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「――以上が本日の予定だ。それ以外は非番だが、連日の大阪城探索やそれに伴う遠征で疲労が溜まっているだろう、きちんと休息を取るように」
朝、全振りが大広間に揃う朝食の後は、連絡事項を伝える時間として使用されている。近侍を務める切国さんが本日の予定を読み上げると、大広間は一瞬ざわめく。全員に連絡事項が伝わったのを確認して、私が「今日も一日よろしくお願いします」と挨拶の後に解散の合図を出し、私たちはそれぞれの業務に取り掛かる。これがいつもの流れだ。当然男士たちもそれを認識しているからこそ、私の方を見て少し戸惑いを見せているのだ。私が、いつまで経ってもお決まりの挨拶をしないから。向けられる何十もの視線にどっくんどっくんと心臓が跳ねるのを感じつつ、深呼吸して口を開く。
「本日は、もう一つ大切なお知らせがあります。……この本丸にも、遂に修行許可が降りました」
私がそう言い切ると同時に、切国さんが三つの道具を掲げて見せる。審神者の間では『修行道具三点セット』と呼ばれているものだ。先日の池田屋制覇によって、時の政府より報酬として送られてきたものである。十人十色ならぬ十刀十色な反応を見せる男士たちを見て、とりあえず簡単に修行についての説明をすることにした。大多数の男士はどこかで話くらい聞いているだろうけれど、万が一誤解があるといけないので、念のため確認しておく。
「修行は、刀剣男士のみなさんが自分の歴史を見直し、自分を知ることによって新たな力を得るという旅だそうです。修行先での経過時間はみなさんそれぞれ異なりますが、帰還は本丸内時間での四日目だそうです。修行先でどのようなことを経験するのか、『それぞれの刀剣の歴史に関わること』以外には明らかにされていません」
極修行の内容は、未修行の刀剣男士に伝わる可能性を踏まえて門外不出。“修行”という存在だけが知らされている。それは、刀剣男士も審神者も同じことだった。あまりに情報量が少なかったからか、水を打ったように静まり返ってしまった大広間に、鶴丸さんの元気な声が響いた。
「こりゃ驚いたなあ。審神者すらたったのそれしか知らされていないのか!」
「……ええ。修行の内容はかなり厳重に秘匿されているようでして」
「まあ、先にネタばらしされた驚きほどつまらんものはないからなあ。ほら、なんというんだったか。“さぷらいず”というやつだろう」
鶴丸さんらしい言葉に、私は思わず笑ってしまった。燭台切さんの「鶴さんらしいね」という声も聞こえてくる。
「……それだけ厳重に隠されているんだ。俺たちへの影響も大きいのだろう」
「たしかになあ。自分の歴史を見直す、ってなれば、行先は大方自分の振るわれていた時代だろう。そうなれば元主、俺にとっては信長さんなんかが生きた時代に飛ばされる可能性も高い」
切国さんの言葉に、薬研くんが同意して言葉を続ける。それを受けて、長谷部さんや宗三さんは複雑そうな表情をしている。反対に、不動くんは甘酒を握ったまま目をぱちぱちと瞬かせる。戸惑いと、少しの喜びが一瞬浮かんだ、ように見えた。
彼らには告げていないが、時の政府からはこのような言伝が届いている。『条件を満たさぬ刀剣男士の修行を禁ず』と。条件とは『当該刀剣男士の所属する本丸が実力を示していること』『時の政府より、当該刀剣男士の修行が許可されていること』『当該刀剣男士が一定の強さを示していること』『三つの修行道具が揃っていること』『修行開始時、他に修行中の刀剣男士がいないこと』の五つであるが、これだけ細かい条件を定め、かつわざわざ「規則を破るなよ」と言伝を送ってきているということは、それなりにリスクのある旅なのだろう。先ほどの薬研くんの「元主の生きた時代」が正しいとして、信頼関係が不完全な状態で刀剣男士を送り出せば、それこそ彼らが今代の主である審神者を見限る――より具体的には、歴史改変などの重罪を起こす可能性すらある。あまり考えたくないことではあるけれど。
とはいえ、そういった事態を未然に防ぐため、各々の状態を見極めて送り出すのが彼らの主たる私の役目だ。そのためにも、最初に修行へと送り出す一振りは慎重に判断する必要がある。
「真偽のほどはわかりませんが、みなさんに大きな影響を与え得る旅だという意見については私も同意です。ですので、はじめに修行へと送り出す一振りは慎重に判断させていただきたいのです」
そう伝えれば、男士たちは「主がそう言うなら」と納得してくれた。本当に、私は仲間に恵まれている。
臆病な主から一刻も早く脱さなければと思うのに、いつまで経っても愚かで浅ましい部分が見えてしまい、つくづく嫌になる。安心して彼らを送り出すためにも、まずは私が彼らにとって良い主にならなければと、そう思う。
そんな風に私がネガティブモードに突入しかけた時、「なあ主」と和泉守さんが声を上げた。
「それなら切国あたりにすればいいんじゃねえのか? この本丸の初期刀なんだろ」
たしかに和泉守さんのおっしゃる通りである。彼が初期刀であることは先の防人作戦で本丸中の知るところとなっているから、誰もが納得の刃選だと言えるだろう。
ただ、今回切国さんは修行申請しないと彼自身が言っていたのだ。
「俺は今回見送ると決めている。近侍の業務の引継ぎもあるからな」
「……と、いうわけなので、我こそは、という方は執務室までお越しください。政府からの条件を満たしていて、かつこちらでも問題ないと判断できれば、修行道具をお渡しします」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきそうな緊張感に、「それでは、今日も一日よろしくお願いします!」と今度こそ私が挨拶をすれば、興奮冷めやらぬといった様子で男士たちは大広間を後にした。
