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「用があるなら入ればよかったのに」

 戸を閉めながら、乱藤四郎はそう小さく呟いた。バレていたか、とこちらも小さく口に出せば、短刀の機動を舐めないでよね、とのことだ。ごもっともである。

「……今入っていけば色々と台無しだったろう。俺とてそれくらいはわかる」

 乱は、よく気がつくやつだ。この本丸のものは基本的に気のいい奴らばかりであるのは前提として、体調の異変に関しては薬研が誰よりも詳しく、細やかな気配りやサポートに関して前田や平野の右に出るものはいない。しかし、主を励ましたり気分転換に誘ったりするのは乱が一番だ、というのが本丸内の総意だろうと思う。現に俺は、そしておそらく主も、乱にはとても感謝をしている。
 その点、俺は大して気が利かないし、話すのも上手くないから励まし上手でもない。近侍を任されているにもかかわらず、だ。だから、俺があの場で入っていったとて、無駄だというわけだ。
 そんな俺に呆れたのか、乱は一つ息を吐いてから口を開いた。

「……切国さんはさ、強くなりたいって思う?」

 天井の方を見つめながら、乱はそう言った。
 強くなりたい。自身を振るい、遡行軍を倒し歴史を守るための戦いに身を投じている以上、いつだって思っていることだ。俺は頷いた。

「強くなりたんだよね、ボク」
「ああ。強くなるのはいいことだ」
「うーん、まあそうなんだけど、そうじゃないっていうか」

 こちらに背を向け、乱は主のいる執務室を見た。毎夜手入れをしているのだという髪が靡く。

「……今よりも、もっと。もーっと、強くなりたいの!」

 強くなりたい。

 そんな乱の言葉が、心のどこかにずっと引っ掛かっていた。
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