初鍛刀 乱藤四郎
汗で前髪が額にへばりつく。ごうごうと燃え盛る炎を前に、木炭に玉鋼、冷却材、砥石を五十ずつ、そして依頼札を炉の前へ。小さな神様に依頼すれば、彼らは心得た、とばかりに頷いてくれた。ここまでが通常の鍛刀の流れである。
「主さま。鍛刀も手入れと同じく手伝い札が使えますので、今回も使ってみましょう」
「わかった」
こんのすけから手渡された手伝い札を使用し、手入れと同じようにこんのすけの力を借りて鍛刀をしていく。いわく、依頼札や手伝い札にはこの本丸の審神者である私の霊力が込められており、その札を用いることで付喪神の本体を鍛刀することができるのだという。現在この本丸に来て二日目の朝。一体いつどういう仕組みでこの札に霊力が込められたのかはさっぱりわからないが、ともかくこの札によって私たち審神者は炉の神様の力をお借りすることができるらしい。
今鍛刀している刀は、初期刀の次に本丸の一員となる、いわゆる初鍛刀というものになるのだろう。初期刀と異なり、初鍛刀として顕現する刀の数は多いので誰が来るかはさっぱりわからないけれど、上手くやって行けるといいなと思う。
切国さんと共に炉の神様を手伝いつつ淀みない動きを目で追っていると、その動きが一瞬止まる。思わず手を止め顔を寄せた私に対し、小さな神様は得意げに微笑み、頷いた。もしかして、と口に出すより早く、目の前に刀が一振り現れた。
「……短刀?」
「ご名答です」
昨日抱えた山姥切国広の本体――つまり打刀よりも短く、懐に収まりそうなサイズ感。その印象通り懐刀としても使用されることがあるというそれは、短刀という分類になる。短刀というと『刀剣見本帳』の前半にずらりと記載があった粟田口の刀が真っ先に思い浮かぶが、その中のどれかなのか? と問われれば検討もつかないというのが正直なところだった。どんな男士が来てくれるかはわからないけれど、一人と一振りと一匹の本丸からしてみれば誰であっても有難い。鞘に収められたままの刀を両手でしっかりと持ち、霊力を流し込む。
まだ名を知らない刀。初めて自分の霊力で鍛刀した刀は、流し込んだ霊力と共鳴するかのように浮き上がった。
ぶわり、薄紅の花弁が舞う。鍛刀部屋が光に包まれる。
「乱藤四郎だよ。……ねえ、ボクと乱れたいの?」
その奥から姿を現したのは、さらさらのストロベリーブロンドにお人形さんのような大きな明るい青の瞳を持つ可憐な容姿の神様だった。
「乱藤四郎……さん」
刀剣男士、というくらいだからどの神様も筋肉モリモリで雄々しい姿をしているのかと思っていたけれど、山姥切国広といい、今目の前にいる乱藤四郎といい、そうとは限らないのかもしれない。切国さんはかっこいいけれど綺麗だし、乱藤四郎は可憐で愛らしいというのが正直な感想だ。男神だからといって厳つい姿を想像したことに私の偏見が含まれているのかもしれないなと内心反省する。
「そうだよ。ボクが乱藤四郎。あなたがボクを呼んでくれたあるじさん?」
こてん、と乱藤四郎は首を傾げる。ともすればあざとい所作でも、彼がやると一切の嫌味がないどころか可愛さで心臓を撃ち抜かれそうなほどだ。もはや可愛らしすぎて羨望の念すら起こらない。これが「可愛いは正義」というやつだろうか――などとすっかり彼の愛らしさに絆されかけながらも、私はしっかりと頷く。
この本丸の審神者として、彼の主として、できるだけ頼もしく見えるように。
「はじめまして。私はこの本丸の審神者です。それからこちらは……」
「……山姥切国広だ」
「彼はこの本丸の初期刀で、私は切国と呼んでいます」
こちらからも一通りの自己紹介をすれば、乱藤四郎は数回目をぱちぱちと瞬かせた後、可愛らしい笑顔を向けてくれた。
それから、私たちはとりあえず本丸内を案内しようということで、鍛刀部屋から共用スペースに繋がる廊下を歩いていた。案内と言っても私たちも一日弱しか暮らしていない上に、切国さんに至ってはしばらく横になっていたのでほぼ初探索のようなものだ。間取りの確認も兼ねて端から端まで歩いていると、横にいた乱藤四郎が下から覗き込むようにしてこちらを見た。
