共に見る、春
「何だか、不思議な気分ですね」
机の向かい側、端末に目を通しながら主君が呟きました。本日は、主君がこの本丸を発足させ、切国さんを顕現した記念すべき日です。とはいえ歴史修正主義者が温情で「今日は時間遡行をしない」などと言うわけもなく、切国さんはいつも通り合戦場へと隊を率いて出陣しているので、代わりに僕が近侍を務めています。
「不思議、ですか」
「ええ。喜べばいいのか、悲しめばいいのかわからないとでも言いましょうか。今日はこの本丸の記念日で、記念日とは一般におめでたいものです。ですが……」
そう言って言葉を止めた主君の視線は、書類作成に使用している端末よりも一回り小さい、合戦場にいる部隊との連絡用に使用している端末に向けられています。手際よく執務をこなしながらも、出陣中の第一部隊のみなさんが気になるのでしょう。本日の出陣部隊には隊長の切国さんをはじめ、古参の三日月さんや薬研兄さんなど頼れるメンバーが揃っています。僕たち刀が鍛錬を続け、主君自身も経験を積むことで自信がついてきていると仰っていましたが、主君は元よりお優しい方。きっと、どれだけ優れた将になろうとも、僕たちの無事を祈らずにはいられないのでしょう。
そんなお方だからこそ、何が主君のお心を曇らせているのか、少しわかる気がしました。
「主君」
お茶を淹れながらお声をかけると、主君は端末に落としていた視線をこちらに向けてくださり、僕は人の身を得て初めて目にした景色を思い出します。
かつてはぼんやりとしか捉えられなかった景色をこの目で見ることができて、仕える主君にお言葉をかけられること。思い悩むお姿を知っていながら、その手に触れることすら叶わなかった頃からは信じられないことです。
「率直に申し上げますと、僕は嬉しく思いますよ。主君」
「前田くん……」
目を丸くする主君に、言葉を重ねます。
「戦が続くのは、本来喜ばしくないことなのでしょう。僕は守り刀ですから、人間には――とりわけ、主君には傷ついてほしくありません」
生きてほしい。幸せに笑っていてほしい。色彩豊かな景色を眺め、できれば美しい世界を目に映していてほしい。内容の差こそあれど、主君の刀たる僕らが思うことはきっと同じだと思います。
それでも僕が、この本丸の発足から一年が経つことを、喜ばしく思ってしまうのは。
「主君が、一年健やかに生きていること。そのことを、前田は心の底から嬉しく思うのです」
戦など関係のないところで平和に生きていてほしい。そう願ったこともなかったわけではありません。ですが、一度結んだ縁を、与えられた使命を放ることができない御方なのは、この一年で僕もわかっています。
「この前田、この先も決して変わらず、主君にお仕えします」
願わくば、どうかこの本丸での僕らとの日々を、主君が心穏やかにお過ごしできますよう。
机の向かい側、端末に目を通しながら主君が呟きました。本日は、主君がこの本丸を発足させ、切国さんを顕現した記念すべき日です。とはいえ歴史修正主義者が温情で「今日は時間遡行をしない」などと言うわけもなく、切国さんはいつも通り合戦場へと隊を率いて出陣しているので、代わりに僕が近侍を務めています。
「不思議、ですか」
「ええ。喜べばいいのか、悲しめばいいのかわからないとでも言いましょうか。今日はこの本丸の記念日で、記念日とは一般におめでたいものです。ですが……」
そう言って言葉を止めた主君の視線は、書類作成に使用している端末よりも一回り小さい、合戦場にいる部隊との連絡用に使用している端末に向けられています。手際よく執務をこなしながらも、出陣中の第一部隊のみなさんが気になるのでしょう。本日の出陣部隊には隊長の切国さんをはじめ、古参の三日月さんや薬研兄さんなど頼れるメンバーが揃っています。僕たち刀が鍛錬を続け、主君自身も経験を積むことで自信がついてきていると仰っていましたが、主君は元よりお優しい方。きっと、どれだけ優れた将になろうとも、僕たちの無事を祈らずにはいられないのでしょう。
そんなお方だからこそ、何が主君のお心を曇らせているのか、少しわかる気がしました。
「主君」
お茶を淹れながらお声をかけると、主君は端末に落としていた視線をこちらに向けてくださり、僕は人の身を得て初めて目にした景色を思い出します。
かつてはぼんやりとしか捉えられなかった景色をこの目で見ることができて、仕える主君にお言葉をかけられること。思い悩むお姿を知っていながら、その手に触れることすら叶わなかった頃からは信じられないことです。
「率直に申し上げますと、僕は嬉しく思いますよ。主君」
「前田くん……」
目を丸くする主君に、言葉を重ねます。
「戦が続くのは、本来喜ばしくないことなのでしょう。僕は守り刀ですから、人間には――とりわけ、主君には傷ついてほしくありません」
生きてほしい。幸せに笑っていてほしい。色彩豊かな景色を眺め、できれば美しい世界を目に映していてほしい。内容の差こそあれど、主君の刀たる僕らが思うことはきっと同じだと思います。
それでも僕が、この本丸の発足から一年が経つことを、喜ばしく思ってしまうのは。
「主君が、一年健やかに生きていること。そのことを、前田は心の底から嬉しく思うのです」
戦など関係のないところで平和に生きていてほしい。そう願ったこともなかったわけではありません。ですが、一度結んだ縁を、与えられた使命を放ることができない御方なのは、この一年で僕もわかっています。
「この前田、この先も決して変わらず、主君にお仕えします」
願わくば、どうかこの本丸での僕らとの日々を、主君が心穏やかにお過ごしできますよう。