朝、全振りが大広間に揃う朝食の後は、連絡事項を伝える時間として使用されている。近侍を務める切国さんが本日の予定を読み上げると、大広間は一瞬ざわめく。全員に連絡事項が伝わったのを確認して、私が「今日も一日よろしくお願いします」と挨拶の後に解散の合図を出し、私たちはそれぞれの業務に取り掛かる。これがいつもの流れだ。当然男士たちもそれを認識しているからこそ、私の方を見て少し戸惑いを見せているのだ。私が、いつまで経ってもお決まりの挨拶をしないから。向けられる何十もの視線にどっくんどっくんと心臓が跳ねるのを感じつつ、深呼吸して口を開く。
「本日は、もう一つ大切なお知らせがあります。……この本丸にも、遂に修行許可が降りました」
私がそう言い切ると同時に、切国さんが三つの道具を掲げて見せる。審神者の間では『修行道具三点セット』と呼ばれているものだ。先日の池田屋制覇によって、時の政府より報酬として送られてきたものである。十人十色ならぬ十刀十色な反応を見せる男士たちを見て、とりあえず簡単に修行についての説明をすることにした。大多数の男士はどこかで話くらい聞いているだろうけれど、万が一誤解があるといけないので、念のため確認しておく。
「修行は、刀剣男士のみなさんが自分の歴史を見直し、自分を知ることによって新たな力を得るという旅だそうです。修行先での経過時間はみなさんそれぞれ異なりますが、帰還は本丸内時間での四日目だそうです。修行先でどのようなことを経験するのか、『それぞれの刀剣の歴史に関わること』以外には明らかにされていません」
極修行の内容は、未修行の刀剣男士に伝わる可能性を踏まえて門外不出。“修行”という存在だけが知らされている。それは、刀剣男士も審神者も同じことだった。あまりに情報量が少なかったからか、水を打ったように静まり返ってしまった大広間に、鶴丸さんの元気な声が響いた。
「こりゃ驚いたなあ。審神者すらたったのそれしか知らされていないのか!」
「……ええ。修行の内容はかなり厳重に秘匿されているようでして」
「まあ、先にネタばらしされた驚きほどつまらんものはないからなあ。ほら、なんというんだったか。“さぷらいず”というやつだろう」
鶴丸さんらしい言葉に、私は思わず笑ってしまった。燭台切さんの「鶴さんらしいね」という声も聞こえてくる。
「……それだけ厳重に隠されているんだ。俺たちへの影響も大きいのだろう」
「たしかになあ。自分の歴史を見直す、ってなれば、行先は大方自分の振るわれていた時代だろう。そうなれば元主、俺にとっては信長さんなんかが生きた時代に飛ばされる可能性も高い」
切国さんの言葉に、薬研くんが同意して言葉を続ける。それを受けて、長谷部さんや宗三さんは複雑そうな表情をしている。反対に、不動くんは甘酒を握ったまま目をぱちぱちと瞬かせる。戸惑いと、少しの喜びが一瞬浮かんだ、ように見えた。
彼らには告げていないが、時の政府からはこのような言伝が届いている。『条件を満たさぬ刀剣男士の修行を禁ず』と。条件とは『当該刀剣男士の所属する本丸が実力を示していること』『時の政府より、当該刀剣男士の修行が許可されていること』『当該刀剣男士が一定の強さを示していること』『三つの修行道具が揃っていること』『修行開始時、他に修行中の刀剣男士がいないこと』の五つであるが、これだけ細かい条件を定め、かつわざわざ「規則を破るなよ」と言伝を送ってきているということは、それなりにリスクのある旅なのだろう。先ほどの薬研くんの「元主の生きた時代」が正しいとして、信頼関係が不完全な状態で刀剣男士を送り出せば、それこそ彼らが今代の主である審神者を見限る――より具体的には、歴史改変などの重罪を起こす可能性すらある。あまり考えたくないことではあるけれど。
とはいえ、そういった事態を未然に防ぐため、各々の状態を見極めて送り出すのが彼らの主たる私の役目だ。そのためにも、最初に修行へと送り出す一振りは慎重に判断する必要がある。
「真偽のほどはわかりませんが、みなさんに大きな影響を与え得る旅だという意見については私も同意です。ですので、はじめに修行へと送り出す一振りは慎重に判断させていただきたいのです」
そう伝えれば、男士たちは「主がそう言うなら」と納得してくれた。本当に、私は仲間に恵まれている。
臆病な主から一刻も早く脱さなければと思うのに、いつまで経っても愚かで浅ましい部分が見えてしまい、つくづく嫌になる。安心して彼らを送り出すためにも、まずは私が彼らにとって良い主にならなければと、そう思う。
そんな風に私がネガティブモードに突入しかけた時、「なあ主」と和泉守さんが声を上げた。
「それなら切国あたりにすればいいんじゃねえのか? この本丸の初期刀なんだろ」
たしかに和泉守さんのおっしゃる通りである。彼が初期刀であることは先の防人作戦で本丸中の知るところとなっているから、誰もが納得の刃選だと言えるだろう。
ただ、今回切国さんは修行申請しないと彼自身が言っていたのだ。
「俺は今回見送ると決めている。近侍の業務の引継ぎもあるからな」
「……と、いうわけなので、我こそは、という方は執務室までお越しください。政府からの条件を満たしていて、かつこちらでも問題ないと判断できれば、修行道具をお渡しします」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきそうな緊張感に、「それでは、今日も一日よろしくお願いします!」と今度こそ私が挨拶をすれば、興奮冷めやらぬといった様子で男士たちは大広間を後にした。