第六章 戻橋の怪異
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「めぐれ天の声! 響け地の声! かのものを封ぜよ!」
望美が手をかざすと、地に伏せていた怨霊は体から光の粒子を発し、霧散していった。
「やりましたね、春日先輩」
「もうだいぶ、怨霊を相手にした戦いにもなれてきたんじゃない?」
譲と優樹の声かけに、望美はまんざらでもなさそうに笑顔を浮かべた。
「私の神子、すごい。怨霊やっつけた」
腰丈ほどの白銀の髪を揺らす子どもが、笑みをたずさえ望美に駆け寄る。
その可愛さに、優樹は思わず横から子どもの頭をぽんぽんとなでつけた。
見た目は九つほどの男の子の姿をしているが、この子は京を中心に日本を加護している神様──白龍である。
優樹たちをこの異世界へと召喚した張本人。
神様だなんて、と優樹は信じられない気持ちであったが、怨霊相手に火の玉を投げつける攻撃を繰り出した姿に、土下座する勢いで考えを改めたのは記憶に新しい。
白龍、という名前からもうかがえるように、元は龍の形をした神様だそうである。
しかし、力の源である土地に宿る五行の均衡が乱れたことにより、姿を保てなくなったそうである。
そのため、いまは人の子の姿をしているとのこと。
「みんなおつかれさま。ありがとうね。京市中の怨霊退治をしてもらって」
邸へ戻ると、男が気さくな様子で駆け寄ってきた。
この邸の主、梶原景時である。
優樹たちの世界では源義経と敵対し、讒言によって義経を追い詰めた悪賢い男、という形で語られている。
けれど、この世界の梶原景時はそんな印象とはかけ離れた人柄であった。
「俺も一緒にまわれたら良いんだけど、戦の事後処理がまだ終わってなくてさ〜。別口で色々と依頼ももらっているからなかなか手が空かなくてね」
もう本当にやんなっちゃうよ〜と肩を落とす景時を厳しい目で見る目が一対。
「兄上、そんなにだらしないことを言わないでちょうだい。源氏の軍奉行がそんなことを口にしては周りに示しがつかないでしょう」
「さ、朔〜⋯⋯そんなに手厳しいことを言わずに、家でくらい気を抜かせてよ〜」
肩よりも短く切りそろえた黒髪の女の子、朔。
景時の妹で、白龍の神子である望美と対の存在である黒龍の神子である。
彼女も神子としての力を持ってはいるが、彼女に力を貸す大本の存在である黒龍が数年前に消滅したことにより、発揮できる力は弱いという。
本来龍神は消滅すると再生するらしいのだが、なぜか再生されずにいることもこの世界の不安定さにつながっているらしい。
「あ、そうそう。望美ちゃんたちのおかげで怨霊の数は減りつつあるけどさ。最近は怨霊だけじゃなくて怪異の話もちょくちょく聞くから、気をつけた方がいいよ」
朔の厳しい追求から逃れるように話題を振ってきた景時の言葉に、優樹、望美、譲の三人は首を傾げた。
「怪異ですか?」
「ああ、寺の境内にやたらとカラスが群れをなして集まったり、井戸の近くで鬼火が見えたり⋯⋯市井の人もだけど、なによりも貴族の方たちが怖がってね。いまのところ人が被害にあっている様子はないみたいだけれど、用心に越したことはないからね。最近だと⋯⋯そうだ、戻橋の怪異も耳にしたよ。なんでも濃い霧の日に戻橋を渡って戻ると⋯⋯亡くなったはずの人に会えるんだとか⋯⋯」
優樹と望美が若干顔色を悪くするなか、譲は何かを考えるようにあごに手を当てた。
「⋯⋯怪異と呼ぶには微妙な気もしますね。カラスは単純にえさになるものがそこに集まっているとか、繁殖期だからじゃないですか。鬼火も水辺で見えるってことは、もしかしたらリンとかメタンがそのあたりに発生していて、それが原因で発火した、という可能性もありますし」
