第三十二章 赤い光を放つ山の怪異
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「これから向かう山では、夜になると赤い光が見えると噂になっているそうでね。村人からは大蛇、龍神の目ではないかと恐れられている。近くでは怨霊騒ぎも起きているようだから、まずは怨霊の対処をし、呪詛の種を探す」
「怪異が起こるのは夜なのに、こんな明るい中で向かっても良いんですか?」
「怨霊自体は昼に現れた、との話だからね。もし呪詛の種が原因になっている怪異だとしたら、呪いの元自体は昼も夜も関係なく、同じ場所にあるはずだ」
馬上で揺られながら、優樹は背後で手綱を握っている十郎の体温を感じた。
邸を出るとき、郎党の一人から「十郎様と同じ馬に乗せずとも⋯⋯」としぶる態度をとられたのを思い出す。
だが、その後に続く「この子はあまりにも馬の扱いが下手でね。他の者と一緒では怪我をする恐れがある」とあまりにも深刻そうな顔で十郎が言うものだから、一瞬でことが収まった。
とてつもなく憐れみのある瞳で郎党の人から見られた気がするが気にしない。
十郎さんに憤りの感情なんて感じていない。馬に一人で乗れないのは事実だから。恨みがましい気持ちなんてこれっぽっちも抱くものか。
馬の揺れを感じながら、昨晩十郎に言われたことを反芻する。
もし戦いが必要な場面になったとしても、極力参加しないように。
優樹を連れて行くのはあくまでも呪詛の種探しのため。
だが、念のためにと優樹に使い勝手の良い小振りの刀をくれたのはさすがである。
このくらいの大きさだったら、いまの体でも十分に戦うことができるだろう、と腰から下げた刀をなでつける。
それにしても、と目線を遠くへやる。
果てしなく続く草花とその上に広がる青空に、優樹は胸が広がるのを感じた。
本当に広い土地だ。
高地であるがために、だいぶ肌寒い。
十郎が用意してくれた首巻きの布が寒さを和らげてくれていた。
ふと、遠くで動く陰が見えて、目をこらす。
おそらくその影もこちら一行に気づいたのだろう。
どちらともなしに近づいて、遠目で見えた一行の正体に優樹は思わず口元を隠すように首巻きを上げた。
「兄上!」
遠くから、良く通る快活な声が響いてくる。
背後から息を詰まらせた気配を感じる。
十郎にとってはあまり望ましい状況ではないことがうかがえた。
当然だ。十郎は優樹のことをできるだけ彼らに会わせたいと思っていなかったのだから。
「こんなところで会うとは思っていなかったよ、与一」
「私もです。こちらにはどのような御用向きで?」
馬上でにこやかに会話する那須兄弟に望まずとして挟まれた形となり、優樹は気まずさでいっぱいだった。
けれど。
うつむきがちに口元を隠しながらも、そっと与一の後ろに控えている面々を見やる。
よかった、京で会った那須党の人たちは皆元気な様子であった。
それが知れただけでも、胸がほっと落ち着く。
「そうですか。兄上もあの山に向かうのですか。実は我々も、怪異と怨霊の騒ぎがある場所を順番に回ろうとして、今日はそちらに向かうことにしていたのです」
十郎と話しながらもときどき与一の視線が自分に向いているような気がしたが、優樹は気のせいだと自分に言い聞かせた。
「与一も同じ目的だったか。それならば、このような大人数で同じ怪異の場所に向かうよりも、手分けした方が良いかもしれない。様々な場所で怨霊騒ぎ、ないしは怪異の話も増えているからね。お前があちらに向かうのならば、我々は行き先を変えようかと思う」
「そう、ですか」
「あと⋯⋯これは内々の話でまだ確証のない私の推測だが、お前たちには話しておこうと思う。昨今の怨霊騒ぎ、そして怪異の多発。これらの元凶は呪詛によるものではないかと考えていてね」
