初期刀 山姥切国広
「山姥切国広さん!!」
自分のものとは思えない声だった。
液晶の向こうに映っていた傷が、血が、声が、一気に視界に飛び込んでくる。鼻を通って直に突き刺さるような匂い。初めて見る裂傷。鮮やかな赤。そして何より、寡黙な刀の神様の、呻き声。
「主さま、こちらへ!」
こんのすけに続き、手入れ部屋へとその身体を連れていく。このまま朽ちてしまっても、などという声が聞こえて思わず睨みそうになってしまい、慌てて顔を逸らした。
手入れの仕方は、心得ていた。それこそ審神者になる前、座学で叩き込まれていたことだった。しかし、いざとなると手が震えて、上手く作業ができない。本体を傷つけてしまうことのないよう、深呼吸をしてから持ち上げた。
「今日は特別にこのお手伝い札を消費して修理しましょう」
「は、はい。よろしくお願いします」
こんのすけと二人がかりで本体に霊力を注ぎ込む。この時のコツは大きくわけて二つ。
一つ、傷の位置を把握し、その部分が塞がって元に戻るのをイメージすること。
二つ、治る、と強く念じること。
イメージだなんてぼんやりしていると思われがちだけれど、そもそも付喪神である彼らは人の強い想いと霊力によって今私の目の前にいて、話をすることができる。そして審神者の力にもイメージ、念じることが大きく影響するという。
だから私は、必死に、それ以外のことを一つも考えないようにしてただ目の前の刀に霊力を注ぎ続けた。強く、強く、念じながら。
「主さま、手入れは完了です!」
その言葉を聞いて、私はハッと山姥切国広本体から人の身を得ている方の山姥切国広へ視線を移した。
「……どうか、起きてください」
眉を寄せ、薄く開いたその奥に瞳が覗く。光の届かない奥でも眩い宝石。それが一瞬だけ私を見て――また閉じた。
「え……!?」
身を乗り出す私を制したのは、こんのすけだった。いわく、眠っただけだという。
「……そう、ですね。霊力に乱れも見られません。取り乱しました」
こんのすけは小さく首を振り、開け放したままだった戸から出ていく。
「こんのすけ、どちらへ?」
「政府に報告を。チュートリアルの進度を報告するのも管狐の役目ですので」
揺れる尻尾を眺め、管の中に消えるのを待って息を吐いた。光が差し込んで、閉じた瞼を縁どる睫毛や、それらを覆い隠す髪の毛が煌めく。上下する様は人間と同じだった。
生きている。そう、思った。
ずるりと腕から力が抜けて、重力に従って畳の上に落ちる。ひりひりとした感覚が痛みを主張すれども、とても肌を擦る気分になどなれなかった。もう一度、息を吐く。喉の奥からせり上がるものを飲み下し、唇を噛む。
ガラスに隔てられた世界で、その身が裂かれるのを見ていることしかできなかった。白い布に赤い染みがついて、服と皮膚と肉が裂けて、苦痛に呻く声が、引き抜かれたあの音が、目に耳に、残っている。強制帰還させてその身体を受け止めた、その熱が生きていると伝えていた。ガラスの向こうで見たままの、聞いたままのものたちが、飛び込んで私の横っ面を引っ叩いた。
――少しでも判断を誤れば、彼を折らせて しまう。
本体に触れる手は、震えていた。あの美しく青く光る刀は、その重みは、彼の命だ。それを私は預かっている。政府の役人から初期刀として彼を受け取ったその時から、役目を終えるその瞬間まで。
ああ、だから、本当はもっと強く在らねばならないのに。
彼にかけた布団の端を摘む。音一つない空間に、ぽたりと音が落ちた。
自分のものとは思えない声だった。
液晶の向こうに映っていた傷が、血が、声が、一気に視界に飛び込んでくる。鼻を通って直に突き刺さるような匂い。初めて見る裂傷。鮮やかな赤。そして何より、寡黙な刀の神様の、呻き声。
「主さま、こちらへ!」
こんのすけに続き、手入れ部屋へとその身体を連れていく。このまま朽ちてしまっても、などという声が聞こえて思わず睨みそうになってしまい、慌てて顔を逸らした。
手入れの仕方は、心得ていた。それこそ審神者になる前、座学で叩き込まれていたことだった。しかし、いざとなると手が震えて、上手く作業ができない。本体を傷つけてしまうことのないよう、深呼吸をしてから持ち上げた。
「今日は特別にこのお手伝い札を消費して修理しましょう」
「は、はい。よろしくお願いします」
こんのすけと二人がかりで本体に霊力を注ぎ込む。この時のコツは大きくわけて二つ。
一つ、傷の位置を把握し、その部分が塞がって元に戻るのをイメージすること。
二つ、治る、と強く念じること。
イメージだなんてぼんやりしていると思われがちだけれど、そもそも付喪神である彼らは人の強い想いと霊力によって今私の目の前にいて、話をすることができる。そして審神者の力にもイメージ、念じることが大きく影響するという。
だから私は、必死に、それ以外のことを一つも考えないようにしてただ目の前の刀に霊力を注ぎ続けた。強く、強く、念じながら。
「主さま、手入れは完了です!」
その言葉を聞いて、私はハッと山姥切国広本体から人の身を得ている方の山姥切国広へ視線を移した。
「……どうか、起きてください」
眉を寄せ、薄く開いたその奥に瞳が覗く。光の届かない奥でも眩い宝石。それが一瞬だけ私を見て――また閉じた。
「え……!?」
身を乗り出す私を制したのは、こんのすけだった。いわく、眠っただけだという。
「……そう、ですね。霊力に乱れも見られません。取り乱しました」
こんのすけは小さく首を振り、開け放したままだった戸から出ていく。
「こんのすけ、どちらへ?」
「政府に報告を。チュートリアルの進度を報告するのも管狐の役目ですので」
揺れる尻尾を眺め、管の中に消えるのを待って息を吐いた。光が差し込んで、閉じた瞼を縁どる睫毛や、それらを覆い隠す髪の毛が煌めく。上下する様は人間と同じだった。
生きている。そう、思った。
ずるりと腕から力が抜けて、重力に従って畳の上に落ちる。ひりひりとした感覚が痛みを主張すれども、とても肌を擦る気分になどなれなかった。もう一度、息を吐く。喉の奥からせり上がるものを飲み下し、唇を噛む。
ガラスに隔てられた世界で、その身が裂かれるのを見ていることしかできなかった。白い布に赤い染みがついて、服と皮膚と肉が裂けて、苦痛に呻く声が、引き抜かれたあの音が、目に耳に、残っている。強制帰還させてその身体を受け止めた、その熱が生きていると伝えていた。ガラスの向こうで見たままの、聞いたままのものたちが、飛び込んで私の横っ面を引っ叩いた。
――少しでも判断を誤れば、彼を
本体に触れる手は、震えていた。あの美しく青く光る刀は、その重みは、彼の命だ。それを私は預かっている。政府の役人から初期刀として彼を受け取ったその時から、役目を終えるその瞬間まで。
ああ、だから、本当はもっと強く在らねばならないのに。
彼にかけた布団の端を摘む。音一つない空間に、ぽたりと音が落ちた。