさんを見下ろす。あるじさんはボクより身長が高いから、頭のてっぺんなんてまずお目にかかれない。椅子に座って、背を向けて、首を晒している。ボクが――乱藤四郎という刀が自分を害さないと確信していないと、こんなことできやしない。
そう。ボクが、ボクたちが己に向けられる刃物ではなく、守り刀であると、心からそう思っていないと。
そんなあるじさんの無防備なところが、“普通の”生活をしていたがゆえならば、納得できる気がした。
「あるじさんは、たしかに普通の女の子だね。武器も戦いも知らない、普通の人間だ」
編み込まれたサイドの髪を、後ろに持ってくる。うん。あるじさんは今日もかわいい。
「でもね。きっとボクたち、そんな“普通の”あるじさんだからこんなに幸福なんだ」
不思議だよね。だって、今は戦争の真っ只中で、たとえるならボクたちは兵士か兵器かってところなのに。傷つけて、傷つけられてを繰り返して、今ここに立っているのに。
幸福を感じる器をくれたのが、あなただったから。
「……ね、あるじさんは、この一年どうだった?」
きっと似合うと思いながらあのひとが選んだリボンを結ぶ。なかなか粋な贈り物だなあと感心しながら、鏡の中のあるじさんをじっと見た。
「もちろん。私も、ずっと――」