第八章 三草山前話
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「⋯⋯近い、近すぎるぞ⋯⋯っ」
「近いって、何がだ」
七郎はかっと目を見開いて指さした。
「与一と優樹殿のことだ! なんかこう⋯⋯っ急に親密になっていやしないか」
いきりたつ七郎に、まわりの那須党の面々は息をつき各々の鍛錬の準備を再開した。
皆の顔にはこう書いてある。⋯⋯なんだ、また嫉妬の虫か。
「気のせいだろう、気のせい。ほら、鍛錬をはじめるぞ」
「むぅっ! そんなわけないと思うのだがな」
適当に相づちを打つ面々の中で、十郎だけは感心したように七郎を見た。
色々なことに鈍いようでいて、なぜか野生の勘が働くきらいがある。
十郎も七郎と同じ感想をくだんの二人に抱いていた。
⋯⋯といっても、十郎の場合は例のあの場面に遭遇していなかったら、気づくしまもなかっただろうが。
それくらい与一は普段通りを装おうとしている。
⋯⋯そう、装っている。
だからこそ、わずかばかりの違和がこぼれ出る。
先日の出来事を思い出す。
女様に着飾り化粧をほどこしていた優樹。
少しだが見えたあの顔。
そして食い入るように見ていた与一の表情。
優樹を見る目に宿る、いままでになかった色。
それをおくびにも出さない⋯⋯ようにしている与一。
いままでと変わらない二人の関係⋯⋯にしたがっているのだろう。少なくとも与一は。
どうして、あのとき梶原邸へと顔を出してしまったのか。
優樹のあの姿さえ見なければ、与一の心だって平穏なままだったろうに。
『三草山、ですか』
『ああ、平家が福原より京に攻め入ろうとしているとの情報が入ってきた。京は守りをするには向かない土地であるし⋯⋯そもそも京を戦場にするわけにもいかん。隊を組んだ後、俺たちは三草山の山ノ口へと向かうこととする』
九郎の言葉を思い出し、優樹は息をついた。
「なんだ、ため息とは。次の戦を気にしているのか」
「え、え⋯⋯まあ」
「まあ、優樹殿たちにとっては初陣となるのだから、気が重くなるのも無理はない」
与一の言葉に無意識に自分を抱きしめるように肩をつかむ。
三草山の戦い。
史実通りなら、源氏が勝つはずだ。
けれど、勝敗がわかっているからといって、無事で済むかはわからない。
いままでの怨霊相手の戦いとはわけがちがう。
人が相手となるのだ。
「優樹殿たちは前方の部隊か。私たちとは離れたな。我が那須党は後続の部隊だ」
返事もままならず、優樹はうつむいた。
九郎は、お前たちは怨霊相手に専念してくれたらそれで十分だと言っていた。
白龍の神子である望美は、怨霊を倒すことを期待されている。
怨霊を封じる唯一無二の力を持つ望美は、怨霊を生み出している平家に対し、有効な人材であるといえるだろう。
だからこその、前衛だ。
当然、望美とともに戦うと決めた譲と優樹も、同じ部隊に配属されることとなった。
望美一人で戦場に向かわせるわけにはいかない。
決めたことだ。自分で決めた。
なのに、目前にせまる死を含むものが、たまらなく恐ろしく感じた。
不安を想起させるようなことばかりが頭を駆け巡っていく。
優樹は頭を振り、笑みを浮かべた。⋯⋯笑えているだろうか。
「もう、やるしかないですから。⋯⋯それ、じゃあ、そろそろ私たち帰りますね。譲にも声をかけてこないと」
真っ直ぐに与一を見つめる。
「どうか、与一さんたちも無事でいてください。ご武運を」
与一は目をわずかに見開いた。
優樹の袖がひるがえる。
「──待て、行くな」
手首をつかまれ、優樹は驚いて振り返った。
自分でも呼び止めるつもりはなかった、とでもいうように、与一は優樹の顔を見て口をさまよわせた。
「あ、の、与一さん⋯⋯?」
「⋯⋯次の戦、私の部隊へと来い。優樹殿のことは私が守ってやる」
「あり、がとうございます。はは⋯⋯そんなに情けない顔してましたか、私。でも、望美のそばを離れるわけには⋯⋯」
鼓舞するためと思ったのか、うれしそうに笑みをこぼす優樹の──手首を与一は引き寄せた。
「──冗談などではない。⋯⋯冗談などでは」
いつも歯切れのいい彼にしては珍しく、目を伏せ口ごもる。
ぐ、と握りしめた手に力がこもり、真っ直ぐに見すえられる。
「本気だ。九郎殿には私から話をつけておく。──私のそばにいろ。絶対に守り抜いてみせるから」
射抜くような瞳に、優樹は言葉が出ずに唇を震わせた。
顔に熱が集まっていくのがわかる。
望美のそばを離れるわけには──。
「はい⋯⋯」と思考とは裏腹に、口からはこぼれ出ていた。
そんな二人の様子を──那須党の面々と譲は息をひそめ見守っていた。
近くにいたはずの者たちはそっとそばを離れ──野次馬根性は捨てきれずに、会話が聞き取れる程度に近くで耳を立てていた。
「⋯⋯ど、どういうことなんだろうっ。私そんなに不甲斐なさそうな顔してたかなっ。思わず『はい』って言っちゃったけど⋯⋯」
帰路をあたふたとした様子で歩く優樹を、譲は横目で見やった。
⋯⋯顔が赤いのは夕焼けのせいだけではないだろう。
無意識に眼鏡をかけ直す。
「私のそばにいろ⋯⋯とか、守る⋯⋯とか、男でもあんなこと言われたらどきどきするよ!!!」
「まあ、そう、ですね」
いやいや、あなた女性でしょう、というツッコミはこの際置いておく。
よく稚児に間違われる先輩を見る。
(⋯⋯そういえば、あったよな。岩屋に行く手前の所)
元いた世界の鎌倉、江の島にある稚児が淵という場所を思い出す。
(⋯⋯たしか、あの地名の由来、ある僧侶が寺で見かけた白菊という稚児を忘れることができず懸想して、それを苦にした白菊が和歌だけを残して身投げした、っていう⋯⋯)
実話かは定かではないが、大正時代までは本当にあそこに白菊を偲ぶ碑があったという。
与一の優樹に対するまなざしを思い出す。
気のせいか、と思っていたのだが⋯⋯。
男だから⋯⋯いや、男だと思われているから、という思い込みが邪魔をしていたからかき消されていただけで。
あたふたとしている優樹も、同じようにその思い込みが邪魔をしているのだろう。
(つまり、その⋯⋯そういうこと、なのか)
確信があったわけではない。はっきりとわかる変化があったわけでもない。
けれど。
「色にいでにけり、か」
「え、な、なに、譲?」
「いいえ、なんでもありませんよ」
師匠の秘め事に気づけたのも、自分も同じ境遇だから故か。
(そりゃあ、戦場に出てほしくない⋯⋯それができないなら、そばで守りたいよな)
一人の少女を思い出し、ため息をつく。
自分の場合はまったく色に出ていないのか、微塵も感じとってはもらえないようだが。