初期刀 山姥切国広
山姥切国広という刀は、とても綺麗で美しい。
あいにく私は刀や鍛治に明るくなく、山姥切国広という刀の評価は政府の役人から手渡された『初期刀パンフレット』に記載されているなど世間的に知られている部分しか知らない。
よって、私が山姥切国広という刀について知っていることは、長尾顕長の依頼で安土桃山時代に作られた打刀で、霊剣『山姥切』を模したる刀工堀川国広第一の傑作ということくらい。ここまでは時の政府資料その他関連書籍の情報。それから私の第一印象として、鋭くて、どこか青く光っているように見えて、かっこよくて、とっても綺麗。そんな感じであった。ご本刀 の前で「綺麗」などと言った日には、しばらく距離を取られて顔を隠されてしまうだろうけれど。
さて、就任初日である今日は管狐のこんのすけのナビゲートで必要最低限の知識を身につけることになっていた。本丸でできること、鍛刀や刀装について、それから審神者として歴史を守るにあたって、最重要ともいえること。
「主さま、出陣をしてみましょう」
つんと鼻を上げ、こんのすけがそう言った。離れた場所で、顕現したその瞬間と寸分違わぬ表情で待機している山姥切国広に視線を向ける。出陣ということは、つまり彼が行くということだろう。それくらいは事前の研修で聞いていた。
でも、と私は懸念を口にする。
「こんのすけ。まだこの本丸には一振りしかいないけれど……」
一振りで行かせるのか。そんな気持ちで、私は一振りと一匹を交互に見る。
「はい。そうなりますね。……というか、そういう手順になっているみたいです」
こんのすけの言葉に、私は思わず俯いた。いくら初めての地で敵もそこまで熟練していないとはいえ、戦は戦だ。何かあった時に一振りでは、心配にもなる。そう思って食い下がろうとすると、頬に冷たい風が触れ、視界の端を白い布が舞った。
「……俺が行けばいいんだろう」
気がつくと、先程まで離れていた山姥切国広がすぐ近くまで来ていた。
「そんな」
窺うようにちらりと目を見る。はっと息を飲むほど美しい双眸が、一瞬だけ私を見た。
「俺は刀だ。戦うためにある。……それともなんだ、写しは信用できないと?」
鋭い光に、唾を飲み込んだ。ドッと跳ねた心臓が皮膚を突き破って飛び出てしまいそうな、張り詰めた空気。
「……ごめんなさい。あなたを信用していないわけではないんです」
ですが、と続けようとして、その先は喉の奥に戻る。それを勢いのままにぶつける勇気は、出なかった。
こんのすけの方に向き直って、頭を下げる。
「こんのすけもごめんなさい。我儘を言ってしまいました」
「……いえ。初めて出陣させる審神者さまには珍しくないことですので。それに、今は一振り、強制的に部隊長となりますから、取り返しのつかないことにはなりません」
「そうなんですか……」
その“取り返しのつかないこと”は、座学研修で聞いたことだった。刀剣破壊。そうなった刀がどうなるのか――その先は、できることなら、紙の上だけの認識でいたいと願ってしまう。
「では、出陣の準備をしましょう。主さま、私のナビ通りにその機械を操作してみてください」
こんのすけに向かって頷き、機械を操作して時代、地域を指定する。少しも表情を変えない彼の前に立ち、口を開いた。
「第一部隊、山姥切国広。一八六九年、函館へ」
「ああ」
短くそう答えると、彼は布を翻して桜吹雪の中へ消えていった。
つい先程、出会った時と同じようなその光景に、どうしようもなく胸がざわついた。
あいにく私は刀や鍛治に明るくなく、山姥切国広という刀の評価は政府の役人から手渡された『初期刀パンフレット』に記載されているなど世間的に知られている部分しか知らない。
よって、私が山姥切国広という刀について知っていることは、長尾顕長の依頼で安土桃山時代に作られた打刀で、霊剣『山姥切』を模したる刀工堀川国広第一の傑作ということくらい。ここまでは時の政府資料その他関連書籍の情報。それから私の第一印象として、鋭くて、どこか青く光っているように見えて、かっこよくて、とっても綺麗。そんな感じであった。
さて、就任初日である今日は管狐のこんのすけのナビゲートで必要最低限の知識を身につけることになっていた。本丸でできること、鍛刀や刀装について、それから審神者として歴史を守るにあたって、最重要ともいえること。
「主さま、出陣をしてみましょう」
つんと鼻を上げ、こんのすけがそう言った。離れた場所で、顕現したその瞬間と寸分違わぬ表情で待機している山姥切国広に視線を向ける。出陣ということは、つまり彼が行くということだろう。それくらいは事前の研修で聞いていた。
でも、と私は懸念を口にする。
「こんのすけ。まだこの本丸には一振りしかいないけれど……」
一振りで行かせるのか。そんな気持ちで、私は一振りと一匹を交互に見る。
「はい。そうなりますね。……というか、そういう手順になっているみたいです」
こんのすけの言葉に、私は思わず俯いた。いくら初めての地で敵もそこまで熟練していないとはいえ、戦は戦だ。何かあった時に一振りでは、心配にもなる。そう思って食い下がろうとすると、頬に冷たい風が触れ、視界の端を白い布が舞った。
「……俺が行けばいいんだろう」
気がつくと、先程まで離れていた山姥切国広がすぐ近くまで来ていた。
「そんな」
窺うようにちらりと目を見る。はっと息を飲むほど美しい双眸が、一瞬だけ私を見た。
「俺は刀だ。戦うためにある。……それともなんだ、写しは信用できないと?」
鋭い光に、唾を飲み込んだ。ドッと跳ねた心臓が皮膚を突き破って飛び出てしまいそうな、張り詰めた空気。
「……ごめんなさい。あなたを信用していないわけではないんです」
ですが、と続けようとして、その先は喉の奥に戻る。それを勢いのままにぶつける勇気は、出なかった。
こんのすけの方に向き直って、頭を下げる。
「こんのすけもごめんなさい。我儘を言ってしまいました」
「……いえ。初めて出陣させる審神者さまには珍しくないことですので。それに、今は一振り、強制的に部隊長となりますから、取り返しのつかないことにはなりません」
「そうなんですか……」
その“取り返しのつかないこと”は、座学研修で聞いたことだった。刀剣破壊。そうなった刀がどうなるのか――その先は、できることなら、紙の上だけの認識でいたいと願ってしまう。
「では、出陣の準備をしましょう。主さま、私のナビ通りにその機械を操作してみてください」
こんのすけに向かって頷き、機械を操作して時代、地域を指定する。少しも表情を変えない彼の前に立ち、口を開いた。
「第一部隊、山姥切国広。一八六九年、函館へ」
「ああ」
短くそう答えると、彼は布を翻して桜吹雪の中へ消えていった。
つい先程、出会った時と同じようなその光景に、どうしようもなく胸がざわついた。