「なっ! 呪詛ですと!! つまり何者かがこの那須の地を陥れようとしているということですか!!!」
急に大声を上げた男に、優樹は目線を送る。
七郎さん、相変わらずだな。なつかしい雰囲気に首巻きの内で淡く微笑を浮かべる。
「あくまで推測だよ。確かなことはわからない。那須の地以外でも、怨霊騒ぎは増えているというからね。仮に呪詛によるものだとしたら、昨今の騒ぎにも一つの説明がつく。倒してもまたそう時間を置かずにまた怨霊が騒ぎを起こしている。怨霊の性質がそうだとしても、あまりにも頻回だ。だから、呪詛の元となっている物を破壊、もしくは祓うことができたら、その周辺での騒ぎは収まるのではないかと思ってね」
「たしかにそうだとしたら解決は早いかもしれません。が⋯⋯その呪詛の元となるものが何か、わかっていないのでしょう」
「そうだね。けれど龍神にまつわる伝承について聞いたとき、呪詛の種というものがあると聞いたことがある。その地を穢し、怨霊を発生させたり怪異を起こしたりする代物だったらしい。その呪詛の種というのは石板の形をしていて、赤黒い塗料で文様が描かれていたとのこと」
「怨霊に怪異。たしかに今各地で起きていることと似通っていますね。つまり、怨霊や怪異が発生している場所の近くを中心にそれを探すと⋯⋯」
「そういうことだ」
数瞬考えるように視線をめぐらせると、与一は闊達な笑みを十郎に向けた。
「でしたら、私と兄上、ともに同じ場所に向かった方が良いのではないでしょうか。大人数で同じ場所を探したほうが、呪詛の元となる物も探しやすいでしょう。見つからなかったならば、それはそれで原因は別にあると考えるに至るでしょうし。しらみつぶしにするばらば、人手は多い方が良いはず」
与一の言葉に、珍しく十郎は口を閉ざした。
ある程度の時間をともに過ごした仲ではあるので、なんとはなしにその心情が感じ取れて、優樹はなんとも言えない気持ちになった。
優樹のことを考えると別行動をとりたいが、領地のことを考えると逆の選択が最善となる。
きっとどちらをとるか悩んでいるのだろう。
「そう⋯⋯だね。下手に人手を分散させるよりは、そちらの方が得策か」
出された回答に、優樹はうれしいような緊張が増すような、どちらなのか自分でもわからない心地を覚えた。
「お前、まだ自分では馬に乗れないのか?」
十郎と与一の郎党たちがひとまとまりになって馬を小走りにさせ始めたとき、突然横からかけられた声に優樹は思わず顔を向けた。
真っ直ぐに見つめてくる与一に、なぜだかどぎまぎとしてしまい目を泳がせる。
「えっ、と⋯⋯その⋯⋯」
「一応何度か乗馬の練習はさせているんだけれどね。まだ一人で走らせるには危なっかしいから、致し方なしにね」
「そうですか。兄上はなぜその子をここまで連れてきたのです」
明らかに一人だけ年若く浮いていてなおかつ十郎直々に馬に同乗させていることから見て、その疑問は当然のことであろう。
「この子は勘所が良いものだからね。悪しきものが近くにあると、なんとはなしにわかる気質があるんだ。だから連れてきた。呪詛の種探しの役に、少しは立つと思ってね」
十郎の言葉を聞きながら、呪詛の種を見たことがあることは他言しないように、と念を押されたことを優樹は思い返していた。
下野国で生まれ育ったのに呪詛の種を見たことがある、と知れたら色々と設定が破綻してしまう。
見たのならば、どこで見たのだ、と詰められるだろう。
よその国を知らないのならば、下野国に呪詛の種がある、と確信を持たせてしまうかもしれない。
優樹自身、あまり嘘をつくのに気性も向いていないし、そこまでの立ち回りもうまくない。
一つの嘘を守るためにまた新たな嘘をつくり、その話が正しいかのように騙し続けるのは向いていない性分だ。
