11.邪教の輩〜終幕ト安息〜
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「薬か何かで眠らされていたのか?」
「⋯⋯わかりません。あの男は薬漬けになっていることはたしかでしょうけれど」
寝息を立てたまま目を覚まさない優樹をおぶりながら、弁慶は男の様子を思い出す。
「調べてみないことにはわかりませんが、あのお堂に焚き込まれていた香⋯⋯おそらく芥子か何かを混ぜていたんだと思います」
「ケシ⋯⋯? あの花の芥子か?」
「ええ。芥子は体内に取り込むと酩酊感、恍惚感などを味わうことができます。が、それがいきすぎると幻覚や妄想などが現れるようになる」
「⋯⋯たしかにあの男の様子、ただごとではない感じだったな。優樹の方は⋯⋯その、大丈夫だったのか」
九郎が言わんとする意味を察し、弁慶は黙り込んだ。
鎮まりかけていた激しい怒りが、腹の底で沸き立ってくる。
「⋯⋯ええ。事が成される前に、止めることはできたようですから」
自分以外の男が触れたという事実。
淫らな目的を持って、あんな格好まで──。
荒れ狂う心を鎮めるように、弁慶は目を閉じ震える息を吐き出した。
見慣れた我が家の近くまでたどりつき、ようやく息つく気持ちになった。
「九郎、わざわざここまで送ってくれてありがとう。もうすぐ暗くなるから、君も帰り路は気をつけて」
「俺の心配はせずとも良い。それより、悪かったな。見送っておきながら、優樹を危険にさらしてしまった。ずっとそばについていてやれたら、こんなことには⋯⋯」
「それを言うなら、僕の方ですよ。⋯⋯あの男、人だかりの近くで優樹くんに一度声をかけていましたから。きっと帰り道、後をつけられていたんでしょう。⋯⋯今日君がずっとそばにいたとて、後日一人になったときを狙ったはずです」
去りゆく九郎の背を見送ると、弁慶は優樹の体を抱え直した。
わずかに漏れた声に、思わず背後に目線をやる。
「優樹くん?」
「──本当に愚かだな。私と一体化をはかろうとして、あのような修法に身をゆだねるとは」
優樹の声で優樹ではない言葉が吐き出され、弁慶は体を強張らせた。
「まったく気だるくてかなわない。⋯⋯おい、いつまでぼうっと突っ立っているんだ? さっさと中まで運べ」
弁慶は思わず目を閉じ息をこらえた。
優樹の体を地面に下ろそうとしたとき。
するり、と首筋をなでてきた手に、動きを止める。
「⋯⋯人の言うことは素直に聞いておくものだぞ。今どういう状況か⋯⋯自分の置かれた立場というものがわからないのか」
ふたたびこらえるように目を閉じると、弁慶は黙って優樹の体をおぶったまま家の中へと入った。
しゃがんで背負っていたものを下ろそうとするが、抱きついたまま離れないぬくもりに気持ちが波立っていく。
「まったく⋯⋯眠くてしょうがない。中途半端な言霊で揺り起こされたこっちの身にもなってほしいものだ」
かすれたような声音が、艶っぽく耳のそばで響く。
身じろぎすれば、抱きしめる力が強くなった。
「安心しろ。近くで修法を行う者がいなければ、ふたたび私が叩き起こされる心配もないだろうさ」
優樹の──荼枳尼天の言葉に安堵したのも束の間。
袷に手を差し込まれ、身動きしようとした体を封じるように抱きしめられる。
耳を甘噛みされながら、のどの奥で笑ったような声がこぼされる。
袷をはだけさせるように手をあてがわれたまま、優樹は体の前に移動してきた。
間近で向き合うように足の上にまたがられ、体重をかけられる。
「本当に呆けた反応しかしない男だな。せっかく愛する者と一つになる機会を与えているというのに」
「⋯⋯さすが、色欲を司る神は言うことが違いますね」
優樹──荼枳尼天は片眉を上げた。
抵抗を見せるように後ろ手をついてかろうじて身を起こしている男に、にやりと笑みを送る。
「⋯⋯お前はもう少し神仏とやらを敬う心を身につけた方が良いんじゃないのか? ⋯⋯せっかくこの者の寿命を伸ばす方法を授けようと思ったのに、残念だ」
目の色が変わった弁慶に、優樹はこらえきれないように笑い声をこぼした。
「お前の言う通り⋯⋯私は色欲を司る神だ。⋯⋯さて、どうしようかな。どこぞの無礼者のせいで、機嫌がとんと傾いてしまった」
男の手をつかみ、優樹は自分の着物の袷へと導いた。
「少しは楽しませて、ご機嫌とりをしてくれるかな。軍師殿──」
ぐっと押しつけられた体に、弁慶は息を震わせた。
そして、観念したように目を閉じる。
「ん⋯⋯⋯⋯っ」
身じろぎをして、優樹は目を覚ました。
肌寒さに、思わず身を震わせる。
いつも体に感じている重み、
指先にやわらかなものが当たった、かと思えば、そのぬくもりはびくりと震えた。
ぼんやりとした頭で、顔を動かす。
ごろり、と体を反転させると、すぐ隣にいた男と目が合う。
男はじっとこちらを見ていたようで、視線の強さに優樹は眠気混じりに息をこぼした。
視線の先の人物は、珍しいくらいに着物が乱れて素肌が見えていた。
思わず息を詰めて目を泳がせてしまう。
男はなぜかぐったりとした様子で、横たわっていた。
少し、息も乱れているように見える。
目を白黒させながら見つめていると、男は息をこらえながらうつぶせになり顔をそらしてしまった。
なんとなく体がだるいな、と思いながら身じろぎすると、自分のはだけた袷が目につき思わず閉じた。
見れば
かろうじて帯が大事な場所を守っていた様に、慌てて隠そうとする。
だが、横になった状態では布が体の下敷きになっており、うまく引っ張れない。
そういえば、いつのまに寝てしまったのだろう。
自分も、目の前でうつ伏せている人──弁慶も
直で床に寝転んでいたようである。
家に帰って──夕飯を食べていない?
