第五章 刀で決闘
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優樹はう〜ん、とうなった。
ちくちくと突き刺さる視線に気づかないふりをしようにも限度がある。
ちらり、と視線をやれば般若のごとき目線を七郎はぶつけてきた。
気にしない、気にしない⋯⋯。
どうも、あの人からは目の敵にされている。
望美と仲良くしているのが気に入らない。
そして、与一がことあるごとに優樹の肩を持つのが気に入らなくてならないのだろう。
与一は那須党の者たちから⋯⋯というよりも主に七郎から目の敵にされている優樹を気遣ってよく声をかけているだけなのだが。
どうも逆効果になっているようではある。
「今日もずいぶんと精が出るな、稚児助」
稚児助。また絡まれた。
「そんな細腕では、神子殿を守るには心もとないだろう。見ろっ! それがしのこの二の腕を!!!」
むきっ! と隆々とした筋肉を見せつけてきた七郎に、優樹は乾いた笑いを浮かべた。
「は、あ⋯⋯すごい、ですね」
「そうだろう! すごいだろうっ!」
面倒くさい人ではあるが、憎めない人柄であるのは事実である。
ふん! ふん! と目の前で腕立て伏せをはじめた七郎に、優樹は頭をかく。
⋯⋯うん、望美に見せたいんだな、その姿。
だが、七郎の願いも虚しく、望美は邸の奥の方へと入っていった。
望美がいなくなった途端に腕立てをやめた七郎に、この人現金だな⋯⋯と内心つっこんだのは内緒だ。
「譲殿だってそうだ。与一は筋が良いとほめたたえているが、あのような腕前では、とてもじゃないが戦場では児戯も同然だ」
七郎をかわすように曖昧な笑みを浮かべていた優樹は、それを引っ込めた
「⋯⋯未熟だとわかっているから、鍛錬しているのでしょう。与一さんだって、それに応えようと指導してくれている」
事実なのかもしれない。それに、この人はただ私たちに嫉妬して絡んでいるだけだから、気にするだけ無駄だ。
「与一の指導があったとて、どこまで伸びるかあやしいものだ。弓も我らと違って幼い頃からやっていたわけではないのだろう。あれでは神子殿を守るよりも己の身が危ぶまれるというものだ」
わかっているのに──なぜだかふつふつと腹の底が沸き立つのを感じた。
「──那須党の者は弓の腕だけではなく、口を達者に鍛えるのも熱心みたいですね」
真っ直ぐに自分を見上げてきた優樹に、七郎もまなざしをくれる。
「──なんだと」
優樹は己の手を握りしめた。
何も、知らないくせに。どういう思いで私たちが──譲が戦場に立とうと決意したのか、知りもしないで。
「私たちのいた所ではこのような言葉があります。──弱い犬ほどよく吠えると」
七郎が口を開く前に、優樹は手にしていた木刀を七郎の喉元に突きつけた。
「男なら黙って己の武ひとつでその力を示してみたらどうですか。その力が口先のものでないなら」
初めて挑発的な態度をとった優樹に、七郎は怒りを含ませた笑みを浮かべた。
「ならばまた弓で勝負をするか、稚児風情が⋯⋯っ!」
険悪な空気は、周りにも当然伝わっていた。
一触即発の二人を、那須党の者たちも鍛錬の手を止めて見ていた。
「どうした、喧嘩か? 何があったかは知らないが、二人とも一旦落ち着くんだ」
邸の方から出てきた与一が、すぐに空気を察して止めに入る。
「──喧嘩じゃありません。これから私と七郎さんで試合をするだけです」
七郎よりも早く噛みつくような物言いをしてきた優樹に、与一は驚いた。
優樹の眼光はなおも七郎を射抜いていた。
はたから見て本気で怒っているのが見てとれる。
「良いだろう! あとで泣き言を言っても知らんからな!! 六太! お前の弓を貸してやれ!!」
「──いいえ、弓ではなく木刀を使った打ち試合をしていただきます」
「なにっ──」
「前回はそちらの得意とする弓で勝負をしました。ならば今回は私の得意とするもので勝負していただきたい。木刀による三本勝負。相手の体に木刀を当てれば勝ちと判定する試合です」
予想外の提案に言葉を探しあぐねる七郎に、優樹はたたみかけた。
「自分の領分でないものでは戦えませんか? ──前回、自分の得意とするもので素人同然の私に引き分けたのですから、戦う前に怖じ気づくのもわかりますが」
「っなんだと⋯⋯!」
「無様な姿をさらしたくないと言うんだったら、ここで引いてあげますよ」
