第三十章 龍神にまつわる話
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二人並んで帰ってきた優樹と与一を、十郎は複雑そうな顔で見ていた。
それを見て、優樹ははっとする。
「壺太郎、あとで私の部屋においで」
「わ、わかりました」
そうだ、十郎は優樹をほかの顔なじみの者にはできるだけ会わないようにさせたがっていた。
あまり近づきすぎてはボロが出ると思われたのかもしれない。
さすがに、この格好を見た上で勘づく者はそうそういないとは思うが。
優樹は無意識のうちに、与一を横目で見た。
すると彼も、去ろうとする優樹を見つめていたのか、目がばっちりと合う。
なぜだかそのことが妙に胸を騒がせ、優樹は慌てて目をそらした。
もう少し一緒にいたかったな、と後ろ髪を引かれる思いであったが、振り切って足を運んだ。
「腕、見せてごらん」
二人きりになって早々、十郎は優樹の手をとった。
「まったく⋯⋯痕になっている。ひどいことをしてくれたものだね、あの男は本当に」
喧嘩をした気まずさがいまだ残っていたため、優樹は優しい手つきにどぎまぎとしながら目をさまよわせた。
「痛み自体はそこまで気になりませんから⋯⋯」
「そう⋯⋯」
頬に手を添えられ、優樹はびくりと身を引いた。
「目も少し腫れている」
「⋯⋯そういうのは黙って気づかないふりをしてください」
「それはどうも、気が利かなくてすまないね」
軽口を叩きながら、十郎はふたたび優樹の顔に手を伸ばした。
「あんなに無遠慮に乱暴にされて、怖かっただろう」
優樹はぐ、と唇を引き結んだ。
「だ、だからそうやって⋯⋯」
こぼれる涙を見られたくなくて、とっさに両手で顔を覆う。
「っ⋯⋯せっかく引っ込んだのに、優しくしないでください」
十郎は頬杖をつきながら淡く微笑んだ。
「子どもがそう我慢をするものではないよ」
「子ども扱いしないでください⋯⋯中身は見た目よりはるかに年上なんですからね」
「私よりも年下なのは事実だ。年が上の者には甘えなさい。これでも君より数年は長く生きて、経験も積んでいるのだからね」
しばらくして落ち着くと、優樹は涙をぬぐった。
じっと見つめてきていた瞳と目が合い、思わず目をそらす。
いつものからかい混じりに、慈愛に満ちたまなざしが胸を騒がせる。
「それにしても、さすがにあのときは肝を冷やしたよ。⋯⋯あのときの矢傷、そう浅くは見えなかったけれど、よくあそこまで綺麗に痕が消えていたね」
「それなんですけど、龍穴を通った影響だと思います。それまでは痕もありましたし、刀を自由に振るうのが難しかったんですけど、怪我をする前と同じように動かせるようになりましたから」
「傷を負うよりも前に時が遡ったということか。事実だとしたら、本当に不思議だね。けれど、まあ、おかげで助かったのだけれど。⋯⋯傷が治っていたとわかっていたなら、もっと重い仕事でも割り振っておけばよかったかな」
あきらかに冗談とわかる物言いに、優樹もつられて笑みをこぼした。
「小振りの刀さえいただければ、怨霊退治も手伝えると思いますよ」
「怨霊⋯⋯怨霊ね」
ふ、と十郎は笑みをひそめて吐息をこぼした。
「事実、猫の手も借りたいといった状況ではあるよ」
「与一さんからも聞きました。各地で怨霊が増えていると⋯⋯」
「ああ。私たちが源氏の軍に参加するより前も、この那須にも現れてはいたけれどね。それにしても昨今は多すぎるよ。事実、領民にも被害が出ている」
優樹はふ、と目を伏せた。
ちょうど良い話の流れかもしれない。
「そ、の⋯⋯十郎さん、以前言っていましたよね。龍神に関して寺で聞いたことがあると。知っていることがあったら、ぜひ色々教えていただきたいんですけれど⋯⋯」
「それはまた、どういった風の吹き回しだい。いきなり龍神の話だなんて」
「私が聞いた話では、怨霊は龍神の加護が消えたことや龍脈の乱れが原因で発生しているとのことだったので。⋯⋯怨霊を戦で使っていた平家が倒された今も増えているみたいですし。何か龍神に関して知ることで、原因を突き止められるんじゃないかと思って」
何も言わずに黙っている十郎に、優樹は視線を上げた。
じっと見つめてくる瞳に、どぎまぎとする。
彼にじっと見つめられると、隠そうとしていることまで見透かそうとしているようで落ち着かない気持ちになる。
ふ、と十郎が笑みをこぼす。
「なんだか懐かしいね。こういうことを話していると、戦略について色々語り合った日々を思い出すよ」
「そ、ういえば、そうですね」
「本当に楽しいひとときだった。⋯⋯あとから振り返り見れば、君はずっと先の未来を知っている上で話をしているようにも思える」
優樹は泳ぎそうになる視線を、ぐっと一点に抑えた。
「君には先見の明があるのかな。となると⋯⋯奥州藤原氏と源氏が争うことも、この先では本当に起こりうることなのかもしれないね」
優樹は思わず息を詰めた。
そうだ、早く、どうにかしないと。
龍神について知れば、何か手がかりが。
いや、それでは遅い。
早く望美たちと合流して──。
とん、と額を優しく小突かれて、思わず優樹は顔を上げた。
一瞬、十郎の表情は険しく見えたが、気のせいだったかのように笑みを浮かべている。
「いいよ。龍神について知っていること、君が納得するまで教えてあげる。知識を共有した上で話し合えば、何か活路が見出だせるかもしれないからね」
「は、い⋯⋯」
そうだ。いまできることは、龍神について知ること。
今後どうするかは、そこから考えて行動していけばいい。
「龍神について話すのはいいけれど、君はどこまでのことを知っている? 龍神の神子と同郷の君の方が、よほどくわしく知っていそうな気はするけれど」
「それが⋯⋯あの子自身も急に神子として選ばれて、何も知らない手探りの状態から始まったみたいですから。龍神のことも、神子の力のことも、他の人から聞いて初めて知っていった状態なので」
「なるほどね。私が聞いた話とも近いかな。歴代の神子も、最初から力を思うままに使えたわけではないから、周りの助けが必要だったらしい」
十郎は手探りするように、ゆっくりと話し始めた。
「龍神について改めて話をしようとすると、どこから話せばいいのかな。龍神は元々は京を守護する神だったらしい。それがいつからか、京を中心にそれ以外の土地にも加護を広げていったとか。龍神の力は龍脈として大地や空に行き渡っている。その力というのが五行⋯⋯木火土金水の陰陽五行に基づく考え方だね」
その後に続いた話に、優樹は気落ちした。
以前、弁慶から聞いたのと、同じだ。真新しい情報はない。
龍神の完全なる形を応龍と呼び、陰陽の二つから成り立っている。
陰の力を司るのが黒い龍、黒龍。陽の力を司るのが白い龍、白龍。
黒龍はとどめる力、破壊の力を有する。
白龍は進む力、創造する力を有する。
神子もまた、黒龍の神子、白龍の神子の二人存在する。
白龍の神子は穢れに弱いため、それを守護する八人の勇士が選ばれる。
それを八葉と言う。
八葉もまた、神の力を与えられて神子を守る力となる。
龍脈が穢れると、龍神は力を失っていく。
それにともなって怨霊も増える。
龍神の神子は怨霊をとどめ、封印することができる。
封印して怨霊がふたたび現れないようにする力というのは、龍神の神子にしかない。
「あと、そう。龍神の神子には、それを補佐する星の一族というのがいる。占いをしたり、夢で先に起こることを予知する力を有していたり。⋯⋯あと、そうだ。龍神の神子は、龍神を召喚する力を有しているらしい」
初めて聞く話に、優樹は目を丸くした。
「龍神を召喚することによって、龍脈は正され、この世に平和がもたらされる、と。ただ、いままで現れた神子がその力を使ったことがあるのかは、わからないらしい。どうにも、神子の伝承は色々派生があるらしくて、正史に近いものは追えないらしいんだ。⋯⋯星の一族だったら、もうちょっと正確な情報を持っているのかもしれないけれどね」
「龍脈召喚、ですか。たしかに、それができたら一気に状況は良くなりそうな気がしますね」
⋯⋯あれ、と優樹は考え込んだ。
望美のそばには、龍神の片割れである白龍が子どもの姿としてずっといたはず。
力が足りていないから、龍の姿をとれなくなっていたと言っていたが。
すでに人の形として存在しているから、召喚しても意味ないのか?
うーん、と思わずうなる。
よくわからない。
「あと、私が聞いたのは──龍神の神子は異なる世界から召喚される、と」
ぴく、と優樹は指先がはねた。
ちらり、と十郎を見れば、先ほどよりも瞳に力が感じられるようであった。
「そ、そうなんでひゅか⋯⋯」
しまった、噛んでしまった!
だが、この話題に関しては触れたくない。
このことで一度十郎の逆鱗に触れているから、さっと流すのが賢明──。
「そういえば、梶原殿の妹御も龍神の神子、黒龍の神子に選ばれていたみたいだから⋯⋯もしかしたら梶原殿もこの世ならざる存在なのかもしれない」
優樹は思わず笑ってしまった。
「そうだとしたら、びっくりですね」
「⋯⋯ねえ、君たちは鎌倉の生まれと言っていたよね。望美殿が龍神の神子に選ばれる前は、どういった生活をしていたの?」
こ、これは外堀から埋めてボロを出させる気かっ。
十郎はどこまで本気で冗談か、たまにわからないときがある。
優樹は泳いだ目をなんとか鎮めようとする。
「どうって⋯⋯普通、ですよ」
「普通というのは? 武芸をたしなんでいるからには、武士の家系の出なんだろうね」
「それは、ち、が⋯⋯」
だめだ。嘘を言うのはあまり向いている性格ではない。
「あまり言いたくないです⋯⋯」
十郎の視線の強さを感じつつも、優樹も負けてはいられない。
「私は下野国の山育ちの壺太郎。ずっと両親と山で暮らしておりました故⋯⋯そ、それより龍神の話をしましょう」
「そ⋯⋯まあ、いいけれどね」
顔にまあよくないけれどね、と書いてあるように見えるのは気のせいだと思っておこう。
「と、言っても私が知っているのはこれくらいかな。龍脈を正すことができれば、怨霊が生まれる状況も良くなるのだろうけれど⋯⋯龍神の神子以外にそれを成し得るのかどうか、わからない。龍脈を穢す方法だったら⋯⋯」
言いかけて、十郎は口ごもった。
その様子に、思わず彼の顔を見つめる。
「十郎さん⋯⋯?」
「⋯⋯呪詛の種、というのを使うことで、龍脈を穢すことができるとも聞いた。かつて京に災いをもたらそうとした者たちは、呪いの力をもって龍脈を穢し、龍神の加護を消し去ろうとした、と」
急に怖い顔をした十郎に、優樹は困惑した。
「⋯⋯もしかして、昨今の怨霊騒ぎは、誰かが意図的に呪詛を仕掛けて、龍脈を穢しているから、なのか⋯⋯」
「そんな⋯⋯まさか、平家の生き残りの人たちが⋯⋯?」
「わからない。けれど、調べてみる価値はあるかもしれない」