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それからボクたち短刀部隊は目覚しい成長を見せた。自分で言うのも恥ずかしいけれど、それでもやっぱり、ボクたちの活躍は目を見張るものがあったと思う。
夜戦用の第二部隊には、ボク、前田、薬研、秋田、五虎退、小夜くんが交替で編成された。夜戦用といってもすぐに夜戦の合戦場――今回だと池田屋近辺に向かったわけではなく、最近出陣していなかった時代の合戦場へと出陣して、実戦経験を積みつつ歴史を守るべく戦った。
そうして少しずつ実力がついてきたころ、戦果の報告をするため執務室を訪れたボクに、あるじさんは問いかけた。
「どうですか、乱藤四郎。隊員のみなさんの調子は」
こちらに向かって真剣な表情で、しかしいつもの穏やかな口調で問いかけるあるじさんはどこからどう見ても立派な主だ。まだ審神者に就任して一年も経っていないなんて信じられない。そう思うのは、彼女がボクのあるじさんだからこその欲目だろうか。そんなことを考えつつ、ボクはここ数日間の出陣時の様子を思い返しながら答える。
「うーん、やっぱり初期の頃に出陣経験があった前田や薬研が引っ張っていってくれてる感じかな。特に薬研は戦場育ちって自称してるだけあるよ」
そう言うと、あるじさんは手元の端末に目を落とし、頷いた。
前田はボクの次に、薬研はさらにその次にやってきた短刀だ。まだ数振りしかいなかった本丸で、その時ばかりはあるじさんも「刀装の装備数が少ないから」などと言っていられずに、ボクたち短刀を出陣させていた。その頃からあるじさんは慎重な采配をしていたから、たまに傷を負うことはあっても中傷どころか軽傷すら少なく、ほとんどかすり傷に近いものだった。それでもあるじさんはボクたちが傷つくとほんの一瞬だけ悲しそうな顔をするものだから、いかに刀装を消耗させず手早く敵を仕留めるか――という会話が、珍しく普段は口数の少ない切国さん発信で交わされていたことを思い出す。
「たしかに、二振りは誉の獲得回数も多いですね。そして、乱藤四郎、あなたも」
その言葉に思わず顔を上げると、あるじさんは困ったようにように目を細め、机の上で両手を固く握った。
「……今思えば、ひどい主ですね、私は。あなたたち短刀を新しい時代へと送らないという行為は、あなたたちの実力を信用していないと捉えられてもおかしくなかった」
――いえ、今もでしょうか。自嘲的なその言葉に、どくりと大きく脈打つのを感じた。
それはまるで、日頃穏やかに、冷静に、それでいて常に優しくボクたちに接するあるじさんの、奥の奥から吐き出された懺悔のように聞こえたから。
ボクが動揺していると、あるじさんはスッと目を伏せて、俯く。
「ああ、ごめんなさい。私ってばこんな……」
「大丈夫」
遮るように口を開いた。あるじさんがびくりと肩を跳ねさせるのを見た。
「大丈夫、大丈夫だよ、あるじさん。ちゃんと、ボクたちには伝わってるから」
「……でも、現に私は、あなたやあなたの兄弟や、他の短刀たちを」
「そりゃ、全く使ってもらえないんじゃボクたちだって悲しいし、不満もあったかもしれない」
「だったら……」
でもね、と。尚も言い募ろうとするあるじさんに、わざと言葉を被せた。
「あるじさんは、そんなことしなかった。内番も、遠征だって立派な仕事だって教えてくれたのはあるじさんでしょ? それだけじゃない。他の刀にはできない役目をボクたちに任せてくれた」
乱くん、と呼び方が平時に戻っているあるじさんに、彼女はきっと今、素なのだと、そう思った。
「あるじさんが言ってくれたから。私には護り刀がたくさんいるから大丈夫だ、って」
本丸設立以来最大の危機だった。この本丸で最も強い第一部隊さえも太刀打ちできないような強大な敵が現れ、黎明期から一緒に本丸を支えてきた三日月さんが忽然と姿を消した。これまでにない数の遡行軍が攻め寄せて、各本丸にもいつ被害が及ぶかわからないような、そんな状況だった。
それでもあるじさんは、きっと最も頼りにしているはずの切国さんがいない本丸で、言ったのだ。
「懐刀としても使われるボクたち短刀にとって、主を守れる刀だという信頼は戦場での誉にも劣らない名誉なんだよ」
それは、ボクに限った話じゃないはずだから。
「だから、ボクたちはあるじさんのために、本丸のために頑張れるんだ。あるじさんが信じてくれるから」
あるじさんに向かって微笑めば、彼女はぽろぽろと涙を流す。その姿は審神者じゃなく、何十もの刀の主でもなく、ただの人間の女の子のように見えた。
「それにね、今はボクたちが重用される戦場に向けての特訓中だから、第二部隊のみんなも太刀や大太刀のみんなよりも活躍しちゃうぞーって張り切ってるんだよ?」
そう言ってウィンクしたら、あるじさんはクスッと笑ってくれた。それに胸がポカポカした気持ちになって、ボクも思わず笑みがこぼれる。
