第三十三章 正体バレかけ、湯浴み話
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「みんなー! 無事だったぞ!」
誰かが全員に向けて大声を発しているのを耳にしながら、優樹はぼんやりと空を眺めた。
「あの⋯⋯怨霊は⋯⋯」
「全部倒し終わったよ。大蛇も与一が喉元を射抜くと力を失って、今は枯れた大木に様変わりした」
いつのまにそばにいたのか、十郎が難しい顔をして説明してくれた。
「大蛇に丸飲みにされたときは、肝が冷えたよ⋯⋯。無事で本当に良かった。体はどこも痛めていないかな」
「は、い⋯⋯なんとか⋯⋯」
四肢を動かして、異常がないことを確認する。
「⋯⋯飲み込まれたまま振り回されたので頭が回っているだけです。ちょっと休めば動けると思います」
「そう」
短い返事をする十郎を見て、優樹は息を詰めた。
安堵の中にもわずかばかりの憤りをにじませているように見える。
斜に構えたまま優樹を見下ろしてきていた。
その理由を考える前に、十郎は手にしていた布を差し出してきた。
五芒星の模様が織られている布。そしてその中には石片がいくつもあった。
その中に、赤黒い塗料が塗られている破片が混ざっていた。
元は一つの石板のような形をしていたのだろう。
大蛇の喉元にあったもの。
十郎を見上げて、優樹は小さくうなずいた。
京で見た記憶のあるものと、似ている。
伝わってくれると良いのだが、と思っていると、十郎も小さくうなずき返した。
「兄上の見立て通り、怨霊や怪異のそばに呪詛の種らしきものがありましたね」
「石板に赤黒い文様⋯⋯そして破壊とともに怨霊が現れないのを見ると、その可能性が高い。念のため、高僧に破邪のための祈祷を願い出ようと思う」
「今はあまり禍々しい気は感じられないですが、ふたたび災厄を起こしかねませんからね。一体誰がこんなことを⋯⋯」
与一と十郎が語らっているのを横目で見ながら、優樹はふいに背中に感じた振動にびくりとした。
土埃を上げそうな勢いで、何かが近づいてくる。
地面に横たわっているが故に、ずんずんずん、とその足音をじかに背中に感じた。
「先ほどは助けてもらったな。礼を言うぞ、優樹殿」
威圧感のある男──七郎から間近で見下ろされ、「いえ⋯⋯」と返そうとして優樹は口ごもる。
頭がまだぐらぐらとして言葉が詰まって⋯⋯いたわけではなく、違和感に焦りが募っていく。
いま、何か⋯⋯おかしな言葉が混ざっていなかったか。
「それにしても水くさいではないか。この那須に逃げ延びていたならば我らにも声をかけてくれていたら良かったものを。そんな布切れで顔を隠すなんてな。十郎殿は知っておられたのか? だったら水くさいがすぎますぞ」
優樹は口を引き結んだ。
待て待て。いくら顔立ちが似ているとはいえ、こんな子どもの姿になっているのにわかるわけがない。
まさか体が元に戻っている? と思い手をかざすも、幼い子どもの手だ。
なんでだ、どうしてだ。
めまいを感じ、思わず目を閉じる。
「七郎、この子は私の家人の壺太郎だ。たしかに私も優樹殿と顔立ちは似ているとは思ったけれどね。まったくの別人じゃないか。優樹殿はこんなに幼くはなかっただろう」
片目を開けると、十郎は女人を思わせるような優美な笑みを浮かべていた。
優樹は口をさらに引き結んだ。
⋯⋯十郎さんがこの笑い方をするときは、都合の悪いことをごまかすためが大概だ。
だが、共犯であり、自分が原因のため何も言うまいと決める。
「十郎殿、まさかまだそれがしたちをごまかそうと言うのですか。いや、気づいておられないのか。あなたもさっきの戦いぶりを見たでしょう。あの戦い方、剣筋、優樹殿以外の何者であるというのです。三草山でともに戦った者同士、それくらいわかるというものです」
優樹は心がむずがゆくなるのを覚えた。
複雑ではあるが、悪い気はしない。
「たしかに僕も戦い方が優樹殿に似ていると思いました」
愛想良さそう六太が相づちを打つ。
⋯⋯自覚はなかったけど、私の戦い方ってそんなにわかりやすいのか。
だから十郎からはなるべく戦わないようにと言われたのかもしれない。
⋯⋯そして戦いに戦いまくったから、労りながらも憤った顔をしていたのだろうか。
「でも、そうは言っても年が違いすぎる気がするのですが」
そうだ、六太さん。いいぞ。そのまま七郎さんを押し負かしてくれ。
「たしかにそれがしもこんなに小さかったか、と思わなくもなかったが、たしかこれくらいの背格好だった気がするぞ! だって、歳の割にどう見ても稚児にしか見えなかったからな! そうだ! このくらい小さかった気がする」
おい、ふざけ⋯⋯──。
「そ、そう言われてみれば⋯⋯」
「たしかに歳の割に子どもっぽく見えてましたもんね」
「そ、そうだった気がするな⋯⋯」
おい、なに押し負けてんの! 押し負かされてる人なんだか増えてない!? 歳の割にってイメージに引っ張られて過去の記憶改変してませんか!!!
「いい加減にしないか、お前たち」
静かながらに鋭い声音に、皆が一様にしんとなる。
十郎は目を閉じながらこめかみを指先で揉んでいた。
そして目線を上げる。
「先ほどから憶測ばかりで物を語る。この子は下野国育ちの壺太郎だ。先だって、お前たちと同じような疑念を持つ役人が取り調べに来た。だが、その役人も別人だと納得して帰って行った。理由の一つは、手配書にも記載されていた右肩にある矢傷がなかったからだ。傷のないことは私と──同じく、その場にいた与一も確認している。私と与一、そして役人が別人だと判断した中で、それでも本人だと主張したい者がいるのなら名乗り出なさい」
普段物腰柔らかな分、鋭い物言いをする十郎は怖さが倍増していた。
いつもそばに仕えていた優樹も、彼が珍しいくらい殺気立っているのを感じて息を飲み込んだ。
「⋯⋯私もその場にいたから証言できる。お前たち、憶測だけで物は語らないように」
那須家当主とその兄にここまで言われてはぐうの音も出ない。
さすがの七郎もこれには反論の余地はなかったようであった。