「ところであるじさん、なんでここの山姥切国広は“きりくに”って呼ばれてるの?」
もっともな疑問に、私はああ、と言いながら少し笑ってしまう。切国さん本人にすら最初は由来が伝わっていなかったくらいだ。彼にもピンと来なかったのだろう。不思議そうな表情の乱藤四郎に、私は命名者として解説をする。
「ぱっと聞いて彼だとわかって、かつ呼びやすい呼び方はないかと昨日考えたんです。山姥切国広さんと呼ぶのでは少し長いので、山姥切と国広から一文字ずつ頂いて……」
「へえ、それで切国なんだ」
納得した、という様子の彼に、私は頷いた。そんなやり取りをしながら、私は「そういえば彼はなんと呼べばいいだろうか」と考える。たしか粟田口の短刀には藤四郎が多かったはずだから、呼ぶとするならば――とそこまで考えたところで、乱藤四郎がポンと手を打って急に立ち止まった。何事かと彼の方を向けば、にっこりと笑って彼は自分を指さす。
「それじゃああるじさん。ボクのことは乱って呼んでよ」
それは、まさかのご本刀からの提案だった。彼自身からそう言ってもらえるのであればありがたいと思いつつ、問いかけた。
「乱……でいいのですか?」
「うん。あるじさんも知ってるかもしれないけど、ボクの兄弟って藤四郎が多いでしょ? でも、“乱”の由来になった乱れ刃は兄弟の中では珍しい特徴だし、ボクの場合は号にもなってる。まさに『ぱっと聞いて乱藤四郎だってわかる』呼び方だと思うんだよね」
それを聞いて、なるほど。と今度は私が納得する番だった。たしかに、先程ちらりと確認した『刀帳』にもそのような記載があった気がする。あまりじっくりと本体を見たことがないので乱れ刃というものがどのようなものなのかはわからないが、きっと刀のことは刀自身が一番よくわかっているだろう。
「わかりました。それでは……」
ほんの少しの緊張をこくりと飲み込んで、相変わらず可愛らしい笑顔を向ける彼に向き直る。
「乱くん。よろしくお願いしますね」
私の言葉を受けて、乱藤四郎――乱くんは、ドンと胸を叩いて朗らかに笑った。
「主さま。鍛刀も手入れと同じく手伝い札が使えますので、今回も使ってみましょう」
「わかった」
こんのすけから手渡された手伝い札を使用し、手入れと同じようにこんのすけの力を借りて鍛刀をしていく。いわく、依頼札や手伝い札にはこの本丸の審神者である私の霊力が込められており、その札を用いることで付喪神の本体を鍛刀することができるのだという。現在この本丸に来て二日目の朝。一体いつどういう仕組みでこの札に霊力が込められたのかはさっぱりわからないが、ともかくこの札によって私たち審神者は炉の神様の力をお借りすることができるらしい。
今鍛刀している刀は、初期刀の次に本丸の一員となる、いわゆる初鍛刀というものになるのだろう。初期刀と異なり、初鍛刀として顕現する刀の数は多いので誰が来るかはさっぱりわからないけれど、上手くやって行けるといいなと思う。
切国さんと共に炉の神様を手伝いつつ淀みない動きを目で追っていると、その動きが一瞬止まる。思わず手を止め顔を寄せた私に対し、小さな神様は得意げに微笑み、頷いた。もしかして、と口に出すより早く、目の前に刀が一振り現れた。
「……短刀?」
「ご名答です」
昨日抱えた山姥切国広の本体――つまり打刀よりも短く、懐に収まりそうなサイズ感。その印象通り懐刀としても使用されることがあるというそれは、短刀という分類になる。短刀というと『刀剣見本帳』の前半にずらりと記載があった粟田口の刀が真っ先に思い浮かぶが、その中のどれかなのか? と問われれば検討もつかないというのが正直なところだった。どんな男士が来てくれるかはわからないけれど、一人と一振りと一匹の本丸からしてみれば誰であっても有難い。鞘に収められたままの刀を両手でしっかりと持ち、霊力を流し込む。
まだ名を知らない刀。初めて自分の霊力で鍛刀した刀は、流し込んだ霊力と共鳴するかのように浮き上がった。