「……ありがとう、乱くん。頼りにしています」
「うん。ボクに任せておいてよ!」
――強くなりたい。
そんな思いが芽吹くのを、感じていた。
夜戦用の第二部隊には、ボク、前田、薬研、秋田、五虎退、小夜くんが交替で編成された。夜戦用といってもすぐに夜戦の合戦場――今回だと池田屋近辺に向かったわけではなく、最近出陣していなかった時代の合戦場へと出陣して、実戦経験を積みつつ歴史を守るべく戦った。
そうして少しずつ実力がついてきたころ、戦果の報告をするため執務室を訪れたボクに、あるじさんは問いかけた。
「どうですか、乱藤四郎。隊員のみなさんの調子は」
こちらに向かって真剣な表情で、しかしいつもの穏やかな口調で問いかけるあるじさんはどこからどう見ても立派な主だ。まだ審神者に就任して一年も経っていないなんて信じられない。そう思うのは、彼女がボクのあるじさんだからこその欲目だろうか。そんなことを考えつつ、ボクはここ数日間の出陣時の様子を思い返しながら答える。
「うーん、やっぱり初期の頃に出陣経験があった前田や薬研が引っ張っていってくれてる感じかな。特に薬研は戦場育ちって自称してるだけあるよ」
そう言うと、あるじさんは手元の端末に目を落とし、頷いた。
前田はボクの次に、薬研はさらにその次にやってきた短刀だ。まだ数振りしかいなかった本丸で、その時ばかりはあるじさんも「刀装の装備数が少ないから」などと言っていられずに、ボクたち短刀を出陣させていた。その頃からあるじさんは慎重な采配をしていたから、たまに傷を負うことはあっても中傷どころか軽傷すら少なく、ほとんどかすり傷に近いものだった。それでもあるじさんはボクたちが傷つくとほんの一瞬だけ悲しそうな顔をするものだから、いかに刀装を消耗させず手早く敵を仕留めるか――という会話が、珍しく普段は口数の少ない切国さん発信で交わされていたことを思い出す。
「たしかに、二振りは誉の獲得回数も多いですね。そして、乱藤四郎、あなたも」
その言葉に思わず顔を上げると、あるじさんは困ったようにように目を細め、机の上で両手を固く握った。
「……今思えば、ひどい主ですね、私は。あなたたち短刀を新しい時代へと送らないという行為は、あなたたちの実力を信用していないと捉えられてもおかしくなかった」
――いえ、今もでしょうか。自嘲的なその言葉に、どくりと大きく脈打つのを感じた。
それはまるで、日頃穏やかに、冷静に、それでいて常に優しくボクたちに接するあるじさんの、奥の奥から吐き出された懺悔のように聞こえたから。
ボクが動揺していると、あるじさんはスッと目を伏せて、俯く。
「ああ、ごめんなさい。私ってばこんな……」
「大丈夫」
遮るように口を開いた。あるじさんがびくりと肩を跳ねさせるのを見た。
「大丈夫、大丈夫だよ、あるじさん。ちゃんと、ボクたちには伝わってるから」
「……でも、現に私は、あなたやあなたの兄弟や、他の短刀たちを」
「そりゃ、全く使ってもらえないんじゃボクたちだって悲しいし、不満もあったかもしれない」
「だったら……」
でもね、と。尚も言い募ろうとするあるじさんに、わざと言葉を被せた。
「あるじさんは、そんなことしなかった。内番も、遠征だって立派な仕事だって教えてくれたのはあるじさんでしょ? それだけじゃない。他の刀にはできない役目をボクたちに任せてくれた」
乱くん、と呼び方が平時に戻っているあるじさんに、彼女はきっと今、素なのだと、そう思った。
「あるじさんが言ってくれたから。私には護り刀がたくさんいるから大丈夫だ、って」
本丸設立以来最大の危機だった。この本丸で最も強い第一部隊さえも太刀打ちできないような強大な敵が現れ、黎明期から一緒に本丸を支えてきた三日月さんが忽然と姿を消した。これまでにない数の遡行軍が攻め寄せて、各本丸にもいつ被害が及ぶかわからないような、そんな状況だった。
それでもあるじさんは、きっと最も頼りにしているはずの切国さんがいない本丸で、言ったのだ。
「懐刀としても使われるボクたち短刀にとって、主を守れる刀だという信頼は戦場での誉にも劣らない名誉なんだよ」
それは、ボクに限った話じゃないはずだから。
「だから、ボクたちはあるじさんのために、本丸のために頑張れるんだ。あるじさんが信じてくれるから」
あるじさんに向かって微笑めば、彼女はぽろぽろと涙を流す。その姿は審神者じゃなく、何十もの刀の主でもなく、ただの人間の女の子のように見えた。
「それにね、今はボクたちが重用される戦場に向けての特訓中だから、第二部隊のみんなも太刀や大太刀のみんなよりも活躍しちゃうぞーって張り切ってるんだよ?」
そう言ってウィンクしたら、あるじさんはクスッと笑ってくれた。それに胸がポカポカした気持ちになって、ボクも思わず笑みがこぼれる。
「……ありがとう、乱くん。頼りにしています」
「うん。ボクに任せておいてよ!」
――強くなりたい。
そんな思いが芽吹くのを、感じていた。