「っ良いだろう! その勝負のった!! 口にしたことを後悔させてやるわ!」
譲と望美は水をのせた盆をたずさえたまま、呆気にとられて濡れ縁に立ち尽くした。
なぜか、自分たちが邸の奥に引っ込んでいた間にとんでもないことになっている。
皆さん、休憩でもどうですか、なんて言える雰囲気ではない。
譲は何かを言おうとしたが、口をつぐんだ。
優樹の目、表情。完全に怒っている。
⋯⋯そういえば、見たことがないかもしれない。本気で怒った姿を。
「──口先だけで吠えて相手に噛みつくだけだったら誰にでもできるんだよ。いままで鍛え上げてきたものが嘘じゃないって言うんだったら、口じゃなくて実力で示してみろ。男なら自分の身一つで、その気概を見せてみろよ」
怒りのあまり口調が乱暴になっている。
毎度のことのように七郎に絡まれはしても、いつも笑いながらいなしていたのに。何があの人の逆鱗に触れたのだろう。
「私が勝ったら、あなたが先ほど口にした侮辱の言葉、訂正してもらいます」
「ふん、なんのことだか知らんが、いいだろう」
向かい合って木刀を構えてなお噛みつき合っている二人に、譲ははらはらとした。
木刀による三本勝負。
最初の立ち位置は地面に引いた線につま先をつけたところ。
相手の体に木刀が当たったら勝ち判定。一度当たったら追撃はなしで、最初の立ち位置に戻り、次の勝負とする。
審判役を買ってでることになった譲は、手を挙げた。
「それでは両者、位置に着き、構え! ⋯⋯勝負、始め!」
開始の合図とともに、七郎は動き出す。
「はあ!」
上段から大きく斬り込んできた七郎に、優樹は目を細めた。
──大振りで隙だらけだ。
優樹は踏み込み、七郎の左脇腹に木刀を当てた。
「日野先輩! 一本!」
七郎は刀を握ったまま、動けなかった。──速い。
刀を振り下ろしきっていなかった。
「っなに、まぐれよ! 次こそは──」
開始と同時に吹き飛ばされた己の木刀に、七郎は視線を横に滑らせた。
「──二本目、とりました」
体の後ろに当てられた木刀。汗がじわりと噴き上がって、あごまで伝っていく。
なんだ、何が起こった。
木刀が上に向かって吹き飛ばされた。
と思ったら、目の前にすでに優樹はいなかった。
「すでに二本、私がいただきました。なので勝負は私の──」
「──まだだ! まだ一本残っている!!」
噛みついてきた七郎に、優樹は黙した。
負けたままでは、気が収まらないのだろう。
正論を振りかざしても、きっと納得しない。
なら──最後の一本も勝ちに行く。
優樹は己の手のひらを見た。
──気づかれたら、負けるかも知れない。
手を握りしめる。
いや、その前に勝負を終わらせる。
木刀を構え、位置に着く。
「七郎! 速さでは優樹殿の方が上かもしれないが、力の強さならお前の方が上のはずだ! 己の得意を活かして戦うんだ!」
優樹は内心毒づきたくなった。
与一さん、余計なことを⋯⋯。
まだしびれが残っている手のひらにぐっと力を入れる。
そう、力でごり推しされたら負ける。
だから優樹は速さで勝負をしかけていたのだ。
元の世界の試合でもそうだった。
優樹の強みはその身軽さだ。
だが、馬力や体力が強い相手の場合、隙をつけなかったり持久戦に持っていかれたりすると負けることが多かった。
譲の試合開始の合図とともに、七郎は大きく後ろに退いた。
──やはりそう来るか。
優樹は踏み込まずに七郎の動きを見た。
七郎も同じように優樹の様子をうかがっている。
こっちからは仕掛けない方が良い。
相手の出方をうかがって、隙を──。
「うおぉおおおお!!!」
刀を振り上げることなく真っ直ぐに突っ込んできた七郎に、さすがの優樹も驚いた。
「っ──」
いなすことができず、真正面から受け止める。
──鍔迫り合いに持って込まれた! 正面からの勝負じゃ──!
優樹は姿勢を崩し、後ろにたたらを踏んだ。
「もらった!」
「っ──!」
なんとか七郎の攻撃を木刀で受け止める。
だが、構えなおす前に次の一撃をくらい、木刀が吹き飛ぶ。
「これで終わりだぁっ!」
優樹はぐ、と腹をくくった。
七郎の攻撃をかわす。
わずかばかりの罪悪感を拭い去り、七郎の袖を握り、引き寄せた。
予想外の手だったのか、七郎の重心が前にずれる。
その身に寄り添うようにして七郎の懐に入り込み、襟をつかんだ。
──よし! 入った!!
