01.はじまり─向かい合い─
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は、あ⋯⋯と熱い息がこぼれる。
目の前で自分にすべてをさらけ出している姿に、胸の底がうずく。
両手の指を絡み合わせれば、安心したように表情を和らげてくれた。
上気して赤くなった頬も、汗で額に髪を張りつけている様も、すべてが愛おしい。
こんな姿、見たことない。
こんな姿を知っているのは──。
ぐ、と力を込めれば、普段よりも高くて甘い声が響いた。
聞いたこともない声。
俺しか知らない。俺だけが知っている声。
好き、です。好きで──。
「っ──⋯⋯」
はっと目を開け、譲は息を吐き出した。
じわり、と濡れた感触に、慌てて毛布をめくり上げる。
そして、ぐったりとしたようにベッドに沈み込むと、両手で顔を覆った。
「嘘だろ⋯⋯」
そんな囁きは、誰に届くわけでもなく消えていった。
「⋯⋯最近、譲の様子変じゃない?」
優樹の言葉に、望美は首をかしげる。
「そうかな? いつも通りだと思うけど」
下校する同級生たちの流れにのりながら、優樹と望美は駅へと向かっていく。
異世界での問題を片付け、元いたこの現代世界に帰ってきたのは、もうだいぶ前のことに感じる。
ほっと息をついて、冬休み中のイベントであるクリスマスや年末年始を心待ちにしていたのにあっという間に過ぎていった。
新学期を迎え、もう三年である。
灰色の受験生活⋯⋯と思いつつも、異世界でのゴタゴタを経験しすぎて、そのくらいわけないと感じてしまう。
刺激の強いことを経験しすぎて、感覚が少しおかしくなっているのかもしれない。
異世界での絆もあるからか、優樹は望美や将臣と絡むことが前よりも増えたように思う。
「なんて言うか⋯⋯こう、よそよそしいって言うのかな」
「たまたまじゃない? 譲くんも二年になって色々生活も変わっているだろうし」
そうかな、と思い最近の譲の様子を思い返していると、望美が声を上げた。
「噂をすれば。今日は部活ない日かな」
優樹が目線を動かすと同時に、望美は声を張り上げて大きく手を振った。
「譲くーん!」
周りの幾人かも振り返りつつ、目的の人物もこちらに顔を向けたようであった。
「先輩」
立ち止まっている譲に二人は駆けていった。
「譲くんも今帰り? せっかくなら一緒に帰ろう」
「あ、いや⋯⋯俺はちょっと寄り道したいので⋯⋯」
「買い物? それともゲーセンとか?」
「いえ、ちょっとした散歩というか息抜きみたいなもので⋯⋯」
会話をしながら、優樹は口を引き結んだ。
望美の方はずっと見ているが、先ほどから優樹の方にはほとんど目線を送らない。
気のせい、と思おうとするも、疎外感のような淋しさが胸に広がっていく。
「大した用じゃないので、先輩たちは先に帰ってください」
早々と話を切り上げ歩き始めた譲の背を、優樹は見つめた。
「やっぱり⋯⋯変だよね?」
「え、どこが?」
望美の反応に、優樹は驚く。
「え、ずっとよそよそしかったよね。⋯⋯というか、私の方全然見てなかった気がする、って思ったんだけど⋯⋯。ええ? ⋯⋯感じているの私だけ?」
思い込みすぎ? それとも私なんかしたかな⋯⋯とへこんでいると、望美はしばらくしてはっとした顔をした。
かと思うと生温かい笑みを浮かべた。
な、なんだその表情⋯⋯。
「ふっ⋯⋯そう、かもね」
「え! ⋯⋯な、何。やっぱりそう思う? 私、譲に何かしたかな⋯⋯」
望美はふふふ、と笑いを深めただけで、はっきりとは答えてくれない。
「二人きりで話した方が、話せることもあるんじゃない?」
え、どういうこと⋯⋯と思い、優樹もはっとした顔をした。
そういえば、譲と会うのはだいたい望美が一緒のときだ。
よそよそしいと感じていたのは⋯⋯望美と話すことに集中していたから?