座って着物を直しながら目線を走らせれば、切りかけの野菜や出しっぱなしの調理器具が目についた。
「⋯⋯おは、ようございます。弁慶さん、昨日の夜、ご飯食べました? 私、作っている最中に寝ちゃったんですか、ね⋯⋯」
気まずい思いもありつつ視線を送れば、沈黙をはさんで弁慶もあいさつを返してくれた。
その声があまりにも力ないことに、珍しい気持ちになる。
「⋯⋯昨日のこと、覚えていないんですね」
「え、っと⋯⋯夕飯を作ろうとしたところまでは覚えているんですけど⋯⋯もしかして、私倒れていた、とか⋯⋯?」
「⋯⋯いえ、覚えていないのなら、良いんです。むしろその方が⋯⋯」
「な、何かあったんですか⋯⋯?」
なんで、床に寝転がっていたのだろう
それにどうして⋯⋯。
⋯⋯ただ寝相が悪かっただけだよな、と目を泳がせる。
「っ⋯⋯⋯⋯」
衣擦れの音がした、と思ったら、後ろから抱きしめられる。
背中から伝わってくる温かさ、腕の力強さに心臓が早駆ける。
頬ずりをするように肩に顔をうずめられ、身じろぎをする。
心なしか、いつもより吐息が熱っぽく感じた。
袷の下を指先でなぞられ、びくりとする。
思わず手をつかむと、男は小さく息をついた。
「⋯⋯君は、こんな風に僕に触れられるのは嫌ですか?」
いつもと違い、力を込められそのまま下に滑ろうとする手に、体が熱くなる。
反射で手をつかむ力も強まった。
「嫌、とか⋯⋯ではなくて⋯⋯でも」
反対側の手で帯近くの袷に触れられ、息を詰めながら押さえ込む。
拮抗する力の中で首筋や腹回りをなでられ、息が震える。
「ま、だ⋯⋯そういうのは、怖、くて⋯⋯」
「どこまでなら許してくれますか」
普段なら引き下がってくれるはずなのに。
力をゆるめない様子に、胸の底がうずく。
肩まで手のひらでなでられ、帯の下に指先が滑り込む。
袷がはだけて、帯も形だけの飾りと成り下がる。
そういえば、水干をいつのまにか脱いでいたようだ。袴も身につけていない。
下の着物だけしか着ていなかった。
肩よりも下、腕にまで滑り落ちようとする手を押し留める。
帯のさらに下までなぞる動きをした手のひらに、息を詰めながら抵抗する。
「⋯⋯口づけさえも、許してはくれませんか」
ようやく力が弱まり耳に囁かれた言葉に、優樹は顔を赤らめる。
「それ、は⋯⋯」
いままでも何度かしてきたことだから、気恥ずかしさはあるものの⋯⋯問題はない。
「大丈夫、です⋯⋯けど」
「口づけだったらいくらでも、許してくれますか」
優しく抱きしめられながらそんなことを聞かれれば、誰が断れるだろうか。
「は、い⋯⋯」
耳元で小さく笑い声がこぼれたかと思うと、体を包み込んでいた腕の力がゆるむ。
「もう少しだけ、寝ませんか。⋯⋯昨晩はあまり寝つけなかったものですから」
「そ、うですね。私もなんだか、寝たのに全然疲れがとれていなくて⋯⋯」
床で直接寝てしまったからだろうか。
そんなことを思いながら、優樹は弁慶に誘われるままに褥へと横たわった。
『口づけだったらいくらでも──』
弁慶の言葉を思い出し、優樹はもじもじとした。
だが、弁慶は本当に眠れていなかったのか、そのまますぐに寝息を立ててしまった。
勝手に期待──想像していたことが起こらず、小さく息をつく。
はだけたまま直されることもなかった弁慶の胸元に、額を寄せる。
優樹はぬくもりに身をゆだねながら、まぶたを閉じた。