一気に力を込め、しゃがみ込むように前にのめり、体をひねる。
地面に巨躯が叩きつけられる音が響き渡った。
七郎が手放した木刀を奪うと、優樹は肩で息をしながら七郎の首筋にその切っ先を当てた。
「──最後の一本、とりました」
あまりにも綺麗な背負投げを目の前で見せつけられ、譲は呆気にとられた。
「日野先輩っ⋯⋯それじゃ反そ⋯⋯」
反則負けです、と言おうとして譲は口をつぐんだ。
さわやかなくらいの笑顔で、優樹は人差し指を唇に当てていた。
そうだ、この世界では剣道のルールは確立されていない。
優樹が提示した勝敗の決まりも、相手の体に木刀を当てたら勝ち、と言っただけ。⋯⋯自分の刀で、とは一言も言っていない。
反則事項も言っていなかった。
人知れず息をつく。
そもそも、三本中すでに二本とった時点で優樹の勝ちなのだ。
最後の試合はおまけみたいなもので。
譲は手を挙げた。
「日野先輩、一本!」
地面に座り込んでうつむいている七郎に、優樹は視線を落とす。
「それじゃあ、最初の約束通り⋯⋯」
「かっ⋯⋯」
七郎はぶるぶると身を震わせたかと思うと、がばりと顔を上げて立ち上がった。
「感動したぞっ!!」
「うわっ」
いきなり両肩をつかまれ、眼前に顔を寄せられる。
逃れようとするも、馬鹿力すぎて動けない。
「なんだ最後のあの技は! すごいな! そんな小柄なのにそれがしを投げ飛ばしたのかっ!! 打ち合いもそれがしの惨敗だ! 見かけによらずすごいじゃないか!! 稚児風情などとあなどって悪かった! 譲殿も優樹殿も神子殿を守るにしかるべき実力を持っているということだな!!」
「は、はあ⋯⋯」
あっさりと最初の目的を七郎自ら言ってくれて、優樹はなんとも言えない気持ちになった。
いやいや、態度違いすぎないか。
「今度さっきの技のやり方を教えてくれ!!!」
優樹は苦笑をこぼした。
もしかして、打ち解けられたってことなのかな?
「優樹! すごかったね! 本当にかっこよかった! こんなに強いなんて知らなかったよ!!!」
濡れ縁から真っ直ぐに駆けてきた望美に、まんざらでもなく笑みがこぼれる。
「なに、惚れた?」
「うん! もう惚れちゃうよ!」
いつものような冗談を掛け合う二人に譲は苦笑⋯⋯一変させ、はっと息を詰めた。
「きっ⋯⋯」
「き⋯⋯?」
なんの音だ、と優樹が視線をめぐらせると、七郎がわなわなと肩を震わせていた。
「貴様はやはりそれがしの敵だぁあああっ!!!」
あぁああああー!
あー⋯⋯!
七郎の叫びが青空にこだました。
「いやあ、優樹殿の戦いぶり、見事であったな。速さを活かした戦い方、胸が震えたぞ。同郷の者としてお前も誇り高いだろう」
「ええ、まあ⋯⋯」
まんざらでもない気持ちになり、譲は眼鏡をかけ直した。
「それにしても、日野先輩があんなに怒ったところ、初めて見ましたよ。一体七郎さんはどんな絡み方をしたんだか⋯⋯」
「譲殿の実力がまだまだであると、そう言ったからだよ。与一に見てもらっても、戦場じゃ役に立たないんじゃないかと」
弓の手入れをしていた十郎──与一の兄が横に入る。
「神子殿も守れないんじゃないか、と。⋯⋯まあ、七郎は神子殿と仲の良い二人に嫉妬しているだけだから、気にしなくていいよ。悪気なしに言っているからタチが悪いけれど」
「そ、う⋯⋯だったんですか。本当のことですし、別に怒ることじゃあ⋯⋯。⋯⋯⋯⋯」
眼鏡に手を当てたまま押し黙ってしまった譲に、与一はにやにやとしながら肩を叩いた。
「己は辱められても意に介さず、仲間のためならば血気盛んに立ち上がる、か。お前も存外、愛されているじゃないか」
⋯⋯うるさいですよ、という言葉は、声にのせられることはなかった。