第三十一話 呪詛の種と色恋話
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「⋯⋯呪詛、なんて、本当に仕掛けられているんでしょうか」
「ないのなら、それはそれでかまわない。郎党たちから、いままで怨霊騒ぎがあった場所の話を集めさせている。頻繁に現れたり、一度に多くの怨霊が現れたりしている場所の近くを探させる」
「探させるっていうと、藁人形とか、そういう物ですか?」
「どういう形をしているのかは、実際の物を見てみないことにはわからない。けれど、私が聞いたことのある呪詛の種というのは、石に呪いの文様を刻んだものだよ。呪詛の種の周りでは、怨霊が現れやすくなったり、怪異が起こったりするとのことだ。だから、不可思議な現象が起こっていたら、その話も集めさせる」
優樹は記憶の中で何かが頭をかすめるのを感じた。
十郎の話に近いことを、どこかで聞いた⋯⋯いや、見たことがあるような。
石と怪異、という言葉にはっと思い出す。
──戻橋の怪異。
記憶をたどりながら、いや、あれは関係ないのか、とぐるぐると考えがかけめぐる。
だが、話だけはしておいた方が良いかもしれない。
「呪詛の種⋯⋯かは、わからないですけど。今聞いた話と似た物⋯⋯見たことがあるかもしれないです」
「本当かい?」
優樹の言葉に、十郎は目を丸くする。
「京にいた頃の話ですけど⋯⋯戻橋で怪異があると聞いて、望美たちと一緒に向かって確かめにいったことがあったんです。そうしたら橋の近くで石を見つけて⋯⋯最初は文様が見えた気がしたんですけど、望美に渡したあとで見直してみたら、何も描いてなくて。見間違いだと思うことにしたんですけど⋯⋯」
「⋯⋯その戻橋の怪異って、橋を行って戻ると亡くなったはずの人が現れる、と噂になっていた事件のこと?」
「知っているんですか?」
「知っているも何も、私と与一は京守護の任をいただいて、その怪異の原因を調べていたことがあるからね。⋯⋯ほら、私たちが梶原殿の邸におもむいたときがあっただろう」
「⋯⋯そんなことありましたっけ」
思い出せない優樹を前に、十郎は数拍沈黙したかと思うと、にやりと笑った。
「ああ、私ははっきりと覚えているよ。梶原殿に会いに行く途中で、部屋から飛び出してきた麗しいお嬢さんを目にした日だからね」
含みのある言い方に、ん? と優樹は首をひねった。
麗しのお嬢さん?
十郎らしくない物言いだ。
「そ、うなんで、す⋯⋯か」
優樹ははっと顔色を変えた。
梶原邸で那須兄弟と遭遇した日。
それは⋯⋯優樹が望美と朔に女装を施された日だ。
そうだ、あのとき部屋を飛び出した先で与一とぶつかって、そして──。
優樹は顔を赤らめ、ぐぐぐ、と十郎を睨めつけた。
十郎は素知らぬ顔でふふ、と笑みをこぼした。
「なるほどね。郎党を連れて戻橋に行っても怪異自体は起こらなかったから、陰陽術に長けているという梶原殿の助言を願いに向かったんだけれど⋯⋯。まさか君たちが先に解決していたとはね。道理で怪異の話も立ち消えたはずだ」
「いえ⋯⋯私たちは何もしていないですよ。望美が霧の中で譲の亡くなった親族を見た⋯⋯なんてことは言っていたから、怪異自体には遭遇したのかもしれないですけど。そのあとは霧も晴れて何も起こらなかったですし」
「その怪異が起こったのって、その石を見つけたあと? それとも先?」
「石を見つける前⋯⋯です」
「なら、きっと君たち⋯⋯いや神子殿がその怪異を解決したんだよ。龍神の神子は触れるだけで呪詛を祓うことができると聞いたことがある。君の推測通り、おそらく石というのは呪詛の種で、神子殿が触れたことによって穢れが祓われたのだろう。最初に君が見たはずの文様が神子殿に渡してから消えていた、というのは見間違いではなく、神子殿の浄化の力によるものだった⋯⋯と私は考えるよ」
「なるほ⋯⋯ど」
言いながら、優樹は記憶が蘇ってきた。
「じゃあ⋯⋯カラスがたくさん集まる怪異も鬼火の怪異も⋯⋯本当だった?」
「⋯⋯待って、もしかしてその二つの怪異も、君たちが解決していたの?」
「⋯⋯その二カ所でも望美が不思議な感じがするって石を拾っていたんです。拾う前に本人は文様が見えた気がするって言っていたんですけど、暗い場所にあったから見間違いだろうって⋯⋯そのときは」
十郎は額に手を当てながら深く息をついた。
「京守護も形無しだね⋯⋯全部君たちが先に解決していたのか。だが、これではっきりしてきたね。君たちが見た石、というのは呪詛の種と考えて間違いないのかもしれない。そして、それをどうにかすれば、怨霊や怪異もどうにかできるかもしれない」
「そう、ですね。その石⋯⋯こう、平たい石に赤黒い顔料で文様のようなものが描いてありました。文様の形自体は覚えていないんですけど⋯⋯」
「十分だよ。郎党たちにその話を伝えれば、だいぶ探しやすくなるはずだ。それ以外にも怪しい物品を見つけたら報告させる」
怨霊増加について、解決の糸口が見えてきたかもしれない。
と、喜んだのも束の間。
「⋯⋯君、馬に乗れなかったんだね」
うっ! と後日、優樹は馬を前にして情けない気持ちになった。
「あの二人が戦場でも馬を乗りこなしていたから、てっきり君も乗れるものだとばかり⋯⋯」
ぐぐぐ、と優樹は唇を噛み締めた。
あの二人、と言われた望美と譲の顔がまざまざと脳裏に浮かび上がる。
いやいや、あの二人が馬に乗れるなんて聞いてないって!
この世界に来てから乗れるようになったのだろうけれど、いまだに信じられない。
優樹が臥せている間に、あの二人は乗馬能力を身につけていたようである。
力のない笑みを浮かべながら、優樹は遠くを見た。
「力になれるのなら手伝いますと言いましたが⋯⋯馬での移動が必要なら、私は家事手伝いをしていた方が良いような⋯⋯」
「いや、君には一緒に来てもらいたい」
優樹は十郎を見上げる。
「言っただろう。猫の手も借りたいって。君は呪詛の種の現物を見ているんだから、確認してもらうのにもちょうど良いからね」
その後、優樹は十郎と二人乗りの練習を何度かさせられた。
馬上で揺れを感じながら、優樹はここ最近感じていることを無意識に思いやった。
最近、十郎はやたらと優樹をそばに置きたがっている気がした。
片時も離さずに、そばに仕えさせている。
あの役人がやってきた日からずっとだ。
またあのようなことが起こらないために?
⋯⋯いいや、あの日は。
一人で勝手なことはしないように。平泉には行かせない。そばにいれば守れる。
十郎の言葉の数々を思い出し、小さく息をついた。
「さすがに慣れない騎乗の練習は疲れたかい?」
頭上からかかってきた十郎の声に、はっとする。
「い、え⋯⋯大丈夫です。まだまだいけます」
どうすれば、良いんだろう。
私はどうすれば良い。
せまりくる歴史の流れに、どう立ち向かえば良いのだろう。
騎乗練習をした後、十郎とともに邸の中に戻ると、なにやら奥が騒がしい気がした。
家人が集まる部屋である。
通り過ぎるときにちらり、と中を見ると、それまで盛り上がっていた女性陣たちははっとしたように口を閉ざした。
以前役人からかばってくれた女性がいるのを見かけ、目が合って笑いかけると向かうもにこっと笑みを返してくれた。
いまだと休憩時間中かな、と思いながら十郎の後に続いて通り過ぎていった。
十郎たちの姿が見えなくなったのを確認すると、先ほどまで話に花を咲かせていた女性陣はふたたび口を開いた。
「でも、本当なの? 部屋で十郎様と壺太郎が言い争っていたって」
「あの十郎様が言い争いだなんで⋯⋯壺太郎ったら一体どんな粗相を⋯⋯」
「違う! 違うったら違うの!」
若い女性は頬を赤く染め、目をきらきらと輝かせた。
「十郎様は壺太郎に詰め寄りながらこうおっしゃっていたのよ! 大切な人を守りたいと思って何が悪いって! ずっとそばにいれば良い! そうしたら自分が守るからと⋯⋯」
キャーッ! と話に参加していた全員が黄色い声を上げた。
「まあ! それってつまり⋯⋯っ」
「そうよ! つまりそういうことでしょ!」
いつもに増して声色高く話す女性陣たちを尻目に、初老の男性は部屋の隅でもごもごと口を動かした。
「十郎様にかぎってそのようなことはないと思うけどね⋯⋯」
「もう何言ってんのよ! 銀蔵さんったら!」
「恋は男女の垣根を越えるのよ!」
「身分違い、年の差⋯⋯障壁が多ければ多いほど、気持ちが燃え上がるってものなのよ!」
「い、や⋯⋯たぶん十郎様は⋯⋯」
銀蔵は壺太郎と呼ばれている子の顔を思い浮かべた。
苦さをともなう懐かしさに、口ごもる。
愛だ恋だと盛り上がっている人たちに言うことではないか。
そう息をついた男のことなど、誰も気づかなかった。