目指す山付近の近くまで来ると、それぞれが馬から降りていく。
優樹もなんとか十郎の手を借りずに降りることができたが、ぼてっとなんとも格好の悪い様だったように思う。
「君は私のそばから離れないように」
小声で耳元にささやかれ、優樹は静かにうなずいた。
なるべく与一率いる那須党の人たちとも近づきすぎない方が良いだろう。
「怨霊が現れる場所の近くを探すのが得策、ということで良いですね、兄上」
「ああ。だから数名ずつに分かれて、怨霊に遭遇次第、他の者を呼び立てて多数で叩くのが良いだろうね。呪詛の種探しはその後にしよう」
少人数に分かれての探索の後、怨霊に遭遇するのはそう時間のかからないことであった。
十郎とともに散策をしていた優樹は、遠くで甲高い笛の音を耳にした。
怨霊が現れたときの合図に、と言っていた音だ。
ばらばらになっていた小隊が集まり、怨霊はすぐに取り囲まれた。
最後の一撃が放たれ、怨霊の悲鳴のような音が響き渡ったとき、優樹は横目に映った揺らぎにはっとする。
怨霊が消え去ったのを確認しながら、ふたたび木々の奥に目線をやる。
「どうかした? 向こうに何かあるのかい」
微動だにせず一点を見つめる優樹に、十郎は横から声をかけた。
「十郎さ、ま⋯⋯あの遠くにある三つ叉の木⋯⋯」
「三つ叉⋯⋯というと、どれのこと? あれのこと?」
「いえ、そっちじゃなくてあっちです」
「あっちと言われて指差されても、どれのことだい。三つ叉の木なんていくつもあるじゃないか」
「だからっ! あの、ほら、太い幹のところから三つ叉に分かれている⋯⋯」
「それがいくつかあるから、わからないと言っているんだ」
「じゃあ! そのっ⋯⋯それは一旦良いとして⋯⋯。その木⋯⋯さっき揺らいでいるように見えたんですけど、何か感じませんか」
優樹の言葉に、十郎は目を細めて優樹が指差した付近を注意深く見つめた。
「いや⋯⋯私の目には何も見えないし、感じないな。君は何か感じた?」
「いえ、私も特段は⋯⋯けれど、怨霊が倒された瞬間に揺らいだように見えたので、もしかしたら何かあるんじゃないかと思って」
「なるほど、兄上に勘所が良いとほめられるだけはあるな。皆で向こうに行ってみるか」
いつの間にか隣に立っていた与一に、優樹はびくりとした。
何気に気配を消すのがうまいのだ。
「まだ年若いのに兄上に物怖じしないで進言するなんてな。将来見込みがあるぞ」
「⋯⋯ありが、とう、ございます⋯⋯」
いまだに壺太郎としての与一への接し方がわからず、どぎまぎとしてしまう。
日野優樹としてだったら、満面の笑顔でお礼を言う場面であるが。
那須家の当主となってしまった彼に、十郎の一家人としてどう振る舞うのが正しいのかわからない。
いつのまにか十郎と与一に挟まれる形で歩くことになってしまった。
下手に立ち位置を変えるのも不審がられるし、気持ち程度に半歩後ろを歩く。
そして、優樹の指し示した木にある程度近づいたとき、誰とはなしに足を止めた。
きっと戦いに身を投じたことのある者たちが培った第六感だ。
なんとはなしに、嫌な気配がする。
これ以上は近づかない方が良い、という直感。
「壺太郎⋯⋯君の勘、やはり私の見込んだ通りだったかもしれないね」
冗談なのか本気なのかわからない口調で、十郎は弓を構えた。
「君の言う三つ叉の木⋯⋯左右の太い幹がさらに三つ叉に枝分かれしているもので間違いないね」
「はい⋯⋯」
つばを飲み込む音が、自分でも嫌というほどこめかみに響く。
ぎりぎりと、弓を引き絞る音がする。
鋭い音とともに矢が放たれた瞬間、的である木の幹の一部分に奇妙な穴ができた、かと思うと赤い光を放った。
ぞっと背筋に悪寒が走った瞬間、横からぐいと誰かに引き寄せられた。