ぶわり、薄紅の花弁が舞う。鍛刀部屋が光に包まれる。
「乱藤四郎だよ。……ねえ、ボクと乱れたいの?」
その奥から姿を現したのは、さらさらのストロベリーブロンドにお人形さんのような大きな明るい青の瞳を持つ可憐な容姿の神様だった。
「乱藤四郎……さん」
刀剣男士、というくらいだからどの神様も筋肉モリモリで雄々しい姿をしているのかと思っていたけれど、山姥切国広といい、今目の前にいる乱藤四郎といい、そうとは限らないのかもしれない。切国さんはかっこいいけれど綺麗だし、乱藤四郎は可憐で愛らしいというのが正直な感想だ。男神だからといって厳つい姿を想像したことに私の偏見が含まれているのかもしれないなと内心反省する。
「そうだよ。ボクが乱藤四郎。あなたがボクを呼んでくれたあるじさん?」
こてん、と乱藤四郎は首を傾げる。ともすればあざとい所作でも、彼がやると一切の嫌味がないどころか可愛さで心臓を撃ち抜かれそうなほどだ。もはや可愛らしすぎて羨望の念すら起こらない。これが「可愛いは正義」というやつだろうか――などとすっかり彼の愛らしさに絆されかけながらも、私はしっかりと頷く。
この本丸の審神者として、彼の主として、できるだけ頼もしく見えるように。
「はじめまして。私はこの本丸の審神者です。それからこちらは……」
「……山姥切国広だ」
「彼はこの本丸の初期刀で、私は切国と呼んでいます」
こちらからも一通りの自己紹介をすれば、乱藤四郎は数回目をぱちぱちと瞬かせた後、可愛らしい笑顔を向けてくれた。
それから、私たちはとりあえず本丸内を案内しようということで、鍛刀部屋から共用スペースに繋がる廊下を歩いていた。案内と言っても私たちも一日弱しか暮らしていない上に、切国さんに至ってはしばらく横になっていたのでほぼ初探索のようなものだ。間取りの確認も兼ねて端から端まで歩いていると、横にいた乱藤四郎が下から覗き込むようにしてこちらを見た。
「ところであるじさん、なんでここの山姥切国広は“きりくに”って呼ばれてるの?」
もっともな疑問に、私はああ、と言いながら少し笑ってしまう。切国さん本人にすら最初は由来が伝わっていなかったくらいだ。彼にもピンと来なかったのだろう。不思議そうな表情の乱藤四郎に、私は命名者として解説をする。
「ぱっと聞いて彼だとわかって、かつ呼びやすい呼び方はないかと昨日考えたんです。山姥切国広さんと呼ぶのでは少し長いので、山姥切と国広から一文字ずつ頂いて……」
「へえ、それで切国なんだ」
納得した、という様子の彼に、私は頷いた。そんなやり取りをしながら、私は「そういえば彼はなんと呼べばいいだろうか」と考える。たしか粟田口の短刀には藤四郎が多かったはずだから、呼ぶとするならば――とそこまで考えたところで、乱藤四郎がポンと手を打って急に立ち止まった。何事かと彼の方を向けば、にっこりと笑って彼は自分を指さす。
「それじゃああるじさん。ボクのことは乱って呼んでよ」
それは、まさかのご本刀からの提案だった。彼自身からそう言ってもらえるのであればありがたいと思いつつ、問いかけた。
「乱……でいいのですか?」
「うん。あるじさんも知ってるかもしれないけど、ボクの兄弟って藤四郎が多いでしょ? でも、“乱”の由来になった乱れ刃は兄弟の中では珍しい特徴だし、ボクの場合は号にもなってる。まさに『ぱっと聞いて乱藤四郎だってわかる』呼び方だと思うんだよね」
それを聞いて、なるほど。と今度は私が納得する番だった。たしかに、先程ちらりと確認した『刀帳』にもそのような記載があった気がする。あまりじっくりと本体を見たことがないので乱れ刃というものがどのようなものなのかはわからないが、きっと刀のことは刀自身が一番よくわかっているだろう。
「わかりました。それでは……」
ほんの少しの緊張をこくりと飲み込んで、相変わらず可愛らしい笑顔を向ける彼に向き直る。
「乱くん。よろしくお願いしますね」
私の言葉を受けて、乱藤四郎――乱くんは、ドンと胸を叩いて朗らかに笑った。