第二十九章 役人の取調、川辺での邂逅
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「突然の訪問、失礼いたします。今日は兄上に確かめたいことがあって参りました」
「いや、かまわないよ。一体どんなことかな」
十郎は、気持ちを落ち着けるように小さく息をついた。
見れば、与一の表情も少し強張っているように見える。
何か深刻な事態でも起こったのだろうか。
「兄上はおっしゃっていましたね。平泉への商人一行に混ぜてやりたい者がいると。先だっての隊には加えなかったようですが⋯⋯。その者は今どこです」
「⋯⋯急にどうしたんだい。今は所用をつかわしているところだけれど」
「⋯⋯家人から聞きました。その者は、夏頃から兄上が身元を預かっていると。怪我をしているから重労働はさせず、兄上も常に気にかけて、親しそうにしている様子であったと」
十郎は表情を変えないように意識しながら、与一の様子をじっと観察した。
実直な弟にしては、ずいぶんと遠回しに確認しようとしている。
何を確かめようとしているかなど、わかりきっている。
十郎は顔をほころばせた。
「ああ。齢九つでありながら、怨霊に両親を殺されたのが哀れでならなくてね。本人は気丈にも明るく振る舞って良く働いてくれている。気立ても良いから、年の離れた弟のようなつもりでついかまってあげたくなってね」
「九つ⋯⋯そう、ですか」
与一の表情が、落胆したような安堵したような複雑な表情を示したことに、小さく息をつく。
年齢を伝えた時点で、与一の疑念は晴れたことだろう。
家人たちも、それさえ伝えてくれていたら良かったものを。
「いえ⋯⋯それならば良いのです。実は、先日私の元に役人がやって参りまして。⋯⋯追捕の任を授かっている者です。その者が、兄上とその子どもの噂を聞きつけたようで、その⋯⋯もしや優樹殿ではないかと、確認をしに私の元にやってきたのです。けれど、違うのなら良かったです」
十郎は内心ひやりとするものを感じた。
どこからそんな噂が流れたのだか。
だが、確認をとられたところでわかるものか。
あの子の今の姿は、京にいた頃とはまったく違うのだから。
「そうかい、わざわざ知らせに来てくれたんだね。ありがとう」
「彼らには那須家の子息と童⋯⋯といったことまでしか伝わっていなかったようですから、私か兄上のことかまではわからなかったようです。もしかしたら、後日こちらの方にも役人が⋯⋯」
言いかけて、与一ははっと首をめぐらせた。
十郎も目線を走らせる。
外で悲鳴のようなものが聞こえた。
いや、言い争うような声が──。
「乱暴はおやめください! いきなり何をなさるのです!」
「そう騒ぐな。少しばかり確認したいことがあるだけだ。すぐに終わるから大人しくしていろ」
優樹はつかまれた手首に、顔を歪めた。
止めに入ろうとした女性も、威圧的な男の態度に恐れをにじませている。
ほかにも数人、馬上から見下ろす男たちが控えている。
男は那須家のご子息のそばに仕えている者か、と藪から棒に声をかけてきた。
そして是と答えるや否や、いきなり優樹を引っ張るようにつかんできたのだ。
「──私の家人に何用です」
「じゅ、十郎様っ⋯⋯」
横からかかってきた声に、男は気怠げに目線を走らせた。
そして、ある人物に目を留めると、にやりと歯を見せながら笑った。
「おお、これは那須家の御当主。先日以来ですな」
「ええ、一体何事ですか。ずいぶんと穏やかではない様子ですが」
剣呑な視線も意に介していない様子で、男は笑みを絶やさなかった。
「いやなに。昨日の今日で、あなたもわかっているでしょう。お隣の方、は⋯⋯いま十郎様と呼ばれましたかな。ということは、御当主の兄君の十郎殿かな。これは手間が省けた。私どものところに噂が流れてきましてな。今年に入ってから那須家のご子息はとある童を匿うように大切にしているとね。あなた方もご存知でしょう。九郎義経一行に対する追捕の命を」
男は十郎をねめつけるようにしながら目を光らせた。
「その中の一人に、日野優樹という者がいることも」
「ええ、存じていますよ。私たちは彼らと親交がありましたから。まさかその子が、追捕の対象の者だと、そうおっしゃりたいのですか」
「話が早くて助かります」
「その子は郷の者が連れてきた下野国の山育ちの者ですよ。両親を亡くしたことを哀れに思った郷の者が、私に保護を求めに来たので預かっていただけです」
「これはずいぶんとお優しいお方で。この荒れ果てた世の中で、親兄弟を亡くしてあてもない者など、いくらでもいましょうに。この者だけは大切に守っていらっしゃるのですか」
「気立ても良く仕事もできる子だったものですからね。追捕の対象の者の話は私も知っていますが、稚児とはいえもう少し背格好が高かったはずでしょう。その子はまだ九つであまりにも小さい」
「ええ、たしかにそうかもしれませんがねえ。背格好などは人伝手の話をどこまで信じていいのやら。ですが──負った傷に関してはどうでしょう」
十郎の細まった目を、男は目聡く見つめた。
「追捕の命が下っているその童、たしかその特徴として、右肩に矢傷があると聞いております」
抵抗をねじ伏せるように力を込められた腕に、優樹はうめき声を漏らした。
「それを確かめたいだけです。すぐに終わります故!」
何かを言おうと開かれた十郎の口が言葉を紡ぐよりも早く、男は優樹の
「っ⋯⋯⋯⋯!!」
露わになった右肩の──傷一つない綺麗な肌に、男は言葉を失った。
「いや、後ろ⋯⋯左か⋯⋯っ」
なんとか胸元だけは守るように袷を片手で押さえながら、優樹は男にされるがままになっていた。
「もう十分でしょう。どちらの肩にも、傷一つ見当たらないようだ」
与一の鋭い声に男は一呼吸置いた後、両手を挙げて笑みを向けた。
すかさず優樹を守るように女性が抱きしめて男をにらむ。
「⋯⋯そのようですな。いやどうも、無礼を失礼いたしました」
「謝るのならば、その子にでしょう。そのような年端もいかない子にひどいことをする」
「私も仕事と立場というものがありましてね、どうかご容赦を。どうもお騒がせして失礼いたしました。那須家の御当主様、今後ともよしなによろしくお願いいたしますよ」
男たちが去っていくと、その場に残された者たちは一様に息をついた。
「怖かったでしょう、あんなにひどいことをされて」
「いえ、疑いが晴れたのなら、よかったです」
女性に頭をなでられ、優樹は弱々しく笑った。
「本当に、粗雑で乱暴な振る舞いだったね。⋯⋯ひどいね、腕もあざになりそうだ」
しゃがみ込んだ十郎に手をとられ、優樹はとっさに口を引き結んだ。
「い、え⋯⋯少し、水辺で冷やしたら、仕事に戻ります。失礼します」
「あ、ちょっと待ちなよ」
十郎の制止も振り切り、優樹は足早に駆けていった。
「申し訳ありません、十郎様。あの子の面倒を見ろと言われておきながら」
「いや、助けが遅くなってこちらこそすまなかった。女、子どもだけであのような男を前にして、怖かったでしょう」
十郎と女性が語り合うなか、与一は走り去っていく小さい背中を黙ってじっと見つめていた。