たしかに三人だと除け者に感じやすいかもしれない。
私を避けていたのではなく⋯⋯とうとう想いを隠しきれずに望美に意識を全集中するようになったのだろうか。
「なるほど⋯⋯なるほどね⋯⋯。この名探偵、解けましたぞ」
「ほう! ようやく気づきましたか!」
掛け合いながら、互いににやにやとする。
やだもう! 望美もとうとう気づいたってことか!
と、わくわくが止まらない。
「というわけで、優樹の方から積極的に話してあげた方が良いんじゃない?」
「え? なんで私が?」
言っていることおかしくない? と思わず首をかしげる。
「なんでって、自覚したら話しかけづらくなるものじゃない? 仲を深めるなら、自分から行かないと」
⋯⋯望美が好きだという自覚が強まったら、他の女子とは話したくなくなるってこと?
だけど関係維持したいなら、やっぱり話しかけないとね、ってこと⋯⋯?
「別に⋯⋯そこまで話しかけるほどでもないと思うけど」
「え、嘘⋯⋯嘘でしょう。譲くんがいたたまれないよ⋯⋯」
「え⋯⋯そうかな。むしろ望美がたくさん話しかけた方が良いんじゃない?」
お互い頭の上に疑問符を浮かべながらも、話は続いていく。
「とにかく、異世界であんなに苦楽をともにした仲なんだから、気にかけてあげなよ! こっちの世界だと一緒に暮らしているわけじゃないんだから。積極的に話しかけないと、自然消滅しちゃうかもしれないよ!」
たしかに望美と違って家の方向も逆で、ご近所さんというわけではない。
学年も上がったことで自分たちは受験モードに入るだろうし、譲も部活では後輩を引っ張っていかないといけない。
関わろうとしなければ、そのまま卒業して会うこともなくなるかもしれない。
「⋯⋯そう、だね」
優樹の返事に、望美はにこにこと満面の笑みを浮かべた。
「譲!」
望美と別れて後、譲が去った方を追いかけていくと、すぐに見つけることができた。
譲は予想していなかったのか、驚いたように振り返る。
「どうしたんですか、日野先輩」
息を整えながら顔を見つめ⋯⋯やはり変だ、と思いを深くする。
こんなに間近で話をしようとしているのに、譲の目はわずかに伏せられ視線が合わない。
望美が一緒にいるとかいないとか、そんなの関係ない。
「譲こそ、線路沿いに歩いて⋯⋯もしかして歩いて帰るつもり?」
「ああ、まあ⋯⋯そうですね。一駅くらい歩こうかと思って」
「私も一緒に良い?」
譲は驚いたように優樹を見て、すぐに目をそらした。
「え、と⋯⋯日野先輩、帰る方向逆ですよね」
「何、嫌なわけ?」
少し強めに言えば、譲は観念したように小さく息をついた。
「いえ⋯⋯先輩が問題ないんだったら、俺はかまいません、けど⋯⋯」
優樹はほっと息をついた。
⋯⋯ここで断られたら、かなりへこんでいたかもしれない。
二人並んで歩きながら、優樹はあたりさわりなく部活やテレビ番組の話題を出した。
譲も相づちを打ち、時折笑いも見せてくれた。
が、優樹が会話をやめると、自然と静かになってしまう。
新しい話題を出しながら、優樹は譲を見上げた。
道路を歩けば、自然と車道側に移動してくれる。
気の利いたことだって、言ってくれる。
相変わらず優しくて親切ではあるが⋯⋯やはりよそよそしく感じる。
「ねえ⋯⋯私、何かした?」
前を見つめながらぽつりとこぼすと、譲は「え?」と小さく声を上げた。
視界の端で、視線が注がれていることがわかる。
優樹が見ようとしなければ、じっとこちらを見てはいるようである。
けれど、何気なく顔を向ければ、毎回視線をそらされる。
ふたたびそれを味わいたくなくて、優樹はただ前を見つめた。
「私に対して⋯⋯なんかよそよそしくない?」
返ってきたのが沈黙で、優樹は胸がざわついた。
「⋯⋯そんなこと、ないですよ。気のせいじゃないですか?」
思わず顔を向けると、一瞬合った目が、すぐにそらされる。
それに胸がさざ波立つ。
「嘘だよ。じゃあなんで目を合わせないの? そんなことないって言うなら、ちゃんと目を合わせて話してよ」
荒くなりそうな語気を、なんとか鎮めようとする。
そして、のろのろとようやく合わさった視線。
優樹は黙って見返した。
しばらく見つめ合っていると、耐えきれなくなったように譲は視線をそらした。
「⋯⋯はい、そらした。私の勝ちー」
「⋯⋯いつからゲーム始まっていたんですか」
譲は眼鏡をかけ直す素振りを見せた。
「別に、日野先輩が何かしたとか、そういうのはないですから⋯⋯」
「⋯⋯何。じゃあ譲にやましいことでもあるとか?」
半目になりながら冗談っぽく聞くと、予想外に譲がたじろいだので優樹は口を引き結んでしまう。
「何。何を隠しているの?」
「なん、っでもないですから⋯⋯」
「嘘、やましいことがあるんだ。何か貸し借りしたまま忘れたことがあるとか? 何、言いなよ」
脇腹を指先でつんつんと小突けば、譲は慌てたように距離をとり歩き始めた。
「っやめてください⋯⋯本当に、勘弁してください」
「勘弁してほしいなら吐きなよ。楽になりな⋯⋯」
「何もないですからっ⋯⋯」
ようやくよそよそしさもまぎれて感情を出してくれた様子に、優樹はほっとしながらも手を止めなかった。
先ほどまでの腹いせのように脇腹をつまむと、ばっと振り返った譲に手をつかまれる。
その力強さに、思わずびっくりとしてしまう。
流れのままに反対の手で肩もつかまれ、固まったまま譲を見上げる。
今までと違って、譲の視線は真っ直ぐに注がれていた。
だが、その瞳の力強さに、優樹は呼吸を忘れそうになった。
思わず優樹が目をそらしたくなってしまうほどであったが、自分が言った手前そらせずに見つめ返す。
「そう⋯⋯いうのは良くないです、から。先輩が冗談でやっているのはわかってますけど、男と女でそういうことすると、勘違い⋯⋯する人もいますから。ところかまわず、そういうことはしないでください」
肩に伝わる熱と、手首に伝わるざらつきに、胸がざわつく。
「ご、ごめん⋯⋯」
「⋯⋯俺は、まあ⋯⋯先輩がそういう人だってわかってますけど⋯⋯」
ゆっくりと離れていく手に、ほっと息をつく。
どちらともなく視線はそらされる。
「あ⋯⋯そうだ。の、飲み物。ジュースでも飲まない? ほら、あっちの公園に自販機あるし」
気まずさを払拭するように明るい声で指差すと、譲もいつも通りに反応を示してくれた。
そのことに胸をなでおろす。
「はい、私のおごり」
水滴がまとわりつく缶を手渡そうとして、優樹はにやりとする。
伸ばされた手をすり抜け首筋に缶を当てると、譲はびくっと肩を震わせた。
「あはは、冷たくて気持ちいいでしょ?」
缶を受け取った譲は、何か言いたそうに口をさまよわせていたが、ふいとその目も伏せられる。
「⋯⋯だから、そういう⋯⋯」
「え? 何?」
「なんでもありません⋯⋯」
栓に指をかければ、小気味の良い音とともに炭酸が少しあふれた。
慌てて口をつけるが、ぽたぽたと垂れて手の甲から腕に伝っていく。
胸元に垂れた滴の冷たさに、思わず笑ってしまった。
そんな様子をじっと見つめる視線に、慌ててジュースを吸っていた優樹は気づかなかった。
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