「り、ん? めたん?」
景時の疑問に答えるように、譲は言葉を探す。
「俺達の世界では、鬼火には一応の説明がついているんです。目には見えないリンやメタンと呼ばれる火がつきやすい性質があるものが水辺から出ていると、何かのきっかけで火がついて鬼火に見えるんです」
「へえ、よくわからないけれど、摩訶不思議なことではないってことかな? まあ、カラスに関しては俺も言わんとすることはわかるよ。人が集まるところにはえさとなるものも集まりやすい。ただ、京に住まう貴族の方たちは動物の死骸を目にしただけでも穢れに触れたと気にする性分だからね。カラスも不吉の象徴だととらえる人もいる。不安を取り除くためにも、一応対応はしないとね」
なるほどな、と横で聞きながら優樹は景時の言葉を頭の中で反芻した。
「となると、本当に怪異と呼べるのは戻橋の話くらい、かな?」
「⋯⋯どうでしょう。それももしかしたらシュミラクラ現象と呼ばれるものかもしれません」
譲の回答に、優樹は沈黙した。
「⋯⋯なにクラ現象?」
「シュミラクラ現象。ほら、天井のしみとか木目が人の顔に見えること、あるでしょう。戻橋という場所自体が故人を連想させる場所ですし、霧の中で自分の知っている顔かたちのものを脳が勝手に補完して見せているんじゃないですか」
「⋯⋯そう言われると、全部が科学で証明できそうな気がしてくるなあ⋯⋯」
「とりあえず、全部見て回ればいいんじゃないかな!」
いままでの話もなんのその。
すべてを消し飛ばす勢いの笑顔で言い放った望美に、譲と優樹はつられて笑顔をこぼした。
「まあ、そう言われたら元も子もないんだけど」
「明日にでも行ってみますか」
「まあ、解決してもらえたら助かると言えば助かるんだけど⋯⋯もし危険だと思ったら深入りしないで、ちゃんと俺の方に報告してね」
「神子、強い。私もいる。大丈夫」
望美を守るように腰に抱きついてきた白龍は、ふんすふんすと鼻息荒く宣言した。
か、可愛い⋯⋯と優樹はそばに寄ってその頭をなでた。
「あ、そうだ。一応怪異が起こっているって言われている場所の占いをしようか! 譲くんが言ったみたいに怪異が原因じゃない場合も考えられるから、占いで怪異が実際に起こっているって出た場所を中心に探索した方が良いんじゃないかな」
「景時さん、占いできるんですか?」
「兄上⋯⋯本当に占いできるの?」
羨望のまなざしを向けた優樹とは裏腹に、うさんくさそうに横目で見てきた朔に、景時は笑顔を浮かべながらもしょんぼりとしているように見えた。
「これでも一応、陰陽術を使って仕事もしているんだけどな⋯⋯人探し物探し、吉凶占い、なんでもござれ〜ってね」
どこから取り出したのか、景時の手には漢字がいくつも書かれた円盤状のものが握られていた。
「この
そう言うと景時はそっと背中を向けた。
「ちょっと静かな場所で一人で集中しないと難しくてね! ちょっと待ってて」
景時が立ち去った後、いの一番に朔がため息をついた。
「ごめんなさいね。兄上の威厳のためにも⋯⋯協力してちょうだい」
陰陽師だ! かっこいい! と瞳を輝かせる優樹と望美とは裏腹に、相も変わらず朔の景時への評価は塩辛いものであった。
戻ってきた景時はなんとも言えない表情で、口元だけ笑顔を保っているように見えた。
「なんと! 俺が言った三カ所すべて、怪異が発生していると出ました〜」
「⋯⋯占わなくても、やることは同じってことね」
言われることがわかっていたのか、とほほ、とした様子で景